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冥府学園  作者: 大石次郎


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オオグチ 5 完

 理科準備室で素肌に白衣のミヤコとすっかり腕の再生した五助は、互いに煙草をくゆらせながら、いつの頃かの教員が没収したまま準備室に放置していたらしいマグネットのオセロに興じていた。部屋の棚と棚の間にはビニール紐が通され、洗われたミヤコの制服や下着や靴や学生手帳が干されていた。

「ふ~ん。お兄さん食べちゃったんだぁ」

「ソウミタイダナァ。俺モ酒呑ンデ煙草吸ッテ、久シ振リニ思イ出シタ」

「何か、大変だったね」

「ウン、ソウ。俺達、大変ダッタ」

 五助は一手差し、一気に白を黒に返していった。

「ええっ? マジでぇ?」

「ハハハッ、ミヤコ。オ前、俺ヨリ馬鹿」

 五助が愉快そうに笑うので、ミアコも釣られて笑った。

「・・・何か、追われてるんでだよね? 大丈夫なの?」

「タブン、だめ。又吉兄チャンモ三郎兄チャンモモウイナイシ、俺達ハ長イ間ニ、色々ナやつラニ恨マレタカラ。ソロソロ潮時ッテヤツダヨ」

 ペトリ皿で自分の煙草を揉み消す五助。

「さっきの『罰を受ける』とか言われたって」

 ミヤコも同じペトリ皿で煙草を揉み消した。

「不思議ナモンダ。コンナ時代マデ生キテル何テナァ。ア、ソウダ、コレモ思イ出シタ」

 五助は不意に自分の口の奥の奥まで片腕を突っ込んだ。

「ちょっと?」

「ンベッ」

 戸惑うミヤコに構わず、五助は突っ込んでいた腕を出した。手には白い小石とも木片ともしれないものを摘まんでいた。

「何? 石?」

「サッキ言ッテタ志郎兄チャンノ骨ダヨ」

「ええっ?」

 仰け反るミヤコ。

「他ノ皆ハ全部食ベ尽クシチャッタミタイダケド、俺ハ骨ノ一欠片ヲ腹ノ中ニ残シテオイタンダ。イツカ」

 醜くく変わり果てた顔で、五助は掌の上の骨を見詰めていた。

「志郎兄チャンノ言ッタ『罰』ヲ受ケル日マデ、骨一ツクライ連レテ行ッテヤロウト思ッテサ」

「そう・・・」

 ミヤコは兄の骨を見詰める五助を見ていた。

「あんた、そう言えば名前、何て言うの?」

「モウ言ッタロ? 俺達ハ『オオグチ』、『マガリ」

「お化けとして名前じゃなくて、あんたが人間だった頃の名前。あたしが名乗ったんだからあんたも名乗りなよ?」

 五助はまだ髪の乾いていない、ミヤコの目を見た。ミヤコは目を逸らさなかった。

「五助ダヨ」

「五助かぁ」

 ミヤコは笑った。

「確かに『五助』っぽいね」

「何ダヨソレ? ッポイジャナクテ俺、五助ダヨ」

 五助の返しにミヤコは笑い、五助は困惑していたが、突然、五助は素早く首を反転させてカーテンを閉じた窓の方を見た。

「やばイ。来ル」

「何がよ?」

「源太兄チャンダ」

「うっそっ?!」

 ミヤコは慌てて席から腰を浮かせた。

「部活棟の方、襲ってるんでしょ? ヤバいじゃん」

 動揺するミヤコを、五助は不思議そうに見詰めた。

「何?」

「オ前、俺ガ喰ワナイト言ッタ時ハ残念ソウダッタノニ、今ハ殺サレルノカト慌テテイル」

「それはっ」

 ミヤコが言い訳しようとすると、五助は手に持っている志郎の骨を指で軽く弾くようにしてミヤコの胸元へと跳ばした。反射的に受け取るミヤコ。

「『富』ヲ失ッタ者ハ喰ッテモしょぼイ味シカシナイ。まずイマンマ」

 五助は両腕を蛇の様に伸ばし、右手でミヤコを掴み上げ、左手で掃除用具入れを開けるとその中にミヤコを入れて蓋を閉め、腕を戻した。

「匿ってくれんの?」

 ロッカー上部の通気口から目を覗かせるミヤコ。

「志郎兄チャンノ骨ガ守ッテクレルト思ウ。デモ、ミヤコ、俺ハオ前ニ『施シ』ヲ受ケタわけジャナイ。酒ト煙草ニアリツケタ分ダ。今、イイ気分。コレモ久シ振リ。キヒヒヒッ」

