【145】弓術大会が始まる前に-ブラックオパール伯爵家Ⅲ
「……行方、知れず」
メルツェーデスは目を丸くした。黙って話を聞いていたヘーゲンが、流石にと口を挟む。
「失礼いたします、若夫人。詳しい経緯をお聞かせ願えますか?」
「ええ、勿論ですわ代官様。わたくしも連絡を受けたのは昨夜の事でしたの。バルナバス・ファイアオパールは、父君であるファイアオパール子爵の監視下の元、子爵家にて謹慎をしておりました。ところか数日前、忽然と姿を消したというのです」
「自発的なものでしょうか? それとも」
「今の所はハッキリしておりません。消えた人間が人間ですから、そのうちメル様の元に連絡は行くと思いましたわ。ただ、ファイアオパール子爵が自身の責であるからと捜査はこちらが取り仕切ると早々にファイアオパール伯爵に言い出したそうで、手間取る可能性があるようで」
本家分家の関係だからと言えど、何もかも本家の思うが通りにする事は出来ない。別の家ではあるのだ。
「かの男が今何を考えているか、分かりませんわ。ただ、謹慎の切っ掛けが切っ掛けでしょう? メル様……あるいは己の野望を阻止したルイトポルト様やかの侍従見習いに手を出す可能性もあるのではと思い、早くにお伝えをと思ったのです」
手紙で伝える事も、出来ただろう。しかし現在のオティーリア若夫人は、あくまでもホワイトオパール伯爵家の人間。実兄から直接の連絡は受けたとはいえ、ファイアオパール伯爵家の意向をすべて把握する事は到底出来ない。
故に、この場でだけの話とする為に、話をする場を求めたという事だった。
「お伝えいただき、深く感謝いたします、若夫人。メルツェーデス様は当家の大事な姫君。また、ルイトポルト様も次代を担うとても大切な方です。お二人の身に万が一がないよう、ブラックオパール伯爵家としても最善を尽くします」
ヘーゲンの言葉に、オティーリア若夫人は満足したように頷いた。
オティーリア若夫人が帰った後、メルツェーデスはヘーゲンに問うた。
「大叔父様。ルキウスにも護衛を付けるべきではないかしら」
「それは難しい話ですな」
理由としては、伯爵家の人間であり主人であるメルツェーデスやルイトポルトと、従者のルキウスでは、立場が違い過ぎるというものだった。
「護衛をひきつれる侍従見習いなどおりません。幸いにも彼は恩人として、最低限は受け入れられておりますが……領地の伯爵家の者たちがどうであったかはわかりませんが、都で働いている者たちの中には、まだルキウスに対して複雑な感情を持っている者もおります」
複雑な感情とヘーゲンは濁したが、嫉妬したり、悪感情を持っている者がいるという事である。
(確かにそれでは、ルキウスへの嫉妬を強めるだけかもしれないわ……)
だからといって、ルイトポルトの恩人。ついでに、自分の恩人でもあるルキウスを、危険な目に合わせる訳にはいかないとメルツェーデスは思い、そのままヘーゲンに自分の意思を伝えた。
「そうですなぁ……まずは、彼と関係の深い騎士たちにだけ、より気を遣うように声をかけておきましょう。それぐらいでしたら、元から騎士たちとは良い関係を築いているようですから、目くじらを立てる者はいないでしょう。それから、彼の上司にあたるコェストラーにも伝えておきます。……この辺りで、よろしいでしょうか?」
「ええ。どうかお願いね。わたくしは、お兄様方に手紙をしたためるわ」
ファイアオパール伯爵家からの直接の報告ではない。そんな情報を、直接記す事は出来ない。万が一手紙が盗まれたりする可能性もあるからだ。
しかし直接的には記さず、意図を伝えるのは、貴族の嗜みである。
ヘーゲンは伯爵家内の重要人物たちへの周知や、新たな配置換えの検討へ。
そしてメルツェーデスは領地にいるブラックオパール伯爵と夫人への手紙を記すため。
それぞれの部屋へと別れて行った。
その為、この二人は、ピジョンブラットルビー伯爵家の弓術大会に行く事はなかったのであった。




