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親友でいられたら  作者: r0_0j
2/2

どちらも選べない夜

『親友のままで、いられたら』


━━━━05 ずっと、親友な━━━━


午前一時十三分。


悠斗の部屋は、ゲーム機の小さなランプと、枕元の間接照明だけでぼんやりと明るかった。


「……眠い」


僕が呟くと、床に座っていた悠斗が振り返った。


「寝れば?」


「やだ」


「なんでだよ」


「悠斗がまだ起きてるから」


「俺が寝たら、お前も寝るの?」


「……うん」


「じゃあ寝るわ」


「待って」


即答してしまった。


悠斗が怪訝そうにこちらを見る。


「……いや、やっぱり寝ないで」


「どっちだよ」


「うるさいなあ」


僕は毛布を鼻先まで引き上げた。


悠斗は笑った。


いつもの笑い方だった。


僕のわがままなんて、今さら気にすることもない。小さい頃からずっとそうだった。僕が拗ねれば機嫌を取ってくれて、寂しいと言えば一緒にいてくれて、眠れないと言えば、眠くなるまでくだらない話をしてくれた。


悠斗は優しい。


僕がどれだけ面倒くさい人間でも、見捨てないでいてくれる。


だから、好きになった。


……なんて。


そんなことを言ったら、悠斗はどんな顔をするのだろう。


「なあ、湊」


「ん?」


「明日、何時に帰る?」


「……明日?」


「うん。昼くらいには帰るだろ? 俺、午後からちょっと出かけるから」


「誰と?」


聞いてから、後悔した。


悠斗はスマホをいじりながら、何でもないことのように答えた。


「この前話した子。駅前で会うことになった」


ああ。


そうだった。


悠斗には、気になる子がいる。


僕が知らないところでメッセージを送り合って、僕の知らない話をして、僕が知らない顔で笑い合う相手がいる。


これから、もっと増えていくのだろう。


僕の知らない悠斗が。


「……ふうん」


「なんだよ、その顔」


「別に。よかったじゃん」


「おう。ちょっと緊張するけどな」


悠斗は照れくさそうに笑った。


僕は毛布の中で、爪先を丸めた。


その顔を見たくなかった。


僕の前で、そんなふうに笑わないでほしかった。


でも、本当は。


僕の前でしか、そんな顔をしないでほしかった。


最低だ。


自分でもわかっている。


悠斗は僕のものじゃない。


僕が一方的に好きなだけだ。悠斗には悠斗の人生があって、好きな人がいて、僕以外にも大切な人がいる。


それなのに、僕は。


「……ねえ、悠斗」


「んー?」


「もしさ」


今なら、言えるかもしれないと思った。


暗い部屋。


二人きり。


悠斗は僕の話を聞いてくれる。


いつもみたいに笑って、途中で茶化したりしないで、最後まで聞いてくれるかもしれない。


「もし、僕が……」


喉が乾いていた。


舌がうまく動かない。


「……好きな人がいるって言ったら」


悠斗がスマホから顔を上げた。


「え、マジ?」


「……うん」


「誰?」


早かった。


あまりにも、あっさりと。


僕は一瞬、何を聞かれたのかわからなかった。


誰。


誰って。


そんなの、お前に決まってるじゃん。


ずっとお前しか見ていない。


お前が笑うと嬉しくて、お前が落ち込むと悲しくて、お前が誰かを好きになると、胸が潰れそうになる。


他の誰かにかわいいと言われたって、こんな気持ちにはならない。


お前にだけ、好きになってほしい。


お前にだけ、かわいいと言われたい。


お前にだけ、触れてほしい。


――お前にだけ、僕を選んでほしい。


「……言わない」


ようやく出てきたのは、そんな言葉だった。


「えー、なんでだよ。気になるじゃん」


「言いたくないもん」


「なんだよ。親友だろ、俺たち」


その言葉に、胸が跳ねた。


親友。


そうだ。


僕たちは親友だ。


だから、好きな人の話だってできる。


だから、恋愛相談だってできる。


