表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きみは天性の女優だ!天才だ!と言われ、辺境伯に一年間の契約結婚を申し込まれた悪役令嬢(?)は、輝く貴婦人の星となる☆  作者: 櫻井金貨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

52/52

第52話 その後:春の食卓と母の教え(2)

「お父様! お母様!?」


「アリスリンデ、元気そうだな」

「アリスリンデ、会えて嬉しいわ……」


 ダイニングルームに入ってきたのは、ハノーバー伯爵夫妻だった。

 つまり、アリスリンデの両親と、そして———。


「父上! 母上も!? どうなさったんですか! もうすっかり隠居生活をなさっているのかと」


 珍しい、ガンターのぎょっとした声がダイニングルームに響いた。


 ハノーバー伯爵夫妻に続いて入ってきたのは、どことなくカールの面影がある、優しげな中年男性と、その隣に並ぶ、夫よりも背が高い長身で、体格もよく、まるで軍人のように堂々と背筋を伸ばして立つ女性———。


 豊かな薄茶色の髪は自然なウエーブのまま、あっさりと背中でひとつにまとめられている。

 しっかりと鼻筋が通り、がっしりとした額の下には、ヘイゼルの瞳がきらめく細い目もと。

 ほぼ自然な紅色の口もとは厳しく引き締まり、きびきびと言葉を吐き出す。


「ガンター、親を老人扱いするとは失礼だぞ。私はただ田舎暮らしが好きなだけだ。何しろ辺境出身なのだからな」


「母上、そんなに田舎が好きなら、たまには里帰りでもなさればいいでしょう。デルマス辺境伯領は羊もうまいし」


「馬鹿者。ホルツフェラーの王弟殿下の妻がホイホイと他国(オルリオン)の辺境伯領に行けるものか。それにデルマス辺境伯領は弟が継いでいる。私はもう、ホルツフェラーの人間なのだ」


 ぽんぽんとまるでボールを打ち合うように遠慮なく言葉を重ねるガンターと謎の貴婦人。


 しかし、貴婦人の容貌には妙な親しみを感じる。

 アリスリンデが思わず、まじまじと貴婦人を見つめていると———。

 貴婦人はくるりとアリスリンデを振り返って、言った。


「あなたがアリスリンデだな。愚息が世話になっている。私はジョー・デルマス・ワイス。シュタイン辺境伯家に養子には出したが、ガンターの生母だ」


 あっ、と思って、アリスリンデは改めて貴婦人を見つめた。

 薄茶色の髪。細いヘイゼルの目。

 女性にしては大柄なその体格さえ、ガンターとよく似ている。


 飾りの少ない、地味な茶色のドレスを着込んだこの貴婦人は、カール国王の弟である、ワイス公爵の夫人———つまり、ガンターの実の母なのだった。


 アリスリンデは立ち上がった。

 まっすぐにジョーのヘイゼルの瞳を見つめると、ワイス公爵にもていねいにお辞儀をし、カーテシーをした。


「公爵閣下、公爵夫人。アリスリンデでございます。ふつつか者ではございますが、心よりガンター様、シュタイン家のために働く所存です。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 よく通る、落ち着いた声でそう言うと、ジョーは細い目をさらに細めて、うなづいた。


「ガンターは考えるのが苦手なところがあるが、気のいい男だ。あなたならよくやってくれるだろう。こちらこそよろしく頼む」


 ジョーの言葉に、一気に場が和んだ。


「さあ、皆様。お食事が冷めないうちに。ご一緒に、春の食卓を楽しみましょう」


 そのタイミングをとらえて、さわやかな声が響いた。

 キャメロン王太子だ。

 金色の髪を上品に結い上げた青い瞳の王女は、コリンヌ王女を隣に座らせ、一同に微笑みかける。


 給仕達がさっとテーブルに集まり、てきぱきと料理を取り分け始めた。


 「うん、これはうまいな。春の味だ」


 さっそく白アスパラガスを食したカールの満足そうな言葉に、たちまち楽しげに会話が始まった。

 そんな和やかな空気の中、ワイス公爵がカールに話しかけた。


「兄上、この度はお心遣いありがとうございます」


 ガンターの母であるジョーは、ハノーバー伯爵夫妻とすでに会話を楽しんでいる最中だ。


「まさか、母上まで呼ばれていたとは」


 ガンターは微妙な表情で呟いたが、耳ざとい母は聞き逃さなかった。


「何か不都合でもあるのか? そうだ、ハノーバー伯爵、伯爵夫人。愚息が領地であわてて結婚式をしたために、我々はアリスリンデのウエディングドレス姿を見ていないではないか。暖かくなってきたことだし、両家の顔合わせとして、改めて結婚披露宴を催してはどうかと思うのだが」


 ジョーの提案に、ハノーバー伯爵夫妻の顔がぱっと輝いた。


「なんと。公爵夫人、それは嬉しいご提案でございます」

「まあ。もし可能であればこの上ない喜びでございます」

「ジョー、私も賛成だ。ガンター、どうだね。おまえとアリスリンデさんはどう思う?」


「…………!?」


 ガンターは突然の展開に動揺し、フォークに刺した子羊のロースト肉をお皿の上にぽろりと落とした。

 それをごまかすかのように、グラスに手を伸ばす。


 そんな息子の姿をちらりと見ると、ジョーはにこやかにアリスリンデに話しかける。


「アリスリンデ、ウエディングドレスをもう一回着てくれ。我々も美しい花嫁姿をぜひ拝見したいからな。もちろん、あなたの美しいウエディングドレス姿に、ガンターが反対するわけはないと思うのだが。どうだ、ガンター。愛する妻の花嫁姿ならば、二度でも三度でも見たいであろう?」


