そして
つまらない。……や、虚しいのかも。
ただただ最後まで逃げていた血縁上の父親のことを思い出すと、私は小さく息を吐いた。
「先輩。大丈夫ですか?……その、お家のこととか……」
「だいじょぶー。ちゃんと考えてあるから。……茜塚こそ大丈夫なの?結構痛そうに見えるけど。」
この2日間ですっかり見慣れた離れの応接室。
窓から差し込む夕日が空気に溶けて見る物全てが茜色だ。それでも紛れることのない後輩の腕の青痣に、私の心はざわめいた。
「このくらいへっちゃらですよ。それに、いい勉強になりましたし!」
「そっか。それなら後で時雨にお礼しとかないとね」
参る方の、だけどね。
そんな私の思考を知ってか知らずか、茜塚は軽やかに笑った。かわいい。菜の花畑とか似合いそう。
それにしても……と、あまりにもあっさりとしたお家騒動を思い返して目を伏せた。
傲慢で強欲。けれど強者の前では立場に固執することすらできないような矮小な人間。
てっきり双子の母親が乗り込んでくるかと思ったけど、それもない。
揖屋村の中立の立場を利用したい私にとっては、ここまで早く当主の座を得られたのは良いこと、のはず。
臣下からの反発もない。送られてきた書簡でも誰1人異議を唱えず、むしろ歓迎の言葉しか書かれていない。
……何でだろうな。いつもなら策略を疑うところだけど、そういう動きすら一切感じない。
不安だ。『久山』の人たちならやったことを、子孫であるはずの『古賀』の人たちはしない。
それがどうにも不気味に思えて、私はぎゅっと手のひらに爪を立てた。
「……先輩。」
「んー?どうかした?」
「本当に、大丈夫なんですか?」
「だいじょぶだよー。ほら元気元気。」
空元気なのバレてら。
でも先輩としての矜持が変に引っかかって、どうしても弱いところを見せられない。
不安も危険も、ずっと引き受けて来たからなぁ……生まれ変わったからって、突然接し方を変えることなんて出来ない。
だからせめてもの抵抗、と私はひらひらと両手を振って笑った。
それに対して茜塚は、不安げに眉をひそめただけでそれ以上の追及はしなかった。
……やっぱりバレてら。
***
一方その頃。
高梨は布団の上で動けなくなっていた。ただでさえ朝のこともあったというのに、講義に時雨によるスパルタ指導とあって体力が限界だったのだ。
(古賀に……会っておきたかったが……動けない。)
高梨は重すぎてシャッターのように閉じたまま開けない瞼と小一時間格闘を繰り広げていたが、やがて諦めて大人しく眠ることにした。
どの道、目が開いたとてこの疲れきった身体で歩き回るのは到底困難なのだ。だったら、少し休んでから古賀に会いに行った方が良いだろう___そう結論づけた高梨だったが、いざ眠ろうとするとどうにも寝付けない。
動けないのに、眠れない。
眠れないのに、動けない。
疲労が溜まりすぎて興奮状態になったことなどなかった高梨にとっては全く未知のことであり、心境的にはもはや金縛り状態に等しかった。
(……横になっていればそのうち眠れるはずだ。……大丈夫なはずだ……)
高梨がそんなふうに脳内で自分に言い聞かせていると、ふと物音がして何やら気配が近付いてきた。
高梨は驚いて起き上がろうとしたが、相変わらず身体は疲労で鋼鉄より重い。バクバクと鳴る心臓だけが唯一、高梨の心情に寄り添ったがこの状況では何の意味も持たない。
「……ね、この人が爽耶さんの連れてきた……?」
「寝てるね……」
「動かないね……」
ひそひそと話す声が2人分、やけに鮮明に聞こえてきた。そっくりではあるが、男女の声質の違いがよく出ている声。
(……ああ。昼間の振袖の……)
「京。この人、爽耶さんの何?」
「知らないよ。昼間色々あって聞く余裕なかったんだから。」
昼間の双子___百合と京は話しながらもこそこそと高梨の頭の側に移動すると、悩んでいるらしくうんうんと唸り始めた。
「……ご学友?」
「にしては距離ない?部活の先輩後輩とか?」
「魔導学園は戦闘重視だから部活とかないんじゃ……それに爽耶さん、部活とか興味ないでしょ。」
「確かに。……彼氏とか?」
「それはない。だって弱そうだし。」
「よね。」
じゃあ何だ、と言わんばかりの双子の視線が高梨にチクチクと突き刺さる。
同じ古賀家の者である以上説明してしまっても構わないのだが、疲弊しきった高梨の身体はすっかり布団に錨をおろしてしまっている。
起きることもできないまま双子のくだらない推理を聞いているうちに、いつしか高梨の意識は深い眠りへと落ちていった。




