第8章 日光彫と軽井沢彫
中禅寺ダムのカードをケース(百均で買ったメモ帳のカバー)にしまうと、今度は中禅寺湖へ向かった。
インフォメーションセンターのスタッフの女性に実物のマンホールの場所を教えてもらったからだ。少し手間どったがどうにかそれを見つけて、スマホとデジタルカメラで撮影した。
それから土産物店を見て歩いた。お金をかけない旅が目的なので、何かを買うとしても、それは食料品か実用品だ。
日光彫の店が目についたので、箸でも買おうかという話になった。浅草で買った箸がだめになりそうだったからだ。
捻れている珍しい形の箸が目についたので、それを色違いで二組購入した。スプーンも勧められたが、軽井沢彫の物を既に持っているからと断った。
すると年配の女性が
「軽井沢彫より日光彫の方が歴史が古いのよ」と言った。そして
「コロナの影響で観光客が減ってねぇ」
と続けたので、他にも何か買わなくてはいけない気になってしまった。
しかし、向こうも商売人だ。彼らに高い物を勧めても無理だと分かったのだろう。ヨーグルト用の漆のスプーンを勧めてきた。
軽井沢彫はシチュー用だ。持ち手が熱くならないので愛用している。同じ理屈でヨーグルトを食べるとき冷たくならないでいいかもしれない。真冬でも毎日食べているのだからと彩海は思った。
結果的にこのときの買い物は大正解だった。その後毎日使用している。特に箸は見た目も良く、使い勝手も最高だった。
この箸が壊れたらどうしよう。また買いに行ったら同じ物があるかしらと?不安になるほどだった。
百均で似た形状の物を晴久が買ってきたが、当然ながら感触が全く違った。
そうそう。おの店の女性が言ったとおり、軽井沢彫は明治時代に外国人のために始まったらしい。しかし簡素な物を作る技術しか持ち合わせていなかったので、日光彫の職人を招聘して指導を受けたのだという。
つまり日光彫は師匠、軽井沢彫は弟子というわけだ。しかも日光彫は、四百年前に東照宮再建のために集められた職人が始めたというのだから歴史が全く違ったのだ。
ちなみに鎌倉彫は八百年前からだというから、さらに歴史が古いことがわかった。
世の中には知らないことがたくさんある。旅をするとそれまで気付かなかったとに出逢える。それがどんなに些細なことであろうと、知的好奇心が刺激されて楽しい、そう感じる彩海だった。
買い物をした後駐車場に戻り、昼食をとる準備をした。
後部座席からハンドル用テーブルと膝上に乗せるテーブルを取り出して設置した。それからクーラーボックスからお弁当とペットボトルを取り出した。
アルコールペーパーで丁寧に手を拭いて食事を始めた。いつものようにおにぎり二個とゆで卵と野菜ジュース。そしてお茶だ。
あっという間に食べ終えて片付けると、次の目的地をカーナビに打ち込んだ。
東照宮方向へ進むと右手に真っ赤な漆塗りの橋が見えてきた。神橋だ。そこを右折し、駐車場を探した。少し奥まった場所にようやく見つけてそこへ駐車した。
そしてぶらぶらと街を散策しながら日光郷土センターへ向かった。
そこで2種類の砂防カードをゲットして駐車場まで戻ったのだが、コロナ禍、しかも平日だというのに、若者を中心にそこそこ観光客がいた。さすが世界遺産だ。
ここまできたら普通、東照宮へ行くのだろう。正直なことを言えば、これまでじっくりと三猿を見た覚えがないので見てみたかった、と彩海は思った。
それにこの先にはダムがたくさんあるのだ。行きたい。ダムカードが欲しい。写真が撮りたいとう気持ちになった。
しかし、この旅の目的を忘れてはいけない。彼女はぐっと堪えてまた車に乗り込んだ。
未練を断ち切って道の駅日光へ向かった彩海は、そこでようやく憧れのマンホールカードをゲットした。小百川発電所カードと中岩ダムカードも。
今市ダムカードは写真が必要だったので、次回ダム巡りをメインのドライブをする際にまた来ることにした。とにかく、ここのマンホールカードはいつ配布中止になるか分からなかったのだから。
コンビニ近くの歩道に設置されている、実物のマンホールの写真を撮った。その後、同じ敷地内にある道の駅へ行ってスタンプを押し、道の駅切符とガード、そして大好きな湯葉をお土産に買って車に戻った。
晴久は後部座席に置いてあるクーラーボックスの中に湯葉をしまうと、お茶を取り出して、彩海に手渡した。
彼はまめでよく気が付く。自分の母親は気遣いの全くできない人だったが、自分も似たようなものだなと、彩海は申し訳なく思うのだった。
感謝しながら、何でこんなに自分はトロいのかしらとため息をつきたくなったのだった。
車中泊をしようと提案しても夫が嫌な顔をするのも当然だよなと、彩海は思った。準備や設営をするのは、結局彼になのだから。
もちろん彼女が彼にやらせようとしているわけではないだのだが、彼女がのそのそしている間に、自然と彼がやる羽目になってしまうのが分かり切っているからだ。
秋の夕暮れは早い。高速道路の走る車の中から、オレンジ色の景色を眺めながら、初めて車中泊をした日のことを思い出していた彩海だった。