 五助は小さく下品に笑ってみせた。

「・・・五助、あんた達の言う『富』ってさ」

 ミヤコが言い掛けると、五助は片手を上げて制した。

「来タ」

 五助は呟き、一息分だけ血煙を吐くとそれをロッカーの通気口から中に入り込ませた。血煙は十数匹の細長い一つ目の蛇となり、ロッカー内で縄のようにミヤコを縛り、口も塞いだ。

「んん?」

 ミヤコは驚いたが、蛇達は硬く固定され解けなかった。


 直後、準備室の窓ガラスを突き破り、閉じたカーテンを引き裂いて、赤い一つ目の大蛇と化した源太が飛び込んできた。体長は5メートル程に縮み、体中から噴き出す血を止められなくなっていた。

「ゴ、五助ッ! ナゼ? ナゼ建物ヲ血煙デ覆ッテイナイ? 煙草ノ臭イガスルゾ? 酒ノ臭イモダ。マタ人間カラ施シヲ受ケタナ?!」

 源太はよろめきながら言った。

「施シハモラッテナイヨ、源太兄チャン。チョット旨ソウダカラ盗ンダダケサ」

 縛られたまま、とぼける五助を通気口から見ていたミヤコは、飛び込んできた大蛇の化け物が五助同じモノとは思えずにいた。

「ソンナものハマンマニナラナイハズダ。ナゼダ? オ前ノ傷ハ癒エテイルッ!『施シ』ヲ受ケタナ?『富』ヲ分ケラレタネ? ソウダロウ? ニ、ニニ、ニ、人間ノ味方ニナルツモリカァッ!!!」

 源太は激昂して尾を鋭く槍のように五助の腹に突き刺した。腹から激しく流血し、口からも血を溢れさせる五助。ミヤコは思わず声を上げロッカーから飛び出そうとしたが、蛇達に縛られ身動きが取れず、声も出せない。

「グゥッ、最初ニ憑イタやつト、アトハ何人カ建物ニ入ッタノヲ食ベタラ傷ハ大体治ッタ。タマタマイイ味ノやつガイタンダヨ。サ、酒ト煙草モ旨カッタシ。ホラ、俺ッテソウイウノデ結構力ガツクダロウ? ソレダケダヨ。人間ハ、関係ナイヨ。源太、兄チャン。ゴホッゴホッ」

 源太は尾を五助の腹に刺したまま、目を細め、下から睨め上げた。

「オ前ハ信用デキナイ。オ前ハ馬鹿ノくせニ俺達ヲだし抜イテスグニ人間カラ『施シ』ヲ受ケル。人間ニ味方スル。同ジ化ケ物ノくせニッ! 人ヲ殺シテ喰ウくせニッ! イツモオ前ダケガ施シヲ受ケテイルッ」

「違ウヨッ、俺ハ兄チャン達ヲだし抜イテ何カイナイヨッ!」

 血を吐きながら五助は言ったが、源太は五助の腹に刺した尾を背まで突き抜けさせ、さらに大量に流血させた。

「謝レバソレデ済ムト思ッテイルナ? だめダ。だめダゾ五助ッ。俺ハ、腹ガ減ッテル。腹ガ減リ過ギテ消エ滅ビソウダ。マダ、死ニタクネェ。マンマヲ喰ッテモ喰ッテモスグ腹ガ減ル。奪ッテモ奪ッテモ、富ガ貯マラネェ。ワカルヨナ? オ前ナラ、兄チャンノコト、ワカッテクレルヨナ? ダカラッ!」

