それから
その後、アリッサは聖騎士に拘束され、事情聴取が開始されるようだ。
一応、魔女には協会があってある程度は守ってもらえるものの、アリッサのやらかしはさすがに庇えないと判断されたらしい。
世界樹を枯らそうとした罪は重たく、おそらく極刑だろう、とイエさんが話していた。
アリッサの娘、ミリットと言っていたか。アリッサは一人娘を養子に出したと言っていたものの嘘だったらしく、手元に残してこっそり育てていたらしい。
ただミリットには母親ではなく、魔女として接していたようだ。
ミリットは次代の暗黒魔女としての教育を受けている途中だったわけである。
危険な存在として聖務省も扱いに困っていたようだが、ミリットの身柄は魔女協会が引き取った。
今後、まっとうな魔女になるような教育を受けるのだろう。
真なる聖女について、謎でしかなかったのだが、あのあとメルヴ・メイプルが事情を教えてくれた。
なんでも五十年前、聖教会で聖女を務めていたのが先代薬草魔女だったらしい。
けれどもその身分を羨ましく思った先代薬草魔女の妹が、暗黒魔法を用いて聖女の立場を奪ったのだとか。
心を操られた人々は偽物聖女を本物だと思い込み、真なる聖女である先代薬草魔女を追放した。
その後、先代薬草魔女は〝薬草魔女〟として森の奥地でささやかな暮らしを営んでいたようだ。
先代薬草魔女は長年後継者を探していたようだが、聖女にもなれる器の持ち主に出会えなかったらしい。
そんな中でメルヴ・メイプルが私をスカウトし、先代薬草魔女のもとへと案内した。
先代薬草魔女は私にならばメルヴ・メイプルと聖女の立場を任せられると思い、託したという。
メルヴ・メイプルには時が訪れたら事情を話しておくように伝えていたのだとか。
ずっと打ち明ける機会を探っていたようだが、私がライマーに尽くすあまり暇がなかったという。
そして彼と別れてからもバタバタと忙しくしていたので、話すような余裕はなかったようだ。
なんというか、本当に驚いた。
ちなみに公表するつもりはなく、これからも聖女は聖女スイに務めてもらう。
聖女スイは嬉々として役目を果たしていたが、私は偶像扱いなんてまっぴらごめんである。その件に関しては聖女スイやカーバンクルも納得の上、今後も続けていくようだ。
本物の聖女スイについても調査が始まった。
彼女の部屋を調査したところ、遺書のようなものが発見されたらしい。
なぜかそれは私だけが読めるものだった。
なんでも一度彼女はアリッサに接触され、生贄として命を奪われかけたようだ。
なんとか逃げ延びるも、声を封じられていたという。
さらにアリッサについて誰にも訴えることができない呪いがかけられていたようだ。
唯一、真なる聖女のみが読める文字について学び、どこにいるかもわからない相手に事件の解決を託したのだろう。
ただ、彼女はそれだけでなく、別の策も打った。このままでは聖女としての役目を果たせない。責任感が誰よりも強かった彼女は、自らの魂と引き換えに新しい魂を呼び寄せ、聖女に成り代わってもらうように決めた。その結果が魂の入れ替わりの真実だった。
その後、カーバンクルは本物の聖女スイの魂を辿ることに成功したらしい。
彼女の魂は天界でなく――〝ニホン〟という国にあった。
この世界の聖女スイの体と入れ替わる形で息を吹き返したようだが、これまで覚えた聖魔法を使うことができたらしい。
病気を回復させ、記憶喪失という設定で活き活きと元気いっぱい暮らしているようだった。
この世界に戻る気はないようで、聖女スイも「ここがいい!」と言っていた。
適材適所、と言っていいものなのか。
入れ替わった二つの魂の持ち主が楽しく暮らしているので、いいということにしておこう。
クレーブルク猊下は私が聖女だと知って、結婚を反対できなくなってしまったらしい。
とても悔しそうにしていた。
いつか打ち解けられるだろうか? などと思ったがおそらく一生無理だろう。
聖教会の枢機卿なんて何度も顔を合わせないだろうから、まあいいかと思っておく。
一つ、想定外だったのは、聖騎士達の魅了魔法は解けたはずなのに、クレーブルク猊下を強く慕い続けているという。
これまで胸に秘めたものが魅了魔法によって強く引き出されるようになってしまったのか。
聖騎士達はこれまで以上の忠誠心でクレーブルク猊下に仕えていることだろう。
私は事件がすべて解決したあとも、いつも通り薬局の営業を続けている。
薬草を煎じて魔法薬を作り、素材を集め、在庫を管理し――という通常業務に加えてランチ営業も続けている。
今日のメニューは春の味覚が満載の、ソラマメのポタージュにジャガイモの煮っ転がし、菜の花のミートローフ、ミルクプリン。
お昼前から行列ができていて、並んでいる人だけで終わってしまいそうだ。
メルヴ・メイプルが整理券を配布し、列が迷惑にならないよう捌いてくれる。
ランチ営業が終了したあと、イエさんがやってきた。最近忙しそうにしていて食べにこなかったので、取っていなかったのだ。今日も売り切れと聞いてがっくり肩を落としている。
「よろしければ別の店にお昼を食べにいきませんか?」
「いいわよ」
どうせいつも昼休憩として一時間ほど閉めているのだ。外に食べにいっても、誰も文句は言わないだろう。
その後、すぐにイエさんと一緒に昼食を食べにいく。
彼と一緒に食事を囲み、たわいもない話をする。
そんなささやかな時間が何よりも幸せだと思ったのだった。