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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第四粒 ルイトポルト、貴族学院へ ~春季(はる)~

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【167】大会が終わった後に-ルイトポルトⅡ

 グリーントパーズの二人と別れ、カールフリートとハスカールと共に移動を開始した。一年生は比較的共通の授業が多いが、それでも、取得している科目で分かれる事が多い。休み時間に何をするかでも変わる。なのでいつでも五人で一緒にいる訳ではない。

 グレータから受け取ったクッキーを片手に持ったまま――たまたま鞄はもっていなかったし、ポケットにも入りきらない大きさだった――ルイトポルトが歩いていく。

 すると、前方、少し先に、見慣れた姿があった。ジビラだ。


 気が付いたものの声をかけるか迷ったが、ジビラの方もルイトポルトに気が付き、共にいた友人たちに一声かけてから、ルイトポルトに近寄ってきていた。


 ルイトポルトのすぐそばにたどり着くと、ジビラは軽いカーテーシーをした。そこまでする必要はないのだが、この前の弓術大会以来、ジビラは自分の立場を明確にする事に拘っているようで、ブラックオパール伯爵邸の中ですら、すれ違いざまに丁寧な挨拶を受けるようになっていた。


「ルイトポルト様。朝ぶりですわ」

「ああ、ジビラ嬢。朝ぶりだね」


 ジビラの黄緑の目が、ルイトポルトの手の中に移る。


「……そちらは?」

「先ほど受け取ったんだ。少し、助けた方からね。手作りのクッキーらしい」


 ルイトポルトからの説明に、ジビラの目が厳しく細められる。


「お食べになってはおりませんよね?」

「うん。食べていないよ。屋敷に戻ってから、コェストラーに預ける予定だった」

「では、私の方でお預かりしておきましょうか」


 ルイトポルトはジビラの言葉に首を振った。


「いや、お礼として受け取ったものだ。()()()()()()()()()()()けど、自分の手で持ち帰るつもりだ」


 作ったグレータには申し訳ないが、ルイトポルトは立場上、安易に手作りの品を食べる事は出来なかった。なので彼女の希望である「小腹が空いた時に学院内で食べる」という事は、出来なかった。


 伯爵家嫡男。

 そんな彼の身を狙う者は、少なからずいる。


 王族やその下の人々(公爵家)ほどの厳しさはないけれど、他者からの手作りを安易に食べる訳にはいかなかった。最低でも毒見が要るが、貴族学院でルイトポルトの為に毒見をしてくれる者はいない。


 それに加えて、メルツェーデスから、「女子学生から受け取った手作りの物は、全てコェストラーにお渡しなさい」と言われていた。メルツェーデス曰く、手作りには()()がこもる分、過激になる事があるらしい。

 よほど信頼している友人でもない限り、受け取ってすぐには食べてはいけないと言われている。

 オテンフェルドたちの親戚とはいえ、グレータとルイトポルトの関係性は「知人」程度にとどまるので、尚更だ。


 更に、万が一の話にはなるが、このクッキーをルイトポルトが学院で食べ、その日に倒れた場合、グレータに迷惑をかける事になる。

 グレータのクッキーが原因でないとしても、最初に疑われる可能性が高いのは彼女だ。堂々と毒を仕込んで直接渡すなんて普通ないが、可能性がある以上、グレータには厳しい取り調べが行われる可能性がある。


 それを避けるためにも、家に帰り、正式な毒見後に食べるつもりでいた。


 ジビラはそんなルイトポルトの立場を案じて尋ねたし、ルイトポルトはそれを分かった上で答えた。


 とはいえ、すぐそばに、オテンフェルドとポーンスドルフがいない故に、言葉にできた面はある。グレータの親戚である二人を前に、「毒見しないと食べられない」と口にするのは、少し憚られた。


 これで話が丸く収まるかと思ったが、ジビラの警戒したような視線は止まらない。


「……ルイトポルト様、少し見させていただいても良いでしょうか」

「うん? 勿論だよ」


 ジビラに頼まれ、ルイトポルトはクッキーの袋を渡した。シンプルな袋についているのは、緑色のリボンだ。グリーントパーズの血族である事を考えると、特に違和感のない選択である。


