買い出し
前回のあらすじ
滅多に売れないうちの店の商品が売れてちょっとフィーバー
夕暮れに染まりつつあるいかにもな街の細い路地を、俺は進んでいく。
レンガ造りの港町でもあるここエルウーアは、物流が盛んな街とは行かないものの、別の大都市へ赴く船の中継ポイントともなっている町で船だけは多く、船が多いなら人の数もそれなりに多い。
基本的には大通りを通れば露店も多いので物は揃うが、大通りはとにかく船旅でやって来たその人で溢れていて、俺的にはあまり使おうとは思わない。
なら地元民はどうしてるのかとなるが、実は地元の人のみが知る裏道というものがあるのだ、俺は今そこを通っている。
少し日が傾くと影に埋もれてしまって、そこそこに暗いせいかあまりエルウーアを知らない人間は通ろうとしない、そのせいか、歩く人間はみんな見知った顔ばかりだ。
「ようアルマ。繁盛してるか?」
通りすがりの、漁師のおっちゃんがそう声をかけてきた。
「おう、おっちゃん。生憎......と言いたいけど。今日1冊グリモワールが売れたよ」
「マジかよ!? この前も魔剣が売れたとか言ってなかったか?月に2回も婆ちゃんの店で商品が売れるなんて奇跡だな!?」
からかい半分だったのだろう、俺の言葉におっちゃんは大げさとは言えない反応をとる。
うん、地元民からしてもこんな反応。
立地的にメインストリートから離れてるせいか、本当に客来ないし、商品は俺含め変なのばっかだし売れないんだよ......。
改めて現実と直面しつつも、俺はおっちゃんのセリフを訂正した。
「そこは生憎にも、今日返品が来てた。俺はグリモワールも返ってくるかもって思ってる」
「はっはっはっは! 相変わらず婆ちゃんは商売魂がねえな!返品を受けつけてるなんて珍しい店だぜ。ほれ、これ持ってけ!」
豪快に笑いながら、おっちゃんは手に持っていたツボを俺にへと手渡した。
縄が口のあたりに結び付けられているもので、漁に使っていたものだろうことだけは俺でも分かる。
「何だこれ?」
「蛸壺だよ! 中に1匹いるからな。出す時は塩か海水使えよ。へばりついて取れねえから」
「うお。タコか。サンキューおっちゃん。今日の晩メシが1品増えたわ」
タコならぶつ切りにするだけでも十分美味しいし、レモンなんかをかけても、焼いても揚げても上手い。
婆ちゃんも苦手ではなかったはず。
「そいつはよかった! んじゃな! 婆ちゃんによろしく言っといてくれ!」
「おう、言っとくわ! ありがとう、おっちゃん! ツボはまた今度返す!」
「あいよー!」
振り返ることもなく、それだけを言って手を上げて別れを背中だけで告げるキザな漁師のおっちゃん。
なんか、かっこいいな。
「さってと」
貰ったのはいいものの、これから買い物だってのにちょっと手荷物が出来たな。
嬉しい悲鳴というやつだけど。
一旦、これだけを置きに店に戻るか?
いや、でもそんなにたくさん買うわけでもないし、上手く袋詰めして貰えば全然いけるか。
「あっ。アルマだ」
そんな問答を自分の中で繰り広げていると、小さくも俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
さっき、聞いた覚えがあるような、でもここを使うなんて地元の人間だけだし、でも馴染みのある声という訳では無い。誰だ?
