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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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エイレヴェールの日

表現の修正をしました。

 寝台でディアヌローズは深くクッションに凭れると、見るともなく窓を見遣った。

 冬の日は短く、外はもう暗い。窓から漏れる明かりに照らされて、降り積もった雪がかろうじてほの白く浮かび上がっている。


「はぁ……」


 そろそろアルフレデリックがやって来る。謝罪すると決めてはいても、その勇気が今一つ足りない。どう切り出そう。どう謝ろう。口数が多いと言い訳じみてしまうだろうか。ぐるぐる考えても最初の言葉が決まらない。



 迷いのない靴音が近づいてきて、アルフレデリックが姿を見せた。


 何も決まっていないままディアヌローズはクッションから背を離し、居ずまいを正すと貝紫の瞳でアルフレデリックを見上げた。

昨夜(ゆうべ)は八つ当たりをして申し訳ございませんでした」

 一息に謝罪の言葉を述べ、肩を縮こまらせて顔を伏せた。


 アルフレデリックはつと動きを止め、怪訝な顔をする。

「──どうしたのだ?」


 ディアヌローズはそろりと顔を上げる。気まずくて仕方ない。視線を彷徨わせた。


「アルフレデリック様に思うがまま不満をぶつけてしまいました」

「気にせずともよい」

「でも……」


 普段と変わりないアルフレデリックの声に、ディアヌローズはおずおずとアルフレデリックを見つめた。眉を顰めてはいるが、不機嫌というよりも対処を考えあぐねているふうである。



 沈黙の中、ゆったりとした靴音が近づいてきた。


「アルフレデリック、謝罪を受け入れてやりなさい。ディアヌローズにとっては必要なのだ」


 やって来たのはミゼリコルドだ。

 アルフレデリックは僅かに息をつく。


「──赦す」


 ほっ、とディアヌローズは手を胸に寄せた。


 ミゼリコルドは青い目を細める。

「感心だね、ディアヌローズ。自らの非に気づきはしても、謝罪する者はそういないものだ」


「いいえ、ミゼリコルド様。わたくしは思慮が浅く、気づくのも遅いのです。

 アルフレデリック様に対してだけではありません。魔獣で(けが)れた庭を皆さんがきれいにしてくださったことにも気づけず、まだ感謝の言葉すらお伝えできていません。

 ……コンスタンティン様が祖母について言及された際には、祖母の存在を否定されたと思い込みもしました」


 あの時コンスタンティンは、祖母についてはわからない、と言っただけだった。

 けれどディアヌローズにはそれがひどく堪えた。祖母が神によってあてがわれたかのようで。祖母との思い出が踏み躙られた気がして。その持っていき場のない感情をアルフレデリックにぶつけてしまったのだ。今改めて冷静に口にしてみれば、身勝手この上ない。


 ミゼリコルドは銀の長い顎鬚を二度三度と撫でた。

「大抵の者は己の見たいように見て、己の信じたいように信じるのだ。自身の心を守るためにな。そのことで、誰も其方を責めたりせんよ」


「けじめですから。──自分の非に気づいたのにそのままにはできません。祖母が知ったらお説教間違いなしです」

「祖母君は厳しかったようだな」

「とても──。祖母はわたくしの誇りであり、目標です」


 在りし日を懐かしむようにディアヌローズは遠い目をする。潤んでくる瞳を誤魔化したくて、瞬きを繰り返した。


「これからも精進しなさい」


 はい、とディアヌローズは返した。昨夜のお礼がまだだったことを思い出す。

「遮音の魔術をありがとう存じました」


「構わぬよ。其方が雷に慣れるまで、我らがフォセットに叱られればいいだけだ。

 なぁ、アルフレデリック」


 ミゼリコルドは悪戯っ子のような笑みを隣にいるアルフレデリックに向けた。

 アルフレデリックは口端を上げて頷いた。


「うっ。……努力、いたします」

「その日を待っているとも。さて、体調は?」

「もう大丈夫です」


 ディアヌローズは常々アルフレデリックから心を揺らせば体調を崩すと注意を受けていて、正にそのとおりになったのだ。

 シェリールの真実を知って心が揺れた。特に祖母について。もちろん父母について知った事柄も衝撃的だった。けれど、母は悪夢の中でしか知らず、父に至っては顔すらもわからない。祖母と過ごした年月には敵わず、祖母への想いの方がより深く揺れ幅は大きい。つくづく子どもの心は制御するのが難しい。


