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今日から世界の果ての調査が始まる。十分な時間を取るために、出発は早朝だ。
まだ薄暗いが、私達はパンとスープだけの簡単な朝食をとっているところだ。
焚き火を囲む私達のすぐ近くで、タリムは未だ眠っていたのだが・・・その体がもぞもぞと動いたと思ったら、がばっと起き出してきょろきょろと辺りを見回す。何か探してるのか?
ふと、目が合う。私を見つけると、その顔は見る間に紅潮していく。
「小娘・・・私に何をした!」
思わずきょとんとしてしまう。心当たりがないのだが・・・私何かしたっけ?
その表情は、タリムの怒りに益々火をつけてしまったようだ。
「貴様が何かしたにきまっている・・・っ!
そうでなければこんな場所で私が眠るわけがなかろう!」
そういえば眠らせたんだっけ。色んな情報を整理するのに必死ですっかり忘れていた。
「お疲れだったのではありませんか?」
もともと知らないふりをするつもりだったのだ。適当に流してしまおう。
「お食事をどうぞ、間もなく出発ですのであまり時間はありませんが」
そう言って私はタリムにスープの入ったカップを差し出した。湯気を立てるスープは固形の物を溶かしたお手軽なものだが、この世界にも固形のスープが普及していることは驚きだった。といっても大量生産できるようなものでもないらしく、お値段は相当に高い。日本のようにお手頃価格で変えるような品ではなかった。
などと全然関係ないことを考えていたのだが、差し出した私の手が突如上に跳ね上がって、今更に相手がタリムであることを思い出した。
「あつっ」
カップからこぼれた熱々のスープが手にかかる。思わず手を引くと、じわじわと増していく痛みに顔をしかめる。
「毒でもはいっているのだろう!!」
・・・被害妄想の気でもあるのだろうか。無言で水球を生み出すと、私はその中に手を突っ込んで冷やす。ティテスが来て、治療をしてくれた。
回復魔法をかけてもらうのは初めてだ。魔法を受けると少しむずむずするような感覚があって、それが収まったときには赤くなっていた手は元通りティエラの色白の肌に変わっていた。これはすごい。是非とも習得したいものだ。感心したように自分の手を見つめる私。握ったり開いたりしてみる。なんの痛みもない。
「傷がない状態を思い浮かべて魔法を使ってますよ」
ジェロスやカチアに魔法の使い方を聞いていたのを覚えていてくれたようだ。ティテスはそう言って微笑むと、小声で、あまりお気になさらずに、と囁いて、空のカップを片付けに離れていった。
なるほど、傷がない状態、そうなるように、あるいはその状態に戻るようにイメージすればいいのかな?今度怪我をしたら試してみよう。・・・使う機会が無い方がいいのだけど。
新しい魔法に思いを馳せる私を蚊帳の外にして、タリムは周囲からの非難により一層顔を赤くしていた。
同時に、ゆらり、とタリムの力の反応がゆれる。しばらく揺らいだあと、また元に戻る・・・何度かこの揺らぎは見ているけれど・・・ようやくはっきりと、私は確信した。この揺らぎは、魔物の反応とそっくりだ。
同じものを感じ取ったであろうカチアを見ると、タリムのことを不安そうに見つめていた。
馬車の中で、私はヴォイドにこの揺らぎのことを話した。恐らく私への怒りとか憎悪とか、そういったものに反応しているのではないかと思うのだが・・・
「人間が魔物になることもあるのですか?」
もしあるとするならば、人型の魔物はもっと多くても不思議ではないのではなかろうか。だって人間ほど他人に対して嫉妬とか怒りとか、そういった負の感情を抱える生き物は他にいないと思う。それこそ動物が狩られる恐怖や怒りを感じるよりもずっと。
「ないわけではない。・・・といってもそれこそおとぎ話のような伝承にわずかに伝えられている程度のもので、信憑性はわからぬ」
つまり、それほどに可能性としては低いということか。とはいえこの世界の伝承、侮れないからなぁ・・・用心しておくべきだろう。
周囲の魔物の反応だけでなく、タリムの反応にも気を配っていれば、仮に何か起こったとしても事前に察知できるはずだ。
それにしても、なぜそこまで憎まれないといけないのだろうか。強い負の感情を向けられたことなんて今まで経験がない。執着にも似たその感情は、恐ろしいのだけれどどこか他人事で、身に覚えがないせいで理不尽さに対する不満が先にくるような、でもやっぱり怖いような・・・
はぁ、とついため息をついてしまう。
「あまり庇ってやれず、本当にすまない」
その言葉に、私は首を振った。ヴォイドが心の中ではタリムに対して怒ってくれているのは知っているし、王として、たとえ娘であっても片方に味方しないという姿勢は尊敬している。だって、それってそんなに簡単なことじゃないと思うから。
私の同行を決めたとき、ヴォイドは苦い顔をしていた。それは、旅が安全でないものだからという理由だけではなくて、こうした”大人の事情”に巻き込んでしまうことを見越してのものだったのだと思う。
それらを加味しても尚私の同行が必要だと思ったのならば、それはつまり評価されている、ということだ。
・・・その評価が私ではなくてレイの力によるものなのは悔しいけれど。




