どちらも選べない夜
『親友のままで、いられたら』
━━━━05 ずっと、親友な━━━━
午前一時十三分。
悠斗の部屋は、ゲーム機の小さなランプと、枕元の間接照明だけでぼんやりと明るかった。
「……眠い」
僕が呟くと、床に座っていた悠斗が振り返った。
「寝れば?」
「やだ」
「なんでだよ」
「悠斗がまだ起きてるから」
「俺が寝たら、お前も寝るの?」
「……うん」
「じゃあ寝るわ」
「待って」
即答してしまった。
悠斗が怪訝そうにこちらを見る。
「……いや、やっぱり寝ないで」
「どっちだよ」
「うるさいなあ」
僕は毛布を鼻先まで引き上げた。
悠斗は笑った。
いつもの笑い方だった。
僕のわがままなんて、今さら気にすることもない。小さい頃からずっとそうだった。僕が拗ねれば機嫌を取ってくれて、寂しいと言えば一緒にいてくれて、眠れないと言えば、眠くなるまでくだらない話をしてくれた。
悠斗は優しい。
僕がどれだけ面倒くさい人間でも、見捨てないでいてくれる。
だから、好きになった。
……なんて。
そんなことを言ったら、悠斗はどんな顔をするのだろう。
「なあ、湊」
「ん?」
「明日、何時に帰る?」
「……明日?」
「うん。昼くらいには帰るだろ? 俺、午後からちょっと出かけるから」
「誰と?」
聞いてから、後悔した。
悠斗はスマホをいじりながら、何でもないことのように答えた。
「この前話した子。駅前で会うことになった」
ああ。
そうだった。
悠斗には、気になる子がいる。
僕が知らないところでメッセージを送り合って、僕の知らない話をして、僕が知らない顔で笑い合う相手がいる。
これから、もっと増えていくのだろう。
僕の知らない悠斗が。
「……ふうん」
「なんだよ、その顔」
「別に。よかったじゃん」
「おう。ちょっと緊張するけどな」
悠斗は照れくさそうに笑った。
僕は毛布の中で、爪先を丸めた。
その顔を見たくなかった。
僕の前で、そんなふうに笑わないでほしかった。
でも、本当は。
僕の前でしか、そんな顔をしないでほしかった。
最低だ。
自分でもわかっている。
悠斗は僕のものじゃない。
僕が一方的に好きなだけだ。悠斗には悠斗の人生があって、好きな人がいて、僕以外にも大切な人がいる。
それなのに、僕は。
「……ねえ、悠斗」
「んー?」
「もしさ」
今なら、言えるかもしれないと思った。
暗い部屋。
二人きり。
悠斗は僕の話を聞いてくれる。
いつもみたいに笑って、途中で茶化したりしないで、最後まで聞いてくれるかもしれない。
「もし、僕が……」
喉が乾いていた。
舌がうまく動かない。
「……好きな人がいるって言ったら」
悠斗がスマホから顔を上げた。
「え、マジ?」
「……うん」
「誰?」
早かった。
あまりにも、あっさりと。
僕は一瞬、何を聞かれたのかわからなかった。
誰。
誰って。
そんなの、お前に決まってるじゃん。
ずっとお前しか見ていない。
お前が笑うと嬉しくて、お前が落ち込むと悲しくて、お前が誰かを好きになると、胸が潰れそうになる。
他の誰かにかわいいと言われたって、こんな気持ちにはならない。
お前にだけ、好きになってほしい。
お前にだけ、かわいいと言われたい。
お前にだけ、触れてほしい。
――お前にだけ、僕を選んでほしい。
「……言わない」
ようやく出てきたのは、そんな言葉だった。
「えー、なんでだよ。気になるじゃん」
「言いたくないもん」
「なんだよ。親友だろ、俺たち」
その言葉に、胸が跳ねた。
親友。
そうだ。
僕たちは親友だ。
だから、好きな人の話だってできる。
だから、恋愛相談だってできる。
だから、悠斗は僕に、好きな人が誰なのか聞ける。
僕がその相手だったらどうしよう、なんて。
