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属性は陰でした。  作者: はる


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第8話 黒の海と雫


「……ッ!」


意識が覚醒する。

最初に感じたのは……冷たさであった。


(……確か僕は……。)


雅人に背負われて以降の記憶がない。

…もう夜なのだろうか?

皆無事に帰れただろうか……。

そんな思考が悠の頭を巡る。


その思考の中、耳に届いたのは静かな波音だった。


ゆっくりと瞼を開く。


見知らぬ海辺だった。


「…………」


悠はその場で固まる。


細かい粒子が集合した、白い砂浜。

どこまでも続く、黒い海。

空には……星一つない。


波は寄せているはずなのに、酷く音が小さかった。


悠は上体を起こし、周辺を見渡す。


足元が少し濡れていた。

だが、不思議と冷たくない。


折れた剣、仮面、骸骨。様々なものが砂浜へと、漂流していた。



海を見た。


遥か沖合。

黒い水面の向こうに、巨大な影が沈んでいる。


塔だったもの。

朽ちた船。

龍とも、蛇とも取れる巨大な頭骸骨。

骸のような城壁。


その更に奥。


うっすらと蒼が揺れていた。







「………ッ!」


再び意識が覚醒する。

目覚めた場所は……自室のベットであった。


「海………じゃない」


周辺は暗がりに落ち、リビングの方からは談笑の声が聞こえていた。


「夢……?」


ゆっくりと息を吐く。


上体を起こそうとし、腕へ力をいれる。

ゆっくりと持ち上げ、そしてーーーーー


「いっッーーーーーッ!!!」


感じたことの無い激痛がお腹を襲う。

無気力に、その場に再び倒れ込む。


掛けられていた布団を捲り、寝っ転がったまま視線を腹部へ向ける。


白い包帯が頑丈に貼られており、一部が赤く血で滲んでいた。


「まぁ……何とか生きてる……ってことか……」


悠はふと、自分の手を見る。

微かに濡れていた。


「ッ!」


思わず息が止まる


ただの水じゃない。

黒い水だった。


その雫が、音もなく床へ落ちる。

瞬間……。


部屋に響いた鎧の音。


だがすぐさま聞こえなくなる。


「……何してるの?」


静かな声。


扉へ目をやると、壁へもたれかかった雫がいた。

灰白色が、月明かりに照らされている。


「天音さん……どうして?」


「……うなされてた」


雫はそういいながら、悠の手元へ視線を落とした。

床にこぼれた黒い水。


その痕を見て。


「……やっぱり綺麗」



悠は眉を寄せる。


「……何がよ」


雫は視線を落としたまま、答えようとはしなかった。


「……拓也君たちは?」


「……無事」


ホッと胸を撫で下ろす。


「……話聞いた」


話……。

ゴブリンの事だろうか。


「……そうか……かっこ悪いところ見られたな」


悠は苦笑いしながら、頭を搔く。

あまり、他の人には見られたくなかった姿ではあった。


雫はその言葉に返答しない。

ゆっくりと髪を揺らしながら、こちらへ近づいてくる。


そして、細くしなやかな指を悠のお腹に置く。

ちょうど血が滲んでいる部分。


「……かっこいいよ充分」


「……ッ!」


触れられたと同時に、痛みが走る。

さっき程では無い。それでも表情が少し歪む程度に痛んだ。


「天音さん……痛いんだけど……。」


「知ってる」


笑いながら答える雫。


「みんなの所、連れて行ってくれない?」


「……何で」


「拓也達と少し……話したい」


悠の目を見ながら、少しだけ考える。

真っ直ぐに目を見てくる悠に、断る気力は徐々になくなって言った。


「………わかった」


ため息を着きながら、悠に肩を回す。

距離が近くなり、ほのかに甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。


ゆっくりと、1歩ずつ。

お腹から来る、鋭い痛みに耐えながら床を踏みしめる。

リビングの扉を開けた時、皆の顔が一瞬固まった。


「ちょ……ッ!悠!?……それに天音さん!?」


最初に声を上げたのは、小春であった。

テーブルに金貨と銀貨を並べ、ゴブリンを倒したメンバーと、その他のクラスメイトがテーブルを囲んでいた。


おそらく、今日の報告会だろう。


「……まだ動いたらダメだよ…。」


椅子に座りながら、軽く息を吐きながら芽衣が言った。


「ごめん……。けど後の事が気になって」


「天音さんも。どこ行ってたのよ」


「………外?」


苦し紛れの言い訳だなと、横で悠は思う。

雫はとぼけた顔をする。


「けどちょうど良かったわ。……後で雨宮君にも話そうと思ってたの。」


綾は、悠へと向き直り。気を失ってから後の事を教えてくれた。


「まずゴブリンの討伐依頼達成報酬よ。それがこれ」


机に置いてある、金貨へと視線を向ける。


「1匹5000ゼニ。討伐した数が43匹。合計21万5000ゼニ。金貨1枚が1万ゼニ、銀貨1枚が5000ゼニ。他にも銅貨もあるらしいわ。」


「21万……。すごいね。そんなに倒していたんだ……」


現実世界での21万。

それは学生からすればとんでもない大金である。

だが問題は、このお金で何日持つかである。


「悠が身体張ってくれたおかげだ。」


雅人は腕を組み、視線を落としたまま言う。


「……いや、佐久間君と小春のおかげだよ。僕は実際にはほとんど倒してないし……。」


「………まぁそういうことにしておいてやる。」


「それで話を戻すけど。……洞窟からギルドまで戻ってる途中の話。やっぱりでたわよ。」


「……でた?」


綾の言葉に一瞬、ハテナが浮かぶ。

だが、受付嬢が言っていた言葉をすぐに思い出した。


「死体……動いたの?」


リビングの空気が少し重くなったような気がした。


「………ええ。それも執拗に雨宮君を狙ってた。……多分血の匂いにつられてだと思う」


「……ごめん……僕のせいで」


「………謝らない」


雫に声を掛けられた。

ただ一言だったが、やけに重みのある言葉であった。


「天音さんの言う通り。……それにそこは小春が応戦してくれたわ」


悠の視線が小春へ向いた。

ふんっと自慢げに笑う。


「ギルドにも報告済みよ。明日また王都へ行った時、何か進展があればいいけれど……。」


「明日も行くの?」


「ええ、備品は購入出来なかったから。それを追加しにね。……あとは軽い依頼を何件かこなしてくるわ。」


「そっか……僕も……ッ!!」


その言葉は、雫のお腹への1突きで黙らされる。

雫はにやっと笑って悠を見た。


「……天音さんのする通りよ。3日間は安静にしておいてもらうからね」


「私の能力で外見はある程度治ってるけど、まだ万全じゃないからね。私も残るから今は治療に専念すること!」


「……はい…。」


この状態で行っても、たしかに何も出来ないままだ。

悠は大人しく指示に従った。


「とまぁだいたいはこんな感じ。……それより雨宮君、今日何も食べてないでしょ?」


ご飯を食べずに王都へ出発、そして資金集めのゴブリン狩り。確かにまだ何も食べれていなかった。


「お粥作って置いたから。これ食べてて」


そう言って料理担当のクラスメイトが、机にお粥を置く。


「ありがとう……。」


「さて、私たちはそろそろ解散しましょうか。明日王都に行く組は特によ。」


一瞬綾の目が雫へ向いた気がした。

そういいながら皆はそそくさと、自室へ戻っていく。

数分後、リビングはあっという間に静かになっていた。


「……なんでいるのさ」


「………ご飯」


皆が自室へ戻ったはずだった。

だが、雫だけは隣の席で動かず残っていた。


「……欲しいのか?」


「………ちがう」


じっと悠を見つめる。

そっと机のスプーンを手に取り、お粥を掬う。


「………はい」


それを恥ずかしげも無く、口元へ突き出す。


「僕は病人か」


「怪我人」


じりじりと雫の反対の指が、腹部へ近づく。


「わかった!……わかったよ」


何を言っても断られそうな勢い。

悠は仕方なく、差し出されたお粥を見る。


1口。


久しぶりに食べたご飯に胃が少し驚く。

だが味は完璧であった。

ちょうどいい塩分量。

ちょうど良い水分量。

柔らかなお米が幸福感を満たす。


ふんっと雫は満足気に鼻を鳴らす。

そしてもう一度……。


「……自分で食べれるよ」


「………怪我人」


有無を言わなさい圧が雫から放たれる。

悠はそれに従うしか無かった。


スプーンり何回か往復して少し。

ふと悠は話し出す。


「天音さんは明日王都行くの?」


きょとんとした顔で悠を見つめる。


「……行かないよ」


即答だった


「なんで」


雫は少し黙り込む。

そして、窓の外へと視線を移した。


「……お手伝い」


「手伝い?」


悠もつられるように窓を見る。


月明かりが落ちる庭。

手作りの柵で区切られた一角に、小さな畑が見えた。

ライン上に土が盛り上がってあるのがわかる。


「……農業?」


「……ん」


小さく頷く。


「……今日、種貰ったから」


静かな声だった。


悠は思わず目を瞬かせる。


異世界に来て、

魔物と戦って。

そして死にかけた。


その直後に聞く話としては、あまりにも普通だった。


「………なんか、天音さんらしいな」


「?」


「いや、何でもない」


首を傾げたまま、もう一度スプーンを差し出した。


「……悠」


「……どうした?」


「……呼び方」


「呼び方?」


雫は少しだけ考えるように、黙り込む。


「……遠い」


静かな声。

悠は数秒遅れて意味を理解した。


「……あー、そういうこと」


悠は納得したように息を漏らす。


「じゃ、なんて呼べばいい?」


「……雫」


あっさりと雫が言う。


「……その方がいい」


「わかった」


特に気にした様子も無く、悠は頷く。


短い沈黙。

窓の外では、風に揺らされた草木が小さく音を立てていた。


部屋にはただ、食器の音だけが響いている。


「……雫」


「ん」


「畑って、何育てるの」


「……にんじんとか?」


「……この世界に人参あるの」


悠は笑いながら言う。


遠くで、誰かの笑い声が聞こえた。

きっとまだ起きているクラスメイト達だろう。


お粥を完食し洗い物を済ませ、ソファへ深く腰掛けた。


腹の痛みは、まだある。


それでも。


先程まで感じていた息苦しさは、少しだけ薄れている様な気がした。


「……悠、寝て」


「……雫もな」


その時だった。


庭の奥で何かが揺れた気がした。

悠は視線を向ける。

だが、そこには夜の闇が広がっているだけだった。









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