表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イストワール国~その花の名を私は知らない~  作者: 天音蓮
第三章 事件編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/146

精霊とお茶会

表現の修正をしました。

 近頃フォセットたち側仕えは、人形にディアヌローズと同じ格好をさせるのがブームらしい。衣装ばかりか髪型まで同じにして、長椅子にいるディアヌローズの横に並ばせては微笑ましそうに目を細めている。


 みんなに見られるディアヌローズにしてみれば、恥ずかしく堪らない。だが余りにもみんなが楽しそうにしているものだから、止めて欲しいとは言い出せず、ただ胸の内でブームが去ってくれるのを今か今かと待ちわびているのだった。


 今も朝食後のお茶を飲んでいるディアヌローズの横には、同じ格好をした人形がいる。さすがにお茶は飲んでいないけれど。

 そして、その様子をみんなが眺めている。楽しそうに。愛でるように。微笑ましそうに。


 だからディアヌローズは日頃お世話になっているみんなへの感謝と思い、ひくつきそうになる顔に喝を入れて笑顔を貼り付けている。



 お茶を飲み終えると、ディアヌローズは人形を向かい合うように膝にのせた。同じ貝紫の瞳を見つめれば、玻璃(ガラス)の瞳に自分の顔が小さく映っている。


 ディアヌローズ……──。心の中で呟いた。

 イストワールでは鏡が貴重なのか、あまり自分の顔を見る機会がなくて、稀に自分の顔を見ると《奏》でない顔に戸惑ってしまう。だからその度に、顔と名前を紐づける。この顔は《ディアヌローズ》だと。

 まるで猫が鏡に自分の姿を見つけた時みたいに思えて、なんだか可笑しくなる。



 ふと、人形にまだ名が無いことに気付いた。

 なんて可哀そうなことをしたんだろう──。自分には名が二つもあるのに。


 どんな名がいい? と人形に問いかけた。もちろん答えは返ってこない。

 けれど、ピンと閃いた。


 《マノワ》にしよう────


 そうすればマノワと話していても、みんなは人形と話していると思うに違いない。なんて良い思いつき。



 ──呼んだかい?


 突然、頭の中に声が届いて、マノワが現れた。

 ディアヌローズは鼻息も荒く、人形と一緒にマノワへと向いた。


 ──あのね、とっても良いことを思いついたのよ。

 この人形の名を《マノワ》にするの!

 そうすればマノワと話していても、みんなに怪しまれたりしないわ。


 挨拶も忘れて一気に語ったディアヌローズに、マノワは顔をげんなりさせて腰に手を当てた。


 ──いいかい、ディアヌローズ。あたしとあんたが話している時は、それでいいだろうさ。

 だが、あたしがあんたと一緒でない時、あんたがその人形を《マノワ》と呼んだらどうなると思う?


 ディアヌローズは小首を傾げた。


 ──えーと……。マノワが、来てくれるわ、ね……。

 あっ!


 わかったようだね、とマノワは大きく溜息した。

 ──そうさ。それが一度ならまだいい。でもそれが二度三度と続けば、あたしはあんたの呼びかけには応えなくなるだろうよ。



 少し考えればすぐに気付けたはず。ディアヌローズは肩を窄めて俯いた。浅慮を口にしてはならないと祖母から常々注意されていたことを、今思い出した。


 ──マノワの言うとおりだわ。ごめんなさい。

 思いついたばかりで、そこまで考えていなかったの。人形には別の名前を付けるわね。


 ──ああ、そうしとくれ。


 ──愚かなわたしに愛想を尽かさないでくれる?


 ──それくらいであんたを見限ったりしないさ。

 それともなにかい、あたしがちっぽけな度量しか持ち合わせていないとでも?


 ふるふると、ディアヌローズは頭を振った。

 ──思ってない。でも、……マノワを困らせた。


 ──別に困っちゃいないさ。愚かな子を諭すのは、当然だろ?


 ディアヌローズは今にも泣きそうな笑みを浮かべる。

 ──……ありがとう。


 ──同じ失敗を繰り返さなきゃそれでいいのさ。

 で、人形の名はどうするんだい?



 ──……《奏》に似た名前で、何か考えてみる。《かなで》だから、《かな》。でもイストワールの響きじゃないわね。《なで》……《なでぃ》……。

 《ナディ》はどう?


