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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第四粒 ルイトポルト、貴族学院へ ~春季(はる)~

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【161】勧誘騒ぎⅡ

(ルビー()()()っ!?)


 飛び出て来た家名に、流石に息をのむ。


 ルキウスたちが暮らす国、ジュラエル王国を建国したのは四人の人間だったと伝えられている。

 その内の一つがのちの王家――ダイヤモンドの血族を作り、残りの三人が、王国で三つしかない侯爵家を作った。それがルビー侯爵家、サファイア侯爵家、エメラルド侯爵家の三家。


 今、目の前の少女が名乗ったのは、その内の一家。ルビー侯爵家の名である。


(平民からしたら王族同様、雲の上の人間だ)


 流石に、ピジョンブラットルビー伯爵家の弓術大会に来ているようなもので、その名を騙る者はいないだろう。いたら本気で、命がない。


ルビー侯爵家(そちら)の観客席には特に意識を向けていなかったから……この方がいたかの記憶がないな)


 そもそも大会中の記憶の大半が吹き飛んでいるルキウスだ。観客席で覚えているのは、ピジョンブラットルビー伯爵家の席にいた伯爵とカールフリート。あとはブラックオパール伯爵家の観客席にいた人々だけだ。

 そうでなくとも、構造上、下から上は見えにくい。


(……え? 俺、とてつもない目上の人間に勧誘、され、て、る?)


「あなたの力は、もっと鍛え、研ぎ澄ますべきものだわ! ルビー侯爵家にいらっしゃい!」


(……されているな)


 残念ながら目の前の出来事は夢ではない。その事実に頭が痛くなりそうだったが、とりあえず、出来る限り失礼に当たらないようにと心がけながら、ルキウスは再度、断りを入れた。


「大変光栄なお言葉ですが、私が目指しているのはルイトポルト様の侍従でございますので」

「侍従?! あり得ないわ。それほどの力を持っていて、騎士を目指していないというの!?」


 ブリュンヒルデは目を見開いて叫ぶ。こほんこほんと、彼女のすぐそばに控えていた騎士が、また咳払いをした。


「お嬢様。さあ、直接お断りされてしまいましたし。馬車にまいりましょうか」

「いやよ! (わたくし)は彼を連れて帰るわ!」

「彼は喜んでおりませんよ」

「どうして!?」


 理解出来ない、と言わんばかりである。


 自分に勧誘される事で喜ばれない事が理解できない、という風である。

 ルキウスからすると初対面の、なんの縁もない人から強硬に誘われて、恐怖に近い感情しか抱かない。

 ただ、このブリュンヒルデの側からすれば、喜ばれない事は本当に衝撃的な事であった。


 ここに、文化の違いによるすれ違いがおきている。


 ルキウスは全く知りもしない事であったが、この手の、一見失礼にも思える勧誘は、ルビーの血族の大会では普通にある事である。強気な勧誘が即、失礼になる事はない。

 素晴らしいと認めた戦士に「我が家で働かないか」と勧誘するのは、「我が家で本気で働いてほしいほど素晴らしい実力を貴方はお持ちだ」と認めるという意味合いになる。武を誇るルビーの者にとって、最上級の褒めにあたるのであった。

 認められた選手本人が望んで受け入れれば、勧誘成功となる。


 勿論、この時、勧誘された選手がどこかに勤めていた場合、引き抜きが発生する事となる。一般的には引き抜かれる側から文句が上がりそうであるが、ルビー間ではほぼこの手の文句はない。

 引き抜かれた側の家もまた、「他家に認められるほどの騎士、戦士を育て上げた」として、名が高まるのだ。新しき才能たちが、この家で働きたいと希望して、雇いきれないとなる事すらある。


 このような価値観であるので、お世辞での勧誘は御法度だ。

 万が一勧誘したにも関わらず、勧誘された選手が仕える意思を見せた後に「いや、あれはお世辞でありその場だけの話だった。雇うつもりはない」などという反応をしたら、「心にもない事を言うなど!」と袋叩きにされる。


