魂鏡三八、腐る
一行は地下へと進む。
義己は興味本位か、下根にこんなことを聞く。
「下根さんは、普段は何してるんです?」
「僕かい? 僕は悪い子たちを閉じ込める首輪を創ってるんだよ、でゅふふ。
暴走してしまう覚醒者の心を腐らせる毒を創って、首輪に仕込む。
そうすると、無気力になって、暴走する元気がなくなるんだよ。でゅふふ……」
暴走する覚醒者は危険だ。
それを『MD研究室』では捕縛して、場合によっては閉じ込めておかなければならない。
そういう役割を担っていると、下根は答えた。
「未だ『ムーンディスク』を体内から取り出す方法は分からないままだからね。
警察の留置所に閉じ込めても、どうにもならないから、緊急措置としてそういう方法が必要だということなんだ。
人道にもとる行為というのは承知の上でね……」
榎田は、言い訳のようにそう言った。
しかし、この場にそれを責める人間はいない。
皆、暴走する覚醒者の危険性を知っているからだ。
「へえ、そうやって暴走を鎮めてるんスね。
てっきり、鎖と麻酔でどこかに縛り付けたりしてんのかと思ってました」
「下根くんの能力に気付くまでは、そういう方法も取っていたけどね。
麻酔で眠らせるとなると、点滴やら下の世話で人員を取られてしまう。
ある程度の自由を与えられて、しかし、暴走する気力は削れるという下根くんの能力は、本当に貴重でありがたい力なんだよ」
「へえ、下根さんって凄いんですね!」
義己は素直に褒める。
すると、下根は身をくねらせて照れる。顔は真っ赤だ。
「いやぁ、そ、そんな大したことではないんだけどね。でゅふ、でゅふ、でゅふふ……」
「まあ、そんな訳で、下根くんは失えない人材として普段のパトロールや暴走者の対処には出ないでもらっているんだよ。
能力的には、たぶん最強クラスの力なんだけどね」
「そんな、榎田氏、言い過ぎですよ、でゅふ、でゅふ、でゅふ……褒めても毒しか出ませんよ、でゅふ、でゅふ……」
「毒って偽悪的に言ってますけど、要は薬ですよね。
暴走者が暴走せずに済むなら、悪くないと私は思います」
莉緒が自分の意見を口にする。
「でゅふ、でゅふ、でゅふ……」
褒められ過ぎて、下根の挙動がワカメのように、くねくねが止まらなくなる。
「お喋りはそこまでにしときましょう。
ここから先は地下ブロックですから……」
やる気に溢れる叶和が全員を制するように注意を促す。
「おう、それじゃあ開けるぞ……」
扉の前に立った義己が息を飲む。
この先は天使どもが群れていた危険エリアだ。
がちゃり、と音を立てて扉が開かれる。
最低限の光量に抑えられた廊下、そこには天使たちの姿は見えない。
幾つかの角を曲がって、進むも、静かなものだっ。
「あいつら、どこ行ったんだ?」
「百体からなる群れが移動したとなると、シェルターブロックを固めたと見た方がいいかもしれないね……」
義己が幾つかの扉を無造作に開けてみるが、そこに天使たちはいない。
榎田は危惧を口にする。
「俺が殴った高桑もきえてる……」
この辺りでぶっ倒れていたはずだよな、と燈里が首を傾げる。
榎田は大きなリュックから地図を拡げて確認する。
「この先を左、更に左、三番目のドアから下に降りて、道なりに曲がって、一つ目の交差点で右、それから……」
「うわぁ、どうしようトーリ……俺、覚えられないぞ……」
「義己っちはほら、いざとなったらミノタウロスの特性でどこに行けばいいか、分かるんじゃない?」
「おお、そうか!」
「さすがにここまで複雑だと、私たちの方が問題よね……」
莉緒が頭を振る。
「義己ちゃんから離れなければ、問題なし!」
叶和が答える。
「うん、望月くんは、黒木くんとぴったりくっついてもいいですぞ、でゅふふ……」
「え、俺?
