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臨終速報  作者: 紅小豆
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第1章「予告された死」

 「テレビの初期設定って……なんでこんなにややこしいの……」  私は映像が映らないテレビを前に苦戦している。

 スマホなら動画アプリを開いて、おすすめをタップするだけ。連絡も通知が来れば押すだけで済む。でも、テレビは違う。設定画面にやれワイファイだの、やれファームウェア更新だの、意味不明な単語が並んでいた。もう少し購入者に優しくして欲しい。

 「出来るとは思ったんだけどな……」

  そんなに厚くない説明書が六法全書のように見えている私は、諦めてお隣のインターホンを鳴らした。

 「結城さん。どうしました?」

『伏見智遥さん』私が困った時、いつも助けてくれる人だ。

スマホも洗濯機の操作も全部教えてくれた。

きっと“善きサマリア人”というのは、こういう人のことを言うのだろう。

無償の親切というものが本当にあるのなら、きっとこの人だ。伏見さんは、私がこの部屋に越してきた頃からの付き合いで、もう家電担当みたいになってしまった。

 「この前選んでくれたテレビ 頑張ってやろうと思ったけど映らないんですよ」

 「ああ……またですか? 『テレビは簡単だから大丈夫』って言ってましたよね? まぁ結城さんならしょうがないか……やりますよ」

 馬鹿にされた気分になったが事実は事実なので甘んじて受け入れた。

 男性を家に招き入れる事に抵抗はないとは言えないが、伏見さんならもう何回も入ってるし気にしなくなっていた。

 画面が真っ暗になっているテレビを一瞥するとすぐに後ろをのぞき込み、

 「プラグは?」と新たな単語が出てきた。

 「……なんです?」と聞き返すと、

 「いや、テレビってこの壁にある差込口にケーブルみたいなのを差し込まないと映らないんですよ。多分買った際に付いてますよ」

 伏見さんはダンボールの中から黒いケーブルを取り出し取り付けるとすぐにテレビから映像が点いた。


「すごい。もう点いた」

 そこではニュース番組が流れており、市議会の様子が映っていた。そこでは男性が記者会見を開こうとしていた。伏見さんはリモコンを手に取り、左上のボタンから順に押していった。

「これならリモコンも大丈夫ですね」

「もう、何と言ったら良いのか……」

 これまでの悩みが一瞬で解決し感嘆していると

「結城さんって若いのに機械音痴のレベル超えてますよ?もうおばあちゃんレベルですよ?」と煽られてしまった。

「このテレビってあれですよね?最新だから動画とか見れますよね?」

「よく知ってましたね。今まではどうやって?」

「実家の電化製品は全部親に任せてました」

「そりゃそうですよね」

 伏見さんが頷く。その納得顔が、少し悔しかった。

「でも、買い物とか料理は私がやってたので問題ありませんでしたよ。伏見さんは実家でもこうやって呼ばれたりするんですよね」

私がそう聞くと伏見さんは少し困った顔をして

「ここ何年も帰ってないですよ」

「あ、そうなんですか。私も似たようなもんですよ。仕事が忙しくて、年に数回帰れればいい方です」

 「そんなもんですよね。顔を見るだけならスマホでもできますしね」

 「便利になったのか不便になったのか分からないですね」

 「ですね」

 伏見さんは笑って、手元のリモコンをテーブルに置いた。

「でもこの家ネットの契約してないですよね?Wi-Fiもないし……スマホでミラーリングする……」と何やら呪文詠唱を呟いた後、私の顔を見るや否や、 「無理です。諦めてください」と一刀両断された。

──テレビが映ったことで、私の一日がようやく始まった。その嬉しさは夜まで続いた。

やっぱり、伏見さんはすごい。

 以前お邪魔した時、声だけでカーテンが開き、照明がふわりと灯り、テレビもエアコンも自動で動くのを見せてもらったことがある。

 私には、まるで魔法のようにしか思えなかった。伏見さんはスマホを毎年のように買い替えており、「新しい機能を試さないと落ち着かない」と力説していた。壊れるまで使う私とは大違いだ。

定期的に訪れるたび、部屋の家電も少しずつ変わっていて、そのたびに性能を語ってくれたが、私には何が何だか分からない。

それでも、この部屋にあるものすべてが、伏見さんの世界の一部であることは伝わってくる。だが私には、便利というよりどこか落ち着かない部屋だとも感じた。こんな生活が普通なのだろうか。どこか、私には届かない場所のように思えた。

