第十二話 堀江城、三度の逆襲
堀江城を包囲した松平方は、夜明けとともに攻撃を始めた。
北門には鉄砲隊、東には梯子兵、湖岸からは舟で兵が迫り、
堀川城を血に染めた軍勢が今度は堀江城を呑み込もうとしていた。
石垣に火花が散り、土塁が震え、兵たちの怒号が湖面に反響する。
最初の逆襲は、まるで堀江城そのものが牙を剥いたかのようだった。
鉄砲の轟音が響いた直後、北門が突然開き、中安兵部が先頭に立って城兵が飛び出した。
奇襲に近い勢いで徳川軍の前列を押し返し、井伊谷衆は混乱のまま後退した。
堀川城で散った竹田や主膳、修理、新田の名が、兵たちの胸に火を灯していた。
午後になると、徳川軍は梯子をかけて城壁を登り始めた。
権田織部泰長が油を撒き、火矢を放つと梯子が燃え、兵が次々と落ちていく。
その混乱の中、堀江城の門が再び開いた。二度目の逆襲である。
火の粉を浴びながらも城兵は押し出し、徳川軍はまたも押し返された。
堀江城の石垣は黒く焦げ、兵たちの息は荒く、しかし誰一人退こうとはしなかった。
夕刻、苛立ちを隠せなくなった徳川軍は総攻撃を仕掛けた。
井伊谷三人衆の一人、鈴木重時が鉄砲隊を率いて前へ出る。
堀江城の石垣に向かって進むその姿は、まるで自ら火中に飛び込むかのようだった。
だがその瞬間、堀江城の門が三度開いた。三度目の逆襲である。
左右から堀江城の兵が回り込み、重時の隊を挟み込んだ。
中安兵部の声が響き、槍が重時の脇腹を貫いた。重時は崩れ落ち、井伊谷三人衆の一角がここに倒れた。
徳川軍の前線は大きく揺らぎ、兵たちは狼狽しながら退却を始めた。
堀江城の兵たちは追撃せず、ただ静かにその背を見送った。勝利の歓声は上がらなかった。
堀川城で散った者たちの無念が、まだ胸に残っていた。
その頃、掛川城包囲陣では、鈴木重時討死の報せが元康のもとへ届いていた。
報告を聞いた元康はしばらく言葉を失い、やがて深く息を吐いた。重時を悼んだのではない。
重時が死ぬほどの激戦なら、次に倒れるのは基胤だ――その恐怖が胸を締めつけた。
(このまま戦えば、基胤殿は必ず討ち死にする。
それだけは……それだけは避けねばならぬ)
元康は静かに目を閉じ、そして決断した。
「……和議を探ろう。石川数正、酒井忠次を呼べ」
その声は震えていた。戦の勝敗ではなく、ただ一人の命を守るための決断だった。
堀江城では、三度の逆襲を終えた兵たちが息を整え、基胤は退却する徳川軍を見つめていた。
湖面に映る夕陽が赤く揺れ、堀江城の石垣を染めている。
(元康……
そなたの想いは、確かに届いている。
だが、私は退かぬ。堀江城は、まだ折れぬ)
その静かな決意の裏で、戦は新たな局面へ向かっていた。
和議である。




