新たな同居人?
「おい、黒龍。さっき公園でこんなの拾ったんだけど…」
白龍の手には、緑色の横縞模様が入った大きな卵が抱えられていた。
先程、二人は朝のジョギングに出ていたのだが、走っている途中、へばって公園で伸びている白龍を残し、黒龍はとっとと走り去ってしまった。白龍はかすれた声で「薄情者」と一言恨み節をたれたのだが、黒龍は、白龍を一瞥し、フッ、と嘲笑した後、先に家に帰ってしまったのだ。
白龍が、公園のベンチで水を飲みながら天を仰いでいたその時に、この奇妙な卵を発見したのだった。
「何だ? これは? …大きさからして、ダチョウの卵か?」
「そんなわけねぇよ。ダチョウは白だろ? こんな色のはずねぇ」
白龍は床に無造作に巨大な卵を置いた。
「全く貴様は、変な物を拾ってくるな…」
二人は床に置いた卵をしばらく眺めながら思案顔をする。
沈黙の時が暫し流れた。
「…どうする?」
黒龍が不意に聞く。
「どうするって?」
「そういえば、昼飯まだだったな…」
二人は同時に卵の方に目をやる。この大きさなら卵焼きが十人前はくだらないだろう。
しかし、白龍はぐぅとなった腹と、無意識に垂れてくるヨダレを拭き思い直し、
「いやいやいやいや、流石に落ちてた卵食うのは、衛生的にまずいだろ。腹壊すわ」
「まあ、そうだな」
「しかし、腹へったな…」
再び卵の方に目を向ける二人。
「目玉焼き食いたいな…」
「いや、ここはオムレツじゃないか?」
「茹で卵…」
「卵かけご飯…」
個々に食べたいものを言い合う二人は、ヨダレをたらし、妄想を膨らませた。
…食べないで…
「ん? 白龍、何か言ったか?」
「いや、オレは何も…」
食べないで…
瞬間的に止まる二人、声は卵の方から聞こえてきたのだ。
とその時、卵にヒビが入り始め、驚いた二人は、一瞬卵を凝視するが、びびってすぐに部屋の隅まで後ずさった。
卵から
ピキッ ピキッ
と音がしたかと思うと、
「食べないでほしいであります~!!」
突然卵の中から何かが飛び出してきた。その何かは、高速で天井を一周すると、空中でくるりと回転し、床に着地した。
「もう!! ひどいであります!!」
そう言って二足の短い手(前足)を上にあげながら怒る。と、今度はその手を腰に持っていった。
体長は五十cmくらいだろうか、カーキ色の体に、頭には二本の角、背中には黒い翼が生えている。
小さなドラゴンがそこにはいた。
「えっ? ワニ?」
「ワニじゃないであります!! 自分は竜! ドラゴンであります!」
思わずその容姿にワニと見間違う二人であったが、小さなドラゴンの話しなど聞いてはいなかった。
「何なんだこいつは…?」
「オレに聞くなよ」
「拾って来たのはお前だろ?!」
そういうも思案顔をする黒龍は、何を思ったか、
「まず名前を決めなきゃな。ドラゴンだからドラちゃんだな」
「それはいくらなんでもひどいだろ…」
「灰龍は…よしおだろ?」
と、飼う気になっていた。
「自分のこと忘れたでありますか? 黒龍様…」
そんな様子を見ていたドラゴンが、少し寂しそうな声を出すと、黒龍はドラゴンをじっと見つめる。すると、思い出したように手をポンと叩き、指を差す黒龍。
「ん? 貴様"まつり"か?」
まつりと呼ばれた小さなドラゴンはフンッと鼻息を荒くした。
「自分は闇の世界のドラゴン。黒龍様の一の子分、まつりであります!」
胸を張るまつりに対し、白龍はそんな姿を見て驚きを隠せず、目を丸くしている。
「闇の世界!? 何でそんなワニが…」
「だからワニじゃないであります!」
「それにしてもまつり、何故貴様はここに来た? お前には俺がいない間、俺の代わりに闇の世界の統括を任しているだろ!」
「それはでありますね。黒龍さんが心配だったからでありますよ」
「まつり…」
「黒龍さんはおなごと見ると誰彼構わずナンパするから心配で心配で…」
ゴン!
「痛いであります!」
殴られた頭を、まつりは短い手で押さえた。殴られた箇所には微妙に届いていない。
「貴様は余計な言葉が多いのだ!」
「本当のことだろ?」
横で聞いていた白龍がウンウンと頷いていた。
「全く…。で? 本当の用件は何なのだ?」
「…実は自分、女神様の命令で…」
「女神様!?」
「嘘をつくな。女神様が、お前のような下っ端に命令を下すわけなかろう」
「本当であります! 実は女神様から天の声が響いたんであります。白龍様と黒龍様が人間界で問題を起こしてないか、見て来て報告をして欲しいと」
「信用ゼロかよ…」
白龍は項垂れ、頭を掻いた。
「まつり。俺達は何も問題などない。さあ分かったろう、早々に帰るがいい」
「そう言う訳にはいかないんであります! それに、何故黒龍様は自分をそんなに早く帰したいんでありますか? 何かやましくて隠したいことがあるんじゃないでありますか?」
「そ、そんな訳ないだろう! 俺はちゃんと地上にて魔物の気配を探っている。役立たずの白龍と違ってな」
「んな! 何言ってんだ! オレの何処が役立たず何だよ!」
「貴様は魔物の感知も出来ない! 脱いだ服は畳みもせず、食べた物は片付けもしない! 誰がやっていると思っているのだ!」
「それは関係ねえだろ! お前だって、女性にナンパしまくって、この前なんか女性達が、お前が原因の喧嘩を起こしてたじゃねえか! 問題があるのはお前の方だろ!」
「何だと貴様!」
「何だよ!」
「ちょ、ちょっと待つであります! 自分には二人とも問題があるように聞こえるでありますよ!」
「うるさいな貴様は。大体一番の問題はお前であろう」
「何がでありますか?」
「貴様が来なければ俺達は喧嘩などせず、今日の休みを悠々と過ごせていたのに。しかも何だ、そのまどろっこしい喋り方は!? 闇の世界に居た時は、五匹もいるから各々個性を持たす為にその喋り方をしているのかと思ったが、いい加減普通に喋ったらどうだ? まどろっこしいのだ貴様は!」
「嫌であります。この喋り方、自分は気に入ってるんであります。自分は変えないでありますよ」
「げっ! こんなワニがあと四匹もいるのかよ!」
「だからワニじゃないであります!」
まつりは深く溜め息を吐いた。
「ハァァァ…。もういいであります。女神様には二人には大いに問題があったと報告しとくであります。怒られても知らないでありますよ!」