「げほ!? げほげほげほげほ……っ!!」


 ガンターがエルダーフラワーコーディアルの発泡水に盛大にむせた。


「だ、旦那様!? 大丈夫ですか?」


 あわててガンターの背中をさするアリスリンデに、ジョーは目を細めて言った。


「アリスリンデ、私はこのとおりだが、夫は落ち着いた好人物だ。何かあったら遠慮なく私達を頼ってくれて構わない。養子に出したとはいえ、ガンターは大事な息子だからな」


 アリスリンデはガンターによく似た、ジョーの顔を見つめる。

 女性にしてはいかついジョーの顔。

 ガンターと同じヘイゼルの細い目が笑っていた。


「はい」


 アリスリンデは心を込めて言った。


「ありがとうございます。ぜひ、披露宴を開きたいと思いますわ」


 わっと歓声が上がった。

 賑やかな会話がもう止まらない。


「アリスリンデさん、披露宴はやはり、王都で開催するのがいいのでは。ぜひとも出席したいという貴族達は多いと思いますよ」


「ふん。辺境伯領の春は美しいぞ? それにお弁当を持って全員で湖にピクニックに行くのはどうだ、アリスリンデ?」


 ワイス公爵が王都開催を推せば、公爵夫人がすかさず辺境伯領を推し、アリスリンデは困ったように夫を見上げる。


「キャメロンお姉様、わたくしぜひ出席したいですわ。辺境で開催の場合も、出席してもいいでしょうか———」


 一方、コリンヌが熱心にキャメロンに訴えると、カールも出席したいと言い始め、キャメロンを驚かせた。


「……そうしますと、やはり王都の方がいいかもしれませんね」


 思案顔でアリスリンデがキャメロンと話していると、ジョーはこっそりとガンターにささやいた。


「ガンター、よいか。奥方に贈り物をするのを忘れるな? おまえもその年なのだ。どんな時に贈り物をするのか、わかっているだろうな?」


「母上、もちろんです。アリスリンデの誕生日と、結婚記念日でしょう?」


 ジョーは息子の答えを聞くと、なんとチッと舌打ちをした。


「母上!? 今舌打ちをしましたか!?」


「これだからホルツフェラーの男どもは情けない。よいか、宮廷文化の中心と謳われるオルリオン王国では、紳士は貴婦人を喜ばせるために、あらゆる機会をとらえ、小さな贈り物をするものだ」


「えぇ!? ……本当ですか、母上?」


 オルリオン王国デルマス辺境伯家の令嬢だったジョーは、ホルツフェラーの男に厳しかった。


「誕生日と結婚記念日はもちろん、遠征や王都行きの前後にも決して忘れてはならんぞ。夫婦喧嘩をしたなら、お詫びに贈り物をするのは当然のこと」


 ジョーは重々しくうなずいた。


「ドレスや宝石、香水、扇は定番だ。美しいティーセットも喜ばれるし、特注の家具もいい。私の知り合いは奥方の誕生日にバラ園を造ってやったぞ。たいそう喜ばれたと聞いている。お菓子や花なぞは気がついたらこまめに贈る定番中の定番と心得よ」


「母上、そう次から次に言われても、覚えきれません」


「む。わかった、ノックスに書面で渡しておこう。それからガンター。婦人というものは、繊細な心持ちをしておるのだ。気持ちを大切にする性がある。奥方がしょんぼりしていたら、かならずどうしたのかと尋ねるのだぞ。そして口をはさまず、最後までじっと話を聞くのだ」


「……それは何となくわかるような気がします」


 ガンターは神妙な顔でうなずく。

 すると、ジョーは満足げに「最後に大事なことを言っておこう」と言い出した。


「よいか、ガンター。心して聞け。アリスリンデ以上の妻は世界中を探してもなかなかいないぞ。アリスリンデを逃したら二度と妻は得られないと思え。初太刀(しょだち)に全身全霊を込めるのだ。全力でアリスリンデを大切にせよ!」


「げほ……っ!! げほげほげほげほげほっ…………!!!」


 またしても苦しげに口もとを押さえるガンターに、アリスリンデが心配そうに体を寄せた。


「旦那様、本当に、大丈夫でございますか———!?」


 ガンターは顔を赤くしたまま、答えることができない。

 こっそりジョーとガンターの会話を聞いていたカールとキャメロンは笑いをこらえるのに必死だが、コリンヌはキラキラと緑色の目を輝かせている。


 ガンターはアリスリンデを安心させるために、炎のオパールの指輪をはめた左手の指先に、そっとキスをした。


「あ、アリスリンデ? こ、こ、この後、せっかくだから買い物に行くぞ」

「まあ。旦那様、何かご入用なものが?」


 上品に頭をかしげるアリスリンデに、ガンターは少し頬を赤くした。

 いつのまにか会話が止み、全員の注目が集まっているのに、当の二人は気がついていなかった。


「本だ」


 ガンターは言った。


「王都の本屋は品揃えもいいだろう。……きみは本が好きだからな」


 ガンターの言葉に、アリスリンデの頬が明るく色づいていく。

 ハノーバー伯爵夫人の目がうるんだ。



 長かった冬ももう終わり。

 ホルツフェラー王国に、長く待ちかねた春がやってきた———。



♡♡♡その後のSS、これで終わりです♡♡♡


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。

アリスリンデとガンターの物語はここで「完結」ボタンを押させていただきます。

皆様の応援に、心より感謝を申し上げます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