エピローグ
これまでと何も変わらない。
昨日色々あったものの、僕と穂乃果の関係は何も変わらない。
変わらない事に安心すればいいのか、不満に思えばいいのか。結論は出せないが、急いで結論を出す必要はないだろう。
だから、今日もいつものように穂乃果を家に迎えに来た。
「おーい。迎えに来たぞ」
「ちょっと待ってて!準備するから」
相変わらず準備の遅い穂乃果。それも見越して早めに来たから、リビングにお邪魔して待つのもいつもの事。
「ねえねえ、隼君隼君」
いつもと違うのは、穂乃果の母親である志保さんが、座っているソファの隣をばしばし叩いている事。そこに座れ、と。
はいはい。おとなしく従います。
「ねえねえ、隼君」
隣に座ると、にやにやと見て来て体を寄せて来る。嫌な予感はするけれど。
「昨日から穂乃果が変なんだけど」
「変、とは」
「昨日隼君とのデートから帰って来てから、ぽーっとしたり、にやにやしたり、急に恥ずかしがったり、いちいち可愛い反応するんだけど」
変だった、てのは予想はつく。多分僕も似たような反応をしてたんじゃないかとは思っているが。それぐらいいろいろあった日だったから。
一晩明けて落ち着いたものの、油断をしてると穂乃果と顔を合わせる事が出来ないほど心臓が早鐘を打つ。
だからあまり刺激はしないでもらいたいのだが、志保さんは容赦してくれない。
「そもそも隼君の家に泊まりに行った時からなのかな?何か、二人でベッドで仲良くしてたって噂は聞いたし」
言い方が気になるが——やっぱり母親から志保さんにも伝わっているか。でも、志保さんはもっと過激なのを想像しているような気がする。
「ちゃんと付けた?」
「いや、ちょっと待って下さい。そんなんじゃないですから」
「そう?裸で抱き合ってたって聞いたけど」
「どんな伝言ゲームですか」
もしそうだったら二度と家に帰れない。
でもこれはいけない。志保さんはどうやら僕と穂乃果がそこまで進んでると勘違いしているんじゃなかろうか。つまり僕と穂乃果が——しかしこれは違うので、否定しなければならない。でも否定するなら、ちゃんと言わないと。
どちらにせよいずれ報告しなければならないのだから、言ってしまうか。でもどう言えば——穂乃果と気持ちを確かめ合ったものの、そういう関係になりましょう、という話があったわけでもない。
僕が勝手にそう言っていいものか。
「ちょっとママ!」
困っていると穂乃果がやって来る。短いスカートを翻して、志保さんびしっと指を向ける。
「隼は私のものなんだから、あんまり近づかないで!」
はっきり言ったな。
「ふうん」
楽し気な志保さんの顔。にやにやともにたにたとも言えるそんな笑顔。
「じゃあ穂乃果は隼君のものなのね。朝からごちそうさま」
口元に手を当ててそんな事を言う。
「詳しくは帰ってから聞かせてもらうわね」
「志保さんにもちゃんと言わなきゃいけない事はわかってるけどさ」
学校へ向かって穂乃果と隣り合って歩きながら、言い訳するように呟く。
「佳代子ママには言ったの?」
「言ってない」
「なんで?」
「なんでって・・・」
なんでだろう。他の誰よりも、母親に報告するのが恥ずかしい。
「私と——そういう関係になるのが嫌?」
「嫌じゃないよ」
少し怒り気味の穂乃果が責めるような目で見て来るので、慌てて否定する。まさか、そんな訳がない。
どう言ったらいいものかと考えつつ、大きな中央公園を通り過ぎる。最初にローレライに会って、穂乃果との関係が変わり始めた場所。今日はもちろん、あの時のように巨大なロボットの姿はどこにもない。
思い出の場所、って言ってもいい場所かな。
そうだな。ここでちゃんとしよう。
「なあ、穂乃果」
「・・・何?」
機嫌が悪そうに頬を膨らませる穂乃果が上目遣いで見て来る。
僕が佳代子ママやら志保さんに言いにくいのは、ちゃんと言っていないからだ。
ちゃんと穂乃果の目を見て、
「僕の彼女になってもらえますか?」
「・・・」
改めて言うと、穂乃果の目がきゅっと丸くなる。
二、三度瞬き。それから目尻に笑みを浮かべる。
「ふぅん。隼がそんなに言うなら、仕方ないなぁ~。彼女になってあげます」
ぎゅっと腕を絡ませてきた。
これは、今までと同じようで同じじゃない。
「やほー。穂乃果と隼君」
駅とぶつかる交差点で、元気良く手を上げる金髪サイドテールと遭遇する。
「姫ちゃ~ん。おはよー」
僕から腕を離して姫香に抱き着く穂乃果。やっぱりちょっと嫉妬してしまう。
「相変わらず仲が良いね~」
穂乃果の頭を撫でながら、僕の事をにやにや見る。
・・・そう言えば、姫香にも世話になったし、報告しておかなきゃならないかな。
「あのね、姫ちゃん」
「ん?」
穂乃果が姫香の耳元に口を寄せて何かを耳打ちする。それを聞きながら、にやにやしながら僕を見る姫香。
「って事で」
「ふ~~~~~~~ん」
そんな顔で見るな。
「ねぇねぇ隼君」
姫香がにやにやしながら近づいて来て、肘でつついて来る。
「どうなの?長い間片思いしてた幼馴染みが彼女になった気分は?」
「うるさいな」
その後さんざんからかわれながら学校に辿り着く。
学校には辿り着いたものの、そこでのクラスメイトの反応はいつも通り。よくよく思い起こしてみれば、以前から恋人同士みたいに見られてた二人だったし。それが実際にそうなったとしても、周りから見れば何も変わらないのかもしれない。
だからではないが、別にわざわざ報告はしない。そのうちわかるだろうし。
そしていつも通り昼休みには穂乃果手作りのお弁当を食べて、いつも通り一緒に帰る。
いつも通り。一歩先を歩く穂乃果。
「今日の数学の課題難しそうだな・・・隼が教えてくれないかな~」
「素直に一緒にやろうって言っていいよ。一緒に晩御飯食べて一緒に課題やろうよ」
それもまたいつも通り。
いつも通りなんだけど、せっかくなんだからいつも通りじゃないのも欲しいな。
「ねえ、穂乃果」
「何?今日はカレーにする?」
「いや、穂乃果がそうしたいんならそれでもいいよ。でもそうじゃなくてさ」
帰りもまた、あの中央公園を通り過ぎる。
「穂乃果もさ、ローレライの中でしか言ってくれてないな、て思ってね」
僕も以前言われた、ローレライの中でマーメイド・エフェクトを放つためだけに言う問題。穂乃果も言っていたが、言われて嬉しい気持ちはあるものの、自分に向けて言われてないような気もしてしまう。
「んー?何の事?」
後ろで手を組んでこちらを振り返って来る。わかっていてとぼけてるな。
「ほら、僕の告白に対する答えがあったろ。それを、ここでも聞きたいなって思ってね」
「ふ~ん」
にこにこしている穂乃果。言ってくれるかな?言ってくれたら、改めて感激するかも。
「んー」
目を閉じて、数秒。
目を開けた穂乃果が、からかうような笑みを浮かべる。
「まだ、言ってあげない」
べーと舌を出した。
やれやれ。
「いつまでも言ってくれないと、僕の内包型デルタエネルギーが抑圧されて、またローレライが現れるぞ」
そうしたら、大きなマーメイド・エフェクトをぶつけてやるから、覚悟しろよ。
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