第50話:探索隊の帰還
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執務室には、お父様とお母様が先に席についていた。
そして——岩塩の探索隊に加わっていたため、しばらく顔を見ていなかったお祖父様と、ヒロの姿も。
私は一拍だけ呼吸を整え、スカートの裾を軽く持ち上げて礼をとった。
「お呼びと伺い、参上しました」
最近いっそう厳しくなったマナー教育の成果を、ここできっちり発揮しておく。これ以上補講に訓練の時間を削られるわけにはいかない。そっと隣を窺うと、アーサーもすっかり王族らしい立ち居振る舞いで、無言のまま礼をとっていた。お互いに、少しは様になってきたらしい。
「うむ、二人とも上手くなったな」
お祖父様が相好を崩して頷く。促されて席に着くと、お父様がさっそく口を開いた。
「父上とヒロが戻ったのでな。岩塩探索の報告を一緒に聞こうと思って呼んだんだ。訓練中にすまなかったな」
先月出発した第一回探索隊。約二週間ほどの予定を熟し、無事帰還したことにまずはホッとした。
グランフェルトから岩塩の情報を持ち帰り、十歳になれば自分の足で探しに行く——そう決めてから、もう一年が経つ。お父様は地質の専門家や魔の森に詳しい冒険者たちの意見も交え、探索範囲と計画を十ヶ月ほどかけて丁寧に練り上げ、雪解けを待って探索隊を派遣した。私とアーサーはその間、それぞれの役割を果たしながら情報収集を続けてきた。あと二年で冒険者試験が受けられる。それまでに探索に必要な情報をもっと積み上げておきたい。
「どうでしたか、お祖父様。手がかