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世界樹は夢を見る  作者: 深月
幼少期
49/201

48

小説情報にてキーワードを若干修正しました。

タリムの足が地を蹴るのが見えた。

赤い双眸は私を見据えたままだ。反射的に横に飛び退くと、さっきまで立っていたその場所から、まるで魔法で地を砕いたかのように、粉々になった土の塊が宙に舞う。地面に右腕を叩き込んだままの姿勢のタリムが、再び私を見る。


「ガアアアアアアッ」


もはや人の発する声ではない。低い姿勢のまま、タリムはその場から私に向かって跳躍する。

肥え太ったその体からは想像できないスピード。避けきれないと悟った私は、咄嗟に前方に障壁を展開した。

ガン!と鈍い音を立てて、その障壁はタリムの突進を受け止める。それを見届ける前に、私はバックステップで距離を取っていた。


「まさか、本当に魔物化したというのか・・・?」


呆然と呟くヴォイドと、そしてバイゼル将軍。彼もまたカチアから、タリムの力の揺らぎについては聞いていたのだろう。それでもさほどの危機感を持たなかったのは、それほどに人間の魔物化というものが”絵空事”だったからなのだろう。


「グ・・・」


障壁に勢いを殺されて、タリムはその場で呆けたように立ちつくしながら、その瞳はしつこく私だけを捉えているようだった。もはやその表情には怒りも憎しみも見えない。それでも。


「アアアアッ!」


私を殺すこと、まるでそれが本能であるかのように。

障壁を軽々と飛び越えて、タリムが再び私に迫る。腰のショートソードを抜いて、その腕を剣の側面で受け止めると、その力の差は歴然で、私はきれいに後方へと吹っ飛ばされた。


このまま地面に叩きつけられては次の攻撃に対処できない。

自分の時間を”加速”して飛翔の魔法で体勢を立て直すと、その加速した時間の中で私は必死に考えた。

人間に戻す方法は、ないの・・・っ?


嫌味ばかりで良い思い出など一つもない相手ではあるが、旅を共にしてきた人だ。喋り、怒り、食事を摂り眠る。それは確かに人間だった。その生活なんか知らない盗賊たちよりも、よっぽど人間らしい人間だったのだ。


「タリム様・・・!正気に戻ってください!!」


そうして呼びかけるくらいのことしか出来ない。それでももしかしたら、タリムの理性に響いてくれるかも知れない。


タリムがその動きを止める。探知魔法の揺らぎが、わずかに止まる。

反応があった!もしかしたら、このまま元に・・・!


「タリム様!!」


「く・・・」


タリムの口から漏れたのは、先程までの獣の咆哮のような声ではなかった。そこに見える、わずかな理性。全員がその意識が戻ることを期待して、口々にタリムの名を呼ぶ。・・・アルドだけはただひたすらに食い入るように見つめ、時折何かメモしているようだったが・・・


「タリム様お願いです!元に・・・!」


タリムの戻りかけた理性に訴えかけるように、私は叫んだ。私の、皆の声に呼応するかのように、その反応は揺らぎを無くしていく。

カチアのほうに一瞬視線を投げる。彼女もまた探知魔法の反応にタリムが理性を取り戻そうとする動きを感じ取って、もうひと押しと懸命に声をかけ続けている。


「く・・ははっ」


タリムの口から笑い声のような呟きが漏れる。

そして私の探知する魔物特有の力の揺らぎが消えて、その色が・・・()()()()()()()()


「ははははは!

笑わせるな、偽善者ども!それが”善人ぶった”顔だと何度言わせる気か!」


理性を、取り戻した、はずだ。

笑っている。言葉を話している。その主張を高らかに叫んでいる。

だが、彼は、彼の瞳は、()()()()()()()()ままだ。


「タリム様・・・?」


「ああ、これが本当の精霊の力なのですな。

これほどの力だ、惜しいですな。私の精霊も具現化し会話ができたかもしれない・・・

もし、まだ居るのならの話ですがな!」


精霊が、いない?でも探知の反応は、精霊の力を感知するもので・・・その色が変わったとはいえ、反応は、まだある。あるのに・・・


「まさか・・・精霊の力を、取り込んだ・・・?」


「ふ、取り込むなどといえば聞こえはいいですな。

食わせていただきましたよ、精霊ごと!!!」


精霊を、食った・・・?

精霊の力どころか、精霊そのものを糧にしたというの?

変質した精霊の力に振り回されているのではないのなら・・・自ら精霊を食い殺して理性を取り戻した?

では、では・・・


「さあ、小娘。

貴様を殺して貴様の精霊も、私が食ってあげますからな!

その力は私の糧になり、世界を正す力になるのだ!」


ああ、やっぱり、可哀想な人だな。


魔物化に抗うどころか、自らその力を求めたのか。

理性を取り戻したのに、人を、精霊を殺して更なる力を求めるのか。

あなたを取り戻そうと必死に叫んだ人たちの努力を、笑うのか。


「力に溺れてしまったのは、どちらでしょうね・・・」


こんな存在には、負けられない。

こんな存在に、レイを殺されてたまるものか。


「力が手に入って、嬉しいですか?

あなたが害悪だと言った、努力のない力です」


世界を正すなんて綺麗事で、自らの欲望から目を逸らしただけじゃないか!


「そのような問答は、私が世界を救った後にすればいい」


「言い返せもしないような理屈で世界を変えようなんて・・・

そんなものに、付き合ってなんかやるもんか!!!」


私の叫び声が響く。自分の中の、怒りなのか悲しみなのか、憐れみなのか呆れなのか、もう高ぶり過ぎてなんだかよくわからなくなってしまった感情が出した答え。

こんなものに、私の大切なレイを殺させはしない。私だって、死んでなんてあげない。

たとえ、タリムを、人間を殺すことになっても!

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