主役の崩壊
スタジオ。
本番前。
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神谷は、立っている。
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台本は開かれていない。
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もう必要ない。
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全部入っている。
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なのに。
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胸の奥が、ざわついている。
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「……」
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理由は、わかっている。
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白瀬。
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あいつがいるだけで、
空気が変わる。
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“主役としての空気”が、
揺れる。
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「神谷さん、準備お願いします」
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声。
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いつも通り。
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でも、いつも通りじゃない。
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収録開始。
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神谷は、完璧に入る。
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呼吸。
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間。
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声。
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全て正しい。
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なのに——
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“軽い”。
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「カット」
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ディレクターの声。
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神谷は止まる。
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「……何が違うんですか」
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初めて、
自分から聞く。
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ディレクターは少し黙る。
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そして言う。
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「中心がいない」
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神谷は眉をひそめる。
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「俺がいる」
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即答。
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ディレクターは首を振る。
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「違う」
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「主役はいる」
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「でも中心じゃない」
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神谷の呼吸が止まる。
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意味が、逆転する。
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「……じゃあ、誰が」
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誰かが言う前に。
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答えは出ている。
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白瀬。
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廊下。
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白瀬は呼ばれていない。
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でも、そこにいる。
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「一回、入れよう」
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その一言。
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神谷の中で、
何かが落ちる。
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ブースの中。
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白瀬が入る。
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いつも通り。
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何も準備しない。
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でも——
そこに“重さ”がある。
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「……来たのか」
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神谷の声。
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さっきより遅い。
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白瀬は、ただ答える。
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「はい」
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その瞬間。
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空気が変わる。
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神谷は気づく。
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“自分の軸”が、
ずれていく。
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セリフを言う。
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でも、
届かない。
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白瀬が何かをしているわけじゃない。
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ただいるだけ。
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それだけで、
流れが変わる。
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「カット」
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静か。
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ディレクターは言う。
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「さっきよりいい」
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神谷は、息を吐く。
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「俺の方が正しいはずだ」
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小さく。
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誰にも届かない声。
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ディレクターは言う。
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「正しさは関係ない」
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神谷の中で、
何かが崩れる。
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正しいのに。
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勝っているのに。
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負けている。
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廊下。
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白瀬は何も言わない。
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でも、
もう分かっている。
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自分が“何かを壊している”ことを。
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神谷はブースを出る。
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白瀬とすれ違う。
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止まらない。
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でも——
一瞬だけ。
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視線がぶつかる。
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神谷は気づく。
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この目は、
勝ちを見ていない。
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敗北も見ていない。
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ただ、
“存在”を見ている。
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それが、
一番怖い。
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「……」
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神谷は何も言えない。
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白瀬も言わない。
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すれ違う。
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それだけ。
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主役が、
揺れる。
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そして、
崩れ始める。