まあ、義己っちが先頭でタンク役みたいなもんだから、俺が二番でもいいのか……」
ウンウン、と謎に頷く下根。
「夜は逆転?」
叶和がこそこそと下根に聞く。
「イケる口ですかな、でゅふふ……」
「まあ、それなりには……にひひ……」
何故か意気投合する下根と叶和だった。
そうして進んで行くと、曲がり角を曲がった瞬間、ごく普通のおじさんが焦ったように目の前を通り過ぎた。
「え? ちょ、ちょっと、あなた!」
思わず面食らった榎田が声を挙げる。
「自分は関係ないですからー……」
バタバタと足音が遠ざかって行く。
「いや、関係ないとか言ってる時点で関係者じゃないですか!」
莉緒が飛び出した。
バタバタ、の後をタタタッと莉緒が追う。
「ひぃぃぃ〜、関係ないんです〜!」
「関係ない訳ないでしょ!」
「浅黄さん、止まって!」
榎田が気付いて声を掛けた時には、時すでに遅し、おじさんと莉緒の通った通路の上から重いシャッターが落ちて来る。
慌てて燈里たちも走ったが、見事に分断されてしまった。
「莉緒!」
叶和が分厚いシャッターを叩くが、ゴンゴンと硬さを示す音が響くだけだった。
「くそ! やられた……下根くん、このシャッター、イケるか?」
榎田が下根に叫ぶ。
下根は静かに深い呼吸をしながら、何やら自分自身と向き合っているような顔をする。
しかしながら、その顔は随分と厳しい。
下根にとって、自分自身とはわがままの極致である。
そこには幾つかの感情が渦巻いている。
高校時代、進路決定の岐路に立たされた時、親の町工場を継ぐか、それとも宇宙開発公団に挑戦するか、悩んだ時期があった。
親は町工場を継いで欲しいと言ったが、下根は最終的に自分の意思を貫いた。
葛藤はあった。だが、下根は親の引退まで、まだ十年、二十年は猶予があるという理由で、宇宙開発公団入りを決めた。
そして、宇宙開発公団でメガフロート建設の極秘プロジェクトに関わるようになって、抜け出せないところまで来た段階で、親が不意の事故で亡くなってしまった。
親の意思を継いで町工場を継承しようにも、技術はなく、宇宙開発公団で重要なプロジェクトに関わっているため、簡単に辞める訳にもいかず、休みの日に町工場で技術を磨き、それ以外はプロジェクトを進めるという日々が続いた。
結果、どちらも上手くいかなくなって、下根は腐った。
これは、自分の楽観視が産んだ結果だと思ったが、性根の部分は直しようがなく、進めば進むほど、自分は腐っていった。
何もできない。何をやっても中途半端。かと言って、自分自身を変える一歩を踏み出せない。
増えるのは体重と責任ばかりで、下根は半ば壊れていた。
そんな折、『魂降りの災禍』によってニーズヘッグの魂鏡を得てしまう。
『MD研究室』に抜擢されて、暴走者を取り押さえる日々の中、次第にまた腐っていく自分を見つけてしまう。
そして、下根自身の暴走が起きる。
下根の『直居覚醒』は巨大な邪竜である。
全てを腐らせる毒の息を撒き散らして、大変な騒ぎになった。
仲間たちに目を覚まさせてもらうまで、またも半端者な自分に出会う。
腐る。腐る。腐る。
ああ、自分の本性はそこにあったのだ。
ニーズヘッグに出会うことで、ようやく自分を見つけた。
半端者な自分は半端なことしかできない。
だから、毒を薬にすると直居教授から提案された時、妙に納得してしまったのだ。
半端な毒は薬になる。そういう道があってもいい。
嫌われ者、ウイルス説の根元、それでも見捨てずにいてくれる仲間たち。
下根はようやく少しだけ自分を認められるようになったのだった。
「『魔凱着奏』!
『智器照臨』、【死・水】!」
下根の身体が鎧化した邪竜に包まれる。
少々丸っこいフォルムに、申し訳程度の竜の翼と長く伸びた首、その顔は竜種だが横に広い。
その大きな口から吐き出されるのは直線状の吐息というより、放射状の雨だ。
ショットガンのように拡がる雨粒が、シャッターを、ジクジクと溶かしていく。
合金製のシャッターはかなりの厚みがあるらしく、それでも人ひとりが通れる穴が開くには暫くの時間を要する。
シャッターが溶けるまでの、ジリジリとした時間。
全員が莉緒の無事を祈りながら、焦れる時間を過ごすのだった。




