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妻が貴族の愛人になってしまった男  作者: 重原水鳥
第四粒 ルイトポルト、貴族学院へ ~春季(はる)~

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【162】勧誘騒ぎⅢ

 にらみ合う若者たちを見ながら、眉尻を垂れ下げて、ハインツが言った。


「お嬢様。カールフリート様。()しませんか、今なら私が見なかった事にすればなかった事に出来ますよ」


 その言葉を、カールフリートもブリュンヒルデも、食って掛かる勢いで拒絶する。


「誰がそんな引き下がるか!」

「ええ、絶対にこの男を泣かせて勝つわ!」

「はぁ~」


 ハインツはため息を吐いた。諦念にも見えたが、真実の所は分からない。


 カールフリートとブリュンヒルデは互いに切っ先を向け合ったまま、ジリジリと、距離を詰め始めた。

 見ているだけなのに、上手く息が出来ない。そう錯覚するほどの、緊張感が走り続けている。


 先に動いたのはブリュンヒルデだった。ドレスでの動きとは思えない俊敏な動きであっという間に距離を詰め、カールフリートの足を狙って剣を振るう。カールフリートはそれを瞬時に飛び上がりよけると、落下に合わせるように剣を振り下ろしてくる。いつの間にか一周回転して、ブリュンヒルデはその剣を受け止めた。ドレスの裾がぎゅるんと舞う。ふわり、という効果音は似合わないだろう俊敏な動きだった。


 両者が振るった剣の動きに合わせるように、揺れた空気がルキウスたちの顔に吹き付けられる。


 ルキウスが動きをしっかりと視認できたのはここまでだった。本当に、戦いの始まりしか、理解出来なかった。


 ガキン、カキン、剣と剣がぶつかるような音が響く。途中、肉弾戦のような音も聞こえる。


 音以外、上手く認識出来なかった。

 子供の動きと思えぬほど、カールフリートもブリュンヒルデも、動きが早いのだ。それを、目で追って、理解するのが出来ない。早すぎて、思考が追いつかない。

 どちらかが蹴った地面が、ボコリと割れて、無残な跡が残っている。


 これがルビーの力だというのならば、弓術大会以外で死人が出るのも納得だし、到底、ルビー血族以外が参加できないのも、納得であった。

 というか、参加を希望する者がいたとしても、止めるだろう。わざわざ死にに行かなくとも、己の実力を示す場はほかでもあるのだろうから。


(……これ、どうしたらいいんだ)


 唯一止められそうな騎士(ハインツ)はやれやれという顔はしているものの、動く気配はない。だがしかし音しか認識出来ていないルキウスとは違い、しっかりと二人の動きを目で追っているらしいのが、瞳の動きで見て取れた。

 あちらは、少年少女が何をしているかもしっかり理解出来ていそうだ。

 だから、だろうか。今の所、止めるために動く気配はないらしい。流石に本気の殺し合いになりかければ止めるだろうが、それまで動く気がなさそうである。


 こうなると、もはやルキウスたちは蚊帳の外という状態であった。

 オットマーは主人を前に出さないように庇いつつ、判断を仰ぐ。


「ルイトポルト様。今のうちに離れますか?」


 護衛としては離れさせたい。しかし事の発端にルキウス、そしてルイトポルトが多少は関わっている以上、このまま去るのはそれこそ「逃げ」とみられかねない。ルイトポルトがまだ社交界デビューをしていない子供であったなら、問答無用で安全のために離れるという判断もありであった。だが、まだ貴族学院の生徒とはいえ、社交界デビューも終えている以上、判断する権利がルイトポルトにはある。


