04
ミスズたちにもすでに作戦について連絡があった。ポイントに近づき次第、外での捜索に駆り出されるはずだ。そのため、チームは全員近くにいるのだが、ミスズだけがいない。
「で、大丈夫なの?」
ユーリたちがいる通路からひとつ曲がった角で、ミスズはソフィアに捕まっていた。覗こうとすれば覗けるからか、フィーネが覗こうとするが、ユーリに無言で襟をつかまれていた。
「なにが、ですか?」
「なにって! アンタ、いとこがいるんでしょ。なのに、救助部隊に配属って……」
助けられればいい。だが、その逆もありえる。
いとこであり、一緒に住んでいる相手がどんな姿になっているかもわからないような状態で、平然としているミスズにソフィアは掴んでいた肩を離した。
「いとこのこと、嫌いなの?」
「そんなことないですよ。ジー君は、優しいし、ちょっとイジワルだったりするけど……」
「なら、なんでそんなに平気な顔できんのよ……!?」
「まだ、生きてますから」
ジーニアスの参謀という立場もあるだろう。グラジオラスが今だに、救難信号を発し続けているなら、ジーニアスは生きている可能性は高い。
「それに、私が生きてることを疑っちゃいけないんです」
それは自分に言い聞かせるような言葉だった。
「そーだよ!」
突然、場違いなほどに元気な声がしたと思えば、角から笑顔で覗くフィーネがいた。その後ろでは、ユーリが申し訳なさそうな表情をしている。
「だって私たち、助けにきたんですから! ネ! ミスズ!」
それは、まだ新人だから言えるのかもしれない言葉。沈んでしまった船、滅んだ町を見てきたソフィアには、簡単には言えない言葉だった。
しかし、フィーネは通路に出てくると、ソフィアにニヤリと笑顔を向けると、
「それに先輩、ギリクさんのこと一番最初に見つけて『あぁ……助けに来てくれてありがとう。ソフィア』なんて言われたいとか、思わないんですかぁ?」
ズルダが後ろで、ありえねぇだろと思っていたが、予想に反し、ソフィアは赤くなった頬を抑えていた。
「なにそれ、すっごいテンション上がる……!」
「マジかよ……」
「恋する女性はすごいな……」
ズルダとユーリが若干引いているが、本人は全く気づかず、フィーネも気づいていなかった。
妄想の中に入りかけているソフィアに、フィーネはアネリアの言葉を思い出し、手を打った。
「そういえば、アネリアさんもギリクさんのことタイプって言ってましたよ?」
「…………マジ?」
「マジマジ」
一瞬で、妄想の世界から強制帰還させられたソフィアは、今度は突然頭を抱え始めた。
「せ、先輩?」
「どうしよう……艦長に女子力で勝てる気がしない!!」
「「えぇ…!?」」
もう何から突っ込めばいいのかわからなくなったミスズとフィーネに、ソフィアは涙目で訴えかけてきた。
「だって、艦長、肌のお手入れ完璧だし! 大人の余裕あるし! 化粧も濃すぎず、薄すぎずで! フローラルな香りするし! 料理おいしいし! 煎れてくれるコーヒーもおいしいし! 私服のセンスもいいし!」
それに……とソフィアが顔をふせると、
「男心よくわかってるし!!」
「だって、男だもん!」
フィーネがついに言ってしまった。
しかし、その言葉は耳に入らないのか、頭を抱えて座り込んでしまうソフィアを、フィーネとミスズが慰める光景に、ユーリとズルダは巻き込まれないように気配を消して離れて見守っていた。
「そもそも、ギリクさん男ですから。大丈夫ですよ」
「そうですよ! ギリクさんが男好きなんて聞いてことないですし! なんなら、今度、好みとか聞いてきますよ?」
「……ギリクさん心広いから、きっと好きになった人が好みだ。っていうわよ……だから、艦長が好きになったら、それで――!!」
「妄想の飛躍がすごいね!? ちょっとついていけないかも!?」
「というか、先輩、アネリアさんのこと女だと思ってないですか……?」
ミスズが出来れば信じたくないことを聞いてみると、ソフィアは不思議そうな表情でミスズを見つめ返して首をかしげた。
「心は女だったら、女の子でしょ?」
「………………ソーデスネ」
向かいでソフィアを慰めていたフィーネが驚いた顔でミスズを見たが、目を合わせないようにそらせたのだった。
***
砂嵐の中、五人が歩いていた。極力、音を出さないように、ハンドシグナルを用いて目的の場所へ向かう。またひとつ、砂で出来た丘を超えるが、何か見える世界が変わるわけでもなく、砂海が広がっている。ライルが距離と方位を確認しようと、隊員に振り返ると、一人が手を振り、一点を指す。
全員がそちらに目を向けると、何かがあった。
(商人……? いや、町か……?)
動いていないところを見ると、おそらくは町、もしくは休憩をしている商人たちだろうが、こんな場所でさすがに後者はないだろう。
ポイントと同方向のため、それを目指し、ライルたちはまた歩き始めた。
徐々に近づけば、それははっきりと町の形を作る。そこそこ大きな町だ。地盤も石畳で作られていて、地を這うものも足元から突然襲ってくることはできないだろう。
「廃村……か」
足元から襲われる危険がなくなったからか、一人が小声で呟いた。
誰が見ても、石を加工して作られた家の荒廃した様子を見れば長い間人が住んでいないことくらいわかる。人さえいえば、何かしらの通信手段を持っていたりするのだろうが、いないのだからそれを期待することはできない。
「それにしても、それなりに大きな町ですが……襲撃にあったんですね」
朽ちて崩壊した以外にも、家の壁が破壊されているところが多々ある。地を這う者に襲撃されたのだ。
それなりに発展している町には、軍が駐在したりしているはずだが、ここには無かったらしい。
「……採掘が主だったのか」
石造りが珍しいわけではないが、これだけ岩や石の加工に優れているのは珍しい。大きいと思われていた町の約半分は奥にある岩盤の採掘場と加工場が占めているようだ。
場所と時間を確認すると、ライルは少しここで休憩を取ることにした。地を這う者に足元から襲われる危険があるよりは、ここの方が足元は石畳で突然襲われる危険はない。もちろん、周りから来る危険はあるが、ずっとマシだ。
「なにか使えるものがないか、探してきますね」
一人が、そういって一番大きな建物に向かう。運が良ければ、周辺の詳細な地図が置いてあるかもしれない。近くにはまだ人がいる町があるかもしれないし、なくても何かしら使える情報があればいい。
「これなんだっけ? 見たことあるような……」
「知らねぇ……拾ったのかよ」
隊員たちの声に何かと目を向ければ、手に持っていたのは石に細工を施したとんぼ玉のようなもの。
「隊長。これ、見たことありません? 私、どこかで見たことがあるような気がするんですけど……」
そう言って、手渡されたそれは、ライルもよく見たことがあるものだった。
***
ミスズたちは、地を這う者に注意しながら空からグラジオラスを探していた。
「この辺だっていったって、広すぎねぇか?」
「これでも狭くなった方だ。ボヤくな」
「へいへい……」
グラジオラスの捜索範囲に入ったというのに、ミドナはカルラの場所が感知できないというため、結局共鳴範囲を広げ目で探すことになり、ミスズたちもアネモネから外に出ていた。
「ミドナでもわからないとなると、最悪の事態も想定されますね」
クラウドもそうはいうが、カルラが密室の中で音を発さないようにしているのであれば、ありえない話ではないということも、理解はしていた。
「残骸も見つからないのは、いいことなのかねぇ……」
「いいことですよ! 健在ってことですよね!?」
「健在だったら、救難信号なんて出してないだろ」
先輩二人に言われ、ソフィアは眉を下げると、砂海を見渡した。
「ぁ」
「いた!?」
ミスズの言葉にフィーネがすぐに反応したが、困ったように首を横に振った。
「何かあったのか?」
ユーリも近づいてくると、ミスズは砂海にそびえ立つ山や入り組んだ岩場を指さした。
「え? どういうこと?」
フィーネはユーリに目を向けるが、首を横に振られミスズに向き直った。
