決意
散々泣いて、ようやく泣き止んだ祭華は、目は赤く腫れ上がっていて、その表情は、無表情ではあったが、何かを決意したようにも見えた。
「……湊、ようやく、目が覚めたよ」
そう言って、立ち上がった
「君の言う通り、僕は馬鹿だった。君という友達がいるのに、一人で全部、抱え込んでしまった……」
「………」
解ったのなら、もういいよ。と、祭華の背中を撫でた。
「湊、僕、新しい目標が決まったよ」
「新しい目標?」
「この世界に来て、路頭に迷ってた僕は、ただ皆の"女帝を倒す"っていう意志に何となく付いていってただけだった。でも……僕も、元の世界に還りたくなった。女帝を倒して、元の世界に還って―――もう一度、湊とゲームがしたい」
そう言って、優しく微笑んだ。
「というわけでさ……1つ、頼みがあるんだ」
「頼み?」
「そう。その頬の傷、僕なら治せるから、治させてほしいんだ」
「あ、ああ……これか」
頬に貼られた大きな絆創膏に触れる。
「でもこれ、治せるのか?」
「治せるよ、さっきみたいに一瞬で」
そういえば、今朝俺が風邪を引いた時、メアリーが一瞬で治してくれたな……アレみたいに、ってことか。
「ただ、触れなきゃ治せないから、ちょっと痛いけど……いいかな?」
「そうだな……ちょっと待ってくれ」
「もしかして、燐ちゃんに許可取るの?」
「ああ、ピアスつけたままだと、痛みとかも伝わるから……」
燐、いいかな?
『いいよ。ちょっとなら平気だから』
「いいってさ」
「そう? じゃあ」
頬の絆創膏に手を伸ばすと、躊躇なく剥した。
「いだっ!」
「え? ごめん」
サラッと言うと、これまた躊躇なく傷に触り、そのまま数秒―――。
「ほら、治ったよ」
そう言って手を離した。
試しに触って確かめたが……。
「……本当に治ってる」
「でしょ?」
嬉しそうに微笑んだ。
「……で、祭華。俺は今後、お前の事をどう呼んだらいいんだ? 祭華なのか、ロレンスなのか……」
「さっきも言ったけど、君が橋本湊って本名で動いてて、何も問題なさそうだったから、出来たら今後も祭華って呼んでほしいな」
「そうか、解った。……っていうか、ロレンスって、ゲームのキャラの名前だよな?」
さっき、思い出した。
"ロレンス"は、祭華がゲームでよく使っていた長髪のキャラクターだ。
「本名じゃまずいと思って、一生懸命考えてつけて、偽名として使ってたんだ。さっきは、君が僕の本名を呼んじゃって、「せっかく隠してたのにバレた」と思って……カッとなって殴ってしまった。本当にごめん」
「そうだったのか……いや、いいんだよ。俺の方こそ、勝手に呼んだりしてごめんな」
「でもそのおかげで、こうやって腹を割って話すことが出来たんだから、湊には感謝しているよ」
それから、色々な話をした。元の世界の事、今の生活の事……とにかく、色々な話をした。燐に許可を取って、俺と燐が昔会った事があるという話もした。
気が付けば、もう夕方だった。
「じゃあ俺、ホテルに帰るよ」
「解った。また、遊びに行ってもいい?」
「勿論。こっちからも遊びに行っていいか?」
「いいよ。じゃ、またね」
「おう」
ホテルに戻る道中、燐が話しかけてきた。
『祭華さん、結構気さくな方だったね』
だろ? 無表情な事が多いけど、結構フレンドリーな奴なんだよ。
『っていうか……湊君の友達だったんだね』
ああ、俺も最初は驚いたよ。でも、友達がこんなところにいるって解って……正直な話、ちょっとホッとしてるんだ。あ、いや、別に、燐だけじゃ不安ってわけじゃないからな?
『解ってるよ。誰か一人でも、気兼ねなく色々話せる男の人がいた方が良いって事でしょ?』
あ、うん、まぁそんな感じ……。
燐ともあれこれ話して、ホテルに帰った。
部屋に戻った俺を見て、燐は心底安心したような表情を見せた。
「湊君、おかえり」
「……ただいま」
何か小恥ずかしいな……。
「ガーネットさん、夕飯の準備出来てるって。どうする?」
「ああ、じゃあ食べようかな」
そういえば、昼飯も食ってなかったな……腹減った。
その後、夕食を食べている時、ガーネットさんに、俺と祭華の関係を話した。
「そうか……2人は旧友だったのか」
「まぁ、そんな感じです」
「なるほどなぁ……こんな国で、しかも旧友に会うなんて、凄い偶然だな」
「ですね」
確かに、燐に呼ばれるだけならまだしも、そこで知っている奴に会うって……言われて見れば凄い確率だよな。異世界に呼ばれること自体無いのに。
「あ、ガーネットさん、メリルさんどこにいます?」
と、燐が唐突にガーネットさんに訊いた。
「メリルか? 今部屋にいるが……連れてくるか?」
「あ、いえ、大丈夫です。ちょっとお話があって」
そう言うと、隣の席に座っていたメアリーに「ちょっと待っててね」と言い残して、食堂を出て行った。
「……燐、さっきも、メリルと2人きりで何か話してたんだ……湊、何か知らないか?」
「いや、知らないですね……女子トークですかね?」
女同士の話す事なんて、男には解らない。
その時、メアリーが俺に近付いてきた。
「みなと」
「ん? どうした、メアリー」
「ぽけっとに、なにかはいってる」
「え?」
ふと腰の辺りを見下ろすと、紙の端っこがポケットから飛び出ていた。
「何だこれ……こんなの入れた覚えないけど……」
取り出し、何気なく開いてみてみると―――。
そこには、見慣れた字で"家に来て"とだけ書いてあった。
「これって……」
それは間違いなく、祭華が書いた文字だった。