 しゅるりとジビラがリボンを解く。そしてリボンの裏地を見て、息をついた。


「こちらを作ったのは、どなたでしょうか」

「グリーントパーズ男爵令嬢のグレータ嬢だ。以前、屋敷に私が招待した、オテンフェルドとポーンスドルフの親戚にあたる一年生だよ」

「嗚呼……確か、オテンフェルド子爵令息の父方の従姉妹にあたる方ですわね」

「そうだったのか」


 細かい家系図までは確認していなかったルイトポルトに、ジビラが頷いた。

 どうやら、こちらはルイトポルトがオテンフェルドやポーンスドルフを招待した時点で、近しい親戚まで確認を済ませていたようだ。


「はい。グリーントパーズ子爵の実妹が、分家の一人に嫁ぎ、生まれたのがグレータ男爵令嬢だったと記憶しておりますわ」

「確かに。そんな話をしたな。しまった。私とした事が、忘れていたよ」


 従兄弟というと、思い出す相手がいる。

 ルイトポルトの、母方の従兄妹たち――ホワイトオパール伯爵家の令息と令嬢である二人である。

 母方の従兄妹の二人は同じ貴族学院に通ってはいるが、今の所頻繁な接触が出来ていない。従兄弟同士だし、家も近い。だが各々普段暮らしている場が違うので、中々直接会うタイミングがないのであった。


(ヘルムトラウト殿もヴィツェリーン嬢も、ルキウスの優勝を祝う手紙をくれている。折角だし、今度は二人と出かける予定を出してもいいかもしれない)


 そんな事を思い、ルイトポルトは微笑んだ。


「ルイトポルト様」


 と、ジビラに名を呼ばれ、彼女を見上げる。

 ジビラの手の中にある緑のリボンを見て、そもそもの話はグレータと彼女が作ったクッキーである事を思い出す。ジビラの顔は、苦いものを食べたような顔になっていた。


「……恐らくですが、グレータ男爵令嬢は、ルイトポルト様に好意を持っておられますわ」

「えっ?」


 唐突な言葉に、ルイトポルトは目を丸くした。


「彼女が、私に? 話すのは二回目だぞ?」

「人に好意を持つ事に、必ずしも回数は重要ではありませんわ。……こちらを」


 そういって差し出されたのは、袋を彩っていた緑のリボンである。裏地を見せられたのだが、そこには、何かが糸で縫われていた。

 どうやら文字だと分かる。

 少し読みにくいけれど、「L」「G」と縫われていると分かった。


「えぇと、これは……?」


 意図が分からず困惑するルイトポルトにジビラは説明した。


「こちらは今、一部の女学生の間で流行っている、恋のまじないです」

「恋の?」


 黙って話を聞いているだけだったカールフリートとハスカールも興味が出たのか、覗き込んできて、「へえ、こんなのが流行っているのか」「噂には聞いたことありましたけど初めて見たなあ」なんて、ひとりごとを言っている。


 ジビラはルイトポルトの左右から顔を出していたカールフリートたちには視線を向けず、ルイトポルトを見ながら説明した。


「はい。リボンに両想いになりたい相手、またはもっと仲良くなりたい相手と自分の名前を縫い、それを贈り物に結びつけるのです。最初はフルネームで縫うという工程でしたが、人によっては名前が長く大変で……次第に簡略化して名前だけを縫うように。それでもみられると問い詰められたりするのが恥ずかしいからと、現在では頭文字だけをぬいつけるようになっています。頭文字だけであれば、誤魔化す事も可能ですから」


 つまりLはルイトポルトのLで、GはグレータのGという事だ。


「それは……その……」


 感想に困り、ルイトポルトは口ごもった。

 入学してすぐの頃の学院や、その後開いた茶会などで、分家の女子学生からそれらしいアピールをされた事はある。それでも、ここまで直接的に好意を見せられる事はなかった。


「正直に言って、あまり良い行為ではありません」


 とジビラは眉根を寄せながら言う。


「悪意はなかったかもしれませんが、もし彼女に魔法、魔術の才があった場合は、本物の(のろ)いになるでしょう。その場合、彼女は伯爵家嫡男を攻撃したという事になります」


