帰り道
前回のあらすじ
ウチの商品を買ってくれた客、ビビと出会う。
そして、財布をすられかけるもビビが何とかしてくれた。
「いやあ、アルマに女が出来ただけでも驚きだったが。まさかスリ犯を捕まえるとは、またすごい女の子を捕まえたな。あ、別の意味でだぞ」
「言われなくても、わかってるよ」
騒ぎを聞きつけて、街の警備隊が駆けつけた時には街の皆も協力してくれてスリ犯を縄でぐるぐる巻きにし終わっていた頃だった。
事情聴取も俺であるからなのか、あっさりと終わり、鬼のエルウーア警備隊隊長である彼の言葉もすっかり柔らかいものになっていた。
「なら、よかった。こいつはこちらで預かる。協力感謝するアルマ、ビビさん」
「ああ」
「うん」
それでも仕事は忘れていないようで背筋をピンと伸ばし、隊長は俺達に向かって敬礼を返すと、縄巻きにされたスリ犯を引き連れて刑務所の方にへと歩き出していった。
どうやら、エルウーア警備隊にまで、噂はすっかり届いていたようだった。
俺の事なんてどうでもいいから、頼むから仕事してほしい。
あ、してたわ。
そんな事を考えていると、ビビは落としていたグリモワールを腕に抱え直し、俺に言った。
「仲良いんだね」
「まあ、よく会うしな」
「............」
「あ、よく会うって言ってもしょっちゅうスリにあってるとか、お世話になってるわけじゃねえからな! 街の住人としてって意味でだ!」
急いで訂正。
危ない危ない、あらぬ誤解をされるところだった。
「よかった。でもアルマ、帰り護衛する」
「ええっ!? いや、いいよ。大丈夫だ。1回捕まってるやつ見たら、もう1回は流石にないだろ」
「その思い込みが危ない。それに、2回目の対処できる?」
「うっ......」
出来るかどうかと言われれば、多分出来ない。
警戒は出来るだろうけど、いきなり襲われたりとかでもされたら無抵抗でまた盗られるだけだ。
「ワタシがいたら、他のやつもきっとやって来ない。それに、まだ感じる」
「感じるってその......悪の目線か?」
「うん」
小さく、彼女は頷いてみせる。
勘弁してほしいが、他者を蹴落として自分の利益をあげることしか考えてないやつほど、諦めが悪いということなのだろう。
夕飯の買い物程度だから、そんなに財布の中は多く入ってないが、盗れるやつからは盗るのもそういう奴にとっては当たり前か。
両手は塞がっててすぐには抵抗出来ず、さっきもビビがいなかったら気付きもしなかったわけだし。
そうなると、彼女の提案は物凄く魅力的なものではある。
「喉から手が出るくらい魅力的な提案だが、いいのか? 何か他に用事とか」
「ない。それにアルマのいたとこから、ここまでの道は覚えてる。道案内のお礼と思って。ワタシ強いし安心」
ふんすっと、鼻を軽くならし、ビビは力こぶをつくる動作をしてみせる。
袖の長い服を着ているせいで、こぶは全く見えない。
道案内のお礼が、道案内した奴の帰り道の護衛とは滑稽なものではあるが、彼女がやると言っているのだし断ってもやると言い張りそうだし、俺は有難くお礼を受け取る事にした。
「なら、頼む。特に賃金は出せないけど、夕飯くらいご馳走させてもらうぜ。献立は勝手に増えたしな」
「なら、夕飯のお礼にまた何か手伝う」
「おいおい、夕飯くらいしか出せないぞ俺」
それじゃあ、キリがねえじゃねえか。
「しばらくタダ飯作戦」
「参ったなそりゃ」
飯を作るのは別にいいが、彼女が何日いるのかもわからないし、上手いこと付け上がられてしまったわけだ。
恋人のフリをしてもらったわけだし、貰った食材も彼女に食べてもらうためにもらったようなものだし、おいおいご馳走しようとは思っていたので、別にいいのだが。
「まあ、いいぜ。アンタのこと信頼させてもらう。あと、蛸壺だけでもいいから持ってほしいんだけど」
「いいよ」
夕暮れに染まる街を、また2人並んで歩き出す。
外で出会った店員と客の関係は、すっかり依頼者と護衛人の関係に成り代わっていた。
*
「ねえ、アルマ。ワタシに、何か訊かないの?」
さっき通った裏道をもう一度逆走するカタチで歩いていると(帰路なのだから当たり前だが)、案の定彼女が先に口を開いてそう言った。
「訊くって。何をだよ?」
