第39話 幼馴染みと海①
八月某日。
お盆も過ぎて夏休みも後半に差し掛かる中、僕は部屋でベッドに寝ころびつつ一人寂しく天井を眺めていた。
今日は穂乃果が新内達と海に行く日。なので今日はうちには来ない。
夏休みに入って以来、いやそれ以前から毎日のようにうちに遊びに来てこのベッドにごろごろしていた穂乃果が、今日はこの部屋に来る事はない。
今頃穂乃果は隣町の海水浴場に向かう電車の中だろうか。管理も行き届いていてナンパが目的の軽薄な男達はあまりいないという評判の海水浴場だが、不安が無いと言ったら嘘になる。
晴れ渡る空。透き通る海。開放的になる男女。
雰囲気に流されやすい穂乃果がひと夏のアバンチュールに惑わされないか、不安で仕方ない。
頼りになる新内や、落ち着いた山中も一緒なので大丈夫だろうが、不安はどうも拭えない。
かと言ってついていくほど非常識ではないし、過保護でもない。穂乃果だって時には女の子同士で遊びにも行きたいだろうし。別に恋人同士でもないのに僕とばかりいる義理もない。
でもでも——
何だかんだ言いつつ、ただ寂しいだけです。はい。
寂しいので、他の友人に連絡してみるものの、仲間内でキャンプに行く者、彼女とプールに行く者、健太のように部活の合宿に行く者など、僕の寂しさを紛らわせてくれるような暇人は捕まらなかった。
そもそも穂乃果と距離が近くなって以降、妙な気を回されて誰も誘ってくれなくなったのが原因なのだが。つまりは穂乃果のせい。
まあ、その友人達と穂乃果のどちらをとるかと言われたら、迷わず穂乃果を選ぶんだけど。
となると、あとはどうやって暇を潰そうか。
夏休みの宿題を済ませるという手もある。もうすでに半分以上は終わっているが、この際終わらせてもいい。
穂乃果に『一人で宿題を終わらせたりしないでね!』などと言われているので、勝手に進めたら怒られるかも。
——宿題はまた今度か。
作りかけのプラモデルは一緒に作ろうって穂乃果にも言ったし。これも今は出来ない。
それなら両親の店に手伝いに行こうか。いつもいつも忙しい時期は駆り出されるので、お盆は穂乃果と二人でバイト代わりに手伝いに行っていたが、まだ人手を必要としていないだろうか。
そう思って出勤前の母親に提案。
と、
「いらん」
一言で断られる。
「穂乃果ならいる」
なんでだ。
「看板娘は売上に貢献する。看板息子と違って」
身もふたもない。
諦めて部屋に戻り、再び天井を眺める。
あとは何だろう。時間を潰せそうなのは。
むむ・・・志保さんとか?今日は家にいるから遊びに来て~なんて言ってたからお茶でもしに——いやいや。夫が単身赴任中の人妻のところへ行ってどうする。字面がまるで官能小説。さすがにその気はない。
となるとお手上げ。結局暇を持て余す事になりそう。
そう思いつつスマホを開いて眺めたのは、穂乃果の連絡先。そこにある爆発するような笑顔でピースする穂乃果のサムネイル。可愛い。
連絡しようかな。連絡したら返事してくれるかな。ちょっとでいいから穂乃果の声が聞きたいな。
いや——そんなのただの束縛彼氏みたいで嫌だな。ただでさえおこがましいのに。
そう思った僕はスマホをベッドの隅に放り投げる。
相変わらず何もない天井を眺めるが——一つだけ僕の相手をしてくれそうなものはいる。
ポケットから薄緑色のデバイスを取り出す。
「あー。ハル、聞こえるか?」
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「穂乃果、あのライフガードのお兄さん、恰好良くない?」
海の家で焼きそばを食べている穂乃果。隣に並んで座っていた同級生である門脇操に言われ、目を落としていたスマートフォンからそちらに目を移す。櫓の上で双眼鏡を覗いている、筋肉隆々の監視員。大学生だろうか。
「うん。そうだね」
「興味なさそうね」
「そんな事もないけど」
言いつつも、はっきり言って興味がない。
「ふうん」
栗色の髪の毛をポニーテールにして、派手目なビキニを身に着けた操が眼鏡を光らせる。
「柊木君以外は興味無いんだ」
「そ、そんな事ないよっ」
そんな事を言っていると、反対側に座っている真島日菜子が穂乃果の肩に顔を乗せてスマートフォンを覗き込んでくる。スリムな体を競泳水着で包んでいる。猫のように跳ねた髪の毛がくすぐったい。
「ほら~、柊木君からメッセージ来てないから確認してたんじゃないの?」
「ち、違うよっ!」
「なら何で赤くなるのかな~?」
「暑いから!」
そんな事を言ってごまかしてみるものの、日菜子は穂乃果の顔を覗き込んでにやにやしている。
「穂乃果をあんまりいじめないでよ」
正面に座った新内姫香がラーメンを食べつつ助け舟を出す。穂乃果の親友であり、いろいろ知っている間柄。その隣ではカレーを食べている山中美潮がくすくす笑っている。
「ねー姫聞いて。穂乃果ったら、こんな時にも柊木君の事考えてるんだって」
「そ、そんな事無いもん!」
「えー。そんな顔してたよ」
「してない!」
「まーまー。考えるのは自由だからね」
姫香はそう言って笑う。
「むー」
不満そうに頬を膨らませながらスマートフォンを隠す穂乃果。隼から連絡がないか確認していたのは正解だ。だがそんな事は素直に言えるわけもなく、ぶつぶつ言いながら焼きそばを口にする。
「でもこれで付き合ってないとか言うんだから、おかしな話よね」
「穂乃果が言ってるだけだから、本当のところは分からないけどね」
操と日菜子がそんな事を言い合っている。
穂乃果と隼の関係をからかうのが二人の日課となりつつある。
「穂乃果もそろそろ素直になった方がいいんじゃない?」
「そうそう」
二人に顔を覗き込まれて目を逸らす穂乃果。
「むー」
その時、手にしたスマートフォンがブルっと震える。
ほとんど条件反射で画面を確認する。だが、ただのニュースの通知なだけで、誰かからメッセージが来た訳では無かった。
がっかりしつつスマホ画面から目を離す穂乃果だが——
「ちょっと待って」
「どうしたの?日菜子」
目ざとく穂乃果のスマホ画面を確認した日菜子の声。訝し気に尋ねる操。
日菜子はスマホ画面をじっと見つめる。
「ねえ、穂乃果さぁ・・・」
「あ」
気づいて慌ててスマホを隠そうとした穂乃果の手を掴み、スマホを取り上げる日菜子。
「ちょ、ちょっと返して!」
「何々?どうしたの?」
日菜子が手にする穂乃果のスマホに皆が集まって来る。
「何でもない!何でもないから!」
スマホを取り返そうとするが、自分より身長の高い日菜子に翻弄される。そうして取り戻す事が出来ぬまま、スマホ画面が全員の眼前にさらされる。
「おおぉ・・・」
「うわぁ・・・」
「やるなぁ、柊木君」
「今度問いただしてやらないと」
穂乃果のスマートフォン。その待ち受け画面にされていた写真に、その場にいた全員が感嘆の声を上げる。
「違うもん・・・」
苦し紛れに言うが、何も違うものはない。
そのスマートフォンの待ち受け画面に設定されていたのは、初恋の入り江で穂乃果の頬にキスをする隼の写真だった。




