【168】大会が終わった後-メルツェーデス
弓術大会の後、ブラックオパール伯爵家には、色々な出来事が降ってくるようになった。その中で、社交の面で、学生であるルイトポルトに代わり、さまざまな場所へと引っ張りだこになった人間がいる。メルツェーデスである。
元々、ヘーゲンと共に王都でのブラックオパール伯爵家の顔としての活動を始めていたメルツェーデスだったが、弓術大会以後の誘いの数は爆増した。全てに参加できず、お断りをせざるを得ない程に。
今まで殆ど縁がなかったような家からも、「弓術大会のお話を聞きたい」という名目で招待されるようになったのだ。ブラックオパール伯爵家として、他家とのかかわりももっと増やすべきだと考えているメルツェーデスは、出来る限りで参加していた。
そんな中で、息抜きもかねて参加する事にした茶会がある。
学院時代の友人である、ヒケティーア・モルガナイト子爵の開く茶会だ。懐かしい友人たちのうち、現在王都で暮らしている者たちが呼ばれている茶会で、メルツェーデス以外に、ククラ・クォーツ・エメラルド子爵夫人、ジューリ・ブラックオパール・アメジスト子爵夫人という二人も参加している。主催者であるヒケティーアのモルガナイト子爵家は領地や分家を抱える大きな家といえる。ククラとジューリの二人は、王宮務めの一代限りの貴族の夫人である。
立場は各々違えど、嫉妬しあったり相手の足を引っ張り合ったりする事もなく続いている、貴重な縁だった。
メルツェーデスが今年王都にまた出てきたことで度々集まるようになった四人であったが、今回の目的はやはり「弓術大会」に纏わる話題であった。
美しい春季の花が咲き誇る庭に、白いスクエアテーブルが一つ。そしてテーブルを囲うように四脚の椅子が用意され、主催者と招待客が各々腰かけている。
少しぶりに顔を合わせた四人は、挨拶の後、簡単な近況を交換しあった。それから、話題は弓術大会に移る。
最初に弓術大会の事を口にしたのは、ククラ・クォーツ・エメラルド子爵夫人であった。
「ルビーの一族の武術大会で他の血族の人が勝つなんて、いつぶりの事かしら? ここ数年はなかったわよね?」
お菓子を頬張る途中でそう話題を振って来たククラ。
そんな彼女に、主催者でもあるヒケティーア・モルガナイト子爵が少し呆れたような顔で訂正を入れる。責任を背負う者特有の強い光を宿したピンクの瞳を細め、友人を見つめている。
「ククラ。正確には優勝者は貴族ではなく平民だわ。そういう条件で絞れば、今回の優勝はもっとすごい事よ」
「確かに!」
その話題に、ジューリ・ブラックオパール・アメジスト子爵夫人も、当然、乗ってくる。
彼女の髪はメルツェーデスと同じく、ブラックオパールの血族出身者特有の、光の当たる部分が黄色に変わる黒髪である。
「追加で言っておくけれど、ブラックオパールの末裔でもないわよ。優勝した使用人。完全な平民」
「えぇっ!?」
ジューリの言葉にククラが乳白色の目を丸くした。
「え、え? 『ブラックオパール伯爵家に仕える、隻眼の平民』よね? 優勝したの。てっきり、ブラックオパールの末裔かと思っていたけれど、違うの? メル」
対面に座っていたククラからの真っすぐな視線と質問に、メルツェーデスは頷いた。
「ええ、違うわ。ジューリのいう通り、ルキウスにはブラックオパールの血は入っていないの」
現在駆け回っている話は大体、『ブラックオパール伯爵家で働く平民(侍従見習い)が、ピジョンブラットルビー伯爵家の弓術大会で、弓の名手であるプロェルス卿を負かし、優勝した』という内容である。
そんな中で、ルキウスはブラックオパールの血族の血を引く平民であるという誤解も広まっていた。
なぜかというと、血統をたどると貴族に行きつく平民が、この国では割といるからである。
特に、貴族家で働く使用人には、その傾向がある。
所謂、世代を下るうちに没落した元貴族の家系というものだ。
他国と比べれば、ジュラエル王国は新規に爵位を得やすい構造だ。一代限りのものでも、得る事が出来れば貴族になる事が出来る。
しかしジュラエル王国と言えど、全ての子供に爵位を与える事は出来ないし、孫、ひ孫、従兄弟、再従兄弟と距離が離れていけば、わざわざ爵位を与えようとも思わなくなっていくものだ。
親が一代限りの貴族で、貴族学院に通っていたとしても、本人が爵位を得ていないのなら、わざわざ婚姻しようと思う貴族の子女は中々いない。親としても、子を結婚させるのなら、一代限りの爵位を持つか、爵位がないのなら、資産を多く保有している者を選ぶだろう。そうなると結婚相手は平民から選ぶ事になる。
そんな風に、代を重ねていけば、自然と貴族の血は薄まっていき、子孫は平民になる。
この経緯で平民になった者は国内に多数おり、容姿の特徴からも貴族的な要素がなくなる事もあれば、目の色などだけが残っていく事や、数世代経てから子孫に貴族的容姿が現れる事もある。
