親友のままで、いられたら
白瀬 湊
高校生・女装男子
可愛らしい容姿と、少し小悪魔的な振る舞いが特徴。人前では余裕たっぷりに振る舞うが、幼馴染の悠斗の前では甘えたがりな一面を見せる。
悠斗のことを、ずっと恋愛対象として好きでいる。
けれど、悠斗にとって自分はかけがえのない「親友」。その事実を誰よりも理解しているからこそ、告白して今の関係を壊すことが怖い。
好きだと伝えたい。でも、好きだと知られて失いたくない。 そんな矛盾を抱えたまま、今日も親友の隣で笑っている。
黒崎 悠斗
高校生・湊の幼馴染
優しくて気さくな性格。湊の女装姿も自然に受け入れ、昔から変わらず一緒に過ごしてきた。
湊のことを心から大切に思っており、誰よりも気を許せる相手だと感じている。ただし、その気持ちはあくまで友情であり、湊の恋心には気づいていない。
悪気なく距離を詰め、何気なく手をつなぎ、無邪気に「ずっと親友でいよう」と告げる。
悠斗の優しさは本物だ。だからこそ、湊には残酷だった。
『親友のままで、いられたら』
女装男子の片思い × 無自覚に優しい親友
━━━━01 かわいい、の意味━━━━
「なあ、今日もその格好?」
待ち合わせ場所に現れた悠斗は、開口一番そう言った。
「……悪い?」
僕はわざと不機嫌そうに唇を尖らせる。
今日は白いブラウスに、黒のプリーツスカート。膝まである靴下と、少しだけヒールのある靴。髪にはお気に入りの黒いリボンをつけてきた。
悠斗が好きそうな格好を、何時間も悩んで選んだ。
もちろん、そんなことは言わない。
「いや、似合ってる。かわいいじゃん」
「…………」
簡単に言わないでほしい。
そういうことを、なんの躊躇もなく言わないでほしい。
僕がどれだけ、その一言を待っていたのかも知らないくせに。
「なに、顔赤くね?」
「うるさい。暑いだけ」
「今日、そんな暑くないけど」
「じゃあ僕が暑いんですぅー」
「はいはい」
悠斗は笑って、僕の頭をくしゃっと撫でた。
やめて。
そんなふうに触られたら、勘違いしたくなる。
僕はお前の彼女でもなければ、好きな人でもないのに。
ただの親友なのに。
「行こ。映画、始まるぞ」
悠斗が差し出した手は、僕が人混みで迷子にならないように、昔から何度も握ってきた手だった。
僕はその手を取る。
指を絡めたいと思った。
恋人みたいに。
でも、そんなことをしたら、きっと不思議そうな顔をされる。
だからいつもどおり、指先だけを握った。
「……悠斗」
「ん?」
「今日、一日ずっと一緒にいてね」
「おう。いつもそうじゃん」
いつも。
その言葉が、胸の奥に小さな棘みたいに刺さった。
いつも一緒。
いつも隣。
いつも、親友。
僕が欲しいのは、そんな言葉の先にあるものなのに。
━━━━02 知らない女の子の話━━━━
「そういえばさ」
カフェで向かい合っていたとき、悠斗が思い出したように口を開いた。
「俺、最近ちょっと気になる子がいて」
持っていたストローが、指の間で止まった。
「……へえ」
「隣のクラスの子。話してみたら結構気が合ってさ」
「ふうん」
「今度、遊びに誘ってみようと思うんだけど。どう思う?」
どう思う。
どう思う、だって。
僕に聞かないでよ。
僕がどんな気持ちで、お前の隣にいると思ってるの。
「……いいんじゃない」
「マジ? よかった」
悠斗は嬉しそうに笑った。
その顔を見た瞬間、僕は自分が嫌いになった。
好きな人が嬉しそうなのに、素直に喜べない。
好きな人の恋を応援したいのに、相手が僕じゃないことが許せない。
僕だったら、悠斗が好きだって言ってくれたら。
一緒に帰るのも、休日に出かけるのも、手を繋ぐのも。
全部、友達だからじゃなくて、恋人だからって理由でできるのに。
「……ねえ、悠斗」
「ん?」
「もし、好きな人ができたらさ」
声が震えそうになるのを、必死で抑えた。
「僕と遊ぶ時間、減る?」
悠斗は不思議そうに瞬きをした。
「え? なんで?」
「だって、彼女ができたら彼女と遊ぶだろ」
「あー、まあ、そうなるかもな」
「…………そっか」
わかっていた。
当たり前のことだ。
恋人ができたら、友達より恋人を優先することだってある。
僕だって、悠斗が誰かを好きになる自由を奪いたいわけじゃない。
なのに。
「でも、お前とは今までどおり遊ぶよ」
悠斗があっさりと言った。
「お前、俺の親友じゃん」
――親友。
その言葉を聞きたくて、聞きたくなくて。
僕は笑った。
「……そっか。なら、いいや」
「なんだよ。寂しいの?」
「は? 別に?」
「俺がいないと生きていけないもんな、お前」
「ばっかじゃないの。死んでも生きていけるし」
「どっちだよ」
悠斗が笑う。
僕も笑う。
いつもどおりの、仲のいい親友。
その時間を壊すくらいなら。
この気持ちなんて、一生、言わなければいい。
そう思った。
思ったのに。
「……悠斗のばか」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、僕は呟いた。
━━━━03 僕だけの秘密━━━━
その夜、悠斗の家に泊まった。
昔からの習慣だ。
ゲームをして、くだらない話をして、眠くなったら同じ部屋で寝る。
僕は女装したまま、悠斗のベッドの端に腰掛けていた。
「おい、こっち詰めろよ」
床に座っていた悠斗が、隣をぽんぽんと叩く。
「……やだ」
「なんで?」
「別に」
「意味わかんねえ。ほら」
悠斗は僕の腕を引いて、隣に座らせた。
肩が触れる。
たったそれだけで、胸が苦しくなる。
「……悠斗」
「んー?」
「僕がさ」
言いかけて、やめた。
僕が、女の子みたいな格好をする理由。
僕が、悠斗にだけ甘える理由。
僕が、他の友達には絶対に見せない顔をする理由。
全部、言ってしまえたらいいのに。
「……僕が、もし」
「うん」
「もし、悠斗のこと……」
喉が詰まった。
悠斗がこちらを見る。
まっすぐな目だった。
僕のことを疑いもせず、警戒もせず、ただ親友の言葉を待っている目。
その目が好きだった。
大好きだった。
だから、壊したくなかった。
「……なんでもない」
「えー? なんだよ、気になるだろ」
「忘れて」
「変なやつ」
悠斗は笑って、僕の頭に自分の肩を寄せた。
「眠いなら寝ていいぞ。俺、もうちょっとゲームしてるから」
「……ん」
僕はそっと、悠斗の肩に頭を預けた。
拒まれない。
それが嬉しかった。
同時に、ひどく苦しかった。
だって悠斗は、僕が好きだからこうさせてくれるんじゃない。
僕が親友だから。
大切な友達だから。
それだけなのだ。
「……ねえ、悠斗」
「んー?」
「僕のこと、ずっと好きでいてね」
口に出してから、しまったと思った。
でも、悠斗は笑った。
「当たり前じゃん。ずっと親友だろ?」
……ああ。
そうだね。
僕の欲しかった答えとは、少し違う。
でも、僕がもらえる答えは、きっとこれだけだ。
「……うん」
僕は目を閉じた。
「そうだね」
悠斗の肩に頬を擦り寄せる。
ほんの少しだけ、甘えるように。
今夜だけ。
今夜くらいは、許してほしかった。
この気持ちを知らない悠斗に。
僕のずるさを知らない悠斗に。
好きな人の隣で、好きな人に好きだと言えない僕に。
「……大好き」
声には出さなかった。
出せなかった。
悠斗は気づかないまま、僕の頭を撫でた。
「おやすみ、湊」
「……おやすみ」
その手が離れていく前に、僕はそっと彼の服の裾をつまんだ。
起きたら、またいつもどおり。
からかい合って、笑い合って、何事もなかったみたいに過ごす。
僕は親友のままでいる。
悠斗の一番近くにいられるなら。
たとえ、悠斗の一番になれなくても。
……本当は。
そんなの、嫌で嫌で仕方ないのに。
━━━━04 もしも、なんて━━━━
翌朝。
「湊、起きろー」
「……ん」
「朝飯食いに行くぞ」
「……あと五分」
「昨日もそれ言って一時間寝ただろ」
悠斗が笑いながら、僕の頬をつつく。
僕は薄目を開けて、その手を捕まえた。
「……ねえ」
「ん?」
「今日も一緒にいて」
「いいよ。どこ行きたい?」
「……どこでも」
「じゃあ、駅前でも行くか」
「うん」
僕は悠斗の手を握ったまま、少しだけ笑った。
この手を、恋人として握れる日は来るのだろうか。
僕の名前を、好きな人として呼んでくれる日は。
女の子みたいに着飾った僕を、親友としてじゃなく、一人の男の子として好きになってくれる日は。
考えても、答えは出ない。
だから僕は、いつもどおりのわがままを言う。
「……悠斗、今日、僕のこといっぱいかわいいって言ってね」
「ははっ、なんだそれ。いいよ」
「絶対?」
「絶対」
「……約束だからね」
「おう」
悠斗は何も知らずに笑った。
僕はその笑顔を見つめながら、胸の中だけで呟く。
――ねえ、悠斗。
いつか僕が、親友じゃいられなくなるくらい、お前を好きになってしまったら。
そのときは。
僕のこと、嫌いにならないでね。
僕は今日も、君の一番近くで、君に片思いをしている。




