4、ウェグナドーレ学園
アメリアが王都に到着した次の日が、ウェグナドーレ学園高等学院の入学式だった。
「ここがウェグナドーレ……」
アメリアは百合桜が咲き乱れる校門の下、とうの昔に失われた文字で書かれた校名を見つめ、感嘆するかの様に息をついた。立派なその門の目の下にはアメリアと同じように物思いに耽るものや、来たる学校生活に闘志を燃やす者、浮かれてはしゃぐ者など様々だった。
――ウェグナドーレ学園。
このウェグナドーレ王国で唯一の国立教育機関である。
そもそもこの国には義務教育といった強制的に全国民が勉学をする制度はない。だが国民の識字率は9割を超え、その率は近隣諸国と比べても抜きん出ている。実際どんなに貧しい出自でもある程度の計算や読み書きが出来た為、無学を餌に騙されて貧困の負の連鎖に陥る国民も皆無だった。つまり幼児や不法移民・難民を除く、全ての国民が初等・中等教育を終了させたということである。
ここウェグナドーレ王国で学ぶ手段は沢山ある。王家の私費で作られた「王立」や貴族たちが作った「私立」や「領営」、教会のつくった私塾。多くの貴族は学校に通うこともあるが、病や事情持ちの子息子女は自宅で家庭教師を雇うことも多い。一方で基本的に教会の私塾は学費無料。また一部の貴族が貧しい地域で慈善事業として行われている領営学校も平民向けの為、実質無料となっている。王立では所得に応じた授業料を支払うことになっていた。それ故ウェグナドーレ国民の基礎学力は他国の追随を許さぬ確固たるものとなっていた。
だが一方で高等教育機関は王立が5つと国立が1つと非常に少ない。初等・中等教育機関が大小様々だが、それぞれ3桁あるのと比較すれば、その異様さがわかるだろう。だがそれも仕方がないことである。ウェグナドーレでは、生きていく上で必要な知識や常識は全て中等教育までに押し込んでいる。そのため高等教育機関はいわば選りすぐりのエリートコースである。だからこそ平民も貴族も平等に学べ、競い合える国立と王立しか存在しない。
その中でも唯一の国立であるウェグナドーレ学園。「学園」と言っても高等学院とその上の研究室しか存在しない。他の王立では出来ない勉学や研究も盛り沢山故、授業料も馬鹿高い。だがその一方で奨学生の枠も豊富にあり、平民の生徒はそこを狙うである。身分や種族、出身地も様々、しいて言うなれば共通点は皆非常に優秀な点くらい。
アメリアはそんな稀有な学校にこれから入ろうとしていた。
「行きましょうか、シェリー」
アメリアは己の侍女に声を掛け、颯爽と歩き出した。
「まあ、嬉しいわ、ロド。名門中の名門、ウェグナドーレ学園に入れるなんて」
ハンカチを目に当て優雅な仕草で涙を拭う子爵家の夫人。
「クリス、お前は我が家の誇りだ!精一杯励めよ!」
娘の肩を豪快に叩き笑う男性は王都一の商会の主人。
学内も本当に大勢の人で溢れかえっていた。何故ならば合格者100人という狭き門をくぐり抜けた我が子はどの家でも名誉あり、誇りだとされるため、一家総出で入学式に来るからである。
だが彼ら彼女らはまだ知らなかった。
この高倍率の入学試験を首席で通過した者のお供は、侍女1人だけだということを。
だがそれでも、彼女の名や正体を知らなくても、すれ違いざまに彼女に見とれ呆ける者は多かった。
プラチナブロンドの髪は陽の光を反射して煌めく見事なもの。肌は白磁の様に白くなめらか。円らな瞳は灰がかかったベビーブルーで、愛らしさだけでなく憂いさえも感じられた。それに唇はコーラルレッドの花弁のようで、体や顔のパーツ、どれをとっても美しかった。
ただもし1つ可笑しな点を挙げるとするならば、その髪の長さだ。彼女の髪は平民や兵士の男性のように短かった。彼女を女性足らしめているのは、ネイビーの制服の長いスカート丈だけである。だがそれがまた彼女を中性的に、不思議な魅力を持たせつつもあった。
人々は半刻後に知ることになる。
彼女の名前は、アメリア・フィン・ブレデル。「霧の姫」と舞踏会で噂される侯爵令嬢の正体だと。