 源太は顎を外して『大口』を開けた。

「・・・兄チャン、俺ニ富ハ無イヨ?」

 五助は疲れたように言った。

 次の瞬間、源太は弾かれたような高速で五助の首と頭部を一口で全てかじり取った。ミヤコは目を見開き、口を塞いだ蛇を噛み千切ろうとしたが、蛇は硬質のゴムのようでまるで通らなかった。

「ウ、旨ェッ!! 志郎トオンナジ味ダァッ。懐カシイナァ。ソウカ、コウスレバヨカッタノカァ。コレガ俺ノ『富』カァ。ヤッパリ奪ッタ『富』ハ、イイ味ガスルゥウウウッ。又吉ト三郎モ喰エバヨカッタ。マアイイ、マンマッ! マンマダッ!!」

 力を失い、腹を貫かれたまま膝をついた五助の体を源太は滅茶苦茶に食い散らかし始めた。成す術が無い、ミヤコ。

 ミヤコは奇妙な思いを囚われていた。

『あたしが食べられている』

 これまで、理由という程もない理由と言い訳とデタラメにまみれ、失敗を重ね、自分から失敗を重ね、逃げ場もなくなり、少しずつ腐り始めている、そうミヤコは感じていた。

 今日、一部の文化部とダンス部と空き教室をホテルと勘違いしている生徒がまばらに利用しているだけの人気の少ない放課後のB棟一階の女子トイレの個室の中で、殴られ縛られ汚水を被ったミヤコは、全てが終わるとても優しい暗闇を思い浮かべていた。そこに現れ、酷く面倒そうに個室から自分を引っ張り出したのは、醜い人喰いの化け物だった。

『私が来た。私を終わらせに来た』

 ミヤコは内心震える程、期待したが、その化け物は『臭いから』とあっさり自分を生かした。

 落胆したが、煙草をミヤコから奪うとまるで考えも無い様子で理科室までついてきた化け物に適当に『酒』とツマミを与え、洗顔クリームで汚水を丁寧に洗い流し、程々に清潔な白衣を着込み、目を消毒し、洗濯し、ワケのわからない身の上話を互いにしながら煙草を吸ってオセロを差している間、ミヤコは有頂天だった。

 どういうワケか、この私のような化け物は私を殺してくれない。殺さなかった。殺さなくてもいいのか? いいのか? いいのか? 握り締めた手の中で、ミヤコの指先程の小さな志郎の『骨』が温かみを帯び始めているようだった。

 ミヤコが身勝手な、哀れな自問を繰り返す中、五助を夢中で食い散らかした源太は全身から噴き出す血も止まり、体長も7メートル程度に回復していた。源太はげっぷを一つして、満足そうに鎌首をもたげた。

「フゥウウウウッ、ダイブ回復シタナ。ヨシッ」

 源太は一つ目を妖しく輝かせた。その光に呼応し、準備室に飛び散っていた源太の血は全て血煙の蛇の群に変化した。それを残らず吸い込む源太。吸い切り、一度舌舐めずりをすると、源太の全身は一度脈打ち、さらに一回り肥大した。

「コンナモンカ。後ハ、ン?」

 源太は五助の残りの肉片を喰らおうとしたが、五助の肉片は泡立ち、腐り落ちて粘ついた赤黒い流動物に変わり果てていった。

 舌打ちする源太。

「体ガ完全ニ死ンダカ。コレダカラ化ケ物ハ喰イ難イ。ソレヨリモ、ダ」

 源太は鼻をひくつかせ、周囲を見回し始めた。

「イル。人間ノ匂イダ。女ダ。コノ部屋ニ。五助ノ喰イ残シカ? ・・・ごすけ?」

 源太は戸惑った。

「ごすけ、トハ、誰ダ? 何ダ?」

 源太は考え込み、床に散らばった五助だった腐った流動物を眺めたが、まるでわからなかった。

「マアイイ。いらいらスル、クダラナイコトダロウ。・・・腹ガ減ッタ。マンマ、人間、ドコダ? ドコカニ、女ガイル。女ノ匂イがスル」

 巨体の源太は大して広くもない、理科準備室で長い大蛇の己の首を伸ばし回して『女』を探し回り始めた。

「イナイ。イナイゾ女ガッ。ナゼダ? コンナ狭イ部屋デ、ナゼ、ワカラナイッ?」

 苛立つ源太。

 ミヤコはまだ、掃除用具入れの中で、五助の放った血煙の蛇達に縛られていた。握った志郎の骨ははっきりと熱く、熱を持ち始めていた。

「女ッ! 女ガイナイ。ドコダ女ッ?! ナゼダ? ナゼワカラナイィ? 腹ガ減ルッ! 女、女、女、オン」

 源太がやみくもに首を回し探していると、突然、理科準備室の廊下側の窓の曇りガラスが工具で叩き割られた。


 窓ガラスを叩き割ったのはB棟の文化部員とダンス部の一部とやや服装の乱れた男子生徒と女子生徒の一組だった。その背後にはトキタの分を含めた御守りを弓に括り付けたカズネ達、弓道部員が揃って甲矢を大きくつがえている。御守りの足りなかったらしい女子弓道部員は矢筒を持ってカズネの傍に控えていた。

「ナッ?!」

 源太が驚いて顔を上げるのと、カズネ達が甲矢を源太の頭部や全身に矢を射ち込むのは同時だった。矢が刺さった場所から即座に弾け、源太は自身が飛び込んできた窓側の壁に叩き付けられた。

「ンゲゲゲゲッ!!!」

 源太は飛び散った血を集めながら、体を数割り圧縮して再生させようとしたが血は集められたが再生が上手くゆかず、頭と体中に穴が空いたままの大蛇の首を立ち上がらせた。

「イ、今ナノカ? 今? 何ノ、コトダ?」

 呻くように呟く源太。

「ホントに化け物いたよっ!」

「じゃあ部活棟の人達が殺られたっていうのもっ」

 窓を割ったB棟の生徒達が囁く中、カズネ達は乙矢をつがえていた。

皆中かいちゅうっ!!」

 カズネが叫びを合図に乙矢は源太に放たれた。

 矢は壁際で体中に穴を開けてフラつく源太に全て命中し、炸裂した。

「ブゥゥグッ!!?」

 体と頭の大半を失い、源太は既に窓の無い、窓枠から外の中空に放り出された。

「・・・アア、ソウカ、思イ出シ」

 言い終わらぬ内に、体の腐り始めた源太は中庭の縁に敷かれた砂利に落下して千切れ飛び、流動物のようになって完全に腐り果てた。

 カズネを先頭に、腰の帯に差した甲矢を取りながら、弓道部員達だけが理科準備室に雪崩れ込み、矢筒を持つ女子部員もカズネに付き従った。

 甲矢を浅く構えながら窓枠から下方を覗くカズネ。他の部員も同じよう覗こうとしたが、互いの弓が邪魔で矢やまごついた。

「殺った、ように見える」

「本当か? モチヅキ」

「知らないわっ」

 カズネは部室棟で最初に自分と共に弓を持って源太と対峙した男子部員に短く応え、踵を返して廊下側へ早足で歩き出した。

「モチヅキ?」

「まださっきの化け物の仲間がいるかもしれないっ! 警察が来る前に班を分けて残ってる人達を避難させるよっ!! 私達が護衛するわっ」

 狼狽える男子部員と工具をおっかなびっくりに構えつつ廊下で様子を見ていたB棟の生徒達に指示するカズネ。一同は慌てて指示に従い、準備室の前からそれぞれ去っていった。


 人気が無くなると、ようやくミヤコを縛っていた五助の蛇達は力を失い、液状に腐って滅びていった。

「おぇっ」

 蛇の拘束は解かれたが、液状に腐った蛇の一部が口に入り、軽く吐きながら蓋を開けて掃除用具入れから転がり出るミヤコ。白衣は腐って液状化した蛇達の死体で汚れ切っていた。

「またドボドボにされたし」

 へたり込んでうんざりと呟くミヤコは、床に散らばって腐り落ち多数のゲル状の水溜まりになった五助の死体を見回した。

「最後にいいことして死にたい、みたいなヤツかよ?・・・ふざけんなっ」

 ミヤコの声に呼応するように、手の中で熱を帯びていた志郎の骨が一際強く熱を放った。

「熱っ」

 危うく取り落としそうになり、ミヤコが改めて志郎の骨を見ると、部屋のあちこち散らばった五助の液状化した死体がミヤコの目のまで急激に這いずり集まり、源太に喰われる前の醜い五助の顔を形どった。