だから、悠斗は僕に、好きな人が誰なのか聞ける。


僕がその相手だったらどうしよう、なんて。


考えもしない。


「……悠斗はさ」


「うん?」


「僕に、好きな人がいるって言ったら……応援してくれる?」


「もちろん」


悠斗は笑った。


迷いなんて、ひとつもなかった。


「お前が好きになった人なら、いい奴なんじゃね?」


違うよ。


いい奴じゃなくてもいい。


優しくなくてもいい。


僕のことを好きじゃなくてもいい。


ただ、一度くらい。


ほんの一度くらい、僕をそういう目で見てほしかった。


親友だからじゃなくて。


女の子みたいな格好をしているからでもなくて。


ただの僕を。


白瀬湊という、ひとりの男の子を。


好きになってほしかった。


「……そっか」


僕は笑った。


「じゃあ、いつか言うね」


「おう。頑張れよ」


悠斗はそう言って、またスマホに目を落とした。


会話は、それで終わった。


僕の恋は、まだ始まってもいないのに。


もう何度も、終わったような気がした。


「……湊、寝た?」


しばらくして、悠斗が声をかけてきた。


僕は目を閉じたまま答えた。


「……寝てる」


「起きてんじゃん」


「寝てるもん」


「はいはい」


布団が少し持ち上がる。


悠斗が、僕の隣に入ってきた。


「寒いから、こっちで寝るわ」


「……自分の布団あるじゃん」


「こっちのほうがあったかい」


「……ばか」


僕は壁側に少し寄った。


悠斗は何のためらいもなく横になり、僕の頭をぽんぽんと撫でた。


「おやすみ、湊」


「……ん」


「明日、起こしてな」


「……やだ」


「頼むって」


「……知らない」


「お前、ほんとわがままだなあ」


そう言いながら、悠斗は笑っていた。


そして、少し間を置いてから。


「なあ、湊」


「……なに」


「俺たち、ずっと親友な」


時間が止まった。


ほんの一秒だったと思う。


けれど僕には、その一秒が、ひどく長く感じられた。


悠斗はきっと、何も考えていなかった。


昔からずっと一緒にいる僕に、これからも一緒にいたいと伝えたかっただけなのだ。


僕たちは仲がいい。


一緒にいるのが当たり前で、くだらないことで笑い合って、どんなことでも話せる。


悠斗にとって、僕は特別なのだろう。


大切な親友として。


誰にも代えられない、親友として。


「……っ」


喉の奥が、ぎゅっと狭くなった。


今、何かを言わなければ。


そう思った。


「悠斗、僕……」


「ん?」


悠斗がこちらを向いた。


暗闇の中でも、目が合ったのがわかった。


「……僕ね」


好き。


好きだよ。


ずっと前から好きだった。


親友じゃ嫌だ。


もっと近くにいたい。


お前の恋人になりたい。


お前が他の誰かに向ける笑顔を、僕だけのものにしたい。


言ってしまえ。


今なら、まだ間に合う。


このまま何も言わなければ、明日も同じ朝が来る。


悠斗は起きて、僕をからかって、朝ご飯を食べて、駅まで一緒に歩いてくれるだろう。


そして午後には、好きな女の子に会いに行く。


僕は笑って送り出す。


いつもどおりの親友として。


その未来が、目に浮かんだ。


同時に、告白したあとの未来も浮かんだ。


悠斗が困ったように眉を下げる。


「……え、湊って、俺のこと?」


そんなふうに聞かれたら。


僕は、何と答えればいいのだろう。


もし、悠斗が僕を避けるようになったら。


二人きりで泊まることもなくなって、気軽に手を握ることも、肩に寄りかかることもできなくなったら。


「親友」という言葉に守られていた、今までの全部がなくなったら。


僕は、耐えられるだろうか。


「……湊?」


悠斗が、僕の顔を覗き込んだ。


「どうした? なんか変だぞ」


変じゃないよ。


お前が好きなだけ。


好きで、好きで、どうしようもないだけ。


「……ううん」


僕は笑った。


笑えているかどうかなんて、わからなかった。