考えもしない。
「……悠斗はさ」
「うん?」
「僕に、好きな人がいるって言ったら……応援してくれる?」
「もちろん」
悠斗は笑った。
迷いなんて、ひとつもなかった。
「お前が好きになった人なら、いい奴なんじゃね?」
違うよ。
いい奴じゃなくてもいい。
優しくなくてもいい。
僕のことを好きじゃなくてもいい。
ただ、一度くらい。
ほんの一度くらい、僕をそういう目で見てほしかった。
親友だからじゃなくて。
女の子みたいな格好をしているからでもなくて。
ただの僕を。
白瀬湊という、ひとりの男の子を。
好きになってほしかった。
「……そっか」
僕は笑った。
「じゃあ、いつか言うね」
「おう。頑張れよ」
悠斗はそう言って、またスマホに目を落とした。
会話は、それで終わった。
僕の恋は、まだ始まってもいないのに。
もう何度も、終わったような気がした。
「……湊、寝た?」
しばらくして、悠斗が声をかけてきた。
僕は目を閉じたまま答えた。
「……寝てる」
「起きてんじゃん」
「寝てるもん」
「はいはい」
布団が少し持ち上がる。
悠斗が、僕の隣に入ってきた。
「寒いから、こっちで寝るわ」
「……自分の布団あるじゃん」
「こっちのほうがあったかい」
「……ばか」
僕は壁側に少し寄った。
悠斗は何のためらいもなく横になり、僕の頭をぽんぽんと撫でた。
「おやすみ、湊」
「……ん」
「明日、起こしてな」
「……やだ」
「頼むって」
「……知らない」
「お前、ほんとわがままだなあ」
そう言いながら、悠斗は笑っていた。
そして、少し間を置いてから。
「なあ、湊」
「……なに」
「俺たち、ずっと親友な」
時間が止まった。
ほんの一秒だったと思う。
けれど僕には、その一秒が、ひどく長く感じられた。
悠斗はきっと、何も考えていなかった。
昔からずっと一緒にいる僕に、これからも一緒にいたいと伝えたかっただけなのだ。
僕たちは仲がいい。
一緒にいるのが当たり前で、くだらないことで笑い合って、どんなことでも話せる。
悠斗にとって、僕は特別なのだろう。
大切な親友として。
誰にも代えられない、親友として。
「……っ」
喉の奥が、ぎゅっと狭くなった。
今、何かを言わなければ。
そう思った。
「悠斗、僕……」
「ん?」
悠斗がこちらを向いた。
暗闇の中でも、目が合ったのがわかった。
「……僕ね」
好き。
好きだよ。
ずっと前から好きだった。
親友じゃ嫌だ。
もっと近くにいたい。
お前の恋人になりたい。
お前が他の誰かに向ける笑顔を、僕だけのものにしたい。
言ってしまえ。
今なら、まだ間に合う。
このまま何も言わなければ、明日も同じ朝が来る。
悠斗は起きて、僕をからかって、朝ご飯を食べて、駅まで一緒に歩いてくれるだろう。
そして午後には、好きな女の子に会いに行く。
僕は笑って送り出す。
いつもどおりの親友として。
その未来が、目に浮かんだ。
同時に、告白したあとの未来も浮かんだ。
悠斗が困ったように眉を下げる。
「……え、湊って、俺のこと?」
そんなふうに聞かれたら。
僕は、何と答えればいいのだろう。
もし、悠斗が僕を避けるようになったら。
二人きりで泊まることもなくなって、気軽に手を握ることも、肩に寄りかかることもできなくなったら。
「親友」という言葉に守られていた、今までの全部がなくなったら。
僕は、耐えられるだろうか。
「……湊?」
悠斗が、僕の顔を覗き込んだ。
「どうした? なんか変だぞ」
変じゃないよ。
お前が好きなだけ。
好きで、好きで、どうしようもないだけ。
「……ううん」
僕は笑った。
笑えているかどうかなんて、わからなかった。
「僕も」
声が震えないように、そっと息を吸う。
「僕も、ずっと悠斗の親友でいたい」
言えた。
ちゃんと言えた。
悠斗は嬉しそうに笑った。
「だよな」
そして、安心したように目を閉じた。
「よかった。お前と離れるとか、考えらんねえもん」
……ああ。
ずるい。
そんなことを言わないで。
僕だって、考えられない。
お前のいない毎日なんて。
お前と話せなくなることなんて。
お前が僕の知らない誰かのものになってしまうことなんて。
考えたくない。
だから、言えないんだよ。
「……悠斗」
「んー……?」
もう半分眠っている声だった。
「……僕のこと、好き?」
聞いてから、すぐに後悔した。
あまりにも曖昧で、卑怯な質問だった。
けれど悠斗は、眠そうな声で答えた。
「好きだよ」
心臓が、痛いくらいに跳ねた。
「……ほんと?」
「ほんと。大事な親友だもん」
ああ。
そうだよね。
知ってた。
そんなこと、最初からわかっていた。
わかっていたのに。
「……そっか」
僕は笑った。
「……ありがと」
悠斗はもう返事をしなかった。
すぐに寝息が聞こえてきた。
本当に、何も知らない。
僕がどんな顔をしているのかも。
どれだけ必死に笑っているのかも。
今、どれだけ泣きそうなのかも。
何も知らずに、安心しきって眠っている。
僕の隣で。
僕が一番好きな人が。
悠斗が眠ってから、三十分くらい経った。
僕はずっと、眠ることが出来ずにいた。
隣から聞こえる規則正しい寝息。
時々、寝返りを打つ気配。
そのたびに、僕は息を潜めた。
泣いていることを、知られたくなかった。
別に、泣いたっていいはずなのに。
悠斗はきっと、心配してくれる。
「どうした?」と聞いてくれる。
「何かあった?」と、いつもの優しい声で。
そうしたら僕は、また笑ってしまうのだろう。
なんでもないよ。
大丈夫だよ。
ちょっと眠いだけ。
そうやって、また嘘をつく。
もう、何度目だろう。
悠斗の前で本当の気持ちを隠すのは。
悠斗の前で、平気なふりをするのは。
悠斗の前で、親友のふりをするのは。
僕はそっと布団から抜け出した。
足音を立てないように、部屋のドアを開ける。
廊下は暗かった。
冷たい空気に触れた瞬間、張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。
洗面所まで歩いて、明かりをつける。
鏡の中には、目元を赤くした僕がいた。
昨日、悠斗にかわいいと言ってほしくて、時間をかけて整えた髪。
お気に入りのピアス。
柔らかい布地のブラウス。
自分なりに、少しでもかわいく見えるように選んだもの。
僕は鏡の中の自分を見つめた。
「……ばかみたい」
声に出すと、思ったよりも幼い声になった。
悠斗に会う日は、いつも服を選ぶのに時間がかかる。
どの服なら褒めてもらえるだろう。
どの髪型なら、かわいいと思ってもらえるだろう。
どんなふうに笑えば、少しでも長く僕を見てくれるだろう。
そんなことばかり考えている。
でも、悠斗が見ているのは、いつだって僕だ。
女装した僕も。
寝起きの僕も。
機嫌が悪くて拗ねている僕も。
全部、僕だ。
それでも、悠斗の「好き」は恋じゃない。
僕がどれだけかわいくなっても。
どれだけ甘えても。
どれだけ悠斗を大切にしても。
それだけは、変わらない。
「……っ、う……」
唇を噛んだ。
泣き声が漏れないように、両手で口を覆う。
泣きたくなんかなかった。
こんなことで泣くなんて、情けない。
悠斗は何も悪くないのに。
好きな人ができたっていい。
僕以外の誰かとデートしたっていい。
その子のことを、好きになったっていい。
僕には、それを止める権利なんてない。
だって僕は、ただの親友だから。
「……好きなのに」
小さく呟いた。
誰もいない洗面所に、声が落ちた。
「……好きなのに、なんで……」
その先は、言葉にならなかった。
好きだから、困る。
好きだから、優しくされるたびに期待する。
好きだから、他の子の話を聞くたびに苦しくなる。
好きだから、親友という言葉に何度も傷ついて。
それでも、親友でいようとしてしまう。
だって。
僕が悠斗を好きになったことは、僕の勝手だから。
悠斗が僕を好きにならなかったことを、責めたくない。
僕の気持ちを、押しつけたくない。
でも。
でも、本当は。
一度くらい、押しつけてみたかった。
「僕は、悠斗が好きなんだよ」って。
「親友なんかじゃ足りないんだよ」って。
「僕だけを見てよ」って。
言ってしまいたかった。
どんな顔をされてもいいから。
困られても、驚かれても。
一度くらい、僕の気持ちを知ってほしかった。
僕がどれだけ悠斗を好きなのか。
どれだけ、毎日隣にいられることを大切に思っているのか。
どれだけ、隣にいるだけじゃ足りなくなってしまったのか。
全部。
全部、知ってほしかった。
「……でも、やだ」
鏡の中の僕は、ひどい顔をしていた。
「……嫌われるの、やだよ……」
やっとのことで絞り出した声が、震えた。
告白して、断られることより。
悠斗が困ってしまうことより。
もっと怖いのは。
悠斗が、僕の隣にいなくなることだった。
今までみたいに笑ってくれなくなること。
何も考えずに、僕の頭を撫でてくれなくなること。
「ずっと親友な」と、あんなふうに笑ってくれなくなること。
僕のわがままを聞いてくれなくなること。
僕を、特別な友達として大切にしてくれなくなること。
それだけは、嫌だった。
恋人になれないのなら、せめて。
親友でいたい。
一番の親友で。
一番近い友達で。
悠斗が何かあったとき、一番最初に話したいと思う相手でいたい。
好きな人の相談をされても。
デートの話を聞かされても。
いつか、彼女ができたと報告されても。
笑って「よかったね」と言える人でいたい。
そんなの、きっと無理なのに。
それでも、そう願ってしまう。
「……っ、うぅ……」
とうとう、声を抑えられなくなった。
僕はしゃがみ込んで、膝を抱えた。
ブラウスの袖が、頬に触れる。
悠斗にかわいいと言ってもらいたくて選んだ服。
悠斗に少しでも長く見てもらいたくて整えた髪。
全部が、急にひどく恥ずかしくなった。
僕は何をしているんだろう。
好きな人に好かれたくて。
好きな人の隣にいたくて。
好きな人の親友でいるために、自分の気持ちを押し殺して。
そんなことを、いつまで続けるつもりなんだろう。
答えなんて、出なかった。
ただ、好きだった。
どうしようもなく。
他の誰かを好きになれたらいいのに。
悠斗以外の人を見て、同じように胸が高鳴ったらいいのに。
僕を好きだと言ってくれる人が現れて、その人のことを好きになれたらいいのに。
そうすれば、こんなに苦しくないのに。
でも、目を閉じると浮かぶのは、いつも悠斗の顔だった。
笑った顔。
困った顔。
僕をからかうときの顔。
眠そうに「おやすみ」と言ったときの顔。
そして。
「俺たち、ずっと親友な」
その声。
「……っ、やだ……」
僕は顔を覆った。
「……そんなこと、言わないでよ……」
ずっと親友。
ずっと一緒。
ずっと大切。
その全部が、僕にとっては宝物だった。
だからこそ、苦しかった。
その言葉の先に、僕が望む未来はない。
悠斗が僕を大切にしてくれるほど、僕はそれ以上を望んでしまう。
悠斗が優しくしてくれるほど、僕は自分の気持ちを諦められなくなる。
この関係が続く限り、きっと僕は、何度でも期待する。
何度でも傷つく。
何度でも、告白しようとして。
そのたびに、言えなくなる。
それでも。
