自己紹介
「巻けたな」
随分と走ったのに狐は息を乱さず、平然としている。
私は内心ヒヤヒヤしていた。ずっと追いかけられる様子を見ていたのもあるが、最後に包丁をこちら目掛けて投げられた時は死を悟った。
狐は担いでいた私を降ろす。
「怪我はないな」
体中を細く見られる。私は頷き、疑問に思ってたことを聞く。
「どうして助けてくれたんですか?」
「異界に連れ去られたのは俺達の責任だ。無様に引きづられていった姿を見て、無視しては狐の誇りに泥を塗る。決して貴様のためではないぞ。それだけは誤解するな」
私のためではなく、誇りのためか。それでもよかった。もしも、この人が来なかったら私は今頃あの老婆の胃袋の中だっただろう。
「助けてくれてありがとうございます」
私は頭を下げる。その様子を道行く人達が見守る。
周囲からの視線を感じる。私が人間だから目立ってしまっている。
「このままだと目立つしこれをやる」
狐は自分の仮面を外し、私に渡す。周囲はそれを見て、何故か歓声をあげた。
狐は端正な顔つきで少し色気も感じる見た目だった。少しだけドキッとしてしまう。
「いいのですか?」
「ああ。人間は餌が出歩いていると思われやすい。仮面をつけて狐のふりをした方がいい」
私は周囲の態度に疑問に思いながらも仮面をつけた。
「あと、はぐれてしまえば大変だ。印をつけるぞ」
そう言い、狐は私の手に触った。すると手の甲に何かが浮かび上がった。
「印ってなんですか?」
「アンタが何処にいても場所が分かるようにするもの。魔力で作ってる」
魔力…。不思議なものがある世界なんだ。ほんとに現実とは懸け離れているな…。
私は落ち込みながらもとあることに気がついた。
「あの、名前は何ですか」
「そう言えば名乗ってなかったな。俺は琥珀だ。貴様は何だ?」
「私は松井唯です。よろしくお願いします、琥珀さん」
「松井…」
琥珀は顎に手を当て、思考を巡らす。
「そうです松井です。よくある名字ですよね」
琥珀は納得したのか顎から指を離した。
「それなら早速、現実への出入り口に行く…と言いたい所だが、俺は用事がある。ここら辺でぶらぶらしておけ」
「えっ!? 一緒じゃないんですか?」
私は不安になる。さっきみたいな事が起きたらと考えたら恐ろしい。
「すまないな。大事な用事なんだ。まあ、心配するな。仮面をつけた以上、松井は狐の一員だ。相当な馬鹿でもない限り襲われないだろう。それに印がある。いざという時は助けに行ける」
それなら納得だ。けれど、まだ不安が拭えない
「あの…私もその用事に付き合ったら駄目ですか?」
恐る恐る聞くと、琥珀は
「駄目だ。部外者は連れて行けない。松井がもし…」
琥珀はまた顎に手を当てて考え出す。
「いや、何でもない。ただの偶然だろう」
自分に言い聞かせるように琥珀は言って、彼は歩き出す。
琥珀は一度私に振り返り、
「用事が終わったら必ず迎えに来る。それまでの間…観光でもしておけ。ここは滅多に来れない場所だからな」
そう言って琥珀は初めて笑いかけ、言ってしまった。
これからどうすればいいのだろう。観光を……? でも、そんな悠長にしていていいのかな…?
そう言えば、この世界にお金ってあるのだろうか? 観光…できるかな。




