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レイが指し示した場所には、刃物でつけられたような深い傷があった。
剣や槍によるものではない。恐らく、斧かなにかではないだろうか。
この根は元々地表に出ていたのかもしれない。それを世界樹の根とは知らずに斧で切りつけてしまった・・・そう考えるのが自然だろうか。
『ロキ、上に乗っても平気?』
飛翔の魔法を使いながら回復魔法は使えない。なにせ使ったことが未だないのだから。
『大丈夫。ティエラ一人くらい、世界の重さに比べたらどうってこと無いよ!』
確かにそうかもしれないが、比較対象のスケールが大きすぎる。
『回復魔法が得意な人が近くに居るの。
連れてくるわね』
『その人・・・ティエラの友達?』
『友達、では無いかしら』
一緒に旅はしてきたが、友達と言えるような関係ではない。元々ティテスはあまり喋らないし、回復魔法のコツを教えてもらった以外にあまり話をした記憶もない。
『じゃあいやだ!!』
私と私の友達ならば信用してくれるということだろうか。なぜなつかれたのはわからないが・・・年齢、だろうか?
『うーん、じゃあ私が試してみるけど・・・』
ゆっくりとロキの根の上に降り立つ。近くで見るとやはり斧が刺さったような傷だ。そこに手を添えて、その傷がない状態をイメージする。
表面だけ塞がっても意味がない。深い傷の奥が見える範囲よりも広く魔力を浸透させると、イメージした状態に徐々に変化していくように魔法を発現させた。
もしかしたら浸透させた魔力が欠損した部分に変化するような発動のさせ方でもいのかもしれないが、それではただ傷を埋めるだけで、内部の繊維がつながらない、なんてことになったら嫌だなぁと思ってこの方法をとったのだが・・・
少しずつ、傷が浅く、小さくなっていく。完全にその傷がなくなったところで、私は手を離し、ふう、と息を吐いた。
『どうかな?まだ痛い??』
『ううん!痛くない!!ありがとうティエラ!』
その言葉に安堵して、私は微笑んだ。よかった。ロキの声はさっきよりも明るく、少年らしい無邪気なものに聞こえる。
私はレイと一緒に根の上から降りると、その側面から再びロキの一部に触れる。
『いくつか質問をしてもいい?』
異変の原因がロキの傷にあるのかどうか、確かめなくてはならない。話ができるのであれば、本人に聞くのが一番だろう。
『なぁに?』
『この傷、いつできたのか覚えてる?』
『うーんと、最近だよ』
最近、ということは異変とは関係がないのだろうか。
『ぼく、あの人のこと覚えてるよ!この間あの人が来て、その少し後かな?』
あの人、というのはヴォイドのことだろうか。
丁度詰め所からヴォイドが戻ってくるところだ。ロキに重ねて聞いてみる。
『あの人って、今こっちに歩いてくる人のこと?』
『うん!』
なるほど。永い時間を生きているだけあって、最近の定義が違うのか。
『痛くて痛くて、それからずっと泣いてたんだ。遠くに根を伸ばそうとすると余計に痛くて・・・だから、なおしてくれてありがとう!』
どういたしまして、ともう一度私は微笑んだ。
なにはともあれ、異変の原因はわかったし、一応の解決もできた。これで果ての異変がすべて元通りになってくれればいいんだけれど・・・
『人間と話ができるなんて、思ってなかったよ。
ねえティエラ、ぼくのともだちになってくれる・・・?』
レイが以前言っていたっけ。世界樹は寂しいんじゃないか、って。
一人で世界を支えて、永い永い時間を生きているのだ。しかも、その意識はどう考えても幼い少年だ。寂しくならないわけがない。
『ええ、よろしくねロキ。
精霊の泉に行けば、またロキとこうして話ができるかしら?』
『うん!精霊の泉はぼくの体のすぐ近くにあるんだ!』
『この辺りからはもう帰らなくちゃいけないけど、アルディアに帰ったらきっと遊びに行くわ』
私はロキとそう約束して、一時の別れを告げた。
ロキは寂しそうにしていたけれど、また会えるのだし、そのときはもっといろんな話をしよう。レイを見ると、彼女もなんだか嬉しそうにしていた。以前から世界樹のことを案じていたレイは、ロキが一時的にでも楽しそうに話していたことが嬉しいのだと思う。
ロキが出現させた世界樹の根は、再び地鳴りと共に地中深くに沈んでいった。
それを呆然と見つめる調査団の皆に、まずはロキとした話や傷のことを報告しなくては。
私の話を、一同は黙って聞いていた。子供の戯言と思われるかも知れない。
話し終えた後、皆の視線がレイに集まる。レイはいつもどおりふんぞり返って、カナデの話したとおりだわ!と太鼓判を押してくれた。
精霊のお墨付きを得たことで、半信半疑だった皆も完全にその話を信じてくれたようだった。
これで異変が元通りになるのか、しばらく様子を見る必要がある。
急増した魔物がどうなるのか、荒廃した果てがどうなるのか、再び世界の拡大が始まるのか・・・確かめるべきことはたくさんある。
とはいえ、国王や将軍と言った立場のある人間がいつまでも国をあけているわけにもいかない。別の調査団を派遣してしばらく経過を見守ってもらうことにして、私達は長い旅から東へと戻ることになった。




