ヘンテコ武器屋のお客様
「おーい、アルマー。悪いがこれを片付けておくれ」
「任せてくれ婆ちゃん......って、これまた返品か?」
しゃがれた声で俺を呼びつける婆ちゃんこと、ラマス婆ちゃんから俺は1本の黒い剣を受け取る。
刀身は複雑な波が何度もうねっていて、とても切る用途では使えないような代物だ。
魔炎の剣
こいつは切る目的ではなく、対象に炎を浴びせることが出来る魔法剣、すなわち魔剣だ。
スキルは確かそのまま【魔炎】だったか。
だから切れなくても全く問題はないのだが、このスキルにも癖があって、とにかく炎の威力が強いのと使うと魔力をごっそり持っていかれる。
そんなわけで、少し前に売れたのにまた返ってきたわけだ。
「お客さんが上手く使えないからとかでね」
「またかよ。これで何回目だ?」
「知らんし覚えとらん。私としては、また帰ってきてくれて嬉しいよ」
「婆ちゃん、それじゃあ商売になんないから......」
やれやれと肩をすくめながら、俺、アルマは返品の品である魔炎くん(勝手にそう呼んでいる)を彼の定位置ともなっている場所にへと戻した。
うんうん、相変わらずいいカタチしてるよ、お前。
売れてないけど。
ひとつため息。
反対に、婆ちゃんは嬉しそうに微笑んでいた。
「売れなくてもいいんだよ。皆がいてくれたら婆ちゃんは幸せなのさ」
「その皆に、俺は入ってるの?」
「ふん、もちろんさ。アルマ。いや、指輪さんや」
そう言って婆ちゃんは、右手の人差し指に付けている青色の宝石が小さく輝く指輪を......俺の本体を優しく撫でた。
「嬉しい話だな」
どこか照れ臭さを残しながら、俺は箒を手に持って店の掃除をするふりをして、それを誤魔化した。
お気づきかもしれないが、俺こと、アルマは人間ではない。
本体は先程言ったように指輪、つまるところ俺は装備品だ。
装備品に宿っている精霊とでも言えばいいのか。
婆ちゃん曰く、この世界では、人間は魔力を武器や装備品といった道具はスキルを持って生まれるものらしい。
さっきの魔炎くんなら【魔炎】、俺は【表裏分体】
そして、魔力を持ちながらスキルを持つ人間も稀におり、それが一応婆ちゃんになる。
婆ちゃんが持つスキルは【鑑定】
武器の本質を見ることが出来るらしい。
なら、逆のスキルを持った武器でありながら魔力を持った存在もいるわけで、そういう武器は共通して意思ありと名前がついているようだ。
ようだというのも、俺はセミリアに会ったことも見たこともないし、どうして存在するのか、なんて野暮なこともよく分からず、婆ちゃん自身が会ったことがあるわけでもないからだ。
かなり希少な存在らしくて、言わばこの世界に伝わるおとぎ話の類のもの、すなわち伝説の存在というやつである。
そんな意思ある武器はそのおとぎ話によれば、共通して人間の体と武器の体を自由に変えられるとかなんとか。
だから、大抵のセミリアには武器名と人間名の2つがあるらしい。そして俺もまた名前が2つある。
道具名は精霊の指輪
人間名はアルマ
俺はセミリアでもないのにこんな事態になっているのは、俺が持つスキル【表裏分体】のせいである。
このスキル、名前で大方の察しがつくかもしれないが、誰かに装備されることで人間体を保つことが出来るというスキルだ。
この役に立つ可能性が見えないスキルに合わせ、悲しいことに本体の指輪としてのステータスは攻撃力は0防御力は10くらいしか上がらない。
神様とはつくづく残酷なものだ。
だから、俺はセミリアなんかではない、ただの指輪に宿ってしまった精霊のようなものだが、名前がないと不便なので名付けられたわけだ。
カウンターでまた何かを鑑定している優しいシワが刻まれたヘンテコお婆ちゃんに。
「何だいアルマ、こんなババアの顔をじっと見つめて。惚れたか?」
「んなわけあるかよ。ラマス婆ちゃん。俺はもっと優しいお姉さんが好みだよ」
「指輪なのに、女の好みなんてあるのかい。贅沢だねえ」
「夢があるって言ってほしいね」
いつものように、軽口を叩き合う。
婆ちゃん、ラマス婆ちゃんはここ、武器屋ラマスを1人で営んでいた元冒険家だ。
昔は結構有名人だったらしい。
