05
空に、緑の狼煙が上がっている。グラジオラスが健在であり、アネモネと合流した証だ。
≪ グラジオラスは無事みたいだよ ≫
キャメリアの艦橋に響いたジルの声に、その場にいた全員が嬉しそうな声を漏らした。
「で、どうする? せっかく見つけた巣の方は」
クロスがコンナに目を向ければ、ニコリと微笑まれた。答えなど聞く必要などない。最初から、キャメリアがやることはひとつだけだ。
「キャメリアは、これより地を這う者掃討作戦を行う」
その言葉は、甲板で巣の様子を見ていたエリザも含め、巣の討伐の為に準備をしていた全員の耳に入っていた。
「あーよかった。僕がせっかく見つけたのに、このままほっとくなんて、つまんないもんね」
「見つけたのはカシオだろ」
「カシオは肉眼では確認してないから、ノーカン!」
はいはい。と子供をあやすように笑いながら、ジルは自らの武器である槍を肩に担ぎ、エリザの見つめる方向を見るが、やはり砂海が広がるだけで何もない。
エリザが言うには、地を這う者一匹がようやく通れるほどの小さな穴が4つほど開いているらしいが、ジルには見えなかった。
「さすが、弓の名手は目がいいねぇ」
「目だけじゃなくて、腕もいいんだから。なんなら、ここから穴に撃ってあげようか?」
「まだ作戦開始の合図は出てないよ。我慢しな」
「なぁんか、子供扱いされてる気分……」
頬を膨らませているジルの頭を撫でると、ようやく待ちに待った通信が入った。
≪ 全員、用意は出来てるか? ≫
「あぁ。もうみんなやる気満々だよ。これ以上待たされたら、何人かが勝手に行っちまいそうだ」
筆頭騎士の言葉に、艦橋にいた数人が苦笑いになるが、艦長は笑い、参謀は呆れたように笑った。
≪ 最初に入口を開けるために、一発撃ち込む。音響弾の着弾の同時に地を這う者の殲滅を開始する。各員、派手に暴れろ! ≫
その通信が終わるのと同時に、砲塔が動き出しエリザの見る方向へ向き、轟音を立てた。
アネモネの甲板にいたミドナの耳に、ノイズとは違う音が残響する。その感覚は、よく知っているもので足を止めるとその音のした方向に振り返った。
「ミドナ殿?」
ガイナスが警戒しながら、ミドナの見つめる方向を見るが、地を這う者の気配はない。
「どうかされましたか?」
「カシオの音がする」
「カシオ殿の? それはつまり……」
キャメリアが交戦していることを表していた。
その情報はすぐにアネリアに伝えられた。そして、ギリクの耳にも入る。
「あのバカ……!!」
「まぁ、そうだよね……」
ジーニアスも半ば分かっていたことに頬をかくだけだった。
「ライルたちの回収もしないといけないし、キャメリアは規模がわからない地を這う者の巣の討伐……援護もできればしたいところだけど、この船の状況じゃ、僕らは足手まといになるね」
ジーニアスがはっきりと言い切れば、ギリクも悔しそうに眉をひそめ、アネリアも困ったように腕を組んだ。
「唯一の救いは、グラジオラスが辛うじて自立航行可能ってことくらいだね」
≪ 可能といっても、多少の航行であって、討伐は不可能です ≫
「辛うじてですから。だから、キャメリアには囮になってもらいましょう」
笑顔でそう言い放つジーニアスにアネリアが驚いて声を上げるが、ジーニアスが見捨てるという意味ではないと付け加えれば、アネリアは胸をなでおろした。
「砂竜がキャメリアに向いてる間は、グラジオラスに向かってくる地を這う者の数は少ないはず。その程度の数の対処なら、今のグラジオラスでも問題なくできるはずです。アネモネはグラジオラス浮上後、キャメリアの援護に向かってください。派手に戦ってくれると、こちらに来る地を這う者も減るので、できる限り派手に」