 ブリュンヒルデの横にいる騎士はそういう、文化の違いをよくよく理解しているようである。


「お嬢様。こちらの方々は、ルビーの系譜ではありませんから。ほらほら、帰りましょうか~」


 と声をかけるが、幼い少女にはやや遠まわしな言い方は通じなかった。


 ルビー侯爵家という、武の最高峰の家の者から勧誘されて、全く喜ぶ様子もない事が、理解出来ないのである。


「いやよ! (わたくし)は――」


 ブリュンヒルデが、自分を掴もうとする騎士の手を振り払った時である。彼女の言葉をかき消すような声が――明確な怒声が、遠くから飛び込んできた。


「ブリュンヒルデ嬢!!!!」


 カールフリートである。


 新たに登場した少年の姿に、ルキウスやルイトポルトたちも「カールフリート殿」と呼んだし、ブリュンヒルデも「カールフリート」と呼び捨てにして呼んだ。

 どうやら、面識があるらしい。ルビー侯爵家とピジョンブラットルビー伯爵家は本家と分家の関係にあるので、ある意味で当然の事ではあったが。


 カールフリートはルキウスたちの間に割り込んで、ブリュンヒルデに詰め寄った。


「当家が呼んだ客人に何を絡んでいる!?」

「誘いに来たのよ。プロェルスのおじ様を一度とはいえ凌ぐ事が出来た勇士を眠らせておくなんて、有り得ないでしょう」


 ぐるんとカールフリートが自分の方を振り返ってくる。首だけぐるんと動いてきたので、割と怖い。


「ルキウス卿。受けたのか!?」

「い、いえ、お断り……しました……」


 勢いに呑まれながらなんとか頷くと、また、勢いよくブリュンヒルデに視線を戻す。


「断られてなお詰め寄ったのか?」

「一度程度の断りで諦める(わたくし)でなくてよ」


 ブリュンヒルデは得意げな顔でそう言った。その様子に、(諦めてくれ)と、ルキウスは思った。


 カールフリートはダンダンダンッと不機嫌そうに地面を足で叩きながら、ブリュンヒルデを咎め続ける。


「彼は忠義に厚い男だ。オレの勧誘も、即座に断ったぐらいにな。みっともなく何度も訴えて、恥ずかしくないのか?」

「まあ。諦めない心を恥ずかしいなどと何故思わなければならないの? そも、恥ずかしいのはそちらの主人でなくて?」


 突然ブリュンヒルデがルイトポルトの方に話を向けたので、半ば蚊帳の外になっていたブラックオパール伯爵家の面々は少し驚きつつ、ブリュンヒルデの顔を見た。


「護衛だというのなら、理解が出来るわ。けれど、侍従? ありえないでしょう。才ある者を、()()()()()()()に縛り付けるなんて! 頭がおかしいのでなくて?」


 トビアスとオットマーからにじみ出る空気が、よりとげとげしく、重くなった気が、ルキウスはした。


 当然だ、己の主人を無遠慮に侮辱されて、黙っている従者はいない。相手が余程高位で、従者が口を挟むと主人の立場が悪くなるような場でなければ、即座に口が出ていた筈だ。


 残念な事に、今がその、相手が高位な立場にある場面だったのだが。


 ルキウスはとんでもない言葉だと青ざめながら、主人(ルイトポルト)の横顔を見た。ルイトポルトは特に表情を変えてはおらず、真っすぐにルビーの者たちの騒ぎを見つめている。


 カールフリートが、地面をたたく足の力が強くなっている。


「ブリュンヒルデ嬢。力のあり方は色々あるのだ」


 と、カールフリートは手を額に当てた。


「ルキウス卿は、彼がすべき最善の立場で、力を扱う事を選んでいる」

「侍従が、弓の腕を生かす立場だというの? カールフリート。あなた、いつから王都にかぶれて、弱弱しい事を言うようになったの?」

「殴るぞ」

「やってみなさい。殴り返して気絶させてやるわ」


 バチリとカールフリートとブリュンヒルデの間に、火花が散った。

 一瞬の間ののち、腹から声を出す大きな声がその場に響いた。


「良いだろう、試合だ試合!」

「望む所よ! ハインツ、剣を!」


 カールフリートは自身が腰から下げている剣の柄を握る。ブリュンヒルデは騎士に向かって手を出す。その発言までルキウスは気が付かなかったが、騎士は腰にある自分の剣以外にも、剣を一本背負っていたようだ。それがブリュンヒルデの剣らしい。


(え。この年齢で剣を振るっているのか?)