「ちょ、ちょっと待て! マジで女神様からの依頼なのか!?」
「だからさっきからそう言ってるであります」
「やべぇぜ黒龍! 女神様にそんなこと報告でもされたら、女神様の信用を失いかねない! オレ達地上に居られなくなるんじゃないか?!」
「あぁ、マズイな。それでは地上の可愛い女の子達を口説けなくなる」
「まあそれはどうでも良いんだけどよ…」
「分かったでありますか? 自分を蔑ろにすると、痛い目を見るでありますよ。分かったらさっさと自分をもてなすであります!」
そう言うとまつりは、ちゃぶ台の真ん前に偉そうに胸を張り、短い手を組んでドンと座った。
「くそっ! 何故俺がお前をもてなさねばならんのだ!」
黒龍は言いながら、唐揚げをちゃぶ台の上にバンッと置いた。
「そんな態度でいいんでありますか?」
「くっ! お前は俺の部下のはずだろ!」
黒龍は今度はサラダをちゃぶ台にドンッと置いた。
「そう言いながら、やる気じゃねえか」
山盛りに積まれた唐揚げを旨そうに見る白龍。まつりは我先に手掴みで唐揚げを頬張っていた。
「これは元々俺達の昼飯も兼ねている。別にもてなすためではない」
「げっ! 早く食わねぇとワニに全部食われちまう!」
白龍が慌てて箸を持ち、唐揚げを取ろうとした。が。
「ハァァ~。食った食った、であります」
既にまつりが、唐揚げを一つ残らず平らげ、真ん丸とした腹を天に向けている所であった。
「んなっ! 」
「そう言えばこいつは、闇の世界でも食い意地だけは一丁前だったな」
「何冷静に分析してんだ! オレの唐揚げがあああ~~!!」
「この世は全て弱肉強食、一歩遅れたものから食いっぱぐれるのであります」
「ワニが偉そうに言うなあ〜~~!!!」
白龍がまつりの胸ぐらを掴もうとするが、服も来てないまつりは掴む所がない。白龍はまつりの頭に生えている二本の角を、両手で咄嗟に掴んだ。
「やめるであります! 痛いであります!」
宙に浮くまつりである。
「白龍。もうその辺にしておけ」
「へ?」
「俺達はとりあえず、この余ったサラダでも食べようではないか」
「は? お前にしてはやけに早く身を引くじゃねえか。いつもみてえに怒らねえのか?」
「怒っても唐揚げは既にまつりの胃袋の中だ。戻っては来ない。それに怒ったら余計に腹が減る。今の所はサラダで我慢するしかないだろう」
「ちっ、しゃあねえか…」
まつりの角を掴んでいた手を、白龍はやっと離した。
「さて、自分は食後にシャワーでも浴びるでありますか」
「は? ワニがシャワー何か浴びる必要ねえだろ?」
「白龍様もしつこいでありますね。羽根の生えたワニが何処にいるんでありますか? それに自分は綺麗好きなんであります。卵の殻に入ってたので汗をかいたであります」
「そういえば、まつりは何故、卵の殻に擬態していたのだ?」
「あれ? 黒龍様は知らないんでありますか? 自分達力の弱いドラゴンは、闇の世界から地球への穴を通る時に、殻で身を守らないとグシャといってしまうのであります」
「グ、グシャっと…」
白龍が想像しながら、そう呟いた。
「そうだったのか。俺は龍神だから気にも留めなかったが」
「女神様がそう言って、殻を下さったのであります」
「じゃあお前も知らなかったのではないか!」
「当たり前であります。そもそも自分は闇の世界で生まれ、闇の世界で生きてきた小さなドラゴン。地球に来たのも自分が初めてなのでありますよ。知るわけ無いのであります」
「また偉そうに、このワニが…」
まつりに聞こえないように白龍が呟く。
「そうか、大変だったなまつり」
「黒龍様?」
「下手をすれば地球に来る前に卵が割れ、お前は生きていなかっただろうに…」
「…ガーーン!!」
口を大きくあけ、白目を向くまつりであった。
「しかし、帰る時はどうするのだ? 卵は割れて、もう使えないのであろう?」
「それは黒龍様が何とかしてくれると女神様が言っていたであります」
「ちっ、丸投げか」
「さて、話し終わったでありますね。自分はシャワーを浴びてくるであります」
まつりはそう言うと、さっさと風呂場に入っていった。
「あっ! おい! 勝手に入んじゃねえよ! …ったく」
「まあ、良いではないか白龍。シャワーくらい浴びさせてやれ」
「何かさっきからお前にしちゃ、寛容じゃねえか?」
「まぁ一応出来損ないとはいえ、あいつは俺の部下だからな。何かにつけて労働基準法やらを持ち出しては、待遇改善を要求してくるのだ。半分諦めムードだな」
「闇の世界に労働基準法はねえだろ…」
白龍がそう呟いた所で、部屋のドアがいきなり開いた。
「黒龍君! 白龍君!」
「おやz…、いや、やまさん。何の用なのだ?」
「もうそろそろ親父って呼んでよ。もしくはパパ」
「絶対言わん!」
「つか、毎度毎度、カギ掛けてんのに、いきなり入ってくんなよ」
「そんなこと言っていいの? お昼持ってきたのに」
「え?」
山澄は目敏くちゃぶ台の上に置いてある、サラダを見つけた。
「二人共育ち盛りなんだから、サラダだけでお昼済まそうとしちゃダメよ」
「いや、これには事情があってだな。それにもう材料もないし…」
「さっぱりしたであります~」
まつりが肩にタオルを掛け、ホカホカと湯気を纏って出てきた。
と、同時に山澄と目が合う。
「…」
止まるまつり。
「…」
まつりを凝視する山澄。
「…!」
さらに目を見開くまつり。
「…!!」
さらに目を見開く山澄。
「………お…、応龍様~~!!」
目から涙を流し、山澄に飛びかかる。タオルは飛んだ拍子に地面へと落ちた。
黒龍と白龍はいきなりのことで目が点になっているが、
「おお、まつりじゃないか」
その山澄の発言により、ようやく口を開いた。
「え、えっと、二人って知り合いなの?」
「そうであります! 何を隠そう、この御方は、黒龍様が来る前に闇の世界を統治していた、自分の尊敬できる唯一の龍神様であります。それなのに、人間界にツガイの龍神を探しに行ったっきり、戻って来なかったんであります! まさかこんな所に隠れ潜んでいたとは!」
「ほう…やまさんが尊敬できる唯一の龍神、か」
「しまったであります…!」
黒龍は凄んだ口調で言うや否や、まつりの頭をわしっと掴み、持ち上げた。まつりの体が宙に浮く。
「い、いや、黒龍様も、応龍様の次に尊敬してるであります~~……」
苦しそうだが、懸命に言い訳をするまつりであった。