「僕も」


声が震えないように、そっと息を吸う。


「僕も、ずっと悠斗の親友でいたい」


言えた。


ちゃんと言えた。


悠斗は嬉しそうに笑った。


「だよな」


そして、安心したように目を閉じた。


「よかった。お前と離れるとか、考えらんねえもん」


……ああ。


ずるい。


そんなことを言わないで。


僕だって、考えられない。


お前のいない毎日なんて。


お前と話せなくなることなんて。


お前が僕の知らない誰かのものになってしまうことなんて。


考えたくない。


だから、言えないんだよ。


「……悠斗」


「んー……?」


もう半分眠っている声だった。


「……僕のこと、好き?」


聞いてから、すぐに後悔した。


あまりにも曖昧で、卑怯な質問だった。


けれど悠斗は、眠そうな声で答えた。


「好きだよ」


心臓が、痛いくらいに跳ねた。


「……ほんと?」


「ほんと。大事な親友だもん」


ああ。


そうだよね。


知ってた。


そんなこと、最初からわかっていた。


わかっていたのに。


「……そっか」


僕は笑った。


「……ありがと」


悠斗はもう返事をしなかった。


すぐに寝息が聞こえてきた。


本当に、何も知らない。


僕がどんな顔をしているのかも。


どれだけ必死に笑っているのかも。


今、どれだけ泣きそうなのかも。


何も知らずに、安心しきって眠っている。


僕の隣で。


僕が一番好きな人が。


悠斗が眠ってから、三十分くらい経った。


僕はずっと、眠ることが出来ずにいた。


隣から聞こえる規則正しい寝息。


時々、寝返りを打つ気配。


そのたびに、僕は息を潜めた。


泣いていることを、知られたくなかった。


別に、泣いたっていいはずなのに。


悠斗はきっと、心配してくれる。


「どうした?」と聞いてくれる。


「何かあった?」と、いつもの優しい声で。


そうしたら僕は、また笑ってしまうのだろう。


なんでもないよ。


大丈夫だよ。


ちょっと眠いだけ。


そうやって、また嘘をつく。


もう、何度目だろう。


悠斗の前で本当の気持ちを隠すのは。


悠斗の前で、平気なふりをするのは。


悠斗の前で、親友のふりをするのは。


僕はそっと布団から抜け出した。


足音を立てないように、部屋のドアを開ける。


廊下は暗かった。


冷たい空気に触れた瞬間、張り詰めていたものが、ふっと緩んだ。


洗面所まで歩いて、明かりをつける。


鏡の中には、目元を赤くした僕がいた。


昨日、悠斗にかわいいと言ってほしくて、時間をかけて整えた髪。


お気に入りのピアス。


柔らかい布地のブラウス。


自分なりに、少しでもかわいく見えるように選んだもの。


僕は鏡の中の自分を見つめた。


「……ばかみたい」


声に出すと、思ったよりも幼い声になった。


悠斗に会う日は、いつも服を選ぶのに時間がかかる。


どの服なら褒めてもらえるだろう。


どの髪型なら、かわいいと思ってもらえるだろう。


どんなふうに笑えば、少しでも長く僕を見てくれるだろう。


そんなことばかり考えている。


でも、悠斗が見ているのは、いつだって僕だ。


女装した僕も。


寝起きの僕も。


機嫌が悪くて拗ねている僕も。


全部、僕だ。


それでも、悠斗の「好き」は恋じゃない。


僕がどれだけかわいくなっても。


どれだけ甘えても。


どれだけ悠斗を大切にしても。


それだけは、変わらない。


「……っ、う……」


唇を噛んだ。


泣き声が漏れないように、両手で口を覆う。


泣きたくなんかなかった。


こんなことで泣くなんて、情けない。


悠斗は何も悪くないのに。


好きな人ができたっていい。


僕以外の誰かとデートしたっていい。


その子のことを、好きになったっていい。


僕には、それを止める権利なんてない。


だって僕は、ただの親友だから。


「……好きなのに」


小さく呟いた。


誰もいない洗面所に、声が落ちた。


