第72話 幼馴染みの結論
「準備出来ました!」
僕とハルとのやりとりがひと段落ついた頃、穂乃果が元気よく宣言した。
ドキッとする。
つまりは、穂乃果が僕の告白に答える準備ができたと言う事だ。僕が待ち望んでいた事であり、ある意味聞きたくない言葉でもある。
『ではお願いします』
感慨も何もないハルの言葉。穂乃果にどれだけの葛藤があったかなどAIには分からないのだろう。
葛藤を乗り越えた穂乃果は大きく深呼吸を繰り返している。僕の場合は心の準備をする間もなく急かされて言わされたから、穂乃果にはちゃんと心を落ち着かせて言ってもらいたい。
うわ。僕の方が緊張してきた。
これまでずっと一人で抱えてきた気持ちに、ようやく答えが出る。穂乃果がその答えを発した瞬間、僕と穂乃果の関係が変わるかもしれない。
いい方向に転ぶのか、 それとも・・・?
悪い方向じゃない、そんな気はするのだけれども。
『和泉穂乃果サンがマーメイド・エフェクトを放って頂ければ、私の役割も終了します』
「ローレライが消滅したら、ハルはどうなるの?」
穂乃果がそんな心配をする。時間を稼いでいるようにも思える。そんな事はどうでもいいから早く答えを言ってくれ、て言うのが僕の本音。
『私は単なるAIですから。次はまた別の役割を与えられるでしょう』
「そっか。寂しくなるね」
なんだかんだ付き合い長かったからな。基本的に邪魔しかしなかった気もするけども、それはハルはハルなりに役割を全うしようとした結果なのか。それならあまり責めるのはかわいそうかも。
『ですから、和泉穂乃果さんの言葉で終わります』
「うん・・・」
改めて言われ、穂乃果が僕を見る。チラリチラリと。その、少し恥じらう雰囲気が可愛くて仕方ない。早く、言ってほしい。
「じゃあ言うね」
穂乃果が大きく息を吸う。
「私も隼が好きですー!」
『和泉穂乃果サン、デバイスを手にしていただけますか』
ただただ僕に愛を叫んだ穂乃果に、ハルが指摘する。デバイスを握らず、引き金を引きもせずにただただ答えただけの穂乃果。
「え、ちょ、ちょっと待って」
一気に湯だったように赤くなる穂乃果が、慌てふためいてデバイスを手にする穂乃果。
締まらないな。でも、僕としてはどうでもいい。
「もう一回言うの?それは恥ずかしいよ」
僕の気持ち的には、もう充分です。
あたふたしながら、どうに穂乃果がかマーメイド・エフェクトを放つと、視界がすべて真っ白になりふわっとした浮遊感に襲われる。
雲の中を漂っているような、夢の中にいるような気分。それは、穂乃果の答えを聞いたからと言うわけでもないだろう。
ほんの数秒。心地のいい感覚が通り過ぎて冷たい空気が頬に触れる頃、視界にはさっきまでのゴンドラの中の様子が目に映る。ローレライに乗る前の、さっきと同じ場所に再び戻って来た。
「・・・」
隣には穂乃果。手を取り合って、至近距離で見つめ合っている。
構図はローレライに乗る前と同じ。ローレライに乗っていたのが夢だったと言われても信じてしまいそう。
「あの・・・穂乃果」
「は、はい」
何度か繰り返されたこのやりとり。何度か繰り返されていながら、この次に進んだ事は今の所ない。
少し距離を詰める。
「はーい!お疲れ様でしたー!」
元気な係のお姉さんに促され、ゴンドラを下りる。
さすがにもう一度乗る気にはならなかったので、穂乃果の手を引いて歩く。
ライトアップされた公園。幾多の恋人達とすれ違いながら、辿り着いたのは初恋の岬。水面に月明りが反射して、幻想的な空気が辺りを覆っている。
特に会話も無く、そこにあった二人掛けのベンチに座る。
正面の初恋の岬では、数々のカップルが思い思いの時間を過ごしている。ただただ肩を寄せ合って海を眺める者、海なんかじゃなくて互いに見つめ合っている者、そして、闇にまぎれて唇を交わす者。ここは、恋人達の聖地だ。
「あの、穂乃果」
「な、何でしょうか」
緊張感のある穂乃果の声。
「これは、僕の初恋が実ったって事でいいんでしょうか」
揺れる穂乃果の瞳を見つめる。そこに映る僕も、緊張している様子が分かる。
「・・・多分、ね」
そんな穂乃果の頬に触れる。少し冷たくなった頬。何かを言わんとしている、震える唇。
顔を近づける。心臓が——心臓も覚悟を決めたのか、ゆるやかな鼓動を続けている。
「あ・・・」
小さく声が漏れる。同時に穂乃果が目を閉じた。
念のため、ポケットを確認。上から確認してみるものの、あの忌々しいデバイスが存在する感触はない。さっきまであったのに、ローレライと共に消滅してしまったか。
もう邪魔する者はいない。
距離を縮める。
吐息が絡み合う。
鼻が触れる——
あの気持ち悪い音が流れる事は、二度と無かった。
——————————————————————
次回最終話です。