「いや。彼女との話が終わった訳ではないのに離れる訳にはいかないだろう。カールフリート殿にも失礼だ」


 ルイトポルトの判断は分かった。

 だが、それではこの状態はどうするのか、という問題は解決していない。


 金属と金属のぶつかる音。鈍い打撲音。時折混ざる、あまりに雄々しい罵り合い。

 遠くから見たら、赤い髪の残像がぶつかり合う現場に見えたかもしれない。


 ブラックオパール伯爵家の面々が困り切って立っていると、ルキウスの視界に、また新しい人間の姿が映った。


「あ。プロェルス様」


 先ほどまで競い合った、プロェルス・ビーフブラッドルビー子爵の姿だ。遠目だが、しっかりと彼だと分かった。

 そして、遠目ながら、彼が大きく息を吸い込んでいるのも、ルキウスには見えた。


「――そこぉぉぉォォッ!!!! 何をしているかぁぁ!!!!!!!」


 とても遠い距離からの声とは思えない一声。

 それを聞いたカールフリートとブリュンヒルデの二人は、剣を構えたまま硬直した。本当に、魔法にでもかけられたように、ピタリと止まったのである。


 ドスドスドスという効果音が聞こえてきそうな雰囲気で、プロェルスがやってくる。先ほど大会中、ルキウスと会話をしていた時とは雰囲気が違った。


 もう分かりやすく、怒っている風であった。

 巨大な猛獣が、怒りを背負って突進してくるような。そんな様子である。


 肩を怒らせ、一歩一歩が地面を揺らす。


 ハインツが道を譲るように退き、プロェルスはカールフリートとブリュンヒルデのいる場までやってきた。


 大会中ルキウスと接していた時とは、まるで違い、相手をそのまま殺してしまいそうな雰囲気に、ルキウスは唾を飲み込んだ。


 カールフリートとブリュンヒルデはというと、慌てた様子で弁解を始めた。


「プ、プロェルスのおじ様……違うのよ、これは」

「プロェルス卿。いや、これは」


「どちらが。先に。このような真似を。しようと?」


 一言一言区切りながら、プロェルスは問いかける。

 その指摘に、カールフリートとブリュンヒルデは同時に相手を指さした。


「試合と言い出したのはこの男よ!」

「この女がオレを侮辱したのが先だ!」

「よぉく分かりました。お二人共、反省する必要がございますな」

「待っ」


 制止の言葉より、プロェルスの鉄拳制裁が落ちるのが早かった。


 男女の差も、爵位の差も関係ないとばかりに、プロェルスの両手の拳が振り下ろされ、カールフリートとブリュンヒルデが揃って頭を抱える羽目になった。

 すごい音がしたので、少年少女の身が不安だったが、二人とも頭は抑えつつも、平然としていた。


「ひ、久しぶりに食らった……」


 と涙目になっている少年少女を見て、ハインツがため息をつく。


「だから申し上げたではないですか。()しましょうと」


 ハインツの独り言を聞き逃さず、プロェルスはハインツを睨んだ。


「カールハインツ卿。お主もお主だ。拳骨でもなんでも、止めぬか」

「そうは言っても、この年頃のルビーの血族は痛い目みないと学びませんよ。プロェルス卿とて覚えはあるでしょう?」

「それは、ルビーしかいない場であれば、同意したがな」

「お二人の剣先が万が一向こうに向いたならば、私も剣を抜きましたが」


 そこでハインツとの会話を打ち切って、プロェルス卿はルイトポルトたちの方へとやってきた。いや、その視線はルキウスに向いているし、プロェルスはルイトポルトではなく、真っすぐにルキウスの元にやってきた。


「ルキウス卿! 先ほどぶりだな」


 大会中のような明るい雰囲気に戻っていて、ルキウスも肩の力を少し抜いて対応できた。


「はい、プロェルス様。先ほどぶりでございます」

「様などと! 敬称など不要だ。我らは共に弓を競い合った仲ではないか」

「私の身分で、そのような事はとても……」

「そうか? 真面目だな。では……自分で言い出す事でもないが、ワシらの流儀に合わせ、卿とでもつけて呼んでくれ」


 今迄ルキウスは、〇〇(まるまる)卿という呼称はあまり使ってこなかった。とはいえ敬称である事には違いなく、平民が貴族に使っていても、そこまで違和感のない敬称ではある。なので特に抵抗もなく、受け入れた。


「では、プロェルス卿と」

「うむ」


 なお、ルビーの血族が他者を『卿』という敬称で呼ぶのは、相手を尊敬している者、認めている者に限る。この呼び方だけが相手への尊敬を表す方法では勿論ないが、少なくとも、尊敬していなかったり、認めていない者に()という敬称を使う事はほぼないと言ってよい。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()とプロェルスは言ったのである。

 この事をルキウスは分かっていないが、この場にいるルビーの血族の者たちはそれをしっかり理解している。なので最初にプロェルスが「ルキウス卿」と呼びかけた時点で、彼がルキウスをしっかりと認めているという事が示されていた。


 満足気に頷いた後、プロェルスが視線を横にずらす。


「……こちらが、ルキウス卿の主人か」

「はい。ブラックオパール伯爵様の御嫡男の、ルイトポルト様です」


 ルイトポルトに視線が向く所で、慌ててルキウスは紹介をした。


 主人を放置して従者と話すのも、よろしくない。


 とはいえ、面識がないのに先に主人に声をかけるのもおかしい。


 従者と面識があるのなら、従者が主人に紹介する形で縁を繋げるのが、よくある流れだ。


 それを心得ていたから、ルイトポルトも自身が無視されていた状況に特に気にした風はなく、プロェルスに普通に対応をした。


「三オパール伯爵家が一家、ブラックオパール伯爵家が嫡男、ルイトポルトと申します」

「騎士、プロェルス。ルビー侯爵より、ありがたくもビーフブラットルビー子爵の(くらい)を与えられております。此度は当家の姫が、ご迷惑をおかけしてしまい、大変申し訳ありませぬ」


 当家という言葉にルキウスは一瞬面食らった。ビーフブラットルビー子爵なので、てっきりビーフブラットルビー伯爵家に仕えているのかと思ったのだ。実際、爵位を与えた相手に、必ずしも仕えるとは限らないので。