 ──いいじゃないか。《ナディ》……。ああ、いい名だ。


 マノワは何度か小さく頷いた。


 ──マノワがそう言ってくれるなら、《ナディ》にするわ。


 ──名も決まったことだし、そろそろ帰るよ。

 じゃあね、ディアヌローズ。


 ──ありがとう。マノワ。



 ディアヌローズは人形をまた自分に向けて、同じ貝紫の瞳を見つめた。

「ナディ」

 人形と名を紐づけるため、

 馴染ませ、染み込ませるため、決めたばかりの名を呼んだ。



「あら、名をつけられましたのね」

 ティーカップを下げにきたベアトリスが言った。


 ディアヌローズはナディをベアトリスに向ける。

「ええ。《ナディ》よ」


「いい名ですわ。しょんぼりされていたので、気になっておりましたの」


 まさか見られていたとは──。ディアヌローズは焦った。でもマノワが見えているのは自分だけだ。

「最初に考えた名前ではダメだって教えてもらったの」


 マノワを省いて説明すると、ベアトリスは目を(しばたた)かせた。


「人形に、ですか?」


 そうなの、とディアヌローズは重々しく頷いた。

「わたくしが愚かだったからよ。でも、赦してもらえてよかったわ」

 大真面目に答えた。


 ベアトリスは戸惑った表情から一転して、微笑まし気に目を細めた。

「よろしかったですわね」


「ええ。本当によかったわ」

 ディアヌローズは大満足で、にっこり笑った。


 どうやら、ベアトリスは子どもらしく人形とお話をしていたと捉えたらしい。

 マノワの存在を知られず、人形の名もナディと決まって言うことなしだ。





 昼過ぎ。

 ディアヌローズは気もそぞろで刺繍の練習をしていた。困らせてしまったマノワにお詫びがしたいのに、なかなか名案が思い付かないでいたからだ。おかげで、何度も(ほど)いてはやり直すを繰り返している。



「少し休憩されてはいかがですか。その様子では針を指に刺してしまいますわ」

 と、マリレーヌが応接卓にティーカップを置いた。


 それを見て、ディアヌローズは思いついた。

 マノワをお茶に招待したい。エレオノールから贈られたミニチュアのティーセットで。

 まずはよく考えてみる。朝の二の舞になっては一大事。また考えなしに話したら、今度こそマノワに愛想を尽かされてしまう。


 誰かに迷惑を掛けてしまうだろうか。 

 準備で側仕えのみんなに手間をかけさせてしまうから、きちんとお願いしなくては。


 精霊はお茶を飲むかしら。

 誰かに訊くのは無理だから、マノワ本人に要確認。



 ディアヌローズは頭の中でマノワに問いかける。

 ──ねえ、マノワ。

 お茶に招待したら、一緒にお茶を飲んでくれる?


 ──精霊は飲んだり食べたりはしないんだ。

 だが、招待は喜んで受けるよ。


 マノワは姿を見せないまま、声だけが返ってきた。


 ──嬉しい。マノワの都合のいい日を教えて。


 ──じゃあ、三日後にしておくれ。


 ──わかったわ。三日後の五の鐘に待ってる。

 あっ、テチュも招待したいの。


 ──直接テチュに訊いてみな。


 ──はい。三日後を楽しみにしてるわね、マノワ。


 ──ああ、あたしも楽しみにしてるよ。



 マノワと約束して、次はテチュに呼びかける。

 ──テチュ! 聞こえてる?

 三日後の五の鐘に、テチュとマノワとわたしの三人でお茶会をしたいの。

 きっと来てね。待ってるわ。


 暫く待ったけれど、テチュからの返事はなかった。

 それから何度か同じ呼びかけをしたけれど、結局テチュからの返事がくることはなかった。



 フォセットたちに人形の《ナディ》とお茶会をしたいとお願いすると、フォセット達は茶器の扱い方を手ほどきしてくれた。




 ◆*・・・・・*◇*・・・・・*◆




 お茶会当日。

 四と半の鐘でディアヌローズは身支度を始めた。髪を梳いてもらう。


「レースバンドをつけてくださいませ。ナディも一緒に」

 そう口にした途端、血の気がスーッと引いた。


 レースバンドは、聖堂に行った日の衣装の隠しに入れていた。それだけではない。エレオノールから贈られたハンカチも。そして、月詠家成人の証であるブローチまでも。ブローチに至っては、落とさないようにと、わざわざ隠しの中にピンで留めてまでいた。その記憶が一気に甦ったのだった。