「そんなことするから尊敬されねえんだよ…」
「ちっ、まあいい」
白龍の呆れたような独り言を聞き、黒龍はイラつきながらもまつりを床におろした。
「(助かったであります…) …それで応龍様、子孫は残せたんでありますか? 応龍様の子孫なら、さぞかし素晴らしい龍神なのでありましょうな~」
「………ちっ…」
「……ハハ…」
黒龍は腕を組み、何とも言えない顔をする。隣にいた白龍は苦笑いを隠せないでいた。
「?」
まつりが、舌打ちをした黒龍を見、続いて山澄を見た。山澄は少し微笑みをたたえ、何も言わずに深く頷いたのだった。
「え? まさか…でありますか?」
驚きを隠せないまつりのその言葉に答えるように、山澄が静かに呟く。
「そう、黒龍君は私の息子だよ」
「まさか…そんな…であります…」
「俺はまだ認めていないっ」
「認めるも何も事実じゃねえか」
「うるさいな貴様は。俺の気持ちにもなってみろ。いきなりこんな変な中年の親父が父親だと判明したのだぞ。しかも太っている」
「体型のこと言われるのはちょっと傷つくわね…」
「お前だったらすぐ和解出来るのか?!」
「オレはやまさんが親父でも、別にいいけどな」
「白龍君っ」
体型の事を言われ、少し落ち込んでいた山澄だが、白龍の言葉に嬉しそうに顔を上げ、目を輝かせた。
「オレは両親の顔知らないし、親に会えただけでもオレはお前が羨ましいけどな」
「ちっ」
「はいはい、黒龍君、舌打ちしないの。そうねぇ…。白龍君の両親の事は私も知らないけど、女神様に聞けば何か分かるかもね」
「女神様に?」
「天界にはこれまで地球で起きた、全ての事柄を示した本も置いてあるし、それを女神様に見てもらえば分かるかも」
山澄の思いもよらぬ言葉に、白龍は少し考え込むような仕草をする。そんな本があるのも聞いた事があるにはあったが、当然、自分には閲覧できる権限はない。忙しい女神様に書庫へ行ってもらい、特定のページを探して貰わねばならないのは気が引けた。
「う~ん…でも、別にいいや」
頭をカリカリと掻くと、
「別に親のことなんか今更気にしてないし、それにオレにとってはアイリスが親みたいなもんだったし、わざわざオレのことで女神様の手を煩わせたくないしな」
そう言うも、白龍の顔は何処と無く寂しげで、困り眉で笑った。
「白龍…」
そんな心情を感じ、黒龍は何とも言えない顔をするが、気を使われているのを感じ取った白龍は。
「何だよ? 変な顔すんなよな」
「な、変な顔とは何だ!」
「変な顔は変な顔だよ!」
お互いに気まずい空気を消すように言い合った。
「はいはい。まあ、難しい話は置いといて、 昼御飯食べましょ。まつりちゃんに唐揚げ全部食べられちゃったからね」
「は? 何でやまさんがそのこと知ってんだよ?」
「ん~何ででしょうね~」
「というかそれ知ってんならまつりが居ることも分かってたじゃねえか! さっきのは“感動の再会風”だったのかよ!」
「それで? なに持ってきたんだよ?」
ちゃぶ台を囲み座る三人。テーブルの上にはビニール袋の包みがでかでかと置いてある。
「ピザだよ」
「ピ、ピザ!! やまさん! オレの大好物持って来てくれたのか!?」
「私もピザ好きだし、というか味の濃いのが好き」
「ピザか…。やまさんもそんな物ばかり食べると、また太るぞ? それに栄養素がどうの言っていたわりには、やけにカロリーが高いのを持ってきたのだな」
「知らねえのか黒龍? ピザは完全な食べ物なんだぞ? 小麦粉、乳製品のチーズ、上に乗ってる肉や野菜。ほら、バランス整ってるじゃねえか」
「むう。そう聞いたらそんな気がしないでもないな…」
黒龍はうまく丸め込まれた。
「そうだろ? じゃあ早速食べようぜ!」
白龍がちゃぶ台に置いてあるビニール袋をあける。
「あれ?」
しかし、そこには山澄が持ってきたはずのピザが入っていなかった。
「あれ? オレのピザは??」
白龍がキョロキョロと辺りを見回す。床には仰向けで、デカイ腹のまつりが気持ちよさそうに寝ていた。
「ガァァァ…ヒューー……ガァァ……ヒューー」
口元にはご丁寧にもピザソースがたっぷり。
「………!!」
「うん? もう真剣な話、終わったでありますか……?」
寝惚け眼を擦り、まつりは静かに白龍の顔を見た。
「……まつりーーー!!!」
「はいーー?! であります!!」
「お前、何してくれんだ!! オレの、オレのピザ!! オレのピザに!!」
大好物を奪われ、白龍はそれ以上 上手く言葉を紡げない。白龍は、息をするのもやっとという感じで目を見開き、まつりを凝視した。
「あ、あれ、ピザっていうでありますか? とても美味かったであります」
「美味いのは知ってんだよ! そんな感想、誰も聞いてねぇんだよ!」
「だから言ったでありますよ? この世は弱肉強食、一歩遅れたものから食いっぱぐれる…」
「お前は何を偉そうに~!!!」
わなわなと肩を震わす白龍は、まつりが言い終わるか終わらない内に、とっちめようと、まつりを掴もうとした。が。
まつりはヒョイッと華麗に躱すと、
「同じ手は食わないでありますよ!」
そう言い、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「てめぇ!」
そうして、逃げるまつりに追いかける白龍。ちゃぶ台の周りで追いかけっこが始まったのだった。
「待ちやがれ!」
「捕まえられるもんなら、捕まえやがれ、であります!」
叫びながらバタバタと、ちゃぶ台の周りを何周も走り回るまつりと白龍。その間、ちゃぶ台の前に腕を組んで座る黒龍と、苦笑いをしている山澄の二人に、白龍の肘が当たったり、まつりの背中が肩にぶつかったり、更にはまつりが頭に乗ったりと、一人と一匹は無茶苦茶に暴れ回っていた。山澄は少し困ったように頬をかき、黒龍は呆れた顔をしていたが、白龍が黒龍の足を思いっきり踏んだ瞬間。
「いい加減にしろ!」
ちゃぶ台を思いっきり叩くと、二人は目を見開き、黒龍を凝視して、漸く止まった。
「全く! 貴様らは! ピザ如きでそんなに騒ぎおって!」
「如きってなんだよ! 如きって! 昼飯も食われた挙げ句、大好物のピザも奪われたんだぞ!」
「まつり!」
白龍の言葉を聞いてか聞かずか、黒龍は威圧のある声をまつりに向ける。
「は、はいであります!」
ゴンッ!
