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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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額の痣(1)

改稿しました。

 小卓に置かれた遮音石から薄黄の光が迸った。

 展開された遮音膜が三人を覆って間もなく、執務室にやって来たミゼリコルドが膜の内側に入ってきた。


「遅くなった」


「急に呼んで悪かった。ちょうど始めるところだ」


 コンスタンティンが手招きすると、アルフレデリックが左隣に椅子を持ってきてそちらに移り、空いた席にはミゼリコルドが腰を下ろした。

 暖炉を弓なりに囲んだ四人は改めて杯を掲げ、暫し酒を口にする。



「さて、ヴァランタン。長い話になる」


 そう前置きしたコンスタンティンは、ディアヌローズの名が本当はシェリールであることをはじめとして、五歳の祝いの日に起こったことや、その後神の許で保護されていたこと。呪詛の術者はいまだ不明であり、新たな呪詛を仕掛けてくる可能性のあること。

 また、この件に関わる者の記憶を数名の例外はあるが神に封じてもらったことなど、まずはディアヌローズと側近向けに伝えた内容を話した。


 続けてアルフレデリックだけに打ち明けた内容として、祝いの日に空中に現れた呪詛の言葉、術者はシェリールが洗礼前であるにも拘らず祝いの日を知っていたことについても話し、固く口止め。


 最後に、この呪詛には高魔力の贄を必要とするが、当時ランメルトや親交の深い領地において贄となりうる貴族の不審死や行方不明事件はなかったことを付け加えた。


 話の間、ミゼリコルドは静かに酒杯を傾け、アルフレデリックは黙したまま酒杯を見つめていた。


 聞き終えたヴァランタンは、椅子の背に身を預けて天を仰いだ。


「──つまり、呪詛は洗礼式に発動する可能性が高く、術者は身近にいるかもしれない。そして、私の記憶も封印されている、と」


「ああ。……洗礼前の子の存在など、よほど親しくなければ知る由もない。我々は慎重にならざるを得ないのだ」


 名状し難い感情を瞳に宿して、ヴァランタンは隣のコンスタンティンを見つめた。


「私ですら逃げ出したくなる話です。……それをあの子が、幼いディアヌローズが背負っているというのですか!?」


 コンスタンティンの酒杯を持つ手にぐっと力が籠る。

「そうだ。代われる者なら代わってやりたいがな」一気に酒を(あお)った。



 ずっと酒杯を見つめていたアルフレデリックがおもむろに顔を上げて、躊躇いがちに反対端のヴァランタンに話しかける。


「──兄上。領地の調査には私が行きます。代わりに、ディアヌローズについていてもらえませんか?」


「いきなりどうしたんだ?」


「……私ではディアヌローズの心に寄り添えません。兄上が適任です」


 逸らした視線を酒杯へと戻したアルフレデリックに、ヴァランタンはやれやれと言わんばかりに息を吐いた。


「アルフレデリック、わかってるはずだ。私に治癒魔術は使えない。それに、ディアヌローズはお前に懐いてるじゃないか」


「私しかいなかったからですよ。先ほどの対応一つとっても明白です」


 口の片端を上げて、アルフレデリックは自嘲気味な笑みを浮かべた。


 ヴァランタンはことさら軽い口調で言う。


「お前は末っ子だから年下の扱いを知らないだけだよ。よかったじゃないか。やっと一人前の兄になれる」


「っ! 私を幾つだとお思いで?」


「幾つだろうと、お前が弟なのも、末なのも、変わらないだろ?」


 睨むアルフレデリックを気にすることなく、ヴァランタンは水色の髪をかき上げてからりと笑った。



 するとコンスタンティンが、空になった酒杯をわざとらしく音を立てて小卓に置いた。


「アルフレデリック、約束したはずだ。其方にはディアヌローズを任せると。ミゼリコルドはランメルト領出身ではあっても中立領プリエテールの中央聖堂長。ランメルトばかりに肩入れするわけにはいかぬ立場だ」


 アルフレデリックは微苦笑を浮かべるミゼリコルドをちらと見て、気まずそうに目を伏せた。


「……」


「大丈夫、お前もできるさ」


 兄になれば一度は通る道だとヴァランタンは口角を上げた。それから表情を改めて、まっすぐアルフレデリックを見る。


「ところで、ディアヌローズの額には何かあるのか?」


 途端、ミゼリコルドは片眉を上げた。右隣で顔を曇らせているコンスタンティンと束の間視線を交わし合い、ふたりでアルフレデリックへと顔を向けた。


 重ねてコンスタンティンも訊ねる。


「間違いないのか?」


 記憶を確かめるようにアルフレデリックは暫し視線を下げ、上げる。


「──ごく薄くぼんやりとして、形にもなってはいませんでしたが、おそらく」


「そうか……」


 コンスタンティンは両膝に肘をついた手で蒼銀の頭を抱え、その隣でミゼリコルドは瞼を閉じて腕を組んだ。



 やがてコンスタンティンは頭を上げて、遠くを見つめるような眼差しで語り始める。


「五歳の祝いには神々から祝福を授かることは知ってるであろう?

 どのような祝福を授かるかは神の裁量。不敬である故、我らから望むものではない。

 ──だが、シェリールは呪詛を掛けられた。

『汝らが子 人となりし日に 人としての生を終える』と」


 一旦コンスタンティンは息を吐くと、祈るように膝に置いた手を組んだ。


「あの場にいた我らの希はたった一つ。解呪だ。

 しかし、神に望むなどもってのほか。不興を買う恐れすらある。そもそも解呪は祝福ではないのだ。

 それでもシェリールの父は望んだ。愛する妻と娘のために。

 だが神は、呪詛を祓うことは理に触れると却下なされた。

 さりとてシェリールの父に諦められるはずもない。祝福の代わりとして、呪詛の発動時にシェリールの救命を願ったのだ」


「叶ったのですよね?」


 身を乗り出してヴァランタンが訊ねると、コンスタンティンの表情に苦渋が滲んだ。


「──ああ。但し、呪詛の発動時ではなく、()()()()()()()()()()()()()救命する、と」


「……そんな…………」


「知ってのとおり、イストワールでは子どもが育ち難い。魔力量が多いほど致死率は上がる。さらに言えば、洗礼までに死んでしまえば元も子もない話だ」


 特に五歳の祝いで授かる祝福は、洗礼までの二年間で急激に増える魔力量に対処するためのものが多い。授からないとなれば致死率が格段に跳ね上がることは想像に容易い。

 だが、救命のためには致し方なかった。


「ええ……」


「我々は、洗礼前に救命が為されたかを知る必要があると考えた。できることなら洗礼までは我々の力で切り抜け、救命は洗礼まで残す。洗礼前に救命されてしまうわけにはいかない、とね」


 コンスタンティンは小卓に置いた杯に酒を注ぐと、舐めるように口を湿らせる。


「故に、救命の前に報せてほしいとシェリールの祖父が神に願ったのだ。

 ──その願いは聞き届けられ、神はシェリールの額に紋様で報せると仰せになられた。その紋様が明瞭となり、光を放つ時こそ救命の証であると」


「文様、とはどのような?」


「加護を与えてくださった五柱の神々の紋様だ。花芯の周りに四枚の花弁。花弁の数こそ違うが、イストワール国の領土と似ている」


「それでは見間違いようもないですね」


「そうだ。何としても、加護は洗礼まで残さねばならぬ。

 ──今ではないのだ」


 コンスタンティンは椅子の背に身を委ねた。


 四人の間に沈黙が落ちる。



「……私のせいです」


 沈黙をアルフレデリックが破った。杯をよほど強く握っているのか、手に縁が食い込んで白くなっている。


 ロンタールが恨みを持った原因や、洗浄魔術の呪文(ラヴァージュ)をディアヌローズに知られてしまったこと、測位石が地下対応でなかったばかりに救出に手間取ってしまったこと。すべて己が起因している。