明日の朝になれば、僕はまた笑うのだろう。
悠斗に起こされて。
眠い目を擦って。
「昨日、寝るの遅かったから眠いんだけど」と文句を言って。
悠斗は笑って、「お前がいつまでも起きてたからだろ」と返す。
僕は頬を膨らませる。
悠斗は僕の頭を撫でる。
僕は、その手が好きだと思う。
そして、何もなかったふりをする。
「……好き」
今度は、ちゃんと声に出した。
「……悠斗が、好き……」
誰にも聞かれない場所で。
誰にも届かない声で。
やっと、言えた。
たったそれだけのことなのに、胸が痛かった。
僕はもう一度、鏡を見た。
泣き腫らした目。
乱れた髪。
情けない顔。
こんな顔、悠斗には見せられない。
水で顔を洗って、髪を整えた。
深呼吸をする。
大丈夫。
いつもどおりにできる。
僕は、白瀬湊。
悠斗の親友。
それでいい。
それがいい。
そう、自分に言い聞かせた。
部屋に戻ると、悠斗はまだ眠っていた。
僕がいなくなったことにも気づいていないらしい。
少しだけ、ほっとした。
僕は静かに布団に入り、さっきまで自分がいた場所に横になった。
悠斗の寝顔を見つめる。
無防備で、何も知らなくて。
僕の気持ちなんて、夢にも思っていない顔。
「……ねえ、悠斗」
返事はない。
「……僕、明日も一緒に帰りたい」
もちろん、返事はない。
「……その次の日も」
僕はそっと、悠斗の袖をつまんだ。
「……ずっと、一緒にいたいよ」
言葉にするたび、胸が苦しくなる。
それでも、やめられなかった。
「……好き」
最後の一言は、ほとんど息だった。
悠斗は眠ったまま、少しだけ寝返りを打った。
そして、無意識に僕のほうへ近づいてきた。
肩が触れる。
温かい。
僕は目を閉じた。
こんなに近いのに。
手を伸ばせば触れられるのに。
僕の好きな人は、僕の隣にいるのに。
どうして、こんなに遠いんだろう。
「……おやすみ、悠斗」
今度こそ、僕も目を閉じた。
明日の朝には、きっと笑える。
いつもどおりに、笑える。
そして悠斗は、きっとまた言うのだ。
「おはよう、湊」
何も知らない顔で。
僕の一番好きな声で。
だから僕も、いつもどおりに返す。
「……おはよう、悠斗」
たったそれだけのやり取りを、失いたくないから。
好きだと伝えられないまま、僕は今日も、君の親友でいる。
━━━━その翌朝━━━━
「湊、起きろー。朝だぞ」
「……んん」
「おい、顔見せろって」
悠斗が布団を引っ張った。
僕は慌てて顔を隠した。
「やだ、まだ眠い……」
「昨日、夜中にどっか行かなかった?」
心臓が跳ねた。
「……なんで?」
「いや、なんか動いたような気がして。寝ぼけてたのかも」
「……気のせい」
「そっか?」
悠斗は少し考えたあと、いつもの調子で笑った。
「まあいいや。ほら、朝飯食いに行こうぜ」
「……うん」
僕は起き上がった。
悠斗が手を差し出してくれる。
いつもみたいに。
僕はその手を握った。
「……ねえ、悠斗」
「ん?」
「今日、いっぱい一緒にいてね」
「おう。わかってるって」
その返事が嬉しくて。
その返事だけで満足できない自分が嫌で。
僕は悠斗の手を、ほんの少しだけ強く握った。
「……約束だからね」
「はいはい。約束」
悠斗は笑った。
僕も笑った。
その笑顔の裏側で、昨夜の涙がまだ乾いていないことを、悠斗は知らない。
知らなくていい。
知らないままでいてほしい。
……でも。
いつか。
いつか本当に、どうしようもなくなったら。
そのときだけは。
「親友だから」なんて言葉で、僕の気持ちを終わらせないでほしい。
そんな願いを、誰にも言えないまま。
僕たちは今日も、いつもどおりに並んで歩いていく。
君の隣が、世界で一番幸せで。世界で一番、苦しい場所だった。