黒龍は思いっきり、まつりの頭を殴った。
「痛いであります…」
「貴様はやり過ぎだ。いくら弱肉強食の世界で育ったとはいえ、ここは地上。誰もお前の飯を取ろうとはせん。他の四匹のドラゴンも居ないしな。これからしばらく俺達と共に過ごすのであれば、こちら側のルールに従ってもらう。分かったか? まつり?」
「わ、分かったであります…」
顔を近付け、諭すように言う黒龍に、俯き、しおらしく、まつりは返事をした。
「流石黒龍君。立派に上司やってるわね。お父さん見直しちゃった」
「フン。まずまつりは、ピザを無闇に食わないことだ。白龍の好物だからな。ピザを食われる度に騒がれていたのでは、こちらの心が休まらん」
「分かったであります…」
「それに他人の飯を奪うな。腹が減るのはお前だけではない、俺達も腹は減る。貴様はまず分け合うということを覚えろ」
「うっ、分かったであります…」
「それに俺達よりも遅く寝、俺達よりも早く起き、掃除洗濯炊事にマッサージ…」
「亭主関白か!」
「嫌でありますっ」
「そして俺のナンパは見逃せ」
「嫌でありますっ!」
「最低だなっ」
「全く…流石って褒めたとこだったのに、黒龍君は相変わらずね」
溜め息混じりに山澄が肩を落とした。
「まあ、最後のは冗談だが…」
「ぜってぇ本気だろ」
「とにかく、傍若無人、我が儘に振る舞うなということだ」
黒龍のその言葉を聞き、白龍は顎に手を起き、何やら思案顔をした後、納得したように呟いた。
「何となく分かったぜ」
「?」
「まつりがそんなに我が儘で勝手な行動をするのは、黒龍のせいなんだろうな」
「は? 何を言っているのだ? 白龍?」
「だって、お前も傍若無人で我が儘で、おまけに唯我独尊、厚顔無恥。まつりはお前の背中を見て育ったんじゃねえのか?」
「貴様っ! 言っておくが、闇の世界で出会った頃、既にまつりはこのようなどうしようもない奴だったぞ! 育て方で言うのなら、ここにいる山澄に非があるのではないのか!?」
「ちょ、ちょっと、私に振る?! 言っちゃ悪いけど、まつりちゃんは元々こんなだったよ。食い意地だけは一人前で…」
「もうやめるであります! みんな! 自分の為に争わないで欲しいであります!」
「お前がそもそもの原因だろうが~!!」
黒龍と白龍が声を揃えて怒鳴った。
「…はあ、大声出したら余計腹減っちまったぜ」
白龍が何気無く、時計をチラリと見やった。まつりに唐揚げを食べ尽くされてから、何だかんだで既に四十分が経過していた。
加えて朝はパンをかじった程度で、ジョギングから帰ってからは何も口にはしていない。
「ゲッ! もう二時過ぎてんじゃねえか! どうりで腹減るはずだぜ! つっても、まつりが食っちまったせいでサラダしか残ってねえし…。これで我慢するしかねえか…」
「…フフフッ……ハッハッハッハ!!」
「どうした? 腹減りすぎて気でも狂ったか?」
「いや、思い出したのだ! あれを!」
「はあ?」
黒龍はそう言うと、台所の下にある収納棚に腰を下ろし、何かを取り出した。
「これだ。俺の非常食だ」
「って、コレってカップラーメンじゃねえか! あれ? オレの分は?」
「いや、一個しかない」
「全くそんな物ばかり食べて。やまさんオコですよ」
「そんな腹の奴に言われたくはないが…。それにこれは非常食と言ったであろう。普段から食べているわけではない。何かの為に取っておいたのだ」
「そういやお前がカップ麺食ってるとこなんか、あんまし見たことねえな。まあ、いいや。食おうぜ」
白龍が、黒龍の持っていたカップラーメンを取ろうとした瞬間、黒龍は容器を上に投げ、それを阻止した。
白龍の右手が中空を掠める。
「はれ?」
「何故お前が食えると思うのだ? これは俺のカップ麺だぞ?」
上から戻って来たカップラーメンを上手にキャッチする黒龍である。
「はあ? 何ケチ臭いこと言ってんだよ。一緒に食べればいいだろが!」
「しかし、二人とも腹が減っているのだぞ? 分ければ空腹はマシになるやもしれぬが、お互い腹は減ったままだ。ここはどちらか一人が満腹になり、サラダで空腹を誤魔化せばいいのではないか?」
「じゃあお前が! 我慢しろよっ!」
言いながら飛びかかるようにカップラーメンを掴もうとする白龍だったが、黒龍はカップラーメンを右手左手と弄ぶように空中に放り投げながら躱した。
「だからコレは俺の…」
「もう、二人とも、その辺で…」
「だったら、自分がいただくであります!」
黒龍が頭上高くカップラーメンを投げ、白龍の手がそれを掴もうとしたその時、パタパタと飛びながらまつりが横からカップラーメンをキャッチし、ひらりと地面へと着地した。そのままの体勢でカップラーメンを口に運ぶまつりである。
「いただきまーす!」
「待て! まつり!」
「カップ麺は!」
二人の静止も我聞かず、まつりはカップラーメンにかじりついていた。
ガシッ!