 みんなの慰めによって平常心を取り戻し、体調も戻った。多大な心配をかけてしまったので、早く元気な姿を見せなければと思う。


「寝台から出てもいいですか? アルフレデリック様」

「ああ。だが、きょうとあすは部屋で過ごすように」



 するとミゼリコルドが口を開いた。


「では、三日後の『エイレヴェールの日』には外へ出てもよさそうだな」

「エイレヴェールの日?」


 頬に手をあててディアヌローズは小首を傾げた。


「『エイレヴェールの日』とは雪月の満月の日を指す。その日は、天界送りの儀式があるのだよ。この一年に亡くなった魂をランタンにのせて見送る儀式だ。

 そしてもう一つ。(ゆかり)のある死者の許に、ランタンで想いを届ける儀式でもある」


「天界……。神の御許まで届くのですか?」

「天界まで見届けてはおらぬから『是』とは返答できないが、ここは女神から賜った地。届かないとは言えまいて。

 どうかな。見てみたいだろう?」

「はい」


 絶え間なく星が降る星まつりの空はきれいだった。きっと天界へと揺蕩いながら昇るランタンも幻想的だろう。ディアヌローズは期待に胸を膨らませた。


 するとフォセットが「お待ちくださいませ」と声を上げた。

「以前、お嬢さまは星まつりに出かけられて、熱を出されました。夜の外出はまだ早いのではございませんか?」


「そうなのかい?」

「あの時は嬉し過ぎて、なかなかお昼寝できなかったのです……」


 へにょりと眉を下げるディアヌローズに、アルフレデリックは半眼を向ける。


「私は夜中に呼ばれたのだった」


「ふむ。夜中に呼び出されては負担だろう。ではアルフレデリック、午睡の寝かしつけに来なさい」


 アルフレデリックは呆気にとられ、ディアヌローズは戸惑った。


「ミゼリコルド様、お嬢さまが洗礼されるまで、お待ちになられてはいかがでしょう」


 そう言ったのは、夜の外出を不安視しているフォセットだ。

 ミゼリコルドはゆっくり頭を振る。


「私はディアヌローズにたくさんの経験をさせたいのだよ」


 ミゼリコルドを見つめていたアルフレデリックは、束の間目を伏せた。

「師の仰せに従いましょう」


 断るとばかり思っていたディアヌローズは、パチパチとまばたきした。アルフレデリックには何一つ利が無く、面倒でしかないだろう。ならば──。


「アルフレデリック様のご負担にならないよう、お見えになる前に眠りますね」

「足を運んでしまえば手間は変わらぬ」

「……そう、ですね」


 眉間に皺を刻むアルフレデリックを前に、ディアヌローズはしょんぼりと肩を落とした。

 ミゼリコルドとフォセットは、笑いを堪えて肩を震わせた。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 エイレヴェールの日、当日の昼過ぎ。

 長椅子でディアヌローズが刺繍をしていると、アルフレデリックがやって来た。


「もうお昼寝するのですか?」


 まさかと思って尋ねれば、アルフレデリックは苦笑した。


「いや。これを」


 差し出されたのは張りのある薄布だ。

 それをディアヌローズは受け取った。


「天界送りのランタンにする薄布だ。届けたい言葉を書きなさい」

「アルフレデリック様はどうされたのですか? お手本を見せてくださいませ」

「……」


 アルフレデリックはこれ見よがしに大きく嘆息すると、もう一枚薄布を応接卓に用意させた。ディアヌローズの正面に腰掛ける。


「ラー……、ス……ロ」


 呪文を囁いたアルフレデリックの手にペンが現れた。迷いなく描いていく。


 ディアヌローズはその様子を眺めながらも、お手本を強請った際に一瞬だけアルフレデリックが見せた表情に気を取られていた。真顔なのはいつものこと。ただ、瞳に銀が目立つことは珍しく、揺らいでいたようにも見えたのだ。



 薄布がついとディアヌローズの前に押しやられてきた。我に返って見てみれば、写実的なディアヌローズの薔薇の絵だ。

 巧みに描かれた薔薇をディアヌローズは驚きを持って見つめた。絵まで上手いなんて。でも──。


「言葉ではなく、絵を届けるのですか?」

「其方は言葉を書きなさい」


 できればお手本が欲しかった。何と書けばいいのかわからず、ディアヌローズはペンすら手にしていない。


「早く書きなさい。また昼寝が足りなくなるではないか」


 不機嫌丸出しのアルフレデリックの声に、ディアヌローズは慌ててペンを手にする。たしかミゼリコルドは、死者の許に想いを届けると言っていた。なら──。


 《母さま ありがとう  シェリール》


 その下に、もう一つメッセージ。


 《元気です  奏》



「できました」


 二行目をアルフレデリックは指さした。

「これは何だ?」


 ディアヌローズは二行目を奏の言語で書いた。もしも本当に神の御許に届くのなら、祖母の許へ届くかもしれない。祖母は心配しているに違いないのだ。会えないのなら、せめて自分が生きていることを知って欲しい。


「祖母に元気でいると知らせたいのです。これは祖母とわたくしだけがわかる記号です。例えば──」

 ディアヌローズは《奏》の文字を示す。

「──これは、わたくしを表す記号です」


 アルフレデリックはさして興味などなかったみたいに素っ気なく「そうか」と言って、薄布を片づけさせた。


「では昼寝をしてもらおうか」

「えっ!?」


 まだお茶の時間にもなっていないのに、一体どれだけ眠らせるつもりなのか。ディアヌローズは目を丸くする。


「書き終わったら昼寝させる予定でいたのだ。思いのほか早く終わったが、もう一度来るのも手間だ。先だっては起きるのを嫌がっていただろう?」

 更にアルフレデリックはにやりと笑んで、「たっぷり眠るといい」と宣った。


 なんて理不尽──。けれど、星まつりの後でディアヌローズがアルフレデリックに迷惑をかけたのは紛れもない事実だ。

 渋々とディアヌローズは寝台に入る。

 あっという間に眠らされた。




 目が覚めてみれば、短い冬の日はすっかり暮れ落ちていた。






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