凶暴性とハト
以前、「狼よりもハトの方が凶暴」という話を読んだ。確か、「ソロモンの指環」という有名な本だったと思う。
狼には社会性があり、武器として牙がある。だから、相手を殺すまで攻撃したりしない。コミュニティ内の繋がりを脅かさないために、その攻撃性に「自制」が入る。
その一方で、ハトは、狼ほどのコミュニティに属さず、武器らしい武器も持たない。せいぜい、小さなクチバシくらいだろうか。
そんな、平和の象徴とされるハトは、逃げ場の無い場所で相手に攻撃を始めると、相手が死ぬまで攻撃を続けてしまうという一面があるらしい。
これは人間にも言えることかもしれない。
人の悪意は、密室(物理的な部屋、『自分』と『それ以外』の閉じられた世界線のネット、アプリという″部屋内″等)で増加するわけだが、親が子供を死ぬまで虐待という話も、やや平和な個体による事件だったりするのだろうか。
非常に恥ずかしい話なのだが……、私は、修羅や鬼と呼ばれていた時代がある。どこを殴ればどんな痛みが起きて、何をすれば人が苦しむのかを知っている。ずっと自分で試してきたからだ。
だから私は、人に暴力を振るわないし、優しく接する。人間は、誰かを簡単に殺せる力(物理、知識など)があることを知っているからだ。
しかし、暴力に慣れていない、怒るのに慣れていない平和的な人間は、大人になり、筋力が発達した状態で″初めて″暴力を振るう。
その「初めて」が、相手に致命傷を与え、殺してしまう。加減を知らないからだ。
これはネット上の誹謗中傷にも言える事かもしれない。ネットで誹謗中傷する人は、案外、リアルでは普通の人だった、と言った話をちらほら聞く。
私は自分の言葉で人にトラウマを植え付けたり、呪いをかける方法を知っている。だから、誹謗中傷は1度もしたことがない。
しかし、平和な人間、あるいは抑圧された「平和を強制されている人間」は、ネットで他者に酷く、継続的な中傷をしてしまう。
自分の力を知らないからだ。
街を歩くと、友達を叩いた少年が、相手に捕まえられ、ランドセルでぶん殴られていたりする。あれは、子犬が噛みつき合い、自分の力や社会性を学んでいるのと同じ理屈に見える。
案外、ああいった何気ない光景にも意味があるのだろうな。
【まとめ】
・自分の攻撃力を知らない人間は、力加減を誤って、人を殺してしまう場合がある。
・ハトは逃げることに特化してきたからこそ、逃げられない場所での対処法を知らない。相手が死ぬまで攻撃を加えることしか、生き残るすべを知らない。
・ソロモンの指環