「不味いであります……」
見事にまつりの歯型がついたカップラーメン。フィルムと容器の隙間から少し乾麺が溢れでていた。
「あーぁ…」
「まつり。カップ麺はお湯を注いで三分待たなければ食べられないのだぞ」
「そうなのでありますか? 自分、カップ麺なるものを食べたことがないでありますから。食べてみたかったんであります…」
カップラーメンの残骸を見て、自分のしてしまったことの重大さを把握したのか、しょんぼりと項垂れるまつり。その顔を見、黒龍と白龍、加えて山澄は、この小さな生物にカップラーメンを食べさせたくなった。
「ま、まぁ、なっちまったもんはしょうがねぇ」
「そうだな、こうなってもまだ食べられる。器に盛り、四人で分け合うか」
「いいんでありますか?」
「え? 私も?」
こうして、四人仲良く器に分けた、たった二口程度の少ない量の麺にお湯を注いだ。
「ん? 何か臭くないか?」
「気のせいじゃねぇか?」
「あ、自分、おならしたでありますっ」
「あんだけ食ってりゃ、そりゃ屁も出るわな…」
「しかもその上カップ麺まで食べるとは…貴様の胃袋はどうなっているのだ」
「自分、もっと美味しいものを沢山食べたいであります! 地球のグルメを食い尽くすであります!」
「女神様の任務はいいのかよ!」
「あ、もうそろそろ三分経つわよ」
山澄の合図で、皆は自身の器に意識を向けた。
「いただきまーす!」
四人は待ちわびたかのように、同時に麺をすすりこんだ。
「………!?」
「…何だコレは!」
「ぶえ! 不味!」
「不味いであります!」
「まさか…!」
黒龍は先程台所に捨てたカップラーメンの底を、慌てて確認した。
「賞味期限が切れてるではないか!」
黒龍が秘蔵を重ね、大事に大事に取っておいたカップラーメンは、とっくに賞味期限が切れ、完全に油焼けし、容器の臭いが移った麺の味が、何とも言えない風味を放ち、とても食べられる状態ではなかったのであった。
「何て物食べさせんだよ!」
「さっきの臭いはまつりの屁ではなく、これの臭いだったのか!」
「自分…もうカップ麺は二度と食べないあります…」
「まつりちゃん、これが特殊だっただけで、カップ麺は美味しいのよっ。そうだ!」
山澄は何か閃いたように、両手をポンっと叩いた。
「三人で仲良く買い物に行ってきなさいよ。夕飯の買い出しもかねて」
「えぇ~面倒くせぇなぁ~」
「何故貴様に指図されねばならんのだ!」
「こらっ! お父さんを貴様なんて呼ばないの! いいからいいから! やまさん、お金出してあげるから! はい! 五万くらいでいい?」
「いや、貰いすぎだろ!」
山澄は黒龍と白龍の背中を玄関まで押しやった後、唐突に財布からお金を出し、白龍に渡した。
「いいのよ、やまさんお金持ちだからっ! じゃ、いってらしゃ~い」
にこやかに顔の横で素早く手を振る山澄。
無情にも玄関の扉は閉められてしまった。
「…押しきられてしまったな」
白龍の顔を見ながら、困惑したように黒龍が呟く。
「やまさんも何であんな強引に…」
同じく困惑したように呟く白龍は、渡された五万円をまじまじと見た。黒龍も白龍の手元に視線を落とし、溜め息を吐く。
「それより、これからどうするのだ?」
「…買い物行くっきゃねぇだろ?」
白龍は握り締めた五万円を乱暴にポケットへと押し込んだ。
「それもそうだが…」
黒龍はチラリと、困ったように足元にいるまつりを見た。
「? どうしたでありますか?」
「ちょっと窮屈であります!」
小さくなったまつりが、黒龍の胸ポケットから苦しそうに顔を覗かせる。
「しょうがないだろ。あのままの体長で出歩けば、周りの人間にワニを連れていると誤解されてしまうからな」
「自分、ワニじゃないであります!」
「あんま喋んなよ、まつり。お前は今、胸ポケットにいるただのワニのぬいぐるみだ」
「ただのワニのぬいぐるみ…!」
まつりはショックを受け、劇画調でそう言った。
三人はアトト商店街の先、ニチオンのデパ地下に来ていた。と、いうのも、いつもは商店街で夕飯などを買うのだが、山澄に五万円も貰ったため、少し豪勢にいこうと白龍が言い出した為である。
「さてと、何買うかなぁ」
ポケットに押し込んでいて少しクシャっとなった五万円を、ヒラヒラと顔の前で仰ぐ白龍である。
「おい、金はちゃんとしまっとけ」
「それにしても五万円もくれるなんて、やまさんてどんだけ金持ちなんだよっ」
言いながら、自分のマジックテープの財布をバリバリと開け始めた白龍。
「さあな。案外……」
バリバリッ、バリバリ。
「……裏で悪どい事でも…」
バリバリッ。
「やっているのかも知れんぞ」
バリバリッ!
「バリバリうるさいっ」
「いいだろ、どうでも。それよりお前、一応自分の父親だろ。疑うのか?」
「なっ! 俺はまだ認めていないっ」
「いい加減黒龍様も応龍様を見習って、立派になって欲しいモノであります!」
「お前は喋るなっ!」
胸ポケットから顔を出し、得意げになって言うまつりに対し、黒龍はその出っ張った顔を無理矢理押し込んだ。
「酷いであります…」
少し苦しそうに息をするまつりである。
そんなまつりなどよそに、白龍はデパ地下の中をくるくる見回した。
「まずピザは必須だろ? 後はカップ麺と…」
「俺の好物のアジの開きも忘れるなっ」
「じゃあ自分は…」
「お前には聞いていないっ」
「そんなぁ…であります…」
少しポケットから顔を覗かせていたまつりは、自分の意見を無下にされ項垂れた。
「ん!? あれは!?」
目敏くも何かを見つけたのか、まつりは目を輝かせた。そして。
「ペロキャンであります~~~!!」
何と、胸ポケットから飛び出し、ペロペロキャンディーの方へと飛び去っていってしまった。
「あ、こら! まつり!」
いきなり大声を出し、ジロジロと周りに見られる黒龍。
「あはは…」
乾いた笑いをした黒龍は、「くそっ」と言いながら、素早くまつりの飛んで行った方向へ駆けていった。
「あ! おい! どこ行くんだよ! 黒龍!」
まつりはすぐ近くの駄菓子屋に来ていた。売り物である、透明なセロファンに包まれたペロペロキャンディーを抱き抱える形で頬を擦り寄せていた。
周りにいる子供たちは、不思議そうにまつりを見ている。
「まつりっ…!」
凄んだ顔でまつりの頭を鷲掴みする黒龍である。まつりは、しまった! と顔を緊張させたが、時既に遅し。黒龍の顔を見た途端、あわわっと汗を撒き散らした。
「こ、こくりゅーさま…」
「貴様は…いつもいつも…俺に手間をかけさせなければ気が済まないのか?」
「も、申し訳ないであります…」
「まあいい。取り敢えず、そのペロペロキャンディー買って、白龍の所へ戻るぞ。置いてきてしまったからな」
黒龍はまつりから飴を取り上げ、レジでお金を支払った。因みに山澄のお金は白龍が持っているので、支払いは黒龍の自腹である。まあ、自腹と言っても二百円程度であるが。
「黒龍さまっ! ありがとうであります! …黒龍様にも優しさがほんのひと欠片、残ってたんでありますなぁ~」
感慨深く頷きながら、余計な一言を滑らせるまつり。
案の定。
ゴンっ!