「ワタシのこと。何で、この街に来たのか、とか。普通、そういう会話になるのに、アルマはそうしないから」
どうやら、とうとう彼女は俺との会話で違和感を得てしまったようだった。
まあ、当たり前といえば、当たり前。
俺としては、律儀に婆ちゃんの言葉を守っているだけではあるのだが。
『外で見知った客に会ったら、客に対してプライバシーなことは一切訊ねない』
そんな制約のもと俺は会話を進行しているのだから、彼女が疑問に思うのも当然の事。
きかれた以上は仕方ないので、俺はその旨を伝える事にした。
「アンタはその、俺にとってお客様でもあったわけだから。客にずこずこと心の内や、生い立ちの質問をするのはダメだって、婆ちゃんから言われててな」
「ふうん............でも、ワタシは、別に気にしない。それに、今は護衛人と依頼者。護衛人であるワタシはアルマのことを知りたいし、アルマに、ワタシの事を知って欲しい」
「お、おう」
仕事的な理由なのはわかっているが、そんな事を真正面から言われると心が揺れる。
まあ、彼女が知って欲しいと言っているのだし、婆ちゃんルール的にも例外という事にしておこう、そうしよう。
「わかったよ。じゃあ、そうだな。アンタの名前はビビでいいんだよな?」
「うん、ワタシの名前はビビ。アルマはアルマ?」
「おう、俺はアルマだよ。略称とかじゃない。出身は?」
ベタなとこから攻めてみる。
「......産まれは王都」
「マジでっ!? 」
王都の2文字につい反応して、声が大きくなってしまう。
読んだ字のごとく誰が決めたのかもわからない王様が治めている、大きな都だ。
「うん。でも、王都は便利だけど。居心地は悪いよ」
「そうなのか? 俺みたいな田舎者からしたら憧れの場所だけどなあ。毎日お祭りみたいに人が出入りしてるんだろ?」
「だからこそ、ワタシにとっては居心地悪い」
「ああ、なるほど」
そう言えば人混みが苦手なんだったな。
王都だったら、エルウーアの比じゃないくらい人が多そうだし、ビビみたいな考えの人間にとっちゃあキツいものもあるか。
「じゃあ、旅をしてるのは喧騒から逃れるためってわけか」
「......概ねそう。街を転々と人の気配を辿って、ここに着いた」
「一応、人の気配は辿ってるんだな」
「人混みは嫌い。けど、人の気配の多い街は嫌いじゃない............変だよね?」
ほどほどに間を置いて、彼女は言葉を重ねる。
「変っつうか。難儀なもんだなとしか。けど、気持ちはわかるぜ。猫が好きなのに、猫に触れないやつとかいるしな」
「そんな人いるの?」
「世界は広いからな。そんな変わった奴もいるんだ」
「へえー」
何を隠そう、実はラマス婆ちゃんの事なのだが。
猫に触るとくしゃみは出るわ、鼻水は出るわ、熱も出すわと本人は猫好きなだけに可愛そうだなとつくづく思う。
医者曰く、治らない病気らしい。
そう言えば、彼女が買ってくれたグリモワールってネコと喋れるようになるって内容だったな......。
もしかして。
いや、変な考えを持つのはよそう、婆ちゃんが読んでみたけどダメだったから商品として売り払ったなんて邪推な考えは捨てるんだ。
思考をリセットするためにも、俺は彼女に質問を投げた。
「旅をして、どれくらい経つんだ?」
「2年くらい、ずっと1人」
「1人でそいつは凄いな。妖魔とかどうしてるんだ?」
「旅をするなら、妖魔くらい自分で何とかしないと生きていけない」
「ですよね」
妖魔とは、この世界に蔓延る人ではないモンスターの総称である。
妖魔大陸と呼ばれる大きな巣があるのはわかっているものの、人を襲い、時には街を襲うこともある人間の敵。
種類もまた様々だ。
俺も一応は海に生きる男なので、やたらとでかいイカのモンスターとか、嵐を巻き起こす巨人のようなものを見たことはある。
倒せるなんてとても思わない。
と、倒すというワードに彼女がスリ犯を捕まえた時の動きを思い出し、俺は気になる点に気付いた。
「唐突で悪いんだが、アンタ、グリモワール買ってたけど滅茶苦茶接近戦に手馴れた動きしてた覚えがあるんだが、どっちなんだ?」
戦士なのか、魔法使いなのか。
