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イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

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不審者情報

表現の修正をしました。

 フォセットは護衛騎士たちを一瞥し、ディアヌローズに視線を向けた。


「初めてお聞きしましたわ。

 いつ、会われましたの?」


 青緑色の目を尖らせたフォセットは、声音までもが厳しい。

 初めて見るフォセットのただならぬ様子に、束の間ディアヌローズはたじろいだ。握りしめていた両手に力を籠めると、貝紫の瞳で見つめ返した。


「グロゼイユを摘みに行った時、急にその人が茂みから現れました。

 報告しなかったのは、……悪いことでした。ごめんなさい。

 ……グロゼイユを摘みに行けなくなるのが嫌だったの。

 ですから、黙っていて欲しいと、わたくしがおふたりにお願いしました。

 悪いのはわたくしよ。他の誰も悪くないわ!」


 レオナールとアンベールを巻き込みたくなくて、ディアヌローズは必死に言い募った。滲んでくる涙を抑えようと、せわしなく瞬きを繰り返す。ここで泣くわけにはいかない。泣いたらふたりに気を遣わせてしまう。何より、そんな子どもみたいな真似はしたくなかった。



 すると、レオナールとアンベールの二人が同時に声を上げた。


 ふたりはお互いの顔を見合わせて、

「おそらく私が最初でしょう」と、レオナールが一歩前へ出た。


「黙っていた罰は覚悟しています。

 ですが口止めをしたのは、お嬢様ではありません。それだけは訂正させてください。

 そしてもう御一方、お会いしております」


 続けて、アンベールも一歩前へ出た。

「私も罰は覚悟しています。

 私がお会いしたのはお嬢さまが仰った方、お一人だけです。

 そしてレオナールと同じく、口止めをしたのはお嬢様ではありません」



 話の切り出し方がダメだったのだ。きっと──。ふたりの話を聞きながら、ディアヌローズは後悔した。ふたりに迷惑のかからないようにするつもりだった。このままではふたりが罰せられてしまう。最悪は上司と(おぼ)しき人に、口止めなど強要していないと言われてしまうかもしれない。それが怖くて仕方なかった。


「フォセットさん。

 レオナールさんもアンベールさんも悪くないの。

 悪いのはわたくしだけよ。罰は、わたくしだけにしてください」



 フォセットはディアヌローズの前で膝をつくと、ディアヌローズの固く握りしめた両手を包んだ。向けられた眼差しに、もう先ほどのような厳しさはない。


「お気持ちは分かりました。

 判断するのはアルフレデリック様です。まずは報告いたしませんと」


「……おふたりが罰を受けるなんて、絶対に間違ってるわ」

 滲んだ涙は目の縁にうっすら溜まり、瞬いた睫毛が濡れた。身体の芯が震えているのがわかった。


 フォセットは困ったように眉尻を下げた。

「罰を受けるとは、まだ決まっておりませんよ」


「だって、……偉い人、なのでしょう?

 秘密にするようにと、おふたりに命じたもの。

 だから、……わたくしだけが『あの人に会った、と言った』の。

 レオナールさんも、アンベールさんも、言わなかったことにして。

 お願い、します。フォセットさん……」

 堪え切れずに、喉の奥が鳴った。



 あの背の高い男性は、自分に興味があると言っていた──。ふたりは巻き込まれただけ。しかも口外禁止を命じられ、それを守った。なのに今度は、報告しなかったと罰せられる。