「痛いであります…」
黒龍の鋭い鉄拳がまつりの頭に直撃するのであった。
「言っておくが貴様が不用意に飴に触らなければ、買い取ることはなかったのだ! 今後このようなことがあれば、有無を言わさず、貴様を闇の世界へ送り返すぞ!」
黒龍は言いながら、まつりと、今買った飴を自分の胸ポケットへと一緒に押し込んだ。まつりは嬉しそうにペロキャンを抱えている。
「そんなの女神様が許さないでありますよ」
意識を半分ペロキャンに向けながらも、脅しとも取れる言葉を吐き、まつりはドヤ顔で黒龍を見た。
「ふん、女神など、俺の知ったことではないっ」
「でも女神様に楯突くと嫌われるでありますよ?」
それは、黒龍にとってあまりにも痛い所をつく一言だった。図星を突かれ、黒龍の端正な顔がわずかに引きつる。
「べ、別に、きら、嫌われても…」
震える声で精一杯の強がりを見せたが、脳裏をよぎったのは女神様の失望した顔。その顔を想像するだけで胸に動悸が走る。黒龍はすぐに考えを改めた。
「…いや、やはりそれはいかんな。おなごを不快な気持ちにはさせたくはないっ」
「嫌われるのがイヤなだけでありますよね?」
「おい! 黒龍! こんなとこにいたのかよっ。何で駄菓子屋なんかに」
人混みの向こうから、買い物袋をこれでもかと抱えた白龍が姿を現した。
その姿はまるで、特売日のスーパーから帰る主婦のようである。
「貴様、見てなかったのか!? まつりが飛び出していくのを! おかげで俺は…」
「ああ、周りの店見てて気付かなかったな。そういやいたな、そんなの。ちぃっちゃくて忘れてたわ」
「ひどいであります!」
黒龍の言葉を遮るように白龍はあっけらかんと答えた。
存在を忘れられていたまつりが、短い手足をバタつかせる。しかし、黒龍の関心はすでに白龍が抱える、今にも底が抜けそうなほどのパンパンのレジ袋へと移っていた。
「貴様、随分と大荷物だが」
「いや~久しぶりに買い物来たらうまそうなのが多くて、つい」
「何を買って来たのだ?」
「えっと~、まずマルゲリータだろ? クワトロフォルマッジ、シーフードピザ、あと、海老マヨピザに、サラミピザ、照り焼きチキンピザに、あと、カップ麺と、サラダと、あと…」
白龍は買って来た袋の中身をガサゴソといじくり回しながら、能天気に中身を読み上げていく。
「全く、ピザばっかりだなっ…ん? まさか貴様、山澄から貰った五万円を全部使いきってはいないだろうな!?」
「さすがにオレも五万円全部使いきるわけねぇだろ? 三万円くらいだよ」
「三万!? 何をそんなに買っているのだ?!」
思わぬ金額に驚愕し、黒龍が詰め寄る。その剣幕に気圧された白龍は、頬に冷や汗をにじませて視線を泳がせた。
「だからピザ数種類とカップ麺数十個と、量り売りの唐揚げとかサラダとか…」
「貴様は! こういう所の量り売りは、グラム数でとんでもない値段になるのだぞ!」
「だってうまそうだったんだもん、ラザニア…」
バツが悪そうに目を逸らす白龍。デパ地下専門店の罠にハマった白龍に、黒龍は呆れとともに深いため息をついた。
「全く…。それで、俺のアジの開きは買ったのか?」
「あ、忘れた」
「貴様は頼まれた買い物も満足に出来んのか?」
「いや、おめぇが勝手にいなくなるのが悪りぃんだろ?」
「な! 俺はまつりを追ってだな!」
「はいはい分かったよ。もう一回買い物行こうぜっ」
怒る黒龍をいなしつつ戻ろうとする白龍の背中を、黒龍はどこか諦めた様子で見つめた。
「貴様はもう何も買うなよ」
「へいへい」
買い物も終わり、アパートに帰る二人と一匹。二度目の買い物の際、白龍がまたしても別の品物に目移りして足を止め、まつりはまつりで、物珍しさからか胸ポケットから飛び出そうとし、その度に黒龍は白龍の襟首を掴んで、まつりを制止しながらアジの開きを探し回った。疲れ果てた二人がデパートを出た頃には、空はすでに茜色に染まっていた。
アパートの階段を登ると、黒龍がまつりを元のサイズに戻した。自分の部屋の前まで来た二人は、玄関を開け、中に入っていった。
「ただいま〜」
「あ、おかえりー」
のんびりとした声が返ってくる。見れば、部屋の真ん中で山澄がくつろいでいた。
「何だ、やまさん、まだ居たのか」
「はい、やまさんいましたよ。というか君達が鍵かけないで出掛けたからねっ。無用心よっ」
「貴様が追い出したのであろうが!」
先程のやり取りを忘れたのか、冗談なのか、山澄ののほほんとした口振りに突っ込むが、山澄はそれをヒラリとかわす。
「はいはい、そんなことより買い物はすんだの?」
「うん? あぁ、買って来たぜ!」
白龍は意気揚々と両手いっぱいの買い物袋をちゃぶ台の上にドンっと置いた。対して隣に居る黒龍は、アジの開きしか買ってないのでスカスカのエコバッグ。
「黒龍君はやけに軽そうねっ。あんまり買わなかったの?」
「あぁ、俺は馬鹿な白龍とは違って倹約家だからな。必要な物しか買わん」
黒龍は言いながら、アジの開きを冷蔵庫に入れた。
「んなっ! オレだって必要な物しか買ってねぇよ! ピザだって冷凍すればいいだけだし」
「おまけに白龍の馬鹿は三万も使ってるのだぞ!? 三万だ! 無駄遣いが過ぎる!」
黒龍は指で三の文字を示し、これ見よがしに山澄に突きつけた。
「にゃろ~、人のこと馬鹿馬鹿 言いやがってっ…!」
思わず拳を握り締める白龍である。
「まぁまぁ二人共。喧嘩しないの。…それより、やまさんから発表がありますっ」
「ん? 何だ?」
「やまさん、気付いちゃいました!」
山澄はビシッと人差し指を立てて、したり顔でこう言った。
「何と君達が来てから今月で一年経っていたということに!」
「え? あ、あぁ、そういやそうだな」
「何!? だから買い物に行かせたのか!?」
「それだけじゃなく、まつりちゃんが来た記念も兼ねて、パーティーをしようかなって」
山澄は顔に似合わずウインクをした。
「応龍様っ。応龍様はやっぱり優しいでありますね~!」
嬉しそうに山澄を見、まつりは羽根をバタつかせた。
「ほう?」
その態度と発言に、気に入らないのか黒龍は凄むように上からまつりを見下ろす。笑顔をたたえてはいるが、目は笑ってはいなかった。
「じ、自分、何も言ってないでありますよ?」
「その言い方では俺が優しくないみたいではないかっ」
「き、気のせいでありますよ!」
「そんなことより、早くピザ食おうぜ~!」
二人のやり取りを待ちきれずに、白龍は買って来たピザやら唐揚げやらを無造作にちゃぶ台の上へとばらまいた。
「こら白龍! そんなことをしては中身が零れるではないか!」
「え? でもこの方が早いし…」
「あ~あ~あ~! ぐちゃぐちゃにしおって! うん? 何だこれは?」
「あ! それは…!」
黒龍が手に持っていたのは、巨大な肉のかたまり──ローストビーフだった。
「こんなものまで…! 貴様さっきはローストビーフなどと言ってなかったではないか!」
「怒られると思ったんだよ! さすがに買いすぎたなって…」
「成る程、三万はするはずだな…。どのみち見つかるのに、隠す意味があるのか?」
「でも、まつりだってローストビーフ食いたいよな!? な!?」