そこまで言わなくても、動物ならば攻撃して自分の命を脅かす方を最初に対処するはずだ。何もしないグラジオラスに敵の目が向くとは思えない。
アネリアはジーニアスの作戦に頷くと、
≪ なら、そちらに数人お任せするわね ≫
「数人?」
≪ 2チーム。グラジオラスの護衛として派遣するわ ≫
艦橋では、ノイズの音よりも羽音の方が煩わしい音を立てていた。艦橋は外よりも随分と静かではあるが、それでもうるさいものはうるさい。
「そこそこデカいだけあって、数が多いな」
コンナがボヤくが、クロスは顎に手を当て眉をひそめていた。
「何かあった?」
ジルを筆頭に既に巣の内部入り込み、砂竜を巣の外へ引きずり出そうとしているのだが、発見の報告はまだない。
しかも、キャメリアは小型の地を這う者の作る渦に取り囲まれ、エリザたちが撃って数を減らしてはいるものの数が多過ぎる。バリアのおかげで艦内へ踏み込まれることはないが、時々ぶつかる音と衝撃がしていた。
「今まで隠密行動をしていた奴が、いざ見つかったからといって出てくるか?」
「出てくるんじゃないの?」
「なら、なぜ砂竜が出てこない?」
砂竜は巣が襲われれば、いの一番に襲ってきたものを倒そうと現れるものだ。
「人間のような知恵を持つ砂竜が、自らの城を奇襲されて負け戦だとわかったとしても戦い続けるとは思えないがな」
「……黒玉持って逃げたとでも?」
「王が襲われたら、家宝を持って逃げるものだろう? 家臣共は逃げる時間を稼ぐために必死になって敵の足止めをする。まさに今のように」
ジルから砂竜発見の連絡はまだない。キャメリアも何か手がだせるわけではない。クロスのありえなくはない想像に耳を貸すだけの余裕は十分にあった。
「逃げたとしても、見つけるのなんて無理だろ。あいつらは砂に潜れるんだぞ?」
「砂竜は長時間、砂に潜ることはできない」
だからこそ、巣は空洞になっており、発見されるのだ。
どうやら地を這う者は長時間、砂に潜って進むことができるが、砂竜はできないらしい。
そもそも潜ること自体が少ないし、潜ったとしても必ず上がってくる。多少見失うが、発見できなくなるほど遠くにはいくことはできない。だからこそ、前回も見失うことなく追いかけ続けられたのだ。
「逃げたとしても、すぐに見つけられるだろ」
「で、グラジオラスが見つからなかったんだろ?」
地形次第ではノイズの発生元は掻き消えるかもしれないが、どこに隠れていようと砂竜のノイズは消えることはなく、場所が分からなくても存在は確認はできる。
「例えば、渓谷のような場所で俺たちが巣を殲滅し終えていなくなるのを待ってもいい。とにかく、俺たちさえいなくなってしまえば逃げるのは簡単だ。頭が人間らしいなら、どこかに身を隠すことを優先するだろうな」
≪ こちら、ジル。最深部までついたけど、砂竜はどこにもいないよ。気配も感じない ≫
ジルの通信にコンナは苦い表情をしてクロスを見た。
「了解。気を付けて地上へ戻ってこい」
ジルへの通信を終えると、カシオとの通信を開いた。
「カシオ。砂竜の気配はするか?」
≪ え? あ、えっと……特別大きいのは。でも、周りのノイズが大きすぎてわかりにくいだけかも……≫
コンナは大きく息を吐くと、クロスの方を見た。
「砂竜の浮上エリアは?」
どうせもうだいたい想像はついているのだろうと聞けば、案の定すぐに範囲を出してきた。その範囲には、ライルたちがいるであろう場所も含まれている。
誰かの悲鳴が耳の中で響いたような気がした。
「……身を隠す場所、か」
コンナは無意識のうちに手で髪留めに触れていた。