「山とか岩場は、狭い隙間を強い風が通って、音を立てたり、乱気流を作ったりして、聖なる音を誤魔化したりすることができるって……あとは、森なんかの緑が多い場所も。だから、軍艦を町以外に停泊させる時はそういう場所に着陸させるって聞いたことがある」
「へぇ……」
「そんな情報、授業でやったか?」
ユーリが驚きながら聞けば、ミスズは困ったように頬をかいた。
「あ、わかった! またいつもの旅商人でしょ」
「旅商人?」
「ウィンリアに来る時に、しばらく乗せてもらったの人がそういうことに詳しくて……」
教育課程の時から、妙に詳しいことがあると大抵その人のことがでてくるものだから、フィーネもさすがに覚えていた。
「いつも思うんだけど、その人なにもの?」
「さぁ……私にもそれは」
とにかく、そういうことならば少しでも可能性のある、その場所に向かうのが一番だ。
軍艦が止まれそうな隙間はなかなか見つからないが、とにかく探すしかない。
「あそこに何かいねぇか?」
ズルダが指す先には、何かが座っていた。
「!」
「ミスズ!?」
それが何かわかった瞬間、ミスズはそれに向かって飛んだ。フィーネたちも慌てて追いかければ、ようやくそれが何かを理解した。
「ジー君!!」
予想外のいとこの声に、ジーニアスは驚きならが振り返り、その声が本物だと言うことを知る。
「ミスズ……? なんで」
ここにいるの? と、続きそうだった言葉は、地面に降りたミスズが涙目になっているのを見て、自然と止まる。そして、いつものように優しく微笑み、ミスズに近づき頭を撫でた。
「よかった……! 無事だった……」
「心配かけてごめんね。まさか、ここまで迎えにきてくれるとは思ってなかったよ」
次にフィーネが地面に降りて、ミスズに駆け寄るとよかったねといつもと変わらない笑顔で言った。その後ろでは、ユーリがアネモネにジーニアスの発見のことを伝えている。
「グラジオラスもこの下にいるよ」
ジーニアスがそう付け加えれば、ユーリは頷き、そのことも伝えた。
「ミスズがここが怪しいって言ったんですよ! 乱気流とかで音が誤魔化されるって!」
「へぇ」
それが、参謀か艦長としての教育課程でなければ教わることがないということは言わずに、ミスズを撫でる手を止めると、筒を取り出した。
「何? それ」
「発煙筒だよ。視認できる距離にいないと気づいてもらえないんだけど、音がでないから地を這う者も気づかないからね」
紐を引くと、それを地面に転がした。緑色の煙がどんどん空に上がっていく。この煙を見れば、救助が来たことがわかり、ライルたちが信号弾を上げることはない。
ジーニアスに連れられ、グラジオラスの中に入ると、すぐさまカルラが抱きつき、泣き出した。
「じゃあ、よろしく」
「え!? ジー君!?」
ミスズたちにそれだけ告げると、カルラを残して、艦橋に向かってしまった。
「ライル、は……?」
嗚咽混じりに聞くカルラに、ミスズが申し訳なさそうに眉を下げて答えた。
「ライルさんは、まだ……」
「でも、キャメリアが近くにいるから大丈夫だよ!」
「約束、したの」
「約束?」
「破ったら、ゲンコツ一万回、針千本飲ますって……」
「結構、えげつねェな……」
ズルダが幼い子供が言った言葉に、頬をひきつらせながらユーリに聞くが、
「ゲンコツ一万は、さすがに骨が折れそうだな」
「そこか!?」
真面目な顔でそんなことを言い出すチームリーダーに、唖然とするしかなかった。
「わかった! カルラちゃんが一万回ゲンコツできなかったら、私が残りをやるよ!」
「……」
最早、突っ込む気力すら無くなったズルダに、何も言わずに同情するミスズだった。