魂鏡三六、目算
走り出した燈里は小さく呟く。
「愛器光臨……霊搗の大杵……」
手のひらの中に直線的な杵のミニチュアが現れる。
義己は自己犠牲で燈里が高桑とのタイマンに挑んだと考えたようだが、燈里には何も目算がなく高桑に挑んだ訳ではなかった。
河童星人との一戦、あの時、燈里はたしかに何かを掴み掛けたのだ。
アレが出せれば、勝てる。
それだけの目算があって、高桑に挑んだのであった。
「望月イイイ、オ前ニ勝チ目ガナイッテコトヲ、教エテヤルヨ……『魔凱着奏』!」
レッドオーガ高桑の巨体が高桑本来の大きさに縮むと同時に、全身を黒と赤のまだら模様の鎧が覆う。
頭には巨大な二本の捻れた角が立っている。
「うおおおぉぉぉ!」
燈里の目に見えているものがある。
霊搗の大杵にはふたつの能力がある。
ひとつは、対象の体外に出て行こうとするオーラを叩き戻すことによって、対象の命を繋ぎ、肉体を修復する力。
もうひとつは、対象を叩いて、餅を作る力だ。
「オノレノ無力ヲ知レ!」
高桑は避けることなく、わざと攻撃を受けることにした。
魔凱は特殊な物質であり、同じく特殊な物質を使った攻撃以外、全てを無効化する。
高桑の考えはこうだ。
こちらが『魔凱着奏』を使った時点で、同じく『魔凱着奏』を使って来ないのなら、望月は知らない、もしくは使えないのだ。
存分に殴らせてやって、己の無力感をたっぷりと味あわせてから、自分に舐めた口を聞くとどうなるか、身体の隅から隅まで分からせてやるのだ。
「オ前ノ悲鳴ヲ聞クノガ楽シミダ……」
「おりゃぁあ! とうっ! どうだ!
このやろ! もういっちょ! まだまだぁ!
こいつで、どうだ!」
高桑は立っている。一度もよろけることなく、ただ自然体で立っているだけだ。
「終ワリカ……?」
高桑は、ぴょこぴょこしている兎人間を捕まえようとして、兎人間は慌てて距離を取る。
「はぁ、はぁ、はぁ、前準備はな……」
「強ガリハ滑稽ダナ、望月……」
「いや、好き勝手に殴らせてもらったおかげで、この力の使い方みたいなのが、かなり理解できたよ。
感謝するぜ、高桑……」
「ジャア、俺カラモ行クゾ!」
ブォン! 高桑の中にはレッドオーガの膂力が詰まっている。
風切り音と共に繰り出した一撃は、燈里の肉を一撃で粉砕してしまうのではないかと言う威力を秘めている。
「あっぶな……」
燈里はその一撃をなんとか避ける。
「コノ体ニナルトナ、俺ハ無限ノ体力ヲ得ラレルンダ。サテ……ドコマデ避ケラレルカナ?」
ブォン! ブォン! と避けられても関係ない、当たるまで殴ればいいという風に高桑の両腕が回る。
「ちょ……おま……むちゃくちゃかよ……」
軽口を叩いたはいいが、無限に一撃必殺級のパンチが飛んで来る。
少しばかり焦る燈里なのだった。
一方、義己は荒ぶっていた。
「魔凱着奏ォォォ!
どけ! この雑魚どもが!
トーリィィィっ!」
燈里を助けるべく、義己は全力で天使の群れを突破しようとしていた。
「義己ちゃん、どうしたの!?」
明里が慌てる。
「アイツ……トーリはたぶん、時間稼ぎに行ったんだ!
『魔凱着奏』には『魔凱着奏』じゃないと勝てねぇ!
そのことはこの前、教わったばかりなのに、トーリの奴、『魔凱着奏』は使えないはずなんだ!」
義己の焦る姿に莉緒が合点がいったという風に加わった。
「そうか、望月の奴、また……。
勝ち目がないから、自分が犠牲になって、私たちを逃がすつもりで……くそっ! アンタを私たちが置いて行く訳ないでしょうが!」
莉緒の青龍偃月刀が唸る。
「勝てるから、タイマンとか言い出したんじゃないのニャ?」
「俺の鎧か、浅黄の持ってる武器みたいのがないと、高桑の『魔凱着奏』に対応できねえんだよ!」
「ああ、燈里くん、おバカなのニャ!」
「そんな……望月先輩!」
「叶和、明里と葵を連れて下がってて。
私たちが望月を連れ戻す!」
「くっ……分かったニャ!
悔しいけど、そっちは任せたニャ!」
それまで高桑の指示で静かにしていた天使たちも、義己と莉緒を排除するべく動き出す。
しかし、二人はブルドーザーのように天使たちを倒しながら、前へ、前へと進むのだった。
場面は戻って、無限パンチを繰り出す鎧の赤鬼高桑対兎人間燈里。
燈里はなんとか隙を見つけ出そうとするが、高桑の執念が延々と追ってくる。
このままでは、逃げ場を失いそうだと判断した。
「なあ、俺に殴られたところは何ともないのか?」
燈里はわざとそんなことを言う。
「毛ホドノ痛ミモナイゾ……」
「そんな真っ白になってるのに?」
燈里が殴った場所は白く変色して餅になっている。
もう魔凱としての機能も失っているはずだ。
高桑は言われて初めて自分の身体を見た。
「ナ……ナンダコレハ……」
魔凱のあちこちに白い殴り跡がついている。
「たぶん、餅?
こいつで殴ると、何でも餅になるみたいなんだ」
「ハ?」
「んで、そこならその鎧の効果も無くなってるんじゃないかと思って、な!」
言うと同時に、高桑の胸を、その餅に変異した部分を燈里は蹴り抜いた。
「グオッ……」
「次は右脇腹! と見せかけて左脇腹!」
「グブッ……」
「更に右脇腹……はフェイントで顔面に膝っ!」
「アガッ……」
「ガードが下がったな!」
高桑は久しぶりに感じる痛みに悶えながら、必死に腕を上げる。
「はい、右脇腹ー!」
「グウッ……クソッ……嘘つき野郎が!」
「ガードごと叩けば、お前は餅だー!」
燈里の顔面狙い。
腕でガードの形を取っていた高桑は、思わずガードを開いた。
そうなれば、当然、顔面を殴られることになる。
「ガハッ……」
高桑の顔面部分の餅に血が染みて、赤い餅になる。
高桑の意識はそこまでだった。
高桑が、どう、と倒れる。
「おもろいくらいに、フェイントが全部決まってしまったな……どわぁ!」
燈里は倒れた高桑を前に頭を捻る。
だが、高桑が倒れたことで、制御する者がいなくなったからなのか、天使たちが一斉に燈里へと殺到する。
「このっ!」
燈里が霊搗の大杵で天使たちを殴る。
しかし、天使たちは一部が餅に変わっても、動きは止まらなかった。
「やばい、やばい、やばい……た、助けてー!
義己っちーーー!」
「トーリーーー!」
「ナイス! 最高! さすがはヒーロー!」
ちょうど、義己と莉緒が燈里まで辿り着いた瞬間だった。
「引け、トーリ!」
「言われなくても、コイツらは無理ー!」
義己に殿を任せて、燈里と莉緒が下がる。
「望月、アンタまた変なこと考えたんでしょ!」
莉緒が来た道をもう一度、斬り拓きながら怒りの声を上げる。
「違う、違う。高桑には勝てる目算があって挑んだんだよ! コイツらが襲って来るのは計算外!
だから、ほら、高桑はきっちり殴っただろー!」
「高桑をぶちのめしたのか、やるなぁ、トーリ!」
義己が手放しで褒める。
「だろ! 分かってくれるか、友よ!」
「最後の、助けて、義己っちーーーがなけりゃ、カッコよかったのにな!」
「それは言ってくれるな、友よ……まあ、ほら、義己っちにも活躍の機会が必要だろ」
「はいはい。馬鹿言ってないで、帰るわよ!
ココがヤバいのは分かったから、榎田さんたちに報告しなきゃ!」
へーい、と仲良く返事して、義己と燈里が莉緒に続く。
その後、どうにか全員で合流して、この危険な地下から抜け出すのだった。