 ルイトポルトより、ノイバーとの方が年齢が近いだろう令嬢だ。普通であれば剣なんて振るっていないだろうし、もっていたとしても男児と――しかも数歳は上であろうカールフリートと剣をぶつけあうなんて、とてもではないが出来る年齢には見えない。


 ブリュンヒルデは、中々動かない騎士に向かって焦れたように声を張り上げる。


「ハインツ? カールハインツ! 剣を!」

「お嬢様。閣下に叱られますよ」

「関係ないわ! 侮辱されたのに黙っているなんてルビーの名折れでしょう! カールフリート、あなたの今日の寝台はこの大地よ! 泣きながら、昔のように眠ると良いわ!!」


(え、負けているのか)


 という、ブラックオパール一行の視線が、ついついカールフリートに行く。ブリュンヒルデの発言からして、最低でも一度は、カールフリートはブリュンヒルデに負けて地面に倒れた、という事になるからだ。

 己の過去を晒された事への怒りからか、カールフリートの頬が紅潮する。彼は剣を抜いた。


「いつの話をしている?! こちらこそ、泣かせてやるっ、貴様!」

「泣くのはあなたと言っているでしょう、ハインツ! さっさと寄こしなさい!」


 はぁ、とハインツと呼ばれていた騎士は、背負っていた剣を渡した。ブリュンヒルデは慣れた様子で剣を抜く。その動作はやはり慣れていて、剣を構えて立っていた様子は様になっていた。


 その瞬間、オットマーがルイトポルトを抱き上げて後退した。

 呆然としているルキウスは、トビアスに首根っこを掴まれて、勢いよく下がる。


「と、トビアス様っ?」

「下がれ下がれ下がれ。試合と言っていたし、決闘ではないから当人が死ぬ可能性は低いが、巻き込まれたらこちらが死ぬ」

「エッ」


 トビアスの言葉に、目を向く。


「ルビーの血族に纏わる伝説を知らないのか? 何も?」

「聞いたことはあります。昔々、大岩を投げたとか、大木を片手でへし折ったとか、地面を割ったとか」

「その力は過去の記録を盛った話という訳ではない。今でも出来る者は出来る。プロェルス卿の弓を見ただろう」


 剣で殴ったわけでもなく、弓で射抜いた。それだけで的を破壊していたプロェルスを思い出す。


「その手の力は直系に近いほど強いから、あのお二人が斬り合ったら周囲への被害がどうなるか分からん」


 片方はピジョンブラットルビー伯爵家の嫡男。


 片方は、ルビー侯爵家の娘。


 決闘――お互いの名誉をかけて、どちらかが死ぬまで戦うもの――ではない分ましだが、その余波で周囲に被害が出る事は必須。という話を聞き、ルキウスは口元が引きつった。

死合いではないのでセーフ!


余談

作者は前話更新後、新キャラが過去一読者の皆様からの反応が多くてビビり散らかしておりました。

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― 新着の感想 ―
精霊という神秘の存在に話が及ぶのかな?まだまだルキウスが知らない世界に出会うことは=読者が出会うことでもあるので続きが楽しみです。
勧誘することの意味合いはわかるけど、そこに権力が加わると「強制」となってしまう。「強制」することの格好悪さを彼女に教える人はいないのか?…と思っていたら、決闘が始まってしまいました…。ルビー一族…。新…
ルビーの一族が出ると物凄い勢いで話が進んでいく この一族は激情家だけど悪気とかもないしサッパリしてるし「強さ」において人を評価するのがブレないので憎めないです カールフリートくんの今夜の寝床はどうなっ…
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