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勇者というあだ名がついてから、アイヴァンたちに接する機会は無くなっていた。
もともとあちらから声を掛けてきていただけで私が話しかけることはなかったので、当然といえば当然だ。私以外の人にどんな態度を取っているかは知らないけれど、恐らく以前と全く同じというわけにはいかなくなったのではないだろうか。
アイヴァンという憂いがなくなった学校生活は、またたく間に過ぎていって、春。
私達は2年生になった。
1年から2年に上がるときにはクラス替えはない。3年生になると授業が選択制になるので、そのときにはクラス替えが行われるけれど、今は未だ見知った友達たちと一緒。
これで退屈な算術の授業ともお別れ。新しく加わるのは地理や他国への理解といった社会科の授業と、午後の実習には乗馬が追加される。
そんな新生活が始まって少したった頃のこと。
朝礼でガルヴァが珍しく連絡事項があるから、と少し真面目な顔をしていた。
「あー、今日から明後日のソルの日まで、視察の方がいらしている。
学園としては3年に一度の恒例行事だが、他国からのお客様だからな。
お会いすることがあったら失礼の無いようにしてくれー」
そんな行事ああるとは知らなかった。一体どんな方がきているのだろう。
教育委員会による現場視察、みたいな感じなのだろうか。
自分とは関係ない出来事ではあっても、学校でなにかイベントごとがあるというのはなんとなくわくわくするものだ。文化祭とか体育祭とか、そういったイベントがないため尚更だ。
「いらっしゃるのはトリス国の学校で教師をされている方が主だな。
お前たちの出来を見に来ているわけじゃないから緊張はしなくていい。
学校の環境はどうかとか、俺達の教え方はどうかとか・・・どちらかというと緊張するのは俺達教師の方だな」
そういってガルヴァは少し苦笑いを浮かべ、そのあと今まで見たこともないようなキリッとした表情で続けた。
「ただ、今回はその中に王族の方がいらっしゃる、らしい。
というわけでー、お前ら頼むぞ?俺のクビがかかってるかもしれないからな?
頼むから失礼だけはないようにな!な!」
なるほど、かなり身分の高い方がいらっしゃるからさすがのガルヴァも胃が痛い思いなのだろう。
それにしても、トリス国からの視察で、王族・・・
もしかしたら、もしかするかもしれない!
午前の授業を終え、昼休みも終わり、午後の乗馬の授業も終わり・・・
残念ながら、今日は視察団の方々を見かけることはなかった。
他の学年もあるわけだし、そう簡単に遭遇することはできないようだ。
仮に遭遇できたとしても、私の予想通りの方がいらっしゃるとは限らない。期待しすぎて違いました、となれば期待の分落胆も大きくなる。過度な期待は禁物だ。・・・とは思いつつも、やはり期待してしまう。
そう、私の想像する人物というのはザルツのことだ。
口頭で説明を、という話や陸路で詳細を届けるという話を手紙でして以来、音沙汰がない。そろそろ詳細のほうは届いてもいい頃だと思うのだが。
ザルツの報告は心待ちにしているものであるし、何より私はザルツという人物が好きだ。自分の身を省みず私を守ろうと毅然な態度でタリムに物申してくれたことは今でも感謝しているし、尊敬してもいる。同様にあの旅で一緒だったバイゼル将軍も、最初こそ印象は悪かったが、私の実力を認めてくれて、幼い私相手にも非を認めて謝罪してくれた姿に、変に大人のプライドを振りかざすことのない人物として最初の印象の悪さは吹っ飛んでしまった。
例えるならばバイゼル将軍は親戚のおじさんのような、そしてザルツは従兄弟のお兄さんのような、そんな親近感を私は抱いている。相手がどう思っているかはわからないけれど。
そんなわけで、視察の王族というのがザルツだったらいいな、という思いがどうしても湧き出てしまうのだ。
ついでに言うと、私は好意を抱いた相手には非常に甘い。つい、役に立ちたいとか、喜ばせたいとか思ってしまって、そういう感情が強くなりすぎて疲れてしまうことがある。逆に嫌いになった相手にはとことん厳しい。嫌いの度合いにもよるが、視界に入るだけで気分を害する場合すらある。
こんな風に人に対する好き嫌いが激しすぎることも、奏が人間関係を希薄にしていた一因だった。
だから、程々に。期待し過ぎは禁物。会えたらラッキーくらいに思っていなければ、と自分に言い聞かせる私だった。
しかし翌日、チャンスは唐突に訪れた。
この日の午後は実習室で付与魔法の基礎を学ぶことになっている。念願の付与魔法に心踊らせながら実習室に向かうと、目の前にはA,Bクラスの生徒たちによる人だかり。
入り口から室内を覗く生徒たちは、噂の視察団が中にいることで誰から入室するかを譲り合い、結果人だかりになってしまっているようだった。
小柄な私は室内を見ることはできないが・・・目的の人物がいるかはわからないが、皆が順番を譲り合っているならば先に入らせてもらうことにしよう。
「先に入ってもいい?」
人混みのうち誰にともなく声をかけると、皆が道を少しずつあけてくれる。
その間をなんとか通り抜けて、室内に入ると。
「やっぱり、ザルツ様!」
視察団の一人は、予想通りの人物、トリス王の弟君であるシルザリッツ様だった。