 貴族社会の不条理をディアヌローズは見たような気がした。奏の時に、祖母から月詠(つくよみ)家継承の教育を受けた身としては、許容できるはずもない。



「お嬢さまのお気持ちも合わせて、アルフレデリック様に報告いたします。

 いずれにしましても暫くの間、部屋から出ることは許可できません」

「はい……」


 ディアヌローズは、レオナールとアンベールの前に立った。

「おふたりにご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ございません」


 唇を噛んで項垂れるディアヌローズに、ふたりはすまなそうな顔をした。


「お嬢さまは悪くありません。

 むしろ庇われた我々の方がお詫びしなければなりません」

 代表してアンベールが言った。



 フォセットはアルフレデリックに報告するため、部屋を出ていった。


 残された者たちは重苦しい気まずさで、誰もがその場に立ち尽くした。




 すると突如────

「ピュル……ピィ、ピピピ。ピュル」

 静まりかえる室内に、ビジュの高い囀りが響いた。



「お腹を空かせているのですわ」と、マリレーヌが動きだした。


 それを合図にみんなも一斉に動きだし、重苦しさも気まずさも慌ただしさの中に消え去った。


 ディアヌローズも用意された果物をビジュにあげ、それから日課のヴィオリナを練習した。いつもの日常がビジュとマリレーヌのおかげで戻って、感謝しかない。


 練習を終えると窓辺に立ち、玻璃(ガラス)越しに庭を眺めた。草木は(アウレルーメル)の色に鮮やかに染まり、そろそろグロゼイユの実もおしまいになるだろう。自ら摘んだグロゼイユの実をビジュに食べてもらうのは、もう無理かもしれない。それがとても残念だった。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 昼になってもフォセットは戻ってこなかった。


 午後から、ディアヌローズはいつもの刺繍をする。楽しみにしているおしゃべりも、さすがにみんな口が重い。

 ディアヌローズはのそのそと針を動かしながら、フォセットが戻らない理由をあれこれ考えた。


 もしも本当に蒼天の髪をした男性が不審者だったなら、報告が済めばすぐにでもフォセットは戻ってくるはずだ。


 とするならやはり、あの男性はレオナールたちの上司なのかもしれない。

 口外禁止の命令を守らなかったから、ご立腹とか。

 もしくは、会ったことを認めていないとか。


 そもそもなぜ、あの男性は自分に興味があるのだろう──。

 ディアヌローズは首を傾げた。刺繍の手はすっかり止まっている。


 ディアヌローズを知っている人は、ごく僅かしかいない。

 アルフレデリックたちの策により、神の家に収容後すぐに亡くなったことになっているからだ。


 ──!


 ハッとした瞬間、持っていた刺繍針が落ちた。ざわりと怖気立つ。


 匿っていることが問題になっているのでは? ……自分のせい、だ──。


 そう思い至ってしまえば、ほかの仮定は吹き飛んだ。


 保護したディアヌローズを神の家に収容するよう中央から指示があった時、アルフレデリックたちは秘かにディアヌローズを連れ帰り、匿うという罪を犯した。しかもディアヌローズが罪を負わないようにと、ディアヌローズに知らせないまま。


 アルフレデリックは、事実が発覚することはないと言っていた。

 けれど、ディアヌローズにはそれ以外考えられない。みんなが自分のために罪を犯した。やはり神の家で、みんなと別れるべきだった。いつも騒動の発端になっている。あの男性や貴族社会に憤ったけれど、本を正せば自分が引き起こしているではないか。


 どうすれば、みんなが罪に問われずに済むだろう──。


 そのためなら何でもする。自分が()ることで迷惑をかけるなら、闇に戻ってもいい。

 でもまずは、非はすべて自分にあり、みんなに非はないのだとわかってもらわなければ。



「どうされましたの? そんなに震えられて」


 声をかけられて気付けば、マリレーヌはディアヌローズのすぐ傍にいた。心配そうに淡紅色の眉を寄せて、ディアヌローズを覗きこむように見ている。


 ディアヌローズは自身の手許を見た。たしかに小刻みに震えている。震える右手で、震える左手を包んだ。


「……な、何でもないの。少し寒いだけよ」

「すぐにひざ掛けをお持ちしますわ」


 またたく間にひざ掛けが用意されて、ベアトリスからは温かなお茶を手渡された。


 何くれとなく世話をしてくれる、心優しいみんなを守りたい。

 なのに、いくら考えてもその方法がわからない。

 もどかしい思いでディアヌローズがティーカップに視線を落とすと、かすかに湯気の立ちのぼるお茶に自分の情けない顔が映っていた。




 それから暫くして、フォセットが戻ってきた。

 説明のないまま、慌ただしく部屋の中が整えられていく。


 誰かが訪ねてくるらしいが、ディアヌローズに訊く勇気はなかった。まだ何も思いついておらず、こうなればただひたすら『自分だけに罰を』と訴えるほかない。




 室内が整えられて間もなく、アルフレデリックの来訪を告げる小鐘(ベル)が鳴った。


 扉が開かれ、アルフレデリックが入ってきた。


 その後ろに続く人物に、ディアヌローズの目は釘付けとなった。






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