フレイ王国の希望 いま燃え上がる
やがて夜が明けて、バーニング・レジーナとフリーの目に、無残な光景が飛び込んできた。
「ここも破壊された痕がある……」
王城までわずか10kmにあるイルランカの街も、メサイヤたちによると思われる攻撃を受けてしまっていた。ヒルフロントほどではないが、多くの家は壊されて、街には攻撃から逃れたと思われる人々がうろたえていた。
バーニング・レジーナは、その人々の一角に近づいた。
「どうしたの……?」
バーニング・レジーナは、座り込む青髪の青年の前までやってくると、中腰になって青年に視線を合わせた。傷こそなさそうだが、彼は一人泣いていた。
ホーリアと呼ばれるその青年は、バーニング・レジーナの声にゆっくりと顔を上げた。
「あ……、バーニング・レジーナ……」
ホーリアの目は、アイシアとは違って、険悪そうではなかった。
ホーリアの目に映っていたバーニング・レジーナの表情が、同情しているように見えたから……。
「ごめん。守ってあげられなかった……」
「いいんだよ……、そんなことは。守れなかったの……、事実なんだから」
「えぇ……」
ホーリアの声は、全てを割り切ってしまっているか、それとも別の意図があるのか、判断が付かないほど深いものだった。
バーニング・レジーナは、ホーリアの次の言葉を待つ。すると、ホーリアはゆっくりと立ち上がりかけて、中腰のバーニング・レジーナに向かってすすり泣きを始めた。
「それより、バーニング・レジーナが生きててよかった……」
「えっ……」
「言ってたんだ。メサイヤとか言ってた奴が……、バーニング・レジーナは弱すぎた勇者で、カフカの谷に挑んで……死んだ、って……」
「大丈夫よ。私はまだ死んでない」
バーニング・レジーナは、ホーリアの肩を軽く叩いた。すると、ホーリアは涙を見せたまま、バーニング・レジーナに向かって、かすかにうなずいた。
そして、青年は言った。
決して大国とは言えないフレイ王国にとって、バーニング・レジーナはただ一つの希望……。
「ありがとう。いいこと言うじゃない」
バーニング・レジーナは、ホーリアの言葉が終わると大きくうなずいた。
「そんな大したことは……、俺、言ってないけど」
「こんなボロボロの勇者でも……、フレイ王国のみんなに愛されてるんだって……」
そう言うと、バーニング・レジーナは、必死で涙をこらえた。涙こそ流さなかったが、体を軽く震わせる様子はホーリアにはっきりと見られていた。
「バーニング・レジーナのこと、みんな信じてるよ」
「分かった」
すると、ホーリアの真後ろから、血を流した一人の老婆が近づいてきた。ホーリアの家族だろうか、老婆はホーリアの肩を軽く掴むと、バーニング・レジーナに向かって静かに言った。
「私たちのことは、どうでも……いい。……早く行ったほうがいい。……国が、なくなる……」
(国が……、なくなる……)
その時、バーニング・レジーナの脳裏でいくつかの線がつながった。
メサイヤは、バーニング・レジーナが死んだものと思い込み、勇者のいなくなったフレイ王国を乗っ取ろうとしている。
(フレイ王国が、カフカの属国と化す……)
これまで、燃え上がる炎で全ての外敵から国を守ってきた、女勇者バーニング・レジーナにとって、あまりにも考えたくない結末がすぐそこに迫っていた。
バーニング・レジーナにとって、その瞬間こそ完全敗北だ。
それは、何としても止めなければならない。
「私、必ずメサイヤを止める。あの氷を、私の炎で消し去って見せるわ」
バーニング・レジーナがそう言った瞬間、イルランカの人々がはっきりとうなずいた。
イルランカの街を出ようとしたその時、フリーが突然立ち止まった。バーニング・レジーナが振り返ると、フリーは後ろを指差して、軽くうなずいた。
「僕は、しばらくここにいるよ」
「えっ……」
「やっぱり、傷ついた人の姿を見るとかわいそうだし……、僕にしかできないことだから」
灼熱の炎を解き放つのは、バーニング・レジーナにしかできないことだから。
「分かった。……本当にありがとう」
バーニング・レジーナは、繋がるはずもない手をゆっくりとフリーに差し出した。その様子を見て、フリーは軽く笑ってみせた。
「まだ早いよ。僕は、精霊だから、バーニング・レジーナが本当にピンチになったときは、すぐに駆けつけることができる」
「そう言ってくれると助かる」
私は、今度こそ……。
普段は穏やかに人が行き交う、フレイ城のゲートは、メサイヤ侵入の情報を知り、固く閉ざされていた。
バーニング・レジーナがゲートにやってくると、数人の門番がいそいそとゲートを開けて軽く会釈をし、敗れたはずの女勇者を城の中へと入れた。
(国王に、報告はしておくか……)
バーニング・レジーナは、周囲を見渡す。ここにはまだ、メサイヤの一味がやってくる気配はなさそうだ。だが、イルランカの街を出てからメサイヤの足取りが全く分からないため、こうしている間にも攻められる可能性は否定できない。
バーニング・レジーナは、国王の前までやってくると、急いで跪いた。
「国王、すいませんでした……。王子と王女を救うことは……、できませんでした……」
「そうか……。残念だったな……」
国王は、それほど怒っているような表情ではなかった。それ以上の危機に怯えている様子だ。
「だが、この国だけは守って欲しい……。ここを取られたら、全てが終わりだ」
「はい」
その時、城のゲートのある方から、激しい破壊音と、金切り声にも似た悲鳴が鳴り響いた。
「来た……!」
フレイ王国の運命は、いま一人の女勇者に託された。