「た、食べたいでありますっ」
まつりは、じゅるりとよだれを垂らしている。
「こんな時だけ結託しおって…」
呆れて物も言えない黒龍である。
「まあまあ、買ってきちゃったものはしょうがないでしょう! 早速切り分けましょ」
山澄はローストビーフを台所に持っていくと、丁寧に切り分けていき、皿に盛った。
山澄の行動によって、各々がピザやら唐揚げやらを皿に盛り始める。
「あ、自分も手伝うであります!」
まつりが気を利かせてピザの箱に手を伸ばした時、
「おめぇは触るなっ」
白龍がまつりからピザを取り上げた。
「お前はすぐつまみ食いしそうだから、座ってろ」
「そんなぁ…であります…」
ピザを根こそぎ食われた前科があるのでいまいち信用に足らないまつりであった。
「自分こんな美味い肉食べたことないであります〜♪」
皿に盛り付けられたローストビーフを口いっぱいにほうばり、まつりが目を輝かせた。
テーブルの上には、ピザや唐揚げ、サラダやラザニア、ありとあらゆる惣菜が綺麗に四等分に個人の皿に盛り付けられ、更にはおかわり用にピザが真ん中に置かれていた。
「オレたちもこんな肉、食ったことねぇ」
「今日限りは、やまさんに感謝してもいいぞ」
ローストビーフを口に詰め込みながら、フォークで山澄を指す黒龍である。
「こら、危ないでしょ」
「感謝するならオレにだろ? オレが重い荷物抱えて買って来たんだぜ? お前最後まで自分のアジの開きの分しか持たなかったよな?」
「貴様が買い込むのが悪い。自分の荷物は自分で持つものだ」
「じゃあ、おめぇ食うんじゃねぇよ」
白龍は黒龍の食べている皿をひょいっと取り上げた。
「何をする!」
「お前ほんと優しさが足りねぇよな。まつりの気持ちがわかるぜ」
「であります」
うんうんと頷くまつりである。
「貴様らはぁ…!」
フォークを持ったままそれを握り締める黒龍。
「白龍君、それを返しなさい」
白龍はちぇっと口を尖らせながらも、渋々といった様子で皿を差し出した。山澄はそれを受け取ると、黒龍の目の前に置き白龍に向き直る。
「白龍君、実はやまさん、報告があります」
「何だよやまさん改まって」
「白龍君、実はやまさん、女神様に君の両親のこと話しちゃった。それで聞いたら調べてくれるって」
「え?」
白龍は食べていたピザを皿の上に落とした。皿から少しはみ出たピザは、テーブルの上にチーズの川を作る。
「おい、こぼしてるぞ」
黒龍の声も白龍には届かなかった。部屋の中に先程とはうってかわって、静寂が流れる。
白龍は俯き、しばらく黙っていたが、喉の奥で何かを押し殺すような沈黙のあと、やがて震えるような声を漏らした。
「な、んで、そんなこと…」
「ごめんね、何か気になって」
すまなそうに眉尻を下げる山澄に対し、白龍は唇を噛み締めた。
「何でそんな勝手に…! 女神様は忙しいんだよっ! 迷惑掛けたくないんだよ! オレなんかのことで!」
「でも…気にならないの?」
「気になる気にならないの問題じゃ…!」
「いや、問題はそこだ」
今まで黙って聞いていた黒龍が腕を組み、突然割って入る。
「経緯はあれにせよ、わざわざ女神様が調べてくれると言っているのだ。もう話は進み始めている。後はお前の気持ちの問題ではないのか?」
真っ直ぐに白龍を見つめ、低音の混じった声で冷静に諭す黒龍に、白龍は顔を歪めた。黒龍の視線を受け止めきれず、気まずさと情けなさが混ざったような顔で、視線を泳がせた。
「でも…過去に触れたら…女神様にもあのことを…思い出させちゃうんじゃ…」
今にも泣き出しそうな子供のような怯えを色濃く滲ませ、白龍はポツリと吐露した。
「アイリスのことか…」
腕を組み直し、意を汲むようにして低く応じる黒龍に対して、白龍はビクッと身体を硬直させた。あの時、少し黒龍に話したお陰で心は軽くなったものの、やはりその名を聞くと、胸が締め付けられる。アイリスと共に過ごした笑顔が白龍の頭をよぎった。
「アイリス…様?」
まつりは「誰?」という顔で山澄の方を見た。
「アイリスさんっていうのは昔、白龍君がお世話になった方でね。今はもう亡くなってしまったんだけど…」
山澄が悲しそうな顔で呟いた。
「アイリスは、女神様の母親なんだよ…」
力無く白龍は項垂れ、頭を掻きながら、畳に座り込んだ。
「オレのせいで死なせたんだ。なのにづけづけと、オレから自分の親のこと聞きにいくわけにゃいかねぇだろ?」
「白龍、だからお前のせいではないと…」
「百歩譲ってオレのせいではなかったとしても、アイリスが死んだ事実は変わらねぇんだ!」
白龍は語気を強めたあと、自分のあまりにも大きな声にショックを受け、溜息を吐いた。喧嘩をしたくない。この場から逃げたかった。
「もういいよ、オレもう寝るから」
白龍は隣の部屋のドアを力無くバタンと閉めた。
何も言えず、ただ背中を見送る黒龍と山澄。
「山澄」
「え?」
突然の山澄呼びに目が点になる山澄。
「貴様が悪い。貴様は何故白龍が一度断ったにも関わらず、女神様に連絡を取った? 白龍に悪いとは思わなかったのか?」
「そんなこと言われても…ただ気になって…」
「そもそも何故お前はアイリスのことを知っている?」
「…私もアイリスさんにはお世話になったのよ。闇の世界にいた頃、人間界に行けるようにしてくれたのがアイリスさん。その人間界で君のお母さんと出会って…」
「別に馴れ初めなど聞いてはいない!」
「まあ、結局お母さんには振られちゃったけどねっ」
てへへと笑い、頭を掻く山澄。金髪の頭には相変わらずフケが混じっていた。
「まあ、こんな親父だからなっ」
「ひどいっ」
「応龍様は立派な方でありますっ」
横で聞いていたまつりが腕を組み、力強く頷く。
「はぁ、とにかくこれからどうするのだ」
「取り敢えず、女神様側の都合もあるし、準備が整ったら天界に呼ぶって女神様が」
「何故それを先に言わん!」
「だって白龍君、怒ってるし…」
「怒らしたのは貴様だろうが…!」
拳を握ったがすぐに力を緩め、黒龍は再び、「はぁ…」っと溜め息を吐いた。
「とにかく、俺は白龍の様子を見てくるから、貴様はそのピザやら何やらを片付けて家に帰れ。あの白龍がピザを食べないのは余程のことだからな」
山澄を指差し、呆れた顔で言った。
「自分の腹に片付けるであります!」
「駄目だ。食べかけは食べてもいいが、残ってるのは明日に回す。ピザが無くなっては白龍が更に機嫌を損ねるやも知れんからな」
「まつりちゃん。一緒に片付けましょ」
「はいでありますっ、応龍様!」
「全くやまさんにはいい返事をしおって…」
呆れながら、横目にまつりを見、黒龍は隣の部屋に入っていった。
「白龍、大丈夫か…?」
薄暗い部屋の中で白龍の横になっているベッドに腰かける黒龍。
「前にもこんなことあったな…」
話しかけるも、返事はない。
「何だ寝てるのか?」
顔を覗こうとするが、布団に隠れて見えない。
「全く、そうやって布団に隠れて外界を拒絶して…。やることが子供のそれだなっ。貴様はもっと精神力を鍛え直した方がいい」
「………」
「はぁ……」
突然の溜め息に、白龍はまた嫌みを言われるのだろうと布団の中で身構えた。
「すまんな…」
(………?!)