 しかしどうやら先ほどの会話――そしてブリュンヒルデが「プロェルスのおじ様」と親し気に呼んでいた事を合わせると、どうやらプロェルスはルビー侯爵家で働いている形になるようだ。


 ルイトポルトはプロェルスの謝罪を受け入れた。


「気にしておりませぬ。どうぞ顔を上げてください。……我が血族の者は故郷を愛するが故、あまり他の土地に出て行かないものですから、物珍しく見えてしまう事もあるのでしょう。アナグマなどと、初めて言われましたが」


(……意外と刺しにいった……)


 ここまで強く怒りを示さなかったのもあり、事を荒立てないようにするつもりなのだろうと思っていたのだが、貯めたものはあったようである。ルキウスは一瞬、意外に感じたが、よく考えれば当然の言葉だ。ブラックオパールの名を関するすべての家の頂点に立つ事になる身分として、家への侮辱は許しがたい事なのだから。


 ルイトポルトの言葉から何かを察したプロェルスはぴくりと眉を動かし、ブリュンヒルデを睨む。

 ブリュンヒルデは顔を逸らしたが、背後に立つハインツがあっさりと暴露した。


「領地から出てこない者と交流などしたことがないので、相手を存じ上げないなどと仰せでしたね」

「ハインツ!」


 カールフリートがブリュンヒルデの言葉にヒクリと口元をひきつらせた。顔が怒りで赤い。プロェルスがいなければ、また掴みかかっていた事だろう。


 騎士の裏切りに憤慨するブリュンヒルデに、プロェルスが低い声で告げる。


「お嬢様。貴女も領地を出てくるのは今回が初めてでしょう。よくもそのような理由で他者を貶められましたな」

「そ、それは……、け、けれどそこの男は、(わたくし)が嫌味を言っても、何も言い返してもこないし、試合の申し込みもしてきませんでしたわ! 不服があるというのなら、剣でもって意見を示すべきですわ!」


 納得のいかない言葉をかけられて、カールフリートが即座に剣を抜いたのを、ルキウスは思い出した。ブリュンヒルデの方も、それに即座に応じていた事も。


「不服な事案に対して徹底抗戦するのはルビーの血族内でのみ通じる手段だと教わっておられないか」

「……」


 プロェルスはもう一度、ルイトポルトに頭を下げた。


「大変、申し訳ありませぬ。お嬢様は此度が初めての王都への移動の上、まだデビュタントもしていない世間知らずでございまして。此度のお詫びは、侯爵家から改めて送らせてくださいませ」

「……いいえ。そこまでしていただく事ではありません」


 ルイトポルトの声色が変わった。

 遥かに年下である自分にも頭を下げるプロェルスの姿を見ていて、ルイトポルトの気が、少し変わったようであった。


「私も本日はカールフリート殿に呼んでいただき、参った身分です。ピジョンブラットルビー伯爵家の名に傷をつけるような真似は本意ではありません。わが一族への謝罪の言葉さえいただければ、ここだけの事と終わりにさせていただきたいのですが、……どうでしょうか」


 プロェルス、そしてカールフリートに向けて、ルイトポルトはそう言った。


 まずカールフリートが、「ルイトポルトがそれでよいなら、異論はない」と答えた。


 次いでプロェルスも、「それがお望みであれば、その通りに」と言い、ブリュンヒルデの首根っこを(比喩ではなく本当に)掴んで、ルイトポルトの前へと連れて来た。


 ブリュンヒルデは最初、視線を地面に向けていた。けれどプロェルスが低い声で「お嬢様?」と言うと、顔を上げた。少し気まずげな顔になっていて、先ほどまでの小生意気な雰囲気は少し和らいでいた。


「……初対面にも関わらず、ブラックオパールの者たちを貶めた事、謝罪いたしますわ」

「謝罪を受けます。社交界にまだ出ておられないという事ですが、どうか、以降はお言葉にお気を付けください。侯爵家の立場は、私ごときには想像など出来ませんが、数年長く生きている者の小言を胸にとどめていただけると嬉しいです」


 その言葉は意外であったようだ。ブリュンヒルデは深紅の瞳を瞬いた後、真っすぐにルイトポルトを見つめ、頷いた。その表情は何かに気づいたような、何か腑に落ちたような、そんな表情であった。


「ええ。胸に、とどめおきますわ」


 そんな風に、ブリュンヒルデによるルキウス勧誘騒ぎは、終わりを告げた。

補足:ルビーの血族は体が頑強なので、拳骨のダメージは大したことないです。脳震盪などの心配もないので、ご安心ください。

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― 新着の感想 ―
 悪いことしたら拳骨落とされて説教される、最近では見ないですね。  むしろ理不尽に子供にあたる大人がちらほら⋯⋯。  この子たちにとっては黒歴史かもしれないが、大きく道を外すことなく成長できるのでは。…
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