「……好きなのに、なんで……」


その先は、言葉にならなかった。


好きだから、困る。


好きだから、優しくされるたびに期待する。


好きだから、他の子の話を聞くたびに苦しくなる。


好きだから、親友という言葉に何度も傷ついて。


それでも、親友でいようとしてしまう。


だって。


僕が悠斗を好きになったことは、僕の勝手だから。


悠斗が僕を好きにならなかったことを、責めたくない。


僕の気持ちを、押しつけたくない。


でも。


でも、本当は。


一度くらい、押しつけてみたかった。


「僕は、悠斗が好きなんだよ」って。


「親友なんかじゃ足りないんだよ」って。


「僕だけを見てよ」って。


言ってしまいたかった。


どんな顔をされてもいいから。


困られても、驚かれても。


一度くらい、僕の気持ちを知ってほしかった。


僕がどれだけ悠斗を好きなのか。


どれだけ、毎日隣にいられることを大切に思っているのか。


どれだけ、隣にいるだけじゃ足りなくなってしまったのか。


全部。


全部、知ってほしかった。


「……でも、やだ」


鏡の中の僕は、ひどい顔をしていた。


「……嫌われるの、やだよ……」


やっとのことで絞り出した声が、震えた。


告白して、断られることより。


悠斗が困ってしまうことより。


もっと怖いのは。


悠斗が、僕の隣にいなくなることだった。


今までみたいに笑ってくれなくなること。


何も考えずに、僕の頭を撫でてくれなくなること。


「ずっと親友な」と、あんなふうに笑ってくれなくなること。


僕のわがままを聞いてくれなくなること。


僕を、特別な友達として大切にしてくれなくなること。


それだけは、嫌だった。


恋人になれないのなら、せめて。


親友でいたい。


一番の親友で。


一番近い友達で。


悠斗が何かあったとき、一番最初に話したいと思う相手でいたい。


好きな人の相談をされても。


デートの話を聞かされても。


いつか、彼女ができたと報告されても。


笑って「よかったね」と言える人でいたい。


そんなの、きっと無理なのに。


それでも、そう願ってしまう。


「……っ、うぅ……」


とうとう、声を抑えられなくなった。


僕はしゃがみ込んで、膝を抱えた。


ブラウスの袖が、頬に触れる。


悠斗にかわいいと言ってもらいたくて選んだ服。


悠斗に少しでも長く見てもらいたくて整えた髪。


全部が、急にひどく恥ずかしくなった。


僕は何をしているんだろう。


好きな人に好かれたくて。


好きな人の隣にいたくて。


好きな人の親友でいるために、自分の気持ちを押し殺して。


そんなことを、いつまで続けるつもりなんだろう。


答えなんて、出なかった。


ただ、好きだった。


どうしようもなく。


他の誰かを好きになれたらいいのに。


悠斗以外の人を見て、同じように胸が高鳴ったらいいのに。


僕を好きだと言ってくれる人が現れて、その人のことを好きになれたらいいのに。


そうすれば、こんなに苦しくないのに。


でも、目を閉じると浮かぶのは、いつも悠斗の顔だった。


笑った顔。


困った顔。


僕をからかうときの顔。


眠そうに「おやすみ」と言ったときの顔。


そして。


「俺たち、ずっと親友な」


その声。


「……っ、やだ……」


僕は顔を覆った。


「……そんなこと、言わないでよ……」


ずっと親友。


ずっと一緒。


ずっと大切。


その全部が、僕にとっては宝物だった。


だからこそ、苦しかった。


その言葉の先に、僕が望む未来はない。


悠斗が僕を大切にしてくれるほど、僕はそれ以上を望んでしまう。


悠斗が優しくしてくれるほど、僕は自分の気持ちを諦められなくなる。


この関係が続く限り、きっと僕は、何度でも期待する。


何度でも傷つく。


何度でも、告白しようとして。


そのたびに、言えなくなる。


それでも。


明日の朝になれば、僕はまた笑うのだろう。


悠斗に起こされて。


眠い目を擦って。