「五助っ!」

「ミ、ミヤコ。志郎兄チャンノ骨、弔ッテヤッテクレ。簡単デイイ」

「おいっ、あんた死ぬの?」

「・・・ハハハッ。ヤッパリ馬鹿ダナァ。俺、トックニ死ンデルヨ。ア~ア、モット立派ナやつニ見送ラレタカッタナァ」

 五助はボヤいて、ミヤコの目の前で完全に腐り落ちた。

「何だ。何だよオイっ! 自分だけ綺麗に終わるつもりかよっ。散々酷いことしてきて、お兄さんも食べちゃって、『弔ってやってくれ』だぁ? お前っ! くそっ」

 ミヤコはじだんだを一足踏んで、そのまま唸るようにして考え込んでいたが、小さな志郎の骨をまじまじと見ると、唐突にそれを口に入れ、そのまま呑み込んだ。

「んげっ。ぐっ、どうだ? どうだよ五助っ! 呑んじゃったよ、へへっ!」

 五助の液状化した死体は何も応えない。

「・・・よし、そうきたか。ちょっとそこで死んで待ってろよ?」

 ミヤコは準備室の棚を乱暴に探し回り始めた。

「あった!」

 玩具じみた解剖実験用のメスを手にしたミヤコは再び五助だった腐った泥溜まりのようなモノの前に来ると、右手に持ったメスを左の手首に当てようとした。

「いやいや、そこまでする?」

 メスをずらし、左の掌にメスを構えるミヤコ。呼吸が荒くなる。

「思った通りにしないよ? そんなの都合が良過ぎる。お前にそんな資格無い。あたしは、底意地の悪い、始末も悪い女だ」

 ミヤコはもう一度、メスを手首に構え直した。腹の中で呑んだ骨が暖かく鼓動しているのが感じられる。ミヤコは志郎が呆れているようにも感じた。

 ミヤコは呼吸を整えた。

「五助っ! あたしのクソッタレな『富』、分けてやるよっ!!」

 ミヤコはメスを引き、手首を切り裂いた。鮮血が迸る。

「痛ぁっ。こんな痛いの? 趣味でリスカしてる子とか、バッカじゃないの? 痛ぁあっ!」

 左手首から血を溢れさせながら、立っていられなくなり、ミヤコは泥のような五助の死体の上に膝をついた。

「ああ、何か、真っ暗になってきた。全然優しくないし、何か、臭い。・・・あ、これあたしの臭いか。いや、五助の蛇と五助の」

 五助の泥のような死体の上にミヤコは倒れ込んだ。

「何、やってん、だ? ホント、馬鹿だ。馬鹿、だよ・・・あたし、の、『富』」

 ミヤコが意識を失うと、泥のような五助の死体は泡立ち始め、一本の縄のような形に寄り合わさると、その形状のまま逆巻く血煙の渦に変わり、血煙の渦は体長3メートル程の薄桃色の一つ目の蛇に変化した。

「コイツ、全然言ッタ通リニシナイやつダナァ」

 蛇は五助だった。気絶したミヤコの左手首から流れる血は止まらず、床に五助が死んでいた時とは正反対の深紅の血溜まりを拡げていた。

 五助は源太によって破られた窓の方を見た。夕闇が深く、やや湿った風が吹き込んでいた。

「コレガ『罰』? 何カ思ッテタノト違ウヨ、志郎兄チャン」

 ため息一つついて、五助は体を血煙の渦に戻すと床に拡がったミヤコの血を巻き込んで、紅い血の腕輪のように旋回しながら左手首の傷口を塞ぎ始めた。



 12月上旬の夜、サンタの帽子を被ってのコンビニでのアルバイトを終えたミヤコは、見切りの惣菜や弁当をの入ったビニール袋を持って店の裏口から出てきた。ミヤコは髪を短くして茶とも金ともつかない色に染めていた。

