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馬車は始まりの街から北西へと進んでいく。
進むにつれ心なしか気温が下がってきたような気がする。肩から羽織ったもこもこマントが持つ熱を逃すまいと、内側から体へと密着するよう引き寄せる。
「レイは寒くないの?」
膝に乗るレイは、いつもと変わらない薄布を巻き付けたような姿だ。特に着替えなどをレイのために用意したことはない。
「この姿はあくまで力を可視化しただけのもの。
寒さも暑さも感じないわ!」
触ろうとすると確かにレイには実体があるようなのだけれど、本体は私の体の中にあってその姿は力のほんの一部を変換したものに過ぎないという。
「でも、触れられるなら服を着替えることはできる?」
「できるけど、それ必要?」
「・・・お母様が喜びそうだなぁって」
私のことを散々きせかえ人形にしていたシエラだが、話を聞いてみると私に着せたいくつかの服はシエラのお手製だったのだ。手先が器用でかわいいものが好きなシエラは、既製品に満足できずにいいデザインが浮かべば自ら縫い上げていた。まさしくレイはお人形サイズ。着替えが可能だと知ったら、嬉々として衣装を縫い始めそうだが・・・
「・・・ちょっと遠慮したいわね!」
レイにお人形の代わりをするつもりはないようだった。
そのやり取りを見て楽しげにヴォイドが笑う。
弛緩した空気を纏いながら、馬車は今日も平穏無事に西の果てへと進んでいく。
そのうち、街の影と、そのさらに向こう側に水面が見えてくる。
通称、歓喜の街。大きな湖の南北に沿うように逆コの字型に作られた2つの街は、南側は湖から海へと流れる川を利用した農業地帯になっており、北側はこの国の、現在では丁度中心部に位置することから、各街の有力者が集まって話し合いを行う会議場や、そこに訪れる有力者たちをターゲットにした宿が並び、小さな行政区のようになっている。比較的上等な宿があることで、珍しい品を求めて訪ねてくる商人なんかも北側に滞在することが多く、そのためにまた宿が充実し、というサイクルで宿場町のようにもなっているようだ。
湖の西側は、さらに西側の街造りの需要に応えるべく、職人たちが多く集まっている地区だ。
しかし、世界の拡大が止まっていることでその需要は徐々に減っている。まだ作りかけの街がたくさんある現在はその影響はほとんどないようだが、今後も状況が変わらなければ、職人たちは別の地方に移るか、あるいは故郷へと戻らざるをえないかもしれない。
南側には上等な宿はないが、それなりのところはある。
宿をとって旅ができるのはここまでだ。今後は野営をするか、運良く新しくできた街々に宿があればそこに泊まる。ヴォイド曰く15年前にもこの先に街はあったが、まだ集落に毛の生えたようなレベルで、宿などはなかったのだそうだ。
15年でどれだけ発展したか次第ではあるが、宿が取れないならば旅路は駆け足のほうがよいだろう。ゆっくりと進んでいればそれだけ野営の回数も増える。交代で眠れるとはいえ、それは私達の体力を削っていくだろうから。
翌日も朝早くから出発することを打ち合わせ、物資の補給をしてから、私達は宿で休んだ。今日の同室もまたカチアだ。おそらく女性同士になるよう気を遣ってくれているのだろう。
夜。宿に併設された酒場で食事を摂っていた私達にとって、非常に良くない噂が聞こえてくる。
歓喜の街の北西方向、つまり私達の進行方向で盗賊被害が相次いでいるという。
この位置が非常に良くない。
なぜならば盗賊が出るという位置の北側、ここから北北西の方角には、未だほぼ未開といっていい大きな森が広がっているのだ。この森があるために、盗賊を避けて迂回するのは難しい。
マティスが噂話をする男性グループに近寄り、店員に、「彼らに酒を一杯ずつ」と銅貨を渡す。
「盗賊の話、聞かせてもらえないか?」
そう声をかけると、酒を振る舞われたことに気を良くした男性たちは嬉々として話題に乗ってくれたようだった。
「どんな連中なんだ?」
「腕の立つ連中じゃぁないらしいな。誰彼構わず襲っているみたいだ。
盗賊としちゃその時点でアウト。素人だろうぜ」
「とはいえ人数が多いらしくてな。この辺では護衛を雇うような余裕のあるやつのほうがすくねぇんだ。
あんたらは随分転生者を連れてるくらいだからな、人を雇う余裕はあるんだろうが・・・中途半端な数じゃあ牽制にはならんだろうな。
返り討ちにできるかどうかは別として、だ」
つまり、相手が素人であるがゆえに、見つかれば襲われるのは避けられないだろう、ということか。
男たちに礼を言って、マティスがテーブルへと戻る。
相手が魔物でなくても、こういったことは護衛たちの領分だ。
とはいえ他にとれるルートが無い上、調査を断念するわけにはいかないため、選択肢はないわけだが。
「隊列を組み直そう。
明日はできるだけ急いで進む。・・・遭遇してしまったら、戦うしかない」
無言で頷く一同の顔には、一様に不安が浮かんでいた。