 貝紫の目を見開いて真っ青な顔のディアヌローズに、ベアトリスとマリレーヌはオロオロするばかりだ。


 そこにフォセットがやって来て、コトリと卓上に何かを置き、その手が離れた。

 卓上には────

 ブローチがあった。


 ディアヌローズは息を吞んだ。震える手でブローチを手にして、フォセットを仰ぎ見る。


「隠しの中に入っておりました。女のお子の隠しには、安心して手を入れられますわ。男のお子の隠しには、虫の抜け殻やら小石が入っていたりしますもの」

 フォセットは微笑んだ。


「ありがとう……存じ、ます」

 目の縁に涙を溜めて、今にも泣きだしそうな顔でディアヌローズは笑んだ。


「さあ、お仕度を急ぎませんと」


 フォセットは手早くディアヌローズの髪を纏めると、レースバンドを手にした。




 身支度を終え、ミニチュアティーセットの準備も万端にして、同じ格好をしたナディを長椅子に凭れさせた。

 フォセットたちには、ナディとの()()()()()に見えることだろう。



 五の鐘が鳴り終えて間もなく、マノワが現れた。


「ようこそおいでくださいました。お待ちしておりましたわ」

 お茶会らしくディアヌローズは挨拶した。敢えて声を出したのは、()()()()()らしくするためだ。


 ──こんにちは、ディアヌローズ。お招き感謝するよ。


 マノワも畏まって応えた。但し、頭の中に。


 ──テチュに声を掛けたんだけど、返事をしてもらえなかったの。

 来てくれないのかしら……。


 頭の中での会話に切り替えたディアヌローズは、あっという間に普段の口調に戻った。

 マノワは苦笑を漏らす。


 ──気が向けば姿を見せるだろうが、まあ期待しないことだね。


 ──姿を見せてくれなくても、来てくれたならマノワには分かるのでしょう?

 その時は教えてね。


 ──ああ。わかった。


 ──ありがとう。

 ねえ、見て。ナディもわたしもレースバンドをつけているのよ。


 ナディを抱いてマノワに見せると、マノワは目を丸くした。


 ──こりゃ、たまげた。


 笑い合った。たぶんナディも。



 それからディアヌローズは教わったとおりの作法でお茶を淹れて、マノワの前に置いた。だが大人の掌ほどのマノワには、ミニチュアといっても(たらい)くらいに大きい。


 ディアヌローズは肩を落とした。

 ──ごめんなさい。……大きすぎたわね。


 ──構やしないさ。言っただろ、精霊は飲んだり、食べたりしないって。でも、香りは楽しませてもらうよ。


 ──本当に何も口にしないの?


 ──不思議かい? そうさね……。あたしらが糧としてるのは『精霊は存在する』と信じる心、といったものだ。

 あんたの世界に精霊は?


 ──『いる』と言う人はいたわ。残念ながら、わたしは出会えなかったけれど。


 ──おそらく、信じる者が少なくなって絶えていったんだろうよ。


 ディアヌローズは小首を傾げた。

 ──そうなのかしら……。わたしは信じているわよ。


 ──当たり前だろ。あたしが目の前にいるんだから。


 ──ふふっ、そのとおりね。


 呆れたようにマノワは頭を振った。

 ──まったく、しょうのない子だよ。


 ──そうよ。マノワがいてくれないと駄目なの。これからもずっと、お友だちでいてね。悪いところは直すから、嫌いにならないでくれたら嬉しい……。


 ──この前のことをまだ気にしてたのかい?

 言ったろう。あんたは、あたしが加護を与えた、(めぐ)し子だ。嫌いになんぞならないよ。



 自分を肯定してもらえたようで、ディアヌローズは堪らなく嬉しかった。マノワになら何でも相談できる。呆れられはしてもそっぽを向かれたりしない、と信じられた。


 ──ありがとう。……ねえ、マノワ。

 マノワの助言が欲しいの。わたしが愚かな選択をしないように。


 ──何があったんだい?


 眉を(ひそ)めるマノワに、ディアヌローズは庭で起きた一連の出来事と護衛騎士について話し、合わせて自分の考えも告げた。



 ──あんたが思ったとおりにやってごらん。あんたは思ったことをすぐ口にさえしなければ、正しく考えられる。助言を求める謙虚さも、思慮分別もね。

 あたしが見てる。大丈夫だ。


 マノワは考える素振りも見せずに、即答した。


 ──漆黒の闇にいた時も、マノワは『見届ける』って言ってくれたわ。

 ありがとう。マノワはイストワールでのわたしの(しるべ)ね。


 ──こりゃ、大層なもんに祀り上げられたもんだ。


 こげ茶の目を丸くして、カラカラとマノワは笑った。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