「あー、終わった終わった。寒っ。ヒートテックもう一枚着てくりゃよかったよ」

 言いながら、左手でポケットからスマホを取り出し、時間を確認するミヤコ。左手首には一筋の傷痕があった。

「バス、一本早く行けるじゃん」

「ミヤコ。ナラ、ちきん喰イニ行コウゼ?」

 ミヤコのセーターの裾の腹側から小振りな鰻程度の大きさに縮んだ五助が顔を出してきた。

「どっから出てきてんだよ、五助っ」

 ミヤコは五助を掴まえようとしたが、するりっとかわされた。

「腹減ッタ。マンマ喰ワセロ。ちきんガイイ」

「お前はコンビニの見切り品でたくさんだよ」

 ミヤコがビニール袋を拡げると、五助は素早く袋に潜り込み、中の惣菜と弁当を喰い散らかし始めた。

「もっと上品に喰えないの? 化け物感凄いんだけど」

「俺、化ケ物。ソレヨリ何デイツモ同ジヨウナ惣菜ト弁当何ダヨ。コレ、飽キタ」

 もぐもぐと口を動かしながらビニール袋から顔を出す蛇の五助。

「売れ筋が大体決まってんのとおんなじで、『売れない筋』も大体決まってんのよ」

「ちきんハ?」

「ウチのコンビニのフライドチキンは値下げシール貼ったらすぐ売れちゃうんだよ。残ってもパッサパサになったヤツだからね」

「ワカッタ。ちきんハ?」

「・・・ああっ、もうっ! 今月給料入ったらねっ」

 ミヤコはうんざり言って、バス停へと歩いて行った。

「ほんと、喰うよねあんた。給食セーターとかに就職しないと追っ付かないわ」

「就職スル前ニ資格取ラナイトだめラシイゼ? 資格取ル前ニ高等なんとか認定なんとかニ合格シナイトだめ何ダロ? ミヤコ、オ前馬鹿ダカラ大変ダナァッ、イヒヒヒッ!」

「こいつっ。あんたのせいで学校中退するわ、親に見切られるわ、親戚に変なNPO活動紹介されるわ、予備校学費高いわ、バイトで同じシフトの人達から裏で『メンヘラ茶髪子ちゃん』ってアダ名付けられるわ、最悪だわっ。大体ねっ! バス停の近くに行ったら話し掛けんなよっ? そっちは姿消してんだろうけど、職質されんのあたしだからねっ! 先月何回職質されたと思ってんだよっ。もうこの辺回ってる巡査の顔覚えたわっ!」

「ワカッタ。ちきんハ?」

「だからっ」

「ちきん喰ワセロちきん喰ワセロちきん喰ワセロちきん喰ワセロちきん喰ワセロちきん喰ワセロちきん喰ワセロちきん喰ワセロちきん喰ワセロ」

「だぁっ! うるっさいっ!! 耳元で囁くなっ。気が狂うわっ!! お前っ、蝶々結びにしてやるっ」

 ミヤコは五助に再度掴み掛かり、蝶々結びにしようとし始めた。

「ヤ~メロ、ヤメロヨッ。妖怪いじメタラ鬼太郎ニ言イ付ケルゾ?!」

「どの口が言ってんだよ、オーイっ!!!」

 ミヤコは五助と小競り合いをしていたが、不意に手を止めた。

「ン? ドシタ?」

「あんたさ、前に『罰』がどうとか言ってたけど、あれはもういいの?」

「ヨクナイ。ダケド俺達ハマダ『富』探ス途中ダ。トックニ失敗シタト思ッテイタケド、ソレヲ探シ続ケルコトガ俺ノ『罰』ダ」

「へぇ、随分都合のいい解釈でございますねぇ五助さん」

「オ前ガ自分ヲヤリ直スノニ俺ヲ利用シテイルノト同ジコト。デモソレデイイ。志郎兄チャンモソウ言ッテタ。俺達ハ悪ダ、タブン悪ハコンナ風ニシカヤッテイケナイ。ダカラ」

「だから?」

「ちきん喰ワセロ」

「小っさっ! お前の『悪』、小っさっ! シリアスに話して損したわっ」

 ミヤコはそんな風に五助と話しながら、夜道をバス停へと歩いて行った。

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