こういう、貴族の末裔と言われたりする血統の平民が、貴族の家で働く事はよくあったりする話なのだ。使用人として実家に残った子や孫の子孫が、そのまま貴族の家に居付いているパターンが一番多い。
親が貴族の家で働いている場合には、余程問題を抱えていたりしなければ雇ってもらいやすいから、子、孫、ひ孫と、『代々貴族の家で働く使用人』というものが生まれやすいのである。
大半の平民が、親の職を受け継いでいくのと構造は似ている。
そのような社会構造があるから、ルキウスの事を『ブラックオパールの血を引いている平民』だと誤解している者が、結構な割合でいた。
メルツェーデスがここまで参加した茶会でも、そのような誤解をいくつか解いたりしている。
「ブラックオパールじゃなくて、他の血族の血を引いてたりする事もないの?」
「ないわ。少なくとも、教会の記録で遡れる範囲ではね」
ジュラエル王国の貴族は血筋の管理にうるさい。
それに影響され、他国と比べても、平民たちもしっかりと血筋を教会に届け出ている率が高い。
なので教会で登録されているルキウス――ではなくゲッツの記録を遡り、記録がある限りでは貴族の血を引いていない事も伯爵家は把握している。
勿論、ジュラエル王国民である以上、遡れない部分で血を引いている可能性もなくはない。が、今の時点では明らかになっていないので、しっかりと否定をしておく。何故なら、その方が今回の功績がより際立つからだ。
ククラはメルツェーデスの言葉に、状況を把握し……それから、驚愕という風に大きな声を出した。
「それって、本当に本当にただの平民が、ルビーの血族に勝ったという事……? ……快挙じゃないの!」
「最初からそういう話でしょう、ククラ」
「だから大騒ぎになっているのよ、ブラックオパール伯爵家が」
とても驚いているククラに、ヒケティーアとジューリがやや呆れ気味に突っ込んだ。
「ククラ~? 貴女、外交とかを担当する事がない部署で夫が働いているとはいえ、もっと社交には敏感になりなさいな? 官吏夫人も社交は重要でしょう?」
ヒケティーアが突っ込むと、ククラは困ったように眉尻を垂れ下げた。
「そうは言っても……ルビーの血族から流れてくるお話って、あたしたちからすると過剰すぎてどこまでが現実かよく分からない所もあって……ルビーの血族のご夫人って、話もあまり合わないし」
ククラのこの意見に、ジューリも同意して見せた。
「分かるわ。ルビーの血族同士で伝わる冗談なのか本気なのかが分からない時があるのよね。あと、ルビーの夫人方って、元騎士が多いからか、男性と話をする方が盛り上がっているのよね」
メルツェーデスも、同意であった。
ルビーの血族出身のご夫人との会話は、ルキウスの弓術大会優勝後に招待された茶会で初めて経験し、ククラやジューリの言葉がよく理解出来た。
ルビーの血族出身者の男はほぼすべて騎士の経験があり、女性も半数以上が騎士をした事がある。
正式に叙任されて騎士になった事はなくとも、武器を振るって育っている。
そのためかどうかわからないが、ルビーの女性は思考が少し男性的なのだ。
例えば、多くの貴族女性が口にする話題は、服の流行だとか、紅茶や香水、その他の流行りや刺繍……というようなものだ。その会話で盛り上がる間に、最近の政治の話題なども挟まって来たりするという感じである。どことどこの家が関係を深くしているだとか、どこの家とどこの家が争い始めたとか、こういう事件があったとか、どこが今年は不作だとか、そういうような話だ。
これが、ルビー出身の貴族夫人たちが多い場になると、基本的な会話の話題が変わる。最近剣士として名を上げているのは誰だとか、名の知れた勇士の活躍でどれが好きだとか、動きやすい武具はなんだとか、そういう話で盛り上がるのだ。その合間に政治の話題とかも挟まるが、話題も国境に駐在している親族から仕入れた国防関連の話題が多い。
後者の国防に纏わる話は重要な話題であり、メルツェーデスにとっては興味深いものであった。
しかし武具や勇士の話題だと、答え辛いものも多い。話を振られたとて、得意先の武具屋など持っていないメルツェーデスでは答えられない。
そも、武器がどうの、切った張ったがどうのという話題が出る事すら苦手な夫人もいる。
こうした文化の溝は中々埋まらず、最初は茶会に招待していても、段々とお互いに呼ばなくなったりしていく。
全員が全員ではないし、社交の場の種類によっては呼ばれる。けれど今行われている茶会のような、『いつも集まるメンバー』からは、自然、ルビーの血族の夫人たちがいなくなっていく。
これはお互い様で、ルビーの血族の夫人たちも『いつも集まるメンバー』から他の家の夫人を外しがちである。
護衛などの役目で、ルビーの血族以上に安心出来る者はいないので、王都で暮らしているもルビーの血族出身者らしき護衛や騎士は多く見かける。が、社交の場になると途端見かける事が減るのは、そういう事情があった。
話には聞いたことはあったが、体験すると随分、話が変わるのであった。