「心当たりがある」
絶対とは言えないはずだが、そこは妙に鮮明で確信があった。
***
ライルはその手にもった細工されている石が、コンナの髪留めのそれと似ているといえば、思い出したように部下たちは声を上げた。
「それで見たことがあったんだ……って、つまり」
絶対とは言えないが、似たような文化や技術を持つのは大抵付近の町だ。仮にここでなくても、砂竜がいるような巣が近くにあればどこもここに似た状況になってるはずだ。
バツの悪そうな顔でライルの様子を伺えば、じっとそれを見ていた。
その昔、まだ教育課程の時、同期であるギリクとコンナ、ジーニアス、ライルは一緒にいることが多かった。その時、ジーニアスもその変わった髪留めが気になったのか、質問したことがあった。
「お守り……か」
それは、親から子へ送られるお守りだと言っていた。
「お守りなんですか? それ」
「コンナはそう言ってた。同じものかはわからないが」
「隊長! グラジオラスから緑の狼煙です!」
「ホント!?」
その場にいた全員で狼煙を見ると、全員が歓喜の声を上げた。
入れ違いにならないよう、グラジオラスが動き出したタイミングで、信号弾を上げればこちらにも救助隊を出してくれるはずだ。一人が建物の屋上に上ると、グラジオラスのある方向に双眼鏡を向けた。
「……?」
少しだが、ノイズが大きくなっているような気がした。
「隊長。一人、見当たらないので、探しに行ってきます」
「いや、俺が行く。信号弾の方を頼む」
そういって、ライルは部下に信号弾の入った小型の銃を渡すと、早足で一番大きな建物に向かった。
しかし、部下は大きな建物ではなく、採掘場の近くの瓦礫の後ろに隠れるように座り、採掘場の奥の様子を伺っている様子だった。それだけでライルは警戒を一気に深め、足音を立てないように部下の隣に屈んだ。
「どうした?」
「奥に何かいます」
地を這う者かと耳を澄ませれば、確かにノイズが耳に入る。しかし、巣というには少し小さい。
「先程気がついて……巣かどうかをせめて確認しようかと思ったのですが」
帰還するにしろ、巣がここにあるというならここに救助を呼ぶのは危険だ。できる限り、離れた場所に移動しようとした時だ。
空に白い煙が細く上っていく。部下の撃った信号弾だ。
「っ!!」
ライルはすぐさま部下の腕をつかみ、建物の影に飛び込んだ。
それとほぼ同時に音が弾けそれは光を放った。採掘場の穴から飛び出してきた地を這う者はわき目も振らず、信号弾が弾けた場所へ突撃していった。
「チームと合流後、直ちにここから離脱する!!」
「は、はい!」
ライルは槍を構えると、道に躍り出て採掘場の方に向かって構えた。部下もすぐに剣を抜くと、仲間のいる元へと走りだす。
今、交戦しているであろう地を這う者さえ倒せば、逃げることは可能だと思っていた二人の鼓膜を砂竜の轟きが震わせた。
「なっ……」
「うそ……」
例え、ここが巣だとしても大きいようには見えなかった。まして、砂竜がいるなどとは。
しかし、轟く砂竜の咆哮は聞き間違えることはなく、地響きが続いたあと、穴の闇の中で窮屈そうに動くそれは砂竜のそれだった。
「急げ! 俺が殿をする!!」
さすがのライルも奏者の聖なる音無しで、砂竜を倒すことは不可能だが、この場にいる中では一番戦える。救援部隊であれば、奏者はいるだろうし、戦力もあるはずだ。とにかく、ここを凌ぎきらなければならない。
『ちゃんと帰ってきて……約束。ゆびきり』
出発前にカルラとした約束を思い出しては、自嘲気味に笑った。
「約束は守らないとな。グラジオラスの騎士として」
槍をもう一度握り直した。
「えーーっ!? ちょっと待って!」
エリザはその場を部下に任せ、コンナの言う方向を見るために移動し、目に入った小さな町を見た。確かに、言われた場所に町があり、ほぼ同時に先程まで見ていたのと同じ光が弾けた。
なにかと双眼鏡を取り出しのぞくと、感心したような声が漏れた。
「砂竜暴れちゃってるよ」
艦橋でコンナがクロスを睨んだが、
「さっきの信号弾を自分の場所を知らせるものと勘違いしたんだろ。バカだな」
悪びれた様子もなく、コンナの予想があっていたことにもよかったな。などと言っているクロスの頭にゲンコツを落とすと、エリザから続きの通信が入る。
≪ あとねーライルもいる ≫
「じゃあ、そいつらのせいだな。砂竜の存在に気づかずに撃ったのか。自業自得だ」
頭を押さえながらも、クロスの減らず口は続いていた。
「……音響弾用意」
「え……射程外ですよ!?」
「当てなくていい。“音”さえ届けば十分だ」
その意味を理解したクロスはすぐに砲塔の向きと角度を変えるが、
「だが、いいのか? ライルたちに当たるかもしれないぞ」
「その時はその時だ」
「そうか」
たったそれだけの会話で、クロスは納得して操作を続ける。しかし、オペレーターたちはまだ納得していなかった。
「あの町の住人は!? 音響弾の残骸が――」
「あの町にはもう誰も住んでない」
はっきりと言い切ったコンナに言葉が詰まり、唖然と見つめていればコンナはニヒルに笑った。
「あの町の生き残りが言うほど、信憑性があるものはないだろ?」
***
信号弾と砂竜については、グラジオラスも気づいていた。すでにアネモネはライルたちの元に向かい、グラジオラスも浮上してゆっくりとだが進んでいた。
その途中に少数ではあるが、地を這う者が突撃をしてくるがそれがグラジオラスに届くことはなかった。
「ギリクさんに手を出そうなんて、百年早いわよ! 私だって、まだ手を出せてないんだから……!!」
妙に気合の入っているティファが薙刀を振っていた。
「ギリクさんに触れた奴を消せばその事実は消える……! 完璧ね!」
笑いながら、飛んできた地を這う者を薙ぐティファに部下が後ろで苦笑いか、背筋を震わせていることにも気づかず、ティファはどんどん地を這う者を薙ぎ倒している。
その中、振り抜いた直後に懐に飛び込んでくる一匹がいた。
「しまっ……!!」
来る衝撃に身構えたが、飛び込んできたそいつは、レイピアに貫かれていた。
「あなた……確か、前に来た」
ソフィアは砂になる地を這う者を振り払うと、ティファの方を見ると、
「わ、私だって! 愛と若さじゃ負けないんですから!!!」
突然、そう叫んだ。さすがにそれには、ティファの部下もソフィアの先輩たちも唖然としていた。
「宣戦布告ってわけね……女は若ければいいってもんじゃないのよ?」
無感情の笑みにソフィアも一瞬怯むが、すぐに持ち直した。
「それに、お子さまが愛とかいってんじゃないわよ!」
薙刀をまた構えると、ソフィアの後ろにいた地を這う者を薙ぎ払った。
「私の方がギリクさんを長く愛してるんだから!」
「時間なんて関係ないです! 私の方が好きです!!」
二人は言い争いながら、次々と飛んでくる地を這う者を倒していく。
「うわぁ……すごーい」
「女って怖ぇ……」
「いや、あれ一部だよ!?」
フィーネとズルダが、唖然としながらソフィアとティファのことを見ていた。そんな二人に向かってくる地を這う者をミスズが切れば、フィーネが慌てて礼を言っていた。
「二度は落とさせない」
「だね! よーっしっ! 私もがんばるよ!」
フィーネもレイピアを構え、カルラの謡に共鳴させた。




