音が織る縁 下
サクちゃんの結婚式から、二ヶ月弱が経ち。織音籠が活動を再開した。
恋愛の歌ばかりを集めたようなCDは、ハスキーになったジンくんの声の色気と相俟って、織音籠始まって以来の売り上げを記録した。
音楽の神様は、
音楽から手を放さなかった申し子たちを
寿いでくれた。
秋からは、ツアーをこなして。
芽衣の産まれた翌年から『恒例にしたい』って始めた、クリスマスコンサートも二年ぶりに行われた。
この年、すこーしだけわがままを言わせて貰って、クリスマスにお休みを貰うことができた。実家の母の協力も得ながら、夜勤も人並みにこなしたおかげ、ではあるけれど。
そして当日は、まっくんの実家に子供たちを泊めてもらって。西隣の鵜宮市のホールまでコンサートを見に行った。
久しぶりに見るステージの彼らは、相変わらず、楽しそうに音と遊んでいる。
〈 二年ほど、サンタがお休みをいただいていたので。今宵は、特別プレゼントです 〉
軽く息を切らせながら、ジンくんが客席に語り掛ける。
まっくんが、ギターをはずす。受け取った亮くんが、そのまま舞台袖から姿を消して。
暗転したステージにスポットライトが当たる。
ユキくんのドラムを挟むように、亮くんのキーボードと対称になる場所。一段高い場所に置かれた一台の電子オルガン。
ゆっくりと、歩み寄る人影。
ライトの中に姿を現したのは
私の大好きな
音楽馬鹿だった。
ゆったりと、椅子に腰を下ろして。
宙をみつめて。
両手が上がる。
よく知られたクリスマスソングが流れ出す。まっくんの両手から。
そこから、どこをどうつなげたのか。
織音籠になる前、高校の文化祭で聞いた曲になって、大学の学園祭で聞いた曲になって。
昔、約束してくれた。『電子オルガン用に編曲して、いつか聞かせてやるよ』って。
芽衣が生まれたときに、MDでは聞いたけど。生で聞くことは、叶わなかった。
その約束が目の前で果たされている。
『絶対、見に来い』って、子供たちを実家に泊まらせる交渉までしてくれたのは、このためだったんだ。
ああ、格好いいなぁ。
自在に音を操る両手が。
足鍵盤を使いこなす、左足が。
ひたむきに鍵盤を見つめる横顔が。
彼らが駆け抜けてきた二十年をたどるようにメドレーで曲がつながって。
今回、新しく出したCDの曲にたどりつく……。
音色が重なり、ライトが増えた。
亮くんが、キーボードを弾く。
互いの顔が見えるように置かれた楽器に向かう二人が、目を合わせてアンサンブルをしている。
サクちゃんのベースが入って、まっくんが椅子から降りる。
ドラムの陰に姿を消すのを合図に、ユキくんのドラムが入る。
間奏に入ったところで、ジンくんとまっくんがステージに戻ってきた。
そこからは、いつもの織音籠の世界。
「まっくん。約束、ありがとう」
「うん。MDじゃ、俺が物足りなかったから」
ステージのあとの楽屋の熱気の中、汗を拭きながら、まっくんが笑う。
「クリスマスプレゼントになったか?」
って、ジンくん。
「もう、最高」
「そいつは、なにより」
企画した甲斐があったって、亮くんも笑う。
「今日は、美紗ちゃんや知ちゃんは?」
子供のいる後の二人は、なかなか来れないだろうけど。せっかくのクリスマス。身軽な二人は来ているかと思ってた。
「美紗は、仕事。正月休みの前で、この時期は毎年忙しいみたいだな」
「病院とは、やっぱり違うもんなん?」
ユキくんが尋ねてくる。
「あー。外来が混むから、調剤薬局もか」
病棟は、盆も正月もないけど。あ、外泊できる人は家に帰る分、少し仕事は減るかな? でも、そうか。調剤薬局の薬剤師は忙しいのか。
「早く帰りたい?」
数年前から同棲をしてるジンくんをつっつく。
照れもせずに、ジンくんが言うには。
「んー。まぁな。明日も仕事だから、飯は食ってると思うけど」
普通、食べるでしょ。まっくんじゃあるまいし。
「食わねぇんだ。これが。手術受けた後さ、退院して家にかえるだろ? 冷蔵庫開けたら、ビールしか入ってなかった」
「うそ」
「マジマジ。ほとんど、独身のころのMASAんちの冷蔵庫」
美紗ちゃんー。食べなきゃ。大きくなれないよー。って、心の中で小柄な美紗ちゃんに呼びかける。 ジンくんがメンバーで一番大きいのに、美紗ちゃんが多分、”彼女”で一番小さい。
「知ちゃんは?」
「知美は、ちょっと。来させるのは俺が心配」
サクちゃんが、なんだか照れながら言う。
「心配?」
子供じゃあるまいに
「夏にさ、子供生まれるから」
あー。それは。
「確かに。心配だねぇ」
「だろ? 秋のツアー終わって帰ってみたら、『夏に生まれるの』って」
早く言ってくれよーって、うれしそうに叫んでいる。
「ジンくんの式の頃には、安定期かな?」
心の中で、勘定をしてみる。うん。三月の式だから、まあまあ、しんどくはない頃か。
「つわりも、そんなにきついほうじゃないらしいから。大丈夫だと思う」
そんなことを言いながら、サクちゃんは手を休めずに帰る準備をしている。
よかったね。サクちゃん、知ちゃん。
幸せな”家族”がまた増えるね。
三月、ジンくんたちの結婚式に参列した。サクちゃんの式に倣ったとかで、今回も家族そろって招待してもらって。
桐生さんの息子は……高校生だった頃の桐生さんに瓜二つ。トモくんも桐生さんに似ていたけど、それ以上かも。
「亮くん。なんだか、すごくない?」
「だろ? で、セッターだぜ」
「本当に?」
「ああ。俺が結婚するちょっと前かな。練習に付き合えって桐生さんから呼び出されて、一回一緒にやった」
「どう?」
「さすがは、桐生さんの息子って感じ。ただ、アイツも、もう少し身長が……ってな」
たしかに。私と、変わらないかなって身長は男子バレーには、きびしい。
ビュッフェ形式の披露宴。
一度、桐生さんにも挨拶をしておこうかって、亮くんに声をかける。
「MASA、お前どうする?」
「俺も行く」
来るんだ、まっくん。
っていうか。”来てくれる”かな?
「桐生さん、ご無沙汰しています」
ご夫婦でいるところに敢えて、声をかける。
こちらを振り向いた、桐生さんの切れ長の目が軽く見開かれる。
「ゆり?」
「はい。覚えていてくださいましたか?」
首をかしげてる桐生さんの横で、美紗ちゃんとよく似た奥さんが、私の顔をじっと見る。
なんだろ。
高校生の頃の、淡い恋心を見透かされる気がして。
居心地悪い。
おかしいなぁ。私が振られたはずなのに。
「お前も、家族、か」
「ギターのMASAの妻です」
よかった、まっくんに付いて来てもらって。手を伸ばせば届くところにいてくれて。
奥さんから目をそらすように、まっくんの腕を取る。
私の手に重ねるように置かれた、まっくんのかさついた手にほっとする。
亮くんと話す桐生さんに合わせるように、奥さんが今度は亮くんを見つめる。
「さおり。こんなところで、クセをだすな」
桐生さんの声に、奥さんがハッとした顔で亮くんから、目をそらす。
パチパチと瞬きをする様子が……この人も、小動物。本当に美紗ちゃんに似ている。
亮くんの”奥さん”と私が同級生だとかそんな話をしていると、桐生さんの奥さんが、ポツっと
「美紗よりかなり年上の人ばっかりなのね。他のメンバーの奥さんたちは」
って、心配そうに言った。
イチくんの妹の知ちゃん、よりさらに年下だもんね。美紗ちゃん。”かなり”はどうかと思うけど。
そんな彼女に、まっくんが美紗ちゃんのことを『みんなにとって大事な妹』だって、なだめるように言う。
「JINが、大事に大事にしてきたのを俺たちは見てますから」
まっくんの言葉を補強するように、亮くんが言葉を重ねる。
うん。サクちゃんの言うように、私たちは音楽でつながった”家族”だから。美紗ちゃんは、私たちにとって、大事でかわいい妹。
安心して、任せてくださいって。思いをこめて、亮くんの言葉にうなずいて見せると、奥さんがほっと息をついたのが分かった
みんなで、知ちゃんの大きくなったお腹を撫でたりしながら、和やかな時間を過ごす。
向こうで、亮くんと桐生さんの息子がなにやら話をしていたり、ジンくんと桐生さんが笑い合ってたりする。
高校で部活動をしていたころには、想像もしなかった光景。
もしも、人の一生を
それぞれ色のついた線でたどって行くなら。
私たちはどんな軌跡を描いて、
どんな模様を織り出してきたのだろうか。
音楽の神様に導かれて
人と人が出会い
その出会いがさらに音楽で結び合わされて
新しい出会いが生まれた。
血液の代わりに
音で結びついた
私たち”家族”は
これからどんな模様を
織り上げて行くのだろう。
END.