不審者情報
表現の修正をしました。
フォセットは護衛騎士たちを一瞥し、ディアヌローズに視線を向けた。
「初めてお聞きしましたわ。
いつ、会われましたの?」
青緑色の目を尖らせたフォセットは、声音までもが厳しい。
初めて見るフォセットのただならぬ様子に、束の間ディアヌローズはたじろいだ。握りしめていた両手に力を籠めると、貝紫の瞳で見つめ返した。
「グロゼイユを摘みに行った時、急にその人が茂みから現れました。
報告しなかったのは、……悪いことでした。ごめんなさい。
……グロゼイユを摘みに行けなくなるのが嫌だったの。
ですから、黙っていて欲しいと、わたくしがおふたりにお願いしました。
悪いのはわたくしよ。他の誰も悪くないわ!」
レオナールとアンベールを巻き込みたくなくて、ディアヌローズは必死に言い募った。滲んでくる涙を抑えようと、せわしなく瞬きを繰り返す。ここで泣くわけにはいかない。泣いたらふたりに気を遣わせてしまう。何より、そんな子どもみたいな真似はしたくなかった。
すると、レオナールとアンベールの二人が同時に声を上げた。
ふたりはお互いの顔を見合わせて、
「おそらく私が最初でしょう」と、レオナールが一歩前へ出た。
「黙っていた罰は覚悟しています。
ですが口止めをしたのは、お嬢様ではありません。それだけは訂正させてください。
そしてもう御一方、お会いしております」
続けて、アンベールも一歩前へ出た。
「私も罰は覚悟しています。
私がお会いしたのはお嬢さまが仰った方、お一人だけです。
そしてレオナールと同じく、口止めをしたのはお嬢様ではありません」
話の切り出し方がダメだったのだ。きっと──。ふたりの話を聞きながら、ディアヌローズは後悔した。ふたりに迷惑のかからないようにするつもりだった。このままではふたりが罰せられてしまう。最悪は上司と思しき人に、口止めなど強要していないと言われてしまうかもしれない。それが怖くて仕方なかった。
「フォセットさん。
レオナールさんもアンベールさんも悪くないの。
悪いのはわたくしだけよ。罰は、わたくしだけにしてください」
フォセットはディアヌローズの前で膝をつくと、ディアヌローズの固く握りしめた両手を包んだ。向けられた眼差しに、もう先ほどのような厳しさはない。
「お気持ちは分かりました。
判断するのはアルフレデリック様です。まずは報告いたしませんと」
「……おふたりが罰を受けるなんて、絶対に間違ってるわ」
滲んだ涙は目の縁にうっすら溜まり、瞬いた睫毛が濡れた。身体の芯が震えているのがわかった。
フォセットは困ったように眉尻を下げた。
「罰を受けるとは、まだ決まっておりませんよ」
「だって、……偉い人、なのでしょう?
秘密にするようにと、おふたりに命じたもの。
だから、……わたくしだけが『あの人に会った、と言った』の。
レオナールさんも、アンベールさんも、言わなかったことにして。
お願い、します。フォセットさん……」
堪え切れずに、喉の奥が鳴った。
あの背の高い男性は、自分に興味があると言っていた──。ふたりは巻き込まれただけ。しかも口外禁止を命じられ、それを守った。なのに今度は、報告しなかったと罰せられる。
貴族社会の不条理をディアヌローズは見たような気がした。奏の時に、祖母から月詠家継承の教育を受けた身としては、許容できるはずもない。
「お嬢さまのお気持ちも合わせて、アルフレデリック様に報告いたします。
いずれにしましても暫くの間、部屋から出ることは許可できません」
「はい……」
ディアヌローズは、レオナールとアンベールの前に立った。
「おふたりにご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ございません」
唇を噛んで項垂れるディアヌローズに、ふたりはすまなそうな顔をした。
「お嬢さまは悪くありません。
むしろ庇われた我々の方がお詫びしなければなりません」
代表してアンベールが言った。
フォセットはアルフレデリックに報告するため、部屋を出ていった。
残された者たちは重苦しい気まずさで、誰もがその場に立ち尽くした。
すると突如────