 ジビラはブラックオパール伯爵家の分家であり、臣下の家の娘である。守るべき相手であるルイトポルトを攻撃したともとれるこの状況に、苦い顔をするのは当然だった。


 一方ルイトポルトはリボンを見下ろしながら独り言つ。


「まじないか……」


 この世に魔法や魔術は実在する。


 家を守る精霊が実在するのと同じように、目で見る事は難しいものが多い。

 それでも一部の聖職者が()()を起こしたりするように、魔法使いや魔女と言われる人々は実在し、今この瞬間も、王国のどこかで生きている。

 ルイトポルトは直接会った事は聖職者以外はないけれど、父から伝えられた彼らの実在を信じていた。


 だからこそ、まじないがかかったもの、という風になると、見る目が変わってしまう。


「……食べる前には、教会で見てもらった方が良いだろうか」

「もう、お食べにならない方が、安全かと」

「けれど、お礼として受け取ったものだ」

「このリボンがなければお止めしませんでしたが、リボンがついていたものを食べる事は、恐らく父、祖父もお止めします」

「……」


 実際、警戒はした様子だったジビラも、リボンを解いてまじないに気が付くまでは、毒見後ならば食べる事を否定はしなかった。


 もし、ルイトポルトがそこまで重大な責務を負っていない子爵令息や男爵令息であったなら、問題にはならなかっただろうが、事実はそうではない。

 ジビラの言葉と様子から、伯爵令息として自分が悪手を打ってしまったと、ルイトポルトは判断した。


「……分かった。食べないよ。ただ、そのまま捨てるのは失礼だ。グレータ嬢に私から説明をして……」

「お話をされるのであれば、私がお伝えします」


 ルイトポルトに見せるように差し出していたリボンも、クッキーも、ジビラが自分の手元に引き寄せてしまった。


「私の立場から、グレータ男爵令嬢にお伝えいたしますわ。お礼としてこちらの品を用意したのでしょうが、ルイトポルト様の立場上、よろしくない行為であった、と」

「だが、ジビラ嬢が悪者になってしまうかもしれない。自分で伝えるよ。オテンフェルド殿に頼めば、会う場所を用意してくれるだろうし」

「その方が、問題かと」


 ジビラは首を横に振り、ルイトポルトの提案を跳ねのけた。


「グレータ男爵令嬢は貴方に明らかに好意を持っております。まじないを使っているのですから。そんな人物が、もう一度会う場を用意してくれると知ったら、余計舞い上がる事でしょう。周りから、どう見えるかも問題です。ルイトポルト様にはまだ婚約者がいらっしゃいませんから、グレータ男爵令嬢が候補に挙がっているのでは、と要らぬ憶測まで浮かびます。分家の学生たちが、また騒ぐ可能性もありますわ。私の方からグレータ男爵令嬢にお伝えするのが、一番穏やかに解決できます」


 ルイトポルトは咄嗟に、それ以上の最適案を思いつく事が出来なかった。

 婚約者のいない男女が会う。

 しかも、女性の上の立場にいる友人を使って、会う場をわざわざ整える。

 確かに、事情を知らぬ立場から見たら、少し変にも見える。


「……すまない。私が安易に考えてしまっていた」


 必死な様子のグレータを見て、彼女の希望通りに食べれないと分かっていながら、受け取ってしまった。

 ただの手作りなら、毒見さえしてもらえれば食べる事が出来るし、手伝ったお礼と言っていたので、今回限りの事だとも思っていた。


 しかし最初からグレータが自分に()()()()好意を抱いていると分かっていれば、あそこまで簡単には受け取らなかった。「気持ちは嬉しいが、遠慮する」という事を婉曲的に伝えたりしていただろう。


 落ち込んだ様子のルイトポルトを、ここまで黙って聞いていたカールフリートが励ますように、肩を叩いたのだった。


 カールフリートはルイトポルトと同じ立場なので簡単に手作りの物など受け取らないし、ハスカールもそういう文化に詳しい。

 爵位の差もあり、オテンフェルドやポーンスドルフがどの程度意識があるかもわからなかったのと、ブラックオパール伯爵家の意向も分からなかった為、どちらも口を出さないでいたのだった。


「次からは口を出そう。その時はオレが悪役になってやる」

「悪役なんて……友人にそんな事させない」


 カールフリートの物言いに、ルイトポルトは眉根を寄せた。


「本当はジビラ嬢にもお願いはしたくないけれど……。……自分でも、次、グレータ嬢と話せる機会がたまたまあったら、しっかりと謝罪をしたいと思う。それはいいかい、ジビラ嬢」

「それぐらいでしたら問題ないですわ。ともかく、こちらについては一旦、お任せくださいませ」

「ああ。よろしく頼むよ。……グレータ嬢には、本当に、悪意はなかったと思うんだ。だから、優しく対応してあげてほしい」

「承りました」

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