 そんな後悔や罪悪感をアルフレデリックが吐露すれば、コンスタンティンは「其方だけではない」と末息子に声をかける。


「私も、星まつりの日に魔方陣を使ってディアヌローズに魔力を籠めさせている」


「ならば私も教えたな。玻璃の中の花は、魔石に籠められた魔力によって保たれていると」


 ミゼリコルドも自身の過失を口にした。


 やりとりに耳を傾けていたヴァランタンは、驚きに目を大きくしてコンスタンティンを見た。


「まさか、ディアヌローズはそのバラバラの話を基に、独力で魔力籠めの方法を理解し、魔術を行使したというのですか!?」


「そのまさかが起きたのだ」


 否定してほしかったのか、ヴァランタンはますます戸惑いの表情で額を押さえた。

 魔力を籠めさせたのは魔方陣によって強制的に排出させただけであり、呪文はまずかったとは思うが口にしただけでは発動しない。教えたうちにも入らない、と意見を述べた。


 そもそも魔術の発動には、展開させる魔術の明瞭なイメージ、加えて、確固たる意志を持たなければならない。基本中の基本である。


「本当にたったそれだけで、ディアヌローズは魔力の動かし方を理解したというのですか? ましてや独力で魔力を籠めるなんて……。動かす魔力量の調整だって、一筋縄ではいきませんよ」


「信じ難くともやってのけたのだ」


 なおも釈然としていないヴァランタン同様に、コンスタンティンの表情も渋い。


 おそらく、イストワールの誰もが同じ反応をするだろう。

 魔石への魔力籠めは洗礼式を終えてから段階を経て学んでいくもので、いきなり行わせたりはしないからだ。

 まずは体内の魔力を感じるところから始めて、次に体内魔力の流れを把握。それから魔力を掌に集められるようになって漸く、魔石への魔力籠めの段階へと入る。

 その際には魔力腺を傷つけないよう、必ず成人がつきっきりで。しかも、何かにつけて損傷した場合にはどうなるかを脅しのように話して聞かせ、心に刻みこませるのだ。



 会話が途切れるとアルフレデリックは、弁解したいのではなく理解できないのだと顳顬(こめかみ)に手をあてる。


「ディアヌローズには魔術を行使するだけでなく、心を揺らすだけでも魔力は動くのだと事毎に忠告してきました。魔力腺の損傷は命にかかわるとも。ですが、その甲斐もなく行使した。危険性の認識が薄いのか、救出を待てなかったのか。はたまた救けがくるとは思わなかったのか……」


 当時のディアヌローズの心境をコンスタンティンは慮る。


「然るお方なる首謀者が身近にいると知って、救助をあてにできないと思ったのではないか。必死だったのだろう」


「少なくとも我らが口を滑らせなければ、魔術を行使したくともできなかったのは確か。今後は気をつけねばならぬ」


 重々しくミゼリコルドは言った。



 アルフレデリックは酒杯を小卓に置くと、合わせた両掌の指先を唇につけて考え込んだ。


「……不可解なことが。

 魔力の枯渇は、一先ず随従を離したことで解消されました。魔力腺の回復も、僅かずつですが順調に修復されています。治癒の進捗を考えれば、魔力の回復量は想定内。感情が揺れるのは今までにも幾度となくあったので、大体把握できています。

