その歓声、本当に俺に向いてる?
——それは、俺に向けられたものじゃない。
光が落ちる。
一拍遅れて、歓声が爆発する。
「きゃああああああああ!!」
耳が痛い。
鼓膜じゃない。
もっと奥。
脳を直接叩かれてるみたいな音だ。
名前を呼ばれる。
笑えと叫ばれる。
こっちを見ろと、手が伸びる。
……でも。
わかってる。
これ全部——
俺じゃない。
軽く手を上げる。
それだけで、会場が揺れる。
歓声が、さらに膨れ上がる。
笑う。
完璧な角度で。
完璧なタイミングで。
“求められてる顔”で。
「こんばんは、白瀬玲です」
マイクを通す。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、
会場が静まる。
でも、それは続かない。
すぐにまた、
“顔”に対する歓声に飲み込まれる。
——ほらな。
ステージを降りる。
照明が外れる。
歓声が遠ざかる。
ドアを閉める。
やっと、静かになる。
「やばいね、今日」
マネージャーの声。
「トレンド確定。てかもう上がってる。“顔が強すぎる声優”だって」
「……そうですか」
鏡を見る。
整いすぎた顔。
照明がなくても、完成されてる。
これが、“価値”。
でも——
「……あれ、俺にじゃないんで」
気づいたら、言っていた。
「は?」
「歓声。顔にですよ」
空気が、止まる。
マネージャーが、少しだけ眉を寄せる。
「声なんて、誰も聞いてない」
鏡の中の自分が、
わずかに歪む。
「……じゃあさ」
ゆっくりと、言葉が落ちてくる。
「なんで最初の一言で、空気変わるの?」
言葉に詰まる。
——確かに。
「こんばんは」と言った瞬間だけ、
あの空間は静かになった。
「あれ、“声”でしょ」
「……」
「顔で集めて、声で掴んでる。それの何が不満なの?」
違う。
それじゃ、違う。
「順番が、逆なんですよ」
喉が少し、熱い。
「最初から、“声”で来てほしい」
沈黙。
短く笑う音。
「贅沢だね」
でも、その目は笑ってない。
「じゃあ証明しなよ」
「……何を」
「“声だけでも勝てる”って」
——火がつく音がした。
⸻
次の日。
収録スタジオ。
「今回の役、人気出ないよ」
軽い口調。
でも、事実だ。
「感情ほぼ出さないキャラ。地味だし」
台本を見る。
名前も曖昧。
説明も少ない。
“誰でもいい役”。
つまり——
顔では売れない。
「……いいですね」
口角が、自然と上がる。
「やらせてください」
⸻
ブースに入る。
マイクの前。
目を閉じる。
すぐに、あの声がよぎる。
「かっこいい!」
「顔やばい!」
——うるさい。
全部、消せ。
削れ。
残せ。
「……別に」
落とす。
軽い。
違う。
「……ちがう」
息を吸う。
吐く。
何も足さない。
何も作らない。
削る。
削る。
削る。
最後に残る“何か”だけを、
そのまま、出す。
「……別に」
——止まる。
空気が、
完全に止まる。
誰も動かない。
音が消える。
「好きにすれば」
淡々。
なのに——
奥に、沈んでる。
何も言ってないのに、
全部伝わる。
「……っ」
誰かが、息を呑む。
(届いた)
その確信だけが、
静かに残る。
「カット」
遅れて、声。
「……やば」
誰かが、呟く。
ガラス越し。
全員が、こっちを見ている。
さっきとは違う目。
“顔”じゃない。
——“声を見てる目”。
⸻
ブースを出る。
息を吐く。
少しだけ、軽い。
その時。
「……へぇ」
後ろから声。
振り返る。
一人の男。
無造作な髪。
眠そうな目。
でも——
空気が、重い。
「やるじゃん、イケメン」
笑う。
軽いのに、
奥が深い。
「でもさ」
一歩、近づく。
距離が、やけに近い。
「それ、“本気”じゃないよね」
心臓が、跳ねる。
「まだ余裕ある顔してる」
見透かされる。
逃げ場がない。
「——潰しにいっていい?」
ぞくっとする。
その瞬間、わかる。
こいつは——
同じ場所に立ってる。
いや、
もう一歩、先にいる。
少しだけ、間。
それから——
口角が、上がる。
「……いいですよ」
声が、静かに落ちる。
その日。
初めて思った。
歓声なんて、どうでもいい。
勝ちたいのは、そこじゃない。
これは、
“顔で売れている男”が、
“声で勝つ”ための物語。