ちなみに1人で営んでいたと、過去形なのは今は俺が手伝っているからというのは言わなくてもいいだろうか。
婆ちゃんは冒険家だが、何というか凄いけど変な人だ。
凄い所としては、さっきも言ったが人間でありながらスキル【鑑定】を持ち、武器や道具の性質とかを見極めることができる。
変な所としては、俺とかさっきの魔炎くんとか、そういう一風クセのある品を集めるのが趣味らしく、なんならそんな品々を集めた店を開いたくらいだ。
どんな武器にもガラクタにも使い手はいるんだとか。
その出会いの場を、作りたかったらしい。
場を作るのはいいのだけど、さらさら売る気がないというか、売れると寂しそうな顔をするのは、経営者としてどうなのか。
良く言えば道具への思い入れが強い婆ちゃんは、どこかで俺を拾い上げ、効果を確かめるなり即刻装備をして、俺を見るや否や店番に指名。
俺にとって装備者はご主人みたいなものなので逆らうわけにもいかず、こうやって一日に一人、客が来たらいい方の辺鄙というか、変わり者の武器屋で働いているわけだ。
大変いい迷惑だが、それでも、ほどほどに長い付き合いになる。
これがまた最初は辛かった、店員の心得を一から教えこまされ、少しでも噛むと怒られるしで、ほんとよくやってきたな俺、と自分を褒めたい。
しかも、客は少ないしな。
ちなみに、婆ちゃんの口癖は、俺にだっていつかは使い手が現れる、だ。
「こんな婆ちゃんに惚れちゃあダメだぞアルマ。お前さんにだって、いつか相応しい使い手が現れるのじゃからな」
ほら、言った。
「というか。婆ちゃん以外に使い手がいねえよ。俺なんて、雑魚装備品だし。きっと婆ちゃんと一緒に俺の人生も引退だ」
「これ、そんな事言うでないぞ。お前さんは私と違ってまだまだ未来があるんじゃから。ま、今のうちに自分を売り出す文句は考えておいてもいいかもしれんの」
「攻撃力0で防御力10の俺をどう売り込めってんだよ」
「ステータスばかりに気を取られちゃあいかん。お前さんの本質が一番大事なんじゃ」
「俺の本質ぅ?」
「お前さん自身も気づいておらんような、本当のお前さんの在り方じゃよ」
「......わっかんね」
俺はザコ指輪で、おはらい指輪で、これから先、婆ちゃん以外に使われるなんて考えたこともない。
せめてアンタと一緒に終わろう程度にしか考えていないのに、そんな事言われても困ってしまう。
「まあ、普通に見ればお前さんも綺麗な指輪じゃし。きっと貰い手はおる」
「まあ......そうか。男が綺麗って言われてもちょっと複雑だけど」
「じゃあ、指輪だけは綺麗じゃから、きっと大丈夫じゃ」
「指輪だけはってなんだよ! 人間体もまあまあ自信あるぜ!?」
超絶イケメンってわけでもないけどさあ!
街のご年配の方には、よくモテるんだぜ!
自分で言ってて悲しいなあ!
「お主はなあ、優しいお姉さんには..................ダメじゃな」
「なんでためた? なんで一瞬、期待を持たせた!?」
と、そんな感じで軽口の叩き合いが続いて重口になりかけた時だった。
カランコロンと、来客を知らせるベルが鳴った。
自然と視線が、音の方に誘導される。
「(......うおっ)」
喉元まで出かけた声をギリギリ押さえ込み、心の中で木霊させる。
胸の一部分の膨らみは見当たらないものの、華奢で無垢な体つきから恐らく女性、髪はクリーム色で歳は見た目だけなら17くらいだろうか。
若いお客様は珍しい。珍しいのだが。
何というか、そのお客様は俺が知る限りでは最も長く前髪を伸ばしていた。
まるで髪色も相まってクリーム色のカーテンのようになっていて、瞳を上手く捉えることが出来ない。
それなのに、陰気臭いどころか何か神秘的なものを感じさせる不思議な雰囲気があった。
「いらっしゃいませ」
いつまでも見つめていたら失礼だ、婆ちゃんとの会話モードから接客のモードに切り替える。
また婆ちゃんに怒られたくないしな。
「......」
彼女は俺の挨拶を無言で受け取ると、物で溢れた店の中を歩き始めた。
こんな鄙びた武器屋に一体何用だろう。
威力は確かだが、馬鹿みたいに魔力を持っていかれる魔炎くんをはじめとして、何故か正面ではなく真横を守ってくれる盾、どこまでも書けるが、1度開くとなかなか閉じない巻物......他にも色々エトセトラ。