「ピュル……ピィ、ピピピ。ピュル」
静まりかえる室内に、ビジュの高い囀りが響いた。
「お腹を空かせているのですわ」と、マリレーヌが動きだした。
それを合図にみんなも一斉に動きだし、重苦しさも気まずさも慌ただしさの中に消え去った。
ディアヌローズも用意された果物をビジュにあげ、それから日課のヴィオリナを練習した。いつもの日常がビジュとマリレーヌのおかげで戻って、感謝しかない。
練習を終えると窓辺に立ち、玻璃越しに庭を眺めた。草木は秋の色に鮮やかに染まり、そろそろグロゼイユの実もおしまいになるだろう。自ら摘んだグロゼイユの実をビジュに食べてもらうのは、もう無理かもしれない。それがとても残念だった。
◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆
昼になってもフォセットは戻ってこなかった。
午後から、ディアヌローズはいつもの刺繍をする。楽しみにしているおしゃべりも、さすがにみんな口が重い。
ディアヌローズはのそのそと針を動かしながら、フォセットが戻らない理由をあれこれ考えた。
もしも本当に蒼天の髪をした男性が不審者だったなら、報告が済めばすぐにでもフォセットは戻ってくるはずだ。
とするならやはり、あの男性はレオナールたちの上司なのかもしれない。
口外禁止の命令を守らなかったから、ご立腹とか。
もしくは、会ったことを認めていないとか。
そもそもなぜ、あの男性は自分に興味があるのだろう──。
ディアヌローズは首を傾げた。刺繍の手はすっかり止まっている。
ディアヌローズを知っている人は、ごく僅かしかいない。
アルフレデリックたちの策により、神の家に収容後すぐに亡くなったことになっているからだ。
──!
ハッとした瞬間、持っていた刺繍針が落ちた。ざわりと怖気立つ。
匿っていることが問題になっているのでは? ……自分のせい、だ──。
そう思い至ってしまえば、ほかの仮定は吹き飛んだ。
保護したディアヌローズを神の家に収容するよう中央から指示があった時、アルフレデリックたちは秘かにディアヌローズを連れ帰り、匿うという罪を犯した。しかもディアヌローズが罪を負わないようにと、ディアヌローズに知らせないまま。
アルフレデリックは、事実が発覚することはないと言っていた。
けれど、ディアヌローズにはそれ以外考えられない。みんなが自分のために罪を犯した。やはり神の家で、みんなと別れるべきだった。いつも騒動の発端になっている。あの男性や貴族社会に憤ったけれど、本を正せば自分が引き起こしているではないか。
どうすれば、みんなが罪に問われずに済むだろう──。
そのためなら何でもする。自分が在ることで迷惑をかけるなら、闇に戻ってもいい。
でもまずは、非はすべて自分にあり、みんなに非はないのだとわかってもらわなければ。
「どうされましたの? そんなに震えられて」
声をかけられて気付けば、マリレーヌはディアヌローズのすぐ傍にいた。心配そうに淡紅色の眉を寄せて、ディアヌローズを覗きこむように見ている。
ディアヌローズは自身の手許を見た。たしかに小刻みに震えている。震える右手で、震える左手を包んだ。
「……な、何でもないの。少し寒いだけよ」
「すぐにひざ掛けをお持ちしますわ」
またたく間にひざ掛けが用意されて、ベアトリスからは温かなお茶を手渡された。
何くれとなく世話をしてくれる、心優しいみんなを守りたい。
なのに、いくら考えてもその方法がわからない。
もどかしい思いでディアヌローズがティーカップに視線を落とすと、かすかに湯気の立ちのぼるお茶に自分の情けない顔が映っていた。
それから暫くして、フォセットが戻ってきた。
説明のないまま、慌ただしく部屋の中が整えられていく。
誰かが訪ねてくるらしいが、ディアヌローズに訊く勇気はなかった。まだ何も思いついておらず、こうなればただひたすら『自分だけに罰を』と訴えるほかない。
室内が整えられて間もなく、アルフレデリックの来訪を告げる小鐘が鳴った。
扉が開かれ、アルフレデリックが入ってきた。
その後ろに続く人物に、ディアヌローズの目は釘付けとなった。




