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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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初めての魔術

表現の修正をしました。

 ディアヌローズは柔らかに輝く星の欠片を、明り取りから漏れる月明かりに翳した。

 濁りの無い星の欠片は、微かな月の光でもその光を通して輝きを増している。角度を変える毎に異なる色を見せ、原色から間色まで、地上のあらゆる色をもっているかのようだ。


 丹念に見て、結論に至る。おそらく──

 星の欠片は魔石だ。


 これと似た石を知っている。薔薇を覆う玻璃の(ガラス)ドーム先端にある、青く透き通った飾り石だ。宝石のように奇麗なその石を、ミゼリコルドは魔石なのだと教えてくれた。


 星の欠片との違いといえば、色と大きさ。大きさはひとまず置いておくとして、色は用途によって違うと考えられる。ドームの青い魔石は薔薇を保存するためのもの。はたして、星の欠片では何ができるのか。


 もしも本当に魔術が使えたなら、ここから逃げ出せるかもしれないし、少なくとも居場所を知らせることができるかもしれない。


 どうせ明日の昼には他領に連れて行かれてしまうのだ。おまけに、疎ましく思っている人が差し出す相手なんて、ロクなことにならないに決まっている。試してみる価値としては十分だ。このまま何もせずに泣いて助けを待つのはお伽話のお姫様。王子様なんていないし、柄でもない。駄目でもともと、自らの力で足掻いてやる。そう心に決めた。


 だがしかし──。大きな問題が一つ。

 魔術のやり方がわからない。


 大人たちは目の前で滅多に魔術を使わなかった。その上、行使する際には知られないように細心の注意を払っていた。洗礼するまでは教えられない、と言われた気もする。それでも治癒や遮音の魔術は何度も見たし、遮音の魔術の際には手の中から光が広がったのを憶えている。

 とはいえ、結局見ただけだ。でも──。

 一度だけ。たった一度だけ、はっきりと耳にしたことがある。

 アルフレデリックの衣装を汚してしまった時だ。常に冷静なアルフレデリックが珍しく慌てた。いつもなら聞かせないように気をつけている呪文を、明瞭な声で口にした。


『ラヴァージュ』

 洗浄の呪文。水流を呼び、清める魔術。


 仮にこの地下室でラヴァージュを使ったとしても、逃げ出すのはきっと難しい。明り取りでは狭すぎて抜け出せず、暖炉では煙突を越えるだけの水を呼ばないといけない。

 でも、知らせるだけなら──。明り取りの玻璃を割りさえすれば、水が外に流れ出て、街はきっと大騒ぎになる筈。



 さっそく行動に移る。

 まず扉に耳をつけ、近寄る気配がないのを確認した。

 それから机の脚を掴んで、音を立てないよう、慎重に一番近い明り取りの下まで動かしていく。

 幼い身にはかなりの重労働だったけれど、休憩を挟みつつ、扉での確認と机の移動を交互に繰り返して何とかやり遂げた。


 次は、机の上にある蝋燭立て。隠しに入れておいた釘で、固まった蝋を削ぎ落としていく。蝋燭を立てるピンが出てきた頃には、手が真っ赤になった。


 続いて、木箱から空き瓶を出した。空になった木箱をひっくり返して机に載せ、丸椅子も上げた。壊れかけた木箱を踏み台にして机に上がり、丸椅子を木箱の上に載せる。

 ガタガタ揺れる足元に気をつけながら、蝋燭立てを持って椅子に上がった。壁に手をつけて慎重に立ち上がり、明り取りの縁に掴まってバランスをとった。


 明かり取りの玻璃の真ん中に蝋燭立てのピンをあて、ねじを回すように押し付けていく。根気よく続けていると、ピキリと(ひび)が走った。罅に沿ってピンを押しあて、割れた玻璃は窓枠の隅にまとめた。縁には割れ残りがあるけれど、水が流れれば問題ない。




 気づけば外はもう白み始めていて、見回りがなかったのは幸運だった。


 いよいよ魔術。

 袋から星の欠片を一つ取り出すと、心を落ち着けるために深呼吸した。

 囁くように唱える。


「──ラヴァージュ」


 なのに──。掌の中は何も起こらなかった。

 星の欠片にも、変化は見られない。


 呪文に間違いはない。とするなら、原因は星の欠片だろう。

 星の欠片と、髪留めにあるチャームの石とを見比べてみる。

 違いは、チャームの石は黄色である点。そして、中で光が揺らめいている点。


 光を内包していないとダメなのかも──。

 でも、その方法がわからない。


 そういえば……。うっかり呪文を口にした後、アルフレデリックは何と言っていただろうか。確か、呪文だけでは試せない、とか言っていた気がする。つまり。

 無理、ということ……?