「ワタシは白兵戦重き。アルマのところには、新しいナイフを探しによった。けど、街で唯一の武器屋なのに、普通のものがなくてびっくりした」
「それはホントすまん」
勝手ながら店を代表して謝っておく。
「それで、変な武器いっぱいだからグリモワールはどんなのか、気になって......実はグリモワール、初めて買った」
「え、そうなのか。なんでまた。魔法苦手なら、かなり読み解くの厳しいぞ」
なんなら、婆ちゃんの二の舞になる、かも。
「猫ちゃんと喋りたいし、頑張ってみる。応援して」
「おう、頑張ってくれ。グリモワールとしても読み解いて貰った方が嬉しいだろうしな」
「うん、ありがと。頑張る」
ギュッと、彼女は拳を握りしめて俺に奮闘の意思を見せる。
けれども、魔法はそういうのとは、反対にある分野だし、なんなら蛸壺を持ってもらっているせいか、中々シュールな光景になっていた。
「そういや、この街は2年も旅してる旅人さんとしてはどうなんだ?」
「んー。活気は王都に負けてない。それに地元の人がアルマみたいな人なのはよかった。まだ来たばっかりだけど」
「俺が地元民代表なのはちょっと恐縮だが、そいつはよかった。いつまで居るつもりなんだ?」
「考えてない。アルマのご飯が食べ飽きたらかも」
「なら、長くいてもらえるように頑張らねえとな」
「美味しいご飯は、旅人にとってとても大事」
「了解。あ、悪いけど今日はもう決まってるからな。婆ちゃんのリクエストがあるんだ」
「知ってる、楽しみ」
「そうかい。苦手なものとかはないか?」
「ない。好き嫌いしてたらやっていけない」
「たくましいな」
軽く笑って、一度会話に区切りがつく。
「(あと聞きたい事っていったら、あれしかねえな)」
俺は前々から気になっていたあれについてとうとう訊いてみることにした。
「なあ、その前髪なんでそんなに伸ばしてるんだ?」
「前髪?」
俺の質問を受けて、彼女は軽く自分の前髪を指で触ってみせた。
「そんなに長く伸ばしてるの。俺が知る限りだとアンタだけだったから」
誰だって気になるだろうし、初対面の時から俺だって気になってた。
何かと髪の長い女性を見たことはあるが、それはみんな後ろの方で、前を伸ばして目を隠しているのは、俺の中では彼女が初である。
であるからこそ、気になるのだ。
「............」
「?」
「............」
黙ってしまった。
もしかして、聞いちゃいけない類のものだったか?
例えば傷を隠してるとか。
なるほど、婆ちゃんはこうなる可能性を見越してあんな事を言ってたのか。
いやいやいや、それより気を悪くさせてしまったのなら急いで謝らないと。
「すまん。答えにくかったら別にいいんだ。余計なこときいちまった」
「いや大丈夫。アルマが驚かないかなって思って」
「驚く?」
その言葉に驚いているのも束の間、彼女は俺の正面目の前にたつと、俺の顔を見上げるカタチで対面して、そっと自らの前髪をあげた。
「はい」
「......っ!?」
初めてみる彼女の素顔に、俺は思わず息を呑んだ。
人形のように、計算されたとかと思うくらい整った顔立ちはもちろんのこと、彼女の目の部分にはめ込まれた円な瞳は透明な白に染まっていたからだ。
人とは思えないガラス玉のような瞳。
美人というよりかは美しい作品と形容させてもらうのが合ってるような気がする彼女に、俺は意識を持っていかれる。
「この瞳見る人、みんなびっくりというか、変なものを見る目で見るから、前髪を伸ばしてるの、変だよね」
「............綺麗だ」
彼女の説明は耳に入ってきていない。
ただ、そう呟く。
「き、きれい?」
少しして、俺の言葉に戸惑いをみせ、前髪をおろした彼女の様子から己の発言に俺は気が付いた。
「あっ、す、すまん。気にしてるのか? なら、失礼だよな。ごめん、忘れてくれ」
婆ちゃんがもしこの場にいたら絶対怒られてるな、こりゃ。
「......うん......きれいなんて言われたのはじめて」
「......?」
後半部分が上手く聞き取れなかったが、頷いてくれたのはわかっので俺はほっと胸をなでおろす。
それっきり彼女は俺の顔を見ることはなく、会話がうまれることはなかった
「......」
「......」
完全に俺の失言のせいだし、仕方ないと言えば仕方ない。