お眼鏡にかなうものなんて、とてもないと思うのだが。
「.....あの」
「は、はい? 今、向かいます」
とか、考えているとむこうの方から声をかけてきた。
声質的にやっぱり女性か。
その、胸元の膨らみがほどほどだから、確信が持てなかったゲフンゲフン、中性的な見た目だったから。
呼ばれたので、彼女の傍にへと向かう。
別段何かを勧めようとも思っていなかったので、逆に声をかけられてたじろいでしまった。
魔炎くん売れた時もこんな感じだったな。帰ってきたけど。
「......魔導書、ある?」
「グリモワールですか? それならこのあたりですね」
決して広くもない店の一角、ギッチギチに本が詰まった本棚にまで彼女を導く。
なるほど、グリモワールを探しに来たのか、それなら若い彼女でもこんな店に来るのにも納得がいく。
グリモワールとは、いわゆるその名の通り魔導書だ。
読み解くと、その本に書いてある魔法を習得する事が出来る。
人間は魔力を使って魔法を用いる訳だが、その全てはグリモワールからはじまり、これを読み解けるかどうかが魔法の才を決める。
それに、どんな変わった魔法でも数を習得しておけば、魔法使いにとってそれは強さに変わることがある。
彼女は女性だから、魔女のほうが合っているのか。
ちなみに、ウチはグリモワールもこれまた普通なものではない。
「あの、これは?」
本棚につまっている内の幅の広い1冊を彼女は指さした。
「これは......あー。人をカエルにする魔法ですね」
「カエル? なんで?」
「いかにも、おとぎ話の魔女っぽいからじゃないですか?」
チラッと、婆ちゃんの方を見る。
うんうんと深く頷いていた。
「これは?」
今度は、カエルのグリモワールの横のものを指す。
「これは確か、猫と話せるかもしれないグリモワールですね」
「ネコ? なんで?」
「ネコと話せるなんて、いかにも魔女っぽいからじゃないですか?」
婆ちゃんは、また深く頷いていた。
あんたの仕入れの判断、おとぎ話の魔女っぽいかどうかだろ!
もっと雷撃とか、それっぽい攻撃魔法のヤツがあってもいいと思うんだけどなあ。
せめて入門書とか。
そのせいでお客さんが来てくれても、微妙な顔をして首を捻りながら帰る人がたくさんいるのに。
今回もダメそうかなあ。
なんて、考えていると彼女は案の定、口を開いて、ことわ............らなかった。
「じゃあ、このネコのやつ、下さい」
「え、お買い上げですか?」
まさか買ってくれるなんて思わなくて思わず、店員としては不適切な言葉で対応してしまうくらいには、俺は一驚した。
「非売品?」
「いえいえいえ。ありがとうございます。でもその、必ずしもネコと話せるわけではありませんよ? きちんと読み解かないと」
「大丈夫、です。あの、届かないから取って」
「あ、も、もちろん」
彼女の身長は見積もって150あたり、2mはある背丈の本棚に届かないのも無理はない。
と言っても、俺も背が高い部類ではないので脚立を持ってきてネコのグリモワールを取り出す。
「どうぞ」
「ありがとう」
そう言うと彼女は俺からネコと話せるかもしれないグリモワール(題名)を受け取ると、カウンターにいる婆ちゃんのところでお会計にへ進んだ。
売れるんか、あれ。
なんか、おめでとう。
手塩にかけて育てた息子を王都に送り出すような、すごく晴れ晴れとした気持ちだ。
また返ってくる可能性は、無きにしも非ずだけど。
「あの、これ、ください」
「はいよ。毎度あり。値段は銀貨12枚だよ。包むかい?」
「大丈夫、です。お金はこれ............あの、お婆ちゃん。それ」
なんだ?
彼女は銀貨を婆ちゃんに渡すと、婆ちゃんの指の輝きに気がついたのか、俺(本体)を凝視していた。
瞳が上手く見えないので凝視なのかは、分からないけれど、とにかく俺(本体)を見ていた。
「この指輪がどうかしたかい?」
「凄く、キレイ」
「おーそうかいそうかい。嬢ちゃんにそう言われてこの指輪もきっと喜んどるよ」
婆ちゃんの視線がうっすらとこちらに。
まあ、嬉しいよ!これで満足か!?
