雪のカラクリ
今日は、見渡す限りの雪。ここは真珠色の景色が辺りに広がっている。
歩道を歩く人々が白い煙を起こしながら、俺は目的地に向かって歩いていく。
今日は、というほど珍しくないのだが2日に1回。私はお気に入りのカフェがある。
「いらっしゃい、外が大分積もってるようだな」
ある女性が、珈琲を淹れながらあいさつをする。
この女性こそが、カフェのマスター。雪柄さくらである。
ここに来るのはだいたい19時の仕事が終わって直でこの店に入る。
俺が来る日は早めに珈琲を淹れてくれるのだ。
それは、前に珈琲を緩く回しながら「俺、猫舌なんすよね」と呟いた日の後からだ。
ここはちょっとばかり不思議なカフェである。
カフェへ1人で来たやつはマスターも珈琲を飲みながら一緒に話してくれる。
そこまで口数が多いわけでもないが、話は聞いてくれてるようだ。
「マスター、なんで毎回2人分の珈琲を淹れるんだ?」
今まで、ずっと気になっていた。
何をするにしても、1人分の珈琲は作ってない様子だった。
「あぁ、なんだその話か」
マスターは、俺が険しい表情をしていることを読み取ってたのだろうか?
俺が聞く前に少し身構えてた様だ。
だって俺が質問したら、肩がストンと落ちたのだから。
「あんたが2日に1回通う前の話だ。私には恋人がいて、それなりに幸せな暮らしをしていた」
「さくらさんに……?」
「おうよ、意外だろ?私は喋り方癖があるけど、彼はそれを好きだと言ってくれたんだ」
「とても良い人だったんですね」
俺は、そんな言葉をぽつりとつぶやき珈琲を1口飲む。
その合間に、さくらさんが言葉を放つ。
「そうだな……こういう冷たい雪が降ってる日に。
喧嘩別れをしてしまったんだ。それきり、彼は帰ってこない」
「えっ、きっかけは……?」
「大したもんじゃない、将来について少しね。こんな日は本当に彼を思い出して。たまらないのだよ……」
「軽い気持ちで聴いたけど、重くなっちゃったね。ごめん」
俺の中で、少し胸騒ぎがした。
なぜか他人事とは思えないくらいに、感情が周りを見えなくしていく。
「ははっ、そうだな。重い話だな。でもそれ以上に、お前に話してると落ち着くんだ」
「それなら、良かったです。今日来たタイミングで、あまりいい顔色とは言えなかったから……」
「なぁ、君は……」
そうさくらさんが呟くと同時に、外から声が聞こえた。
「さくらちゃん!ちょっとこっちで作りすぎちゃって、もらってくれない?」
「すまない、珈琲は冷める以外の道はないようだ」
その一言を最後に、店で聞こえた音は、扉についた鈴と、時計の音と俺の吐息だけしか聞こえない。
静けさが、同時にふと現実に引き戻していく。
俺は、コーヒーをグイっと一気に飲み干した。
そのまま、料金をカウンターに置き、店の外に出て星空を見る。
俺は、気まぐれで夜景が見たくなった。
ここの街での夜景。というのは1つの展望台から町が一望できるスポットがるのだ。
「なんで、こんなとこへ来たんだろうか」
その後、数分間夜景を見つめていた。
嫌な事や不安な事を全て捨てられるような。
新感覚で、未体験なその夜景は、噂以上の絶景なのだ。
「やっぱり、君は変わってないんだな。本当に……」
「さくらさん、何故泣いているんです?」
いるはずもない人が、目の前にいるのだ。
俺が好きなその人は、ただ切なくも温かい目をして泣いている。
「君は、私と付き合ってたのに。その直後で記憶を失うなんて、あんまりじゃないか……」
「俺はそんなコト言われても思い出せないんです、でも……」
「分かってる、お前が不安になったり心配になったりすると一緒にここへ来てたもんな」
「でも、さくらさんが好きだった俺とは別でもまだ一緒にいてくれるんですか……?」
「当たり前じゃないか……馬鹿やろう。私のしたい話が出来なかったんだから」
俺は、思い出せなくてもその言葉の重みが身に染みる。
好きな人が目の前にいるのに、好きだと言って付き合ったのに、そんなの……苦しいに決まっているだろう。
「あ、えっと。これから。今までを超えるぐらいの素敵な記憶づくりをしましょう。それで、どうですか?」
「ははっ、君が素敵だというんだから楽しいに決まってる。もちろん、ついていくよ。」
こうして、夜は更けていく。
これは夢に見える現実。
雪の冷たさなど、ちっとも気にならないぐらいに2人が繋ぐ手は温まっていた。