彼女の頬が紅く染まって見えたのは、きっと夕暮れのせいだろうし、ちょっと怒ってるからなのだろう。
そう、思うことにした。
*
「おかえり、アルマ。話は聞いてるよ」
店に戻るなり、婆ちゃんは静かにそう言って俺たちを迎えた。
警備隊にまで話がいっているのなら、婆ちゃんのもとにいっていないわけがない。
ただ、婆ちゃんは街のみんなとは違って達観した様子だった。
「おう、ただいま。で、その事なんだけど......」
「大方予想はついてるよ。カルアーネのやつが誤解したんだろう? まあ、その溢れんばかりの荷物を置いてきな」
「察しがよくて助かるよ。あーっと、こっちだ」
「うん、お邪魔します」
さっきまで互いに無言のややぎこちない空気だったのもあってか、とても恋仲の噂がたっているとは思えないやり取りをした後、彼女を居住空間でもある2階へと案内する。
ただ、内心としては婆ちゃんはわかってくれていたみたいで、安堵していた。
ちなみに、カルアーネは肉屋のおばちゃんのことである。
荷物を台所に置いて、腕が軽くなるのを味わい、俺たちはまた婆ちゃんのいる1階にへと降りた。
「おまたせ」
「......」
「別に待っちゃいないよ。とりあえず警備隊のやつから大体は聞いてるからわかってはいるが、アンタの口から話をきかせておくれ」
「おう」
それから、俺は店を出てからあったことを大まかに話した。
裏道でグリモワールを買ってくれた客でもあるビビに出会ったこと、迷っていたので宿屋まで道案内していたら、肉屋のおばちゃんに勘違いされて俺と彼女が恋仲だと噂がたってしまったこと、それで何かとみんながモノをくれたこと。
それから、無事に宿屋まで送り届けたが、そこでスリにあって、旅人である彼女はとても強くてスリ犯を捕まえてくれたこと。
またスられると危ないから、彼女がここまで護衛してくれたこと。
「なるほどね」
省いた箇所もあるが、経緯を説明し終わると、ため息混じりに婆ちゃんは納得してみせた。
「あの、ワタシのせいで、ごめんなさい」
婆ちゃんの態度を見てか、ビビは俺たちに思い違いの頭を下げた。
「何言ってんだよ。むしろ謝らなきゃいけないのは俺たちの方だ」
「そうだよ。うちの商品を買ってくれたお客様なのに、色々と迷惑かけちまったね。あと、私のため息はアルマが情けなさすぎて出たものだから、気にしなくていいよ」
「それ、俺がいるところで言うか?」
事実なだけに、反論出来ないのが悲しい。
「ともかく、ご飯は食べていっておくれ。なんなら、いつまでいるのかはわからないが、宿泊もここでしていったらどうだい? 街の奴らに、何かと噂されてるんだろ? 宿屋にいるよりは、ここの方がその噂とやらも怪しまれなくて済むしね」
「え、ええ!?」
「何だい、アルマ。文句でもあるのかい?」
「いや、その......ないけど」
婆ちゃんに鋭い目付きで睨まれて、たじろいでしまう。
たしかに、彼女の働きとかけてしまった迷惑的にはそこまでしても全然いいし、むしろ足りないまである。
加えて、俺との恋仲案件もあるのだ、翌日に仲違いの噂が広がるのもそれはそれで困るが、俺としては笑い話として終わって欲しかった気持ちもある。
それに、ひとつ屋根の下、女の子と過ごすだなんてとてもじゃないが考えられないというか、緊張するというか......どうなるんだ?
「泊まりまで、いいの?」
「いいも何も、私からしたら頷いてくれないと困るねビビちゃんや。路銀も節約できるし、いいと思わないかい?」
「じゃあ............甘え、ます」
ゆっくりと、自らを説き伏せるかのように、ビビは婆ちゃんの提案に承諾の意思を見せた。
「よし、決まりだね。アルマ、今日も明日も明後日も、お礼を込めて頑張るんだよ。今日は、私のリクエストの方もね」
「もちろんだぜ婆ちゃん」
せめてもの恩返しに意気込んでみせるものの、内心はこれからどうなるかわからない、彼女との生活に心臓を跳ね上がらせていた。
かくして、彼女との短いのか長いのかもわからない共同生活は幕を開けた。
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次回は明日更新の予定です