「昨日、寝るの遅かったから眠いんだけど」と文句を言って。


悠斗は笑って、「お前がいつまでも起きてたからだろ」と返す。


僕は頬を膨らませる。


悠斗は僕の頭を撫でる。


僕は、その手が好きだと思う。


そして、何もなかったふりをする。


「……好き」


今度は、ちゃんと声に出した。


「……悠斗が、好き……」


誰にも聞かれない場所で。


誰にも届かない声で。


やっと、言えた。


たったそれだけのことなのに、胸が痛かった。


僕はもう一度、鏡を見た。


泣き腫らした目。


乱れた髪。


情けない顔。


こんな顔、悠斗には見せられない。


水で顔を洗って、髪を整えた。


深呼吸をする。


大丈夫。


いつもどおりにできる。


僕は、白瀬湊。


悠斗の親友。


それでいい。


それがいい。


そう、自分に言い聞かせた。


部屋に戻ると、悠斗はまだ眠っていた。


僕がいなくなったことにも気づいていないらしい。


少しだけ、ほっとした。


僕は静かに布団に入り、さっきまで自分がいた場所に横になった。


悠斗の寝顔を見つめる。


無防備で、何も知らなくて。


僕の気持ちなんて、夢にも思っていない顔。


「……ねえ、悠斗」


返事はない。


「……僕、明日も一緒に帰りたい」


もちろん、返事はない。


「……その次の日も」


僕はそっと、悠斗の袖をつまんだ。


「……ずっと、一緒にいたいよ」


言葉にするたび、胸が苦しくなる。


それでも、やめられなかった。


「……好き」


最後の一言は、ほとんど息だった。


悠斗は眠ったまま、少しだけ寝返りを打った。


そして、無意識に僕のほうへ近づいてきた。


肩が触れる。


温かい。


僕は目を閉じた。


こんなに近いのに。


手を伸ばせば触れられるのに。


僕の好きな人は、僕の隣にいるのに。


どうして、こんなに遠いんだろう。


「……おやすみ、悠斗」


今度こそ、僕も目を閉じた。


明日の朝には、きっと笑える。


いつもどおりに、笑える。


そして悠斗は、きっとまた言うのだ。


「おはよう、湊」


何も知らない顔で。


僕の一番好きな声で。


だから僕も、いつもどおりに返す。


「……おはよう、悠斗」


たったそれだけのやり取りを、失いたくないから。


好きだと伝えられないまま、僕は今日も、君の親友でいる。


━━━━その翌朝━━━━


「湊、起きろー。朝だぞ」


「……んん」


「おい、顔見せろって」


悠斗が布団を引っ張った。


僕は慌てて顔を隠した。


「やだ、まだ眠い……」


「昨日、夜中にどっか行かなかった?」


心臓が跳ねた。


「……なんで?」


「いや、なんか動いたような気がして。寝ぼけてたのかも」


「……気のせい」


「そっか?」


悠斗は少し考えたあと、いつもの調子で笑った。


「まあいいや。ほら、朝飯食いに行こうぜ」


「……うん」


僕は起き上がった。


悠斗が手を差し出してくれる。


いつもみたいに。


僕はその手を握った。


「……ねえ、悠斗」


「ん?」


「今日、いっぱい一緒にいてね」


「おう。わかってるって」


その返事が嬉しくて。


その返事だけで満足できない自分が嫌で。


僕は悠斗の手を、ほんの少しだけ強く握った。


「……約束だからね」


「はいはい。約束」


悠斗は笑った。


僕も笑った。


その笑顔の裏側で、昨夜の涙がまだ乾いていないことを、悠斗は知らない。


知らなくていい。


知らないままでいてほしい。


……でも。


いつか。


いつか本当に、どうしようもなくなったら。


そのときだけは。


「親友だから」なんて言葉で、僕の気持ちを終わらせないでほしい。


そんな願いを、誰にも言えないまま。


僕たちは今日も、いつもどおりに並んで歩いていく。


君の隣が、世界で一番幸せで。世界で一番、苦しい場所だった。

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