魂鏡三七、急襲
なんとか東商店街まで出てきた剣道部と義己、燈里たち。
莉緒は緊急を要するとして、その場で『MD研究室』に電話を掛ける。
話を聞いた榎田の動きは早かった。
時間にして三十分足らずで、一台の車がやって来た。
『MD研究室』と関わりがあるのは、莉緒、義己、燈里の三人だが、見届けたいと明里、叶和、葵と残っていた。
『MD研究室』特製のバンから榎田と五名の隊員が降りて来る。
四名は車から道路整理の道具を出して、東商店街の端、建設途中のビルの周りを規制していく。
「遅くなってすまないね。
まさか地下ブロックを拠点化するのは盲点だった。
正直、今の人員だとそこまで手が回らなくてね。
まあ、なんにせよお手柄だ。
ありがとう」
榎田が三人に話し掛ける。
「あの、中にいる天使たちは、この前教えてもらった謎の物質でできてるんです……」
莉緒が改めて説明する。
「ああ、そういう話だったね。
今、区役所の方にも応援を頼んでいるけど、『魔凱着奏』か武器生成能力を持った覚醒者は四人しかいない。
本来なら、後は僕たちに任せて、と言いたいところだけど、君たちの力が必要だ。
黒木くんと浅黄さん、それから望月くんの回復能力、悪いけど協力して欲しい」
「ええ、それはもちろん、そのつもりでした」
莉緒が答えるのに被せて、叶和が手を挙げる。
「はいはい! 私も戦えます!」
「ちょっと、叶和……」
明里が叶和を咎めるが、叶和は主張をやめない。
「君は?」
「藍沢叶和、さっき覚醒しました!」
「さ、さっき?」
「猫人間です!」
「猫人間……そりゃまた詳しく研究したくなる……じゃなくて、えーと……?」
榎田は目線だけで浅黄に助けを求める。
「叶和は、鎧も武器も使えません。
でも、天性の勘といいますか、戦いのセンスはウチの剣道部で一番です。
さっきも天使に天使をぶつけてやっつけてましたし、連れていけば戦力になると思いますよ」
「ええ……参ったな……たしかに猫の手も借りたいところではあるけど、こっちの三人と違って親御さんの許可もないし……何かあった時に責任が取れないし……さすがに連れて行けないよ……」
いちおう、黒木、望月、浅黄の三名は親の許可を貰って『MD研究室』入りしている。
そこには、浮島区の平和と危険な仕事であるということを天秤にかけて、榎田たち大人の涙ぐましい説得の物語もあるのだが、ここでは割愛する。
叶和は携帯を取り出すと、どこかへ連絡する。
「あ、父ちゃん。私、MD研究室に入るから。
……そうそう、父ちゃんの仕事場が荒らされてるらしくて、そこにいるテロリストと戦って来る。
……うん。まーかして! 今、研究室の人がいるから代わるね。
はい。父です」
「あ、え? ちょ……あ、もしもし、お電話代わりました。わたくし、MD研究室の榎田と申します……」
いきなりの電話に面食らいながらも、どうにか挨拶をする榎田。
「……どうも、叶和の父です。
MD研究室って言うと、ムーンディスクの暴走者なんかを対処するMD研究室ですよね?」
「は、はい」
「詳しいことは分かりませんが、娘のこと、よろしくお願いします」
「あ、あの、それなりに危険もある仕事なので……」
「問題ないです。娘がやると言ったらやりますし、娘の直感って言うんですかね。それを信じてますんで……」
「は、えと、よろしいので?」
「はい。書類なんか必要でしたら、いつでも書きますんで……あ、今から行きますか?」
「あ、いえいえ、後日、正式に挨拶に向かわせて頂きたく存じます」
「はい、いつでもお待ちしてますんで、よろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます!
では、失礼致します……」
叶和の『MD研究室』入りが決定した。
「えーと、では、藍沢さんだったかな?
詳しいことは後日になりますが、黒木くんたちと同じく、アルバイトということで……」
なし崩しで連れて行くことになった。
「あ、ええと、皆に紹介しておくね。
おーい、下根くん。
こちら、今回、君たちと一緒に潜る、下根くん。
普段は別の仕事をやってもらってるんだけど、今回は魔凱か武器生成ができるというのが、条件だからね。
特別に来て貰ったんだ。
こちらが、黒木くん、望月くん、浅黄さん、藍沢さん。
僕を含めて、この六人で潜ることになる。
地下ブロックの地図を調べたところ、他に出入口が六箇所ほどあって、その中でも確率が高そうな出入口から三人の覚醒者が入ることになってる。
空いてる出入口にも人は置いてるから、いちおう大丈夫なようにはしているけど、今回は敵の規模も分からないし、その場での判断も重要になってくるだろうから、皆、心して掛かって欲しい」
「「「はい!」」」
「下根くん、挨拶して」
下根と呼ばれた男は見た目で言えば三十ちょいくらいの、でっぷりとした変な笑い声の男だ。
「でゅふふ、下根です。
黒木くんと望月くん……いや、望月くんと黒木くん。
それから浅黄さんと藍沢さんだね。
よろしく。でゅふふ……あ、ニーズヘッグという竜種に変身できます。でゅふふ」
ニチャア、という笑い方で我が道を往くといった風情の下根。
義己は何故、自分とトーリの順番が入れ替えられたのか分からず、顔にハテナを浮かべるが!下根にそれを説明する気はなさそうだった。
「ニーズヘッグというと、世界樹の根を齧って腐らせるという、北欧神話……でしたっけ?」
燈里が最近、読んでいる本から知識を絞る。
「そう、その腐らせる邪竜というやつです。でゅふふ……。
なんでもそうだけど、腐り堕ちる直前というのが一番甘くて美味しいと思ってます。でゅふふふふ……。
浅黄さんとは毛色の違う竜なので、お仲間になれず残念ですね。でゅふふ……」
燈里は背筋が、ぞわり、と寒くなり、叶和は、キラーン、と目が輝き、浅黄は何故か、ホッと胸を撫で下ろした。
「あー、下根くんは毒使いだと思ってくれれば間違いない。
周りを巻き込むような技は控えてもらうが、もしもの時は、呼吸を止めていれば巻き込まれずに済む。
顔の形が変わらなければ、ガスマスクを支給するところだけどね」
榎田がそんなことを言う。
更に言えば、榎田はちゃっかり自分の分のガスマスクを被った。
「それじゃあ、出発!」
榎田はくぐもった声でそう号令を掛けたのだった。