振り返る。
クリーム色のカーテンお化け。
失礼、前髪を鼻の頭くらいまで伸ばした、グリモワールを腕に抱えた女の子がそこにいた。
「あんた、さっきウチでグリモワールを買った......なんでこんなとこにいるんだ?」
「迷った」
「お、おう」
端的かつ単純で理解に早い言葉がかえってきて、少し言葉が詰まった。
「あの通り。人が多すぎ。ここは少ない道だったから歩いたけど、ややこしい。だから迷った」
「あー」
でしょうねえ。
この裏道を地元民しか使わないもう一つの理由として、恐らくだがとにかくややこしいこともある。
迷路みたいに道が交じりあっていて、初めて足を踏み込むものなら迷うこと間違いなしと言いたい。
俺も昔は迷ったし。
「アルマ。道わかる?」
目線が上手く合わないが、彼女は頼み込むように俺に訊ねた。
「ああ。もちろん。つーかよくここを通ろうと思ったな。あんた」
「人多いの苦手」
「わかるよ。そもそもこの道は、その人混み嫌いの地元民くらいしか使わないからな。人が少ない代わりに道が入り組んでるし、薄暗いしで土地勘ない奴はあんまり使わないんだけど。中々勇気あるな、あんた」
「あったのはその勇気だけ。土地勘も、誰かに訊ねることもできなかった。けど、アルマ見つけた。だから」
「なるほどな」
彼女の事情は大体把握出来たので、彼女の言葉を遮って理解の言葉を唱える。
街で迷って誰かに訊ねようにも、知らない奴ばかりで困っていたら、偶然にも、唯一にも知ってる俺を見つけて声をかけたわけだ。
そこまで、頼られちゃあ断るわけにもいかない。
「本当に、理解してる?」
「してるよ。知らない奴ばっかで、たまたま知ってる俺を見かけたから声をかけてくれたんだろ?」
「............エスパー?」
わりと真剣な口調で、そう訴えかけられた。
「んな訳あるか。俺も、あんたと同じ立場ならそうすると思っただけだよ。で、何処に行きたいんだ?」
「......宿屋エルウーア」
「あー、おばちゃんのとこか」
宿屋エルウーアとは、ラマス婆ちゃんとは旧知の仲である優しいおばちゃんが経営している、昔からある哀愁と風情漂う宿屋だ......なんて、そんな情報どうでもいいな。
ラマス武器屋からだと、大通りに入って真っ直ぐ歩いたその最終地点あたりにある宿屋だ。
人混みが嫌いなら尚更、裏道を使おうとした理由にも納得がいく。
「いける?」
「おう、大丈夫だ。任せとけ」
「......うん、任せた」
折角商品を買ってくれたお客様だ買い物が道案内にへと目的を変えても、婆ちゃんならきっと許してくれるだろう。
*
名前の知らない彼女と2人、横に並んで空はまだ明るい中、影に包まれた街を歩く。
流石にこんな俺でも、彼女の歩幅に合わせて歩くくらいの気遣いはできるので、いつもよりは少しゆっくりとしたペースだ。
「......」
「......」
特にこれといった会話はない。
きっと、世の女性にモテる男というヤツらはこういう時にもポンポンと楽しい話題をうち出して、それはそれは盛り上がって直ぐに打ち解けるのだろうけど、俺は口を開けなかった。
というか、開く事が出来なかった。
別に女性慣れしていないとかそんなんじゃなく、婆ちゃんの言葉がそうしているのだ。
『いいかい、アルマ。もし外で見知ったお客様に会ったら。容姿や過去。プライバシーに関わることは絶対に訊いちゃだめだからな』
『......なんでだ?』
『これがわからんとは、まだまだひよっこだねえ。お客様というのは繊細なものなんだよ。あまり詮索するような事は、次の来店に繋がらないからね。大人しそうな方なら尚更だよ』
『そんなもんなのか』
『ああ。深く覚えておくんだよ。でも、明るくな。店の中じゃないなら口調は崩してもええ』
『へーい』
あの頃は、まさかそんな事あるわけないだろと、そもそも客が来ないのだから見知った客もどうもこうもないだろうと考えていたが、今がその時だった。
そりゃ訊きたいよ、色々と!
特にあの前髪!
なんで、あんなに伸ばそうと思ったのか本当に気になる。
でもそれは、容姿に関わることだ。
前髪すげえ長いですね? なんて、婆ちゃんの言葉通りにするなら、言語道断だ。
けど、この心地よくも気まずい空気はどうにかしたい。
いい天気ですねとかか? いやいやいや、ベタすぎるだろ!
「ねえ、アルマ」
悶々としていると、意外にも切り出してみせたのは彼女の方だった。
「な、なんだ?」
一体どんなことを訊ねてくるのかと、情けないことにも変にドキドキしてしまう。
「店の時と、雰囲気違うね」
「え、あ、ああ。あの時は接客モードだ。婆ちゃんの目もあったし。けど、今は店じゃないからな。いつも通りだよ。何か気に障ったか?」
俺の問に彼女は首を横に振った。
「うんうん。そっちの方がいいと思う。話しやすい」
「そ、そうか?」
「うん」
話しやすいなんて、直球な言葉を投げられると少々照れてしまう。
って、向こうから会話のきっかけをくれたんだ今度は俺が頑張らなければ。
「そ、その」
「何?」
相手のプライバシーに関わることじゃなくて、なおかつ楽しい話題、楽しい話題。
「...........いい天気ですね」
俺のバカー!!!!
もうちょっと、あるだろ! 楽しい話題あるだろ! さっき自分でもこれはないなってなったじゃん!