私は時計に目を移すと、針はぴったり真上を指していた。

 「さすがに寝ないとまずい」

 私はテレビの電源を切ると、そのまま寝床に入った。

 深夜。どこか遠くからザーザーという音が聞こえた。

 「……消し忘れ?」

 寝ぼけ眼のまま、重たい体を起こしてリビングへ向かう。  寝る前に消したはずなのに、テレビがまだ点いている。

 いや、正確には——画面は真っ暗で、ただ音だけが鳴っている。

 「……あれ? 音は?」

 一歩近づいたそのとき、突然、画面が映った。

 ザッ……ザザザッ……

 画面には、モノクロの背景と、乱れた映像の中にぼんやりと人影が浮かび上がる。アナウンサーの姿はあるが、ノイズが走り、顔も服装も判然としない。

「……ここで、臨終速報です。朝倉義男さん。次は貴方です。ごきげんよう。」

そこにはテロップで名前だけ書かれており、異様に冷静な声がまるで別れの挨拶のようにそう告げると、テレビはぷつんと音を立てて消えた。暗闇と静寂だけが残った。

 何が次は貴方なのだろう? こんな時間に宝くじが当たった訳じゃあるまいし。

……それに、最後の『ごきげんよう』という一言だけが、妙に耳に残っていた。意味は分かるはずなのに、なぜか一瞬、寒気がした。

 謎の番組について考えようとは思ったが、あまりにも現実味がなく、何かの誤作動か見間違いかもしれないと自分に言い聞かせて、布団へと潜り込んだ。

 あれはいったい何だったんだろう?

 翌朝。アラームよりも早く目が覚めたのは、途中で変なのを見たせいかもしれない。朝のニュースを見ても昨晩の名前がないか何となく探したが、全く名前が出てこないのでは夢だったと結論づけるしかなかった。腑に落ちないままも、記憶は徐々に遠のいていった。

 そして1週間が経過した朝——

「今朝未明、千代田区内で男性が死亡しているのが見つかりました。死亡したのは会社員の朝倉義男さんです」

 私は食べていた手を止めた。

「……あさくら、よしお?」

 その名前を聞いた瞬間、あの夜の光景が頭をよぎった。あの日に放送されていた名前だ。けれど内容までは思い出せない。しかもその人が“今朝”亡くなったというなら、辻褄が合わない。

 理由を考えようとしたが、時間がきて、私は家を出た。いつもの朝と同じように。

 警察は二十四時間体制とはいえ、刑事課にいる私は基本的には日勤。 よほどの事件でも起きない限り、朝の定時に出勤して、夕方には帰る。

 私はいつものように席に着き、自然と日課に取りかかっていた。まずは机の上を掃除し、それから書類を左から右に並べ替える。端が揃っていないと気になってしまう。そのあとでカバンを置き、モーニングルーティンとして、紅茶に合うクッキーを一枚。頭脳を働かせるには、やはり甘いものが必須だ。

 「今朝のニュースは見た?」

 振り向くと、同僚の津田翔太がコーヒー片手に立っていた。年齢は私と同じだが、体力と行動力で私を支えてくれる、足で稼ぐタイプの現場人間だ。

 暇がある時はスマホを操作しているので現代人だなっとは思ってしまう。私とは違うタイプ人間だが頼めば素直に従ってくれる数少ない友人。

 「今朝?」

 「ほら、ビルの駐車場で遺体が発見されたやつ。被害者の名前は朝倉義男で、奇妙な死に方をしてたってもっぱら噂になってんだよ」

 人間好奇心には勝てず、噂や推測が辺り一面に広がりやすい。間違った解釈で大変なことになる事も知っているが、好奇心は猫をも殺すが止められないのも事実。

 「どんな?」

 そんなことは分かっているけど、やはり気になってしまい、つい聞き返してしまう。

 「飛び降りだけど、そこの建物は外から侵入できない。無理やり入った痕跡もなし。しかも――屋上にある手すりにも指紋が見つからなかった」

 「ちなみにその朝倉義男さんは犯罪者か何か?」

 私の問いに津田は首を振った。

 「いや、真っ当な人だ。特に世話になったことはない」

  つまり、警察沙汰になった過去もない。でもニュースを見た時から私はこの人を知っていると感じてしまう。

 津田が口にした名前に反応する間もなく、課内の電話が鳴った。

 通信指令室からの一斉連絡――千代田区のオフィスビルで変死体発見、刑事課から応援を出すとのことだった。

 当番の私と津田がそのまま現場へ向かうことになった。

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