2、はじまりの朝
ピロロロロー。
甲高く鳴く鳥のいななき。そして目蓋越しでも感じることの出来る明るい朝日。
アメリアははじめ、まだ自分は夢の中にいるのかと思った。
だがそうではないとすぐさま理解した。
まず、鳥の鳴き声だ。この「ピロロロロー」という声は姫燕のもの。通常の燕よりも二回りほど小さく、カフェオレ色が愛らしい鳥である。姫燕は小鳥が巣立っても人家の軒下から立ち去ることも無く、また暖かい国に旅するほどの体力も無い為、その一生を街の中で終える。
しかしその一方で夢に出てきた村、--アメリアの生まれ故郷ラーシャは深い森の奥にひっそりと佇んでいた。村の周りには危険な生き物も多く住んでいた故、小さな姫燕がやってくることは無かった。
次にアメリアはまだ重い目蓋をゆっくりと開けることで、自分のいる場所をしっかりと理解した。
ベビーブルーの更紗とアイアンブルーのベルベットの生地から成る天蓋。ベットヘッドに彫られた双頭の獅子。
言うまでもなく、アメリアの自室である。勿論夢に出てきたラーシャではなく、今の家の部屋ではあるが。
コンコン。
軽いノックの音と共に扉の向こうに感じる僅かな人の気配。
「はい」
「おはようございます。アメリアお嬢様。お仕度のお時間です」
アメリアがベットから降りたのと同時に、レディースメイドであるシェリーが一礼して室内に入った。夜空色のミッドナイトブルーの制服は襟元までしっかりととめられ、髪一本乱れることなく纏め上げられたローアンバーの髪は、ただただ彼女の真面目な気質を表していた。
「本日は快晴ですよ。良い門出となりますね」
カーテンを開けて目を細めるシェリーの声は珍しく、少しだけだが弾んでいた。
「そうね。大雨だったら興が削がれるものね。よっかたわ」
アメリアは無表情だった顔を僅かに緩めた。
「それでね、シェリー。いつも言っていると思うんだけど、支度は1人で出来るから大丈夫よ」
思わずアメリアは自室に持ち込まれた衣服にブラシ、チークや口紅など大量の品々に顔を引きつらせた。
「いいえ、アメリア様。本日はそういう訳にはいきません。
ウェグナドーレにご入学される日なのですから。高等学院は全寮制。お嬢様は家業の関係でご帰宅されることも多いとは思いますが、基本的には長期休暇外は帰れません。
旦那様とも公式にはあと半年は会えぬのですから、どうぞ身を整えてお綺麗な姿でご挨拶なさってください」
今日という晴れの日に興奮しているのか、はたまた今日こそはアメリアを磨き上げようと息巻いているせいか、シェリーは目を疑うほどの饒舌だった。アメリアが若干気圧されていると、瞬く間にシェリーは彼女をドレッサーの前に連行した。
「……アメリア様、髪を伸ばされたらいいのに」
アメリアの髪を整え、化粧を終えたシェリーは鏡を覗き込みながら呟いた。
「いいのよ、私はこれで。長いのは邪魔になるだけだわ」
鏡越しにシェリーと目を合わせたアメリアは、何処か寂し気な笑みを浮かべた。
「しかし……」
「くどいわよ、シェリー。……さあ、行きましょう。お義父様もお忙しいわ、お待たせしては申し訳ない」
さらに続けようとする侍女を窘めると、アメリアは勢いよく立ち上がった。
予約分があるうちは火・金更新の予定です。