完全にあがってしまっているというか、身内以外での会話に慣れてない愚かな男の図がここにあった。
「うん。晴れてる。夕暮れキレイ」
「だ、だな」
「......」
「......」
沈黙。
会話終了、主に俺のバカ発言のせいで。
ラマス婆ちゃん監督が見てたら、思いっきりダメだしされそうなくらいなダメっぷりだ。
ただ、幸いにも2回戦は思ったよりも早かった。
「ねえ、アルマはなんで外にいるの? お店は?」
「あ、おう。今は夕飯の買い出しだよ。今日はアンタが商品を買ってくれたからな。婆ちゃんのリクエストを聞いてボロネーゼだ」
「その壺は?」
俺が答えると、次にそう言って縄で括りつけられ、俺の右手にぶら下がる壺を指す。
「これは、さっき漁師のおっちゃんがくれたんだよ。タコが入ってるんだと」
「タコ。凄いね」
「ホントにな。誰がこんな取り方思いつんたんだろうな」
「だね」
おお! なんか、会話がはずんでる気がする!
挽回できてそうで、正直ホッとしてる。
俺から会話の糸口を出すのはだめだな、申し訳ないが、彼女からの言葉を待とう。
大人しめにみえるけど、何かと口は開いてくれるみたいだし。
「アルマはこの街にいて長いの?」
「そこそこだな。1年はいってる。いい街だよ」
「タコくれるから?」
「それもだし、街の人みんな優しいからな。ラマス婆ちゃんのおかげでもあるけど。その代わり、大通りは人混みでいっぱいだけどな」
「ラマスって、あの、お婆さん?」
「そうそう。店のカウンターにいた、変なものしか売る気のない変な人だよ。優しい人だけど」
「うん、ワタシにも優しかった。アルマはなんで、ラマスのところにいるの?」
おお、なんか知らんが質問続きだな。
というか、なんて答えたらいいものか。俺を指輪のスキルでうまれた存在だと知っているのは、実は婆ちゃんだけなんだ。
まあ、いつものでいいか。
「俺の婆ちゃんと、ラマス婆ちゃんが友達でな。俺の婆ちゃんが死んじまって、引き取ってくれたのがラマス婆ちゃんなんだよ」
もちろん、嘘だが。
「......それでお手伝い。偉い」
「そんな大層なもんでもないけどな。ほとんど、小間使いだよ。今だって夕食の材料買いに行ってるんだし」
「若い頃の苦労は買った方がいい」
「この苦労が、それに見合うだけのものならいいんだけどな。そろそろ裏道抜けるぜ」
人の少ない薄暗い裏道から、人の多い陽のあたったエルウーア大通りにへと出てくる。
もはや見飽きた人混みだ。
「人が多い」
出てくるなり、文句とともに厭う様子を見せる彼女。
裏道を使っても、彼女が目指している宿屋までは少し距離があるので、大通りをどうしても通過しないといけない。
「しゃあねえよ。裏道はここまでしか繋がってないんだ。ちょっとの辛抱だから、頑張ってくれ」
「うん」
目の前には目当ての一つでもある肉屋があるが、悪いがスルーだ、まずは彼女を宿屋まで送らないと。
そう思って店の前を素通りしようとするが、店の中から慣れ親しんだ甲高い声が俺を呼び止めた。
「おやまあ! アルマ! あんた女の子を連れて! お父ちゃん! アルマが女の子を連れてるよ!」
うわあ、捕まった。
肉屋のおばちゃんは何かとうるさいから、黙って通ったのに。
人混みが嫌いだと言うから、通りの真ん中じゃなくてお店が並ぶ端の方がを歩いたのが失敗だったか。
捕まってしまった以上、無視をするわけにもいかない。
「すまん。寄っていいか?」
「......うん、大丈夫」
彼女の了解も得たので、店に顔を見せる。
肉屋のおばちゃんに呼ばれて、店主のおっちゃんも奥から姿を現していた。
「おおアルマ! お前もとうとう女が出来たか! 今日はご馳走だな! ほら、持ってけ!」
機嫌の良さげなおっちゃんは、丸々と太った豚を俺に突き出してきた。
「おいおいおい、おっちゃん。豚まるごと1匹もいらねえよ。今日はひき肉買いに来ようと思ってただけなんだよ。あと、この人は道案内で連れてるだけだ」
「照れなくてもいいぞお! おっちゃんも母ちゃんと出逢った頃はそんなんだったなあ......くぁー、懐かしいぜ。で、ひき肉だったな。ちょっと待ってろ、いつもの量でいいんだよな?」
「ああ、頼むわ」
「あいよ」
店主のおっちゃんはそう言うと、手際よくひき肉を包装して、大きめの紙袋と一緒に俺にへと手渡す。
「今日は記念だ。銀貨3枚でいいぜ。それと何かと声かけられるだろうし、紙袋もおまけだ。うちの母ちゃんに見られた以上、観念するこった」
「こっそり通ったんだけどなあ。おばちゃんは?」
「今頃、通りを器用に走り回ってるんじゃないか? ははっ」
「笑い事じゃねえよ、ホントに。でも、ありがとおっちゃん。助かる」
「おうよ! 婆ちゃんにも、よろしくな............あと、彼女にも」
こっそりと告げ口をするように、視線を彼女にへと移すおっちゃん。
「......?」
当の本人は、不思議そうに首を傾げていた。
「だから、道案内してるだけだって」
「照れるな照れるな! 若いっていいなあ!」
ご機嫌なまま、俺の肩をおっちゃんは強く何度か叩いた。
さらさらこちらの話は聞く気がないようだが、安くしてもらったしオマケもしてもらったしで、あまり大きな口はたたけない。
「じゃあ、また」
「おうよ、毎度あり! で、子供はいつになりそうだ?」
「だからあ!」
*
噂の足の速さというか、主婦たちおばさま達の連絡網のスピードは俺の想像なんかでは計り知れないもので、あのアルマが女を連れて歩いているという話は、瞬く間に、風のごとく通りを吹き抜けていた。
少し歩くだけで、見知った顔からヤジというか祝福の声がかけられる。
たとえば、トマトを買おうと思ってやって来た八百屋のおばちゃんは。
「聞いたわよアルマちゃん! おめでとう! あらあ、可愛らしい子じゃないの! 大事にしなさいよ!」
「お、おう。ありがと」
「......」
「彼女さんのお名前は?」
「あーっと」
そう言えば名前聞いてなかったというか、聞けなかった。
横目で彼女を見る。
小さく「大丈夫」と言わんばかりに、グッドサインを俺だけに見せると彼女は自らの名を名乗った。
「ビビ、です」
「まあ! ビビちゃんって言うの!? 馬鹿アルマと仲良くね! 馴れ初めはまた今度聞くから。今日はサービスするわよ! ほら、これ持っていって。あとこれと、これも!」
と言った感じで、頼んでもいないのに色々と野菜をおまけしてくれた。
一応ボロネーゼの材料であるトマトは入っていたので、よかったとだけ。
ついでに、彼女の名前がビビとわかったのは大きな収穫だった。
そんな感じで寄るとこ寄るとこ、また通ったとこから声をかけられて物を貰い、宿屋に辿り着く頃には肉屋のおっちゃんに貰った紙袋は破けるんじゃないかと思うくらいに膨らんでいた。
今日だけじゃなくて、1週間はなんとかなりそうだ。
「着いたぜ。ここが宿屋だ。あと、なんだ。その、ごめんな」
「何が?」
「勝手に騒ぎ立てたことだよ。別に付き合ってるわけでもないのに」
「大丈夫。人から祝福されるのは悪くない気分。それより、アルマこそ大丈夫?」
多分、彼女の大丈夫は、1人で帰れるかについてだろう。
両腕で抱えていないと運びきれない紙袋、それに蛸壺、あと他にも何やかんやと。
心配の声をかけられるくらいには、俺の手荷物は多くなってしまっていた。
なにかと親身に物を貰うことはあるが、ここまで増えたのは初めてだ。
「大丈夫だよ。俺だって男だ。これくらいの荷物なんか、辞書より軽い」
「............」
ありゃ、面白くない冗談だったかな。
もちろん辞書なんかよりは全然重たいけど、帰れないわけじゃないし、どうしても無理そうなら荷車を借りたらいい。
その荷車を借りるお金を払う必要はあるけど。
「まあ、なんだ。今回の件は適当に俺がふられたってことで片付けとくから、気にしないでくれよ。人の噂も七十五日って言うだろ?」
「............」
「(......なんだ?)」
何というか、ビビは瞳が前髪で隠れてて上手く見えないわけだけど、視線が合わないというか、俺を見ていないような気がする。
俺じゃなくて、俺の後ろ、いや横か?
何かあるのかと思い、後ろを振り返ろうとした時だった。
「おっと、ごめんよ」
「あ、ああ」
肩を半分ほど回したあたりで、通りがかった人と肩がぶつかってしまう。
そのまま「すみません」と言葉を繋ごうとしたが、それは無理な事だった。
なんせ、俺の視界の中に何故かビビの姿が映っていたのだ。
何を言っているのかと言われそうではあるが、さっきまで目の前にいたはずの彼女は、俺が振り返った先の、その視界に入ってきていた。
「やあっ!」
俺が驚くことも許さないまま、彼女は俺にぶつかってきた男を両手取ると、そのまま男の重心をズラして宙にへと浮かし、固い地面にへと叩きつける。
「どぅわっ!?」
叩きつけられた男も何をされたのかわからない様子で、素っ頓狂な声を上げると目を丸く見開いたまま、空を眺めていた。
「はい、アルマ。だから、大丈夫って訊いた」
彼女は冷静な様子のまま、男のポケットを探り、そこから出てきた何かを俺に手渡す。
「............マジか」
俺の財布だった。
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