 であるにも拘らず、紋様が現れました」


 不可解の深さを示すように、アルフレデリックは眉間に皺を刻んだ。


 ヴァランタンも眉根を寄せる。


「そうだな……。心当たりはないのか?」


「あるとするなら、魔力腺の損傷や魔力の回復量が想定を上回っていることくらいでしょうか」


「魔力腺が原因であれば我々にはどうにもできぬ……」


 力なくコンスタンティンは頭を横に振った。


 アルフレデリックはぐっと眉を寄せて、ますます難しい顔になる。


「一番の可能性としては、申告した以外にも魔力を動かしていたのではないかと。本人に問い(ただ)したいところですが、状況的に今は避けるしかありません」


「訊けぬほどの何かがあったのか?」


 ミゼリコルドが訊ねた。


 ディアヌローズに事件の首謀者がロンタールであると教えた際の状況をアルフレデリックは語った。

 ロンタールが罪を犯した原因は彼自身の失態によるものであっても、ディアヌローズが自責の念に駆られていたのは誰の目にも明らかだった。


「そうだな。今はそっとしておいた方がよかろう。他に打っておく手があれば、それを先にしておけばよい」


「差し当たりロンタールらの処分は決定していますが、共犯のイニャスに気になる点を再尋問しようと考えています。どうにも捕縛されたタイミングが作為的に思えてならないので」


 たしかに、とヴァランタンは顎に手をあてる。


「花まつりに出かける直前だったな」


「ええ。イニャスが私になら供述するとのことで、急遽尋問に。結果、手持ちの地下に対応していない測位石をディアヌローズに持たせてしまいました」


「いや。あれは私がパレードに間に合わなくなるからとディアヌローズを送り出してしまったのが悪いんだ。ディアヌローズはお前を待とうとしていたのに……」


「後悔したところで今更だ。今後は皆引き締めてかからねばならぬ」


 コンスタンティンが言った。


 その直後、光の燕が遮音膜を突き抜けてきた。

 四人の頭上を旋回し、ミゼリコルドの差し出した指に留まる。


『ミゼリコルド様、バスティアンです。至急お戻りください』


 ミゼリコルドは燕を解除して「戻らねばならないようだ」と立ち上がった。


 アルフレデリックも立ち上がる。


導師(グル)。ディアヌローズの魔力腺について、後ほどご相談に伺ってもよろしいですか?」


「ああ。待っておる」


 穏やかな笑みを浮かべてミゼリコルドは鷹揚に頷くと、長い銀の髭を整えて帰っていった。



「私もそろそろイニャスの尋問に」


 遮音石を解除(アニュリィ)して、アルフレデリックも退室していった。



 残ったコンスタンティンとヴァランタンは薪の火を眺めながら、ふたりで酒杯を傾ける。


「──ヴァランタン。アルフレデリックを頼む」


 爆ぜた薪からゆらゆらと舞い上がる火の粉を見つめながら、コンスタンティンはぽつりと言った。


 ヴァランタンは怪訝な顔をコンスタンティンに向ける。


「父上?」


「これから暫くの間、其方はランメルトとこの中立領を行き来する。アルフレデリックに気を配ってくれ」


「改まってどうしました?」


「其方ももどかしく思っているだろう? アルフレデリックが人と深く関わろうとしないことを。

 幼少期を思えば無理からぬと、無理に直させようとはしなかった。時が解決すると高を括ってそのままずるずると……。此度はいい機会だ」


 憂いを含んだ父の声に、ヴァランタンは椅子に凭れていた姿勢を正した。自身と同じ緑柱石の瞳と目を合わせる。


「わかりました。勿論ですとも。私を兄にしてくれた可愛い弟のためですからね」


「頼む。私は当面こちらにいる。戻ったら、暫く領地を任せるとシーグフリードに伝えてくれ」


「はい。ですが兄上はそれでいいとしても、母上は『狡い』と仰るでしょうね。ずっとディアヌローズに会いたいと仰せでしたから。ああそういえば、姉上もですよ。どうするんです? もしかしたら押しかけてくるかもしれませんよ」


 コンスタンティンはげんなりと眉を下げた。


「……其方が上手いこと言いくるめてくれ。来られては面倒だ」


 あははっ、とヴァランタンは愉快そうに笑った。


「仕方ありませんね。貸し一つですよ、父上」


「わかった、わかった。アルフレデリックじゃないが、私も其方に代わってほしいよ」


「謹んでお断りします。母上に適う人なんていませんからね」


「はぁ……」


 深く嘆息するコンスタンティンを横目に、ヴァランタンは父の杯になみなみと酒を注ぎ、自身の杯も満たした。

 にっこり笑むと父を待つことなく酒杯を掲げて、ぐいっと飲み干した。






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