思いもよらぬ言葉に、声は出さずに、布団の中で目を見開く白龍。
「俺がアイリスの名前を出さなければ、こんな喧嘩などせずにすんだやも…」
「…黒龍のせいじゃねえよ」
白龍はおもむろに、ゆっくり布団から起き上がり、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「それもこれもあの無神経なやまさんのせいだ」
「そうだ! やまさんのせいだ! アイツはまた何か隠している!」
「そうなのか?」
「俺にはそんな気がするのだ!」
「気がする…ねぇ…」
めくれた布団の上に、ジト目で頬杖を突く白龍である。
「そういえばやまさんが言っていたのだが、準備が出来次第、女神様がお前を天界へ呼ぶらしいぞ。だから、今すぐというわけじゃないのだから、その時に考えてもいいのではないか?」
「女神様に準備までしてもらっておいて?」
「まあ、それはそれ、これはこれだ」
「………」
その言葉に腕を組み、考える素振りをすると、白龍は静かに口を開いた。
「なあ、黒龍…」
「何だ?」
「呼ばれてるのって…その…オレだけか…?」
「ん? まあどうだろうな。そこは聞いていないが…」
「………」
「何だ? 一人で行くのが怖いのか?」
どうせ突っかかってくるだろうと黒龍はからかい気味にニヤニヤと笑った。
「………。ああ、怖いね」
「…!?」
「だってそうだろ? オレあの頃、アイリスが来るまでずっと一人で生きてきたんだぜ? 生まれた瞬間、オレの周りには誰もいなかった。オレが何なのかも良くわからず、ただ龍としての本能だけで毎日を生きていた。あの頃のことを思うと、正直キツイ…。もしもオレの親がいるとして、何故オレを捨てたのか、知りたい気持ちもあるけど、でもやっぱり、オレの…オレにとっての親はアイリスだけだから…。たった数日だけだったけど、それでもオレに光を、色を、世界をオレに教えてくれたのは、アイリスなんだ。そんなアイリスをオレは裏切りたくはない…」
自分の気持ちを吐露するように呟く白龍は、うつむき加減で両手を目の辺りで組み、ただあの頃のことを目の裏に浮かべていた。
「それは、裏切りなのか?」
「ああ、オレにとってはな」
「…まあ、じっくり考えればいい。どうせすぐには行かないのだ」
黒龍は立ち上がると、白龍の頭を二回、ポンポンとまるで子供をあやすように叩いた。
正直、白龍は少し戸惑っていた。こんなこと、以前なら黒龍に話しもしなかっただろう。だが、一年共に過ごし、色々経験し、少しだが、前に自分の過去も静かに聞いてくれた。白龍は少しずつではあるが変わりつつある。それは黒龍も同じなのだろうか。
「頭叩くんじゃねえ、…子供じゃねえんだからよ」
少しの照れくささからか、悪態をつく白龍。
「何かお前の頭が叩きやすい位置にあるからつい、な」
「オレは触られたくねぇんだっつうの」
「別にいいではないか」
そう言い、黒龍は白龍の頭を触ろうとした。
「だから! やめろって!」
嫌がる白龍に対して、黒龍はふざけたように笑いながら白龍を触ろうとする。白龍が避けて揉み合っているうちに、黒龍は白龍の両手を掴み、ベッドに倒れ込むような形になった。その時。
「はあぁ~、自分もう眠いであります~」
部屋のドアが開き、まつりがあくびをしながら部屋に入ってくる。まつりは二人の様子に目を見開いた。
「! 何してるんでありますか!?」
まつりが目撃したのは、今まさに黒龍が白龍をベッドに押し倒して、覆い被さっている瞬間だったのである。
「まさかそんな関係だったんでありますか!? 二人共!」
「いやいや! これは黒龍が無理矢理!」
「嫌嫌! 無理矢理!」
まつりは両手で自分の頬をむぎゅっと押さえ、身悶えした。
「んな! 白龍! 人聞き悪いことを言うな!」
「変態であります! 助けてであります応龍さま~!」
まつりの悲痛な叫びがこだまし、黒龍と白龍はこの後、必死に誤解を解く羽目になった。
まつりへの誤解も何とか解け、二人は寝ようとベッドに横になっていた。因みにまつりはペットショップで買ってきた、犬用の丸いベッドの上で身を丸くして、既に夢の中である。
何となく眠れなかった黒龍は、天井の木目を眺め、白龍に話しかけていた。
「…なあ、あの天井の染み、やまさんに見えないか?」
その言葉に、同じく起きていた白龍が黒龍の視線の先に目を向ける。
「ほんとだ…」
「まさかやまさん、あそこから覗き見してるんじゃないか?」
「怖ええこというなよ」
「いや、やまさんのことだ、何か不思議な術でも使っているやも知れん」
「そういや、やまさんて妙に鋭かったり、絶妙なタイミングで部屋に入ってくるような…」
白龍は自分の言葉に身震いをした。
「まさか、な…」
同時に呟いた二人は、そのシミが気になり、一向に眠れる気配すらなかったのであった。