「それ、欲しい。ダメですか?」
「ええっ!?」
「......」
「うおっほん、すんません」
まさかのまさか欲しい、だなんて言われるとは思ってなくて俺は今日で幾度目かの驚きの声をあげたが、すぐに俺は箒を手にして謝った。
いやだって、俺、装備しても攻撃力0で防御力10だよ?
あれか、綺麗だから付けたいとか女の子らしいアクセサリー用途のそんな理由だろうか。
それにしても、中々度胸のある子だなあ。
というか、婆ちゃんはなんて答えるんだ?
「こいつが欲しいのかい?」
「うん、ダメ?」
「ああ。悪いがコイツは私にとって家族みたいなもんなんだ。そう簡単にお客さんだろうが、売れないね」
婆ちゃん......。
ふいに目頭が熱くなるのを覚える。
家族と言ってくれたのが、何だかとても嬉しかった。
「わかった。変なこと聞いて、ごめんなさい」
「いやいや良いんだよ。コイツだって、お客さんに欲しいって言われてきっと嬉しかったさ。そうさねえ、もし私が死んだら、嬢ちゃんに譲ってもいいかもねえ」
「(えっ、うそお!?)」
今度は無事に1人で驚きを片付ける。
今日だけで、何回驚いているんだ俺。
となると、婆ちゃんの次はあの子が俺の?
いやいやいや、何を期待してるんだ。
あの子は指輪として、アクセサリーとしての俺を望んだんだ。
俺に期待しているわけじゃない、自惚れるな。
俺は攻撃力0で防御力10なんだ。
「ホント?」
「こんな老い先短い婆ちゃんが死んだことを、聞きつけてくれたらね。使われなきゃ、コイツだって意味がないよ」
「うん。覚えとく。ありがとうございました」
「それは、こっちのセリフだよ。ほら、アルマ! お客様のお帰りだよ!」
「お、おう!」
婆ちゃんに急かされ、店の扉を先に開けて前髪の長い彼女を見送る。
「......」
「......?」
そそくさと店を出るのかと思いきや、彼女は俺のことをマジマジと下から上まで品定めするかのような目で俺を見つめた。
そして、一言。
「アルマ?」
「お、おう。じゃない。はい、そうです」
いけないいけない。客と店員の関係だ、このへん婆ちゃんは厳しいんだ。
「ん、覚えとく。ありがとう、ごめんね」
「.....? ありがとうございました」
ごめんね?
何に対してだ?
よく分からなかったが、俺は彼女の姿が街にのまれて、小さくなるまで見送り、扉を閉めて店内へ。
「アルマぁ。店員ならしっかりせんかい!」
入るなりいきなり、婆ちゃんの喝が飛んできた。
もうこれも、言い訳が出来るくらいにはなれたものだ。
「いや、急に俺が欲しいとか言われたらびっくりするだろ!」
「別にお前じゃなくて、指輪じゃ。そこを間違うな。それと、お客様が出ていかれるのに先に動かないとは、どういったことだい」
「ちょっと、感動してたんだよ!誰かさんが売らないとか言うから!」
「おっと、そいつはごめんよ。なら、家族なわけだし今日の買い出しも任せたよ」
「それ、押し付けたかっただけだろ。まったく......はいはい、じゃあ買い物に行ってくるから。何かリクエストは?」
「そうさねえ。あのたまにしか作らないトマトとひき肉のソースのパスタがいいかねえ」
「ボロネーゼか」
「それだそれだ」
これまた微妙に手間がかかるやつ。
普通のナポリタンじゃダメかなあ。ダメなんだろうなあ。
「あいよ、了解。じゃあ行ってくるけど、くれぐれも指輪を外さないでくれよ」
「そんなヘマしないよ。寝る時くらいしか外さないからね」
「そう言ってこの前、指からすっぽ抜けたことあったじゃねえか......」
「はて、なんのことやら」
「ボケて飲みこんだりとかしないでくれよ。はあ、それじゃあ、行ってくる」
「ああ、いってらっしゃい。ついでにパンも買ってきておくれよ」
「はいよー」
財布をポケットにいれ、俺は店をあとにする。
麺に、ひき肉、あとトマト、パンもいるし多分だけどチーズもいるな。野菜はまだあったか。
それにぶどう酒もいるな、ありゃ。
まあ、こんな小間使いな生活でも案外悪くないと思っている俺がいる。
今日は久々に商品が売れたし、寂しがり屋の婆ちゃんには腕によりをかけて作ってやるとしよう。
誤字脱字、その他にも感想等ありましたらお気軽に!
次回は明日更新です