らしく
「──神谷さん」
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名前が呼ばれる。
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神谷は立ち上がる。
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扉の前で一度だけ深呼吸をする。
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(いつも通り)
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そう思っていた。
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でも。
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今日は少し違う。
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部屋へ入る。
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審査員が並んでいる。
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一人が笑顔で言う。
「よろしくお願いします」
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神谷も頭を下げる。
「よろしくお願いします」
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資料を置く音。
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静かな空気。
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「それでは、始めてください」
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神谷は台本を見る。
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ほんの一瞬だけ。
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そして、
顔を上げた。
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演じ始める。
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部屋の空気が変わる。
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一言目。
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二言目。
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感情が流れる。
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神谷は、
今まで積み重ねてきた全部を乗せる。
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技術。
経験。
失敗。
悔しさ。
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全部。
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演技が終わる。
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静かだった。
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「……ありがとうございました」
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神谷は頭を下げる。
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帰ろうとした、その時。
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「神谷さん」
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呼び止められる。
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神谷は振り返る。
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審査員の一人が言う。
「上手でした」
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一拍。
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「本当に」
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神谷は少し照れくさそうに笑う。
「ありがとうございます」
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でも。
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審査員は続けた。
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「だから、少しだけ惜しかった」
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神谷の笑顔が止まる。
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「君は、役を演じていた」
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静かな声。
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「でも私たちは」
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審査員は台本を閉じる。
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「役として、生きる人を探しています」
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沈黙。
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神谷は何も言えない。
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否定できない。
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審査員は優しく笑う。
「勘違いしないでください」
「これは技術の話ではありません」
「だから難しいんです」
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神谷は深く頭を下げた。
「……ありがとうございました」
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部屋を出る。
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廊下。
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誰もいない。
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神谷は壁にもたれる。
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悔しい。
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でも。
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不思議と納得もしていた。
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「ああ」
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小さく笑う。
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「まだ、届かねぇか」
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その声は、
悔しさよりも、
次を見ている声だった。