 夜通し頑張ってきた努力は無駄だった──。

 悔し涙が頬を伝う。泣いてる暇なんてないのに、悔しく思えば思うほど、涙は止まることを忘れた。



 小鳥の囀りが外から聞こえてきて、玻璃の割れた明り取りを見上げた。いい加減泣き止んで机や椅子を元に戻さないと、そろそろバンがやって来る。


 星の欠片をしまうために、袋を隠しから取り出した。


 不意に、星まつりの夜を思い出した。差し出した両掌に、コンスタンティンは星の欠片がぎっしり入った袋を載せて、暫くそのままでいるように、と言ったのだ。

 あの時は、両掌に何かが集まってくる感覚と、むず痒さを我慢するのが大変だった。


 もしかしたら──。


 試しに星の欠片を一つ掌にのせて、あの時の感覚をイメージしてみる。

 しかし。

 掌にも、星の欠片にも、変化は起きてくれない。


 時間だけが過ぎていった。

 焦る気持ちだけが募る中、星の欠片を見つめて、ひたすら「集まれ、集まれ」と念じた。


 突然、全身に痛みが走った。

 同時に、カッと星の欠片が眩く光った。そして──

 星の欠片は砕け散った。


「どうして……」

 我知らず言葉を落とした。


 粉々に砕けた星の欠片を眺めること数舜、気落ちしている暇なんてない、と気持ちを切り替える。


 砕けた星の欠片を袋に入れて、新しい星の欠片を取り出した。掴んだ感覚を忘れたくなくて、加減を弱めて念じてみる。


 再び、痛みが走った。

 結果、星の欠片は割れた。だが、粉々ではなかった。


 三度目はさらに抑えて念じ、五つに割れた。四度目は二つだった。

 回を重ねる毎に、身体の痛みも弱くなっていった。


 そして五度目。掌に、記憶と同じむず痒さと何かが集まる感覚があった。

 眩い光が収まると──

 掌には、柔らかな輝きから煌めく輝きへと変化した星の欠片が、そのままの形でそこにあった。


「できた……」


 知らずに入っていた肩の力が抜けた。


 念のため、残りの星の欠片もすべて煌めかせた。



 成功の余韻に浸る間もなく、輝く星の欠片を一つ掌にのせた。

 目を瞑り、「気づいて!」と念を込めて目を開く。

 星の欠片に向かって、確固たる意志を声にのせる。


「ラヴァージュ」


 星の欠片の中で光が揺らめき、目が眩むような光を放った刹那──

 手許から水が噴き出した。


 噴き出した水はうねりを上げ、意思を持っているかのように明り取りから出ていった。


 激しい水の勢いにバランスを崩して、咄嗟に明り取りに手をかけた。瞬間、鋭い痛みが指先に走る。思わず手を離すと、あっという間に水中に放り出された。

 渦を巻きながらみるみるうちに嵩を上げる水面で、死にもの狂いで手足をばたつかせる。


 ──泳げないんだった!


 迂闊にもすっぽり頭から抜けていた。金魚みたいに口を開けても、水が入ってきて上手く息継ぎできない。溺れた記憶が恐怖を倍増させた。


 流れてきた木箱にしがみついて、何とか明り取りに辿り着く。縁に掴まったら、やっと安心できた。



 水嵩はとうとう明り取りの縁にまで達した。上を向く顔すれすれに天井がある。波立つ水面に息ができず、パニックになりそうになるのを必死に堪えた。


 流れ出る水はさらに勢いを増し、三つ編みした髪が明り取りに吸い込まれた。慌てて引っ張り寄せる。


 一瞬、外で何かがきらりと光った気がした。


 確かめようとした、その時。

 地下室を満たしていた水が──消えた。


 浮游していた身体が、一気に天井から石床へ、ぼてりと落ちた。

 強かに膝を打ちつけて悶絶する。



 よろよろ立ち上がったのとほぼ同時に、鍵を開ける音が鳴った。


 乱暴に扉が開いて、バンがやって来た。吊り上がった目をさらに吊り上げて、顔を真っ赤にして怒っている。


「このクソガキ! 何しやがった!!」


 バンは言うが早いか、ディアヌローズの胸ぐらを掴んで壁に押し付けた。

 ディアヌローズは苦しさに顔を歪め、ささくれた壁に爪を立てる。


「……し、知ら、ない……わ」

「知らねえだと!? ふざけんじゃねぇ!」


 バンは唾を飛ばしながら大声でまくし立て、ディアヌローズを力任せに投げ飛ばした。



 石床に叩きつけられたディアヌローズは、身体を起こそうと手をついたきり立ち上がることができない。発熱を押しての夜通しの作業。加えて、痛みに耐えて魔術を行使した。もう、限界だった。


 無意識に額に手をあてた。ぬるりとした感触と、ピリピリした火傷のような痛み。指を見れば出血して赤黒く爛れている。おそらく明かり取りの玻璃で切ったのだ。血で爛れるなんていつ以来だろうか。その時はアルフレデリックに治してもらったのだけれど、もう何年も前のことのように思える。


 ぼんやりと明かり取りを眺めた。もうすっかり朝である。

 なのに、アルフレデリックに見つけてもらえない。


 ──『迷子対策』は不良品なの?

 それとも……。


 心の内で、『然るお方』が黒い人型となって嘲笑う。

 それでも、心の隅には信じたい自分がいる。

 だって──。アルフレデリック達が『然るお方』なら、もっと早くにできたこと。それこそ、神の家においてくればよかったのだから。


 悪い方へと考えてしまうのは、疲れてしまったからだ。

 でも──。もう頑張れない。やれることなんて、もう無い。


 虚しい達成感に、ディアヌローズは貝紫の目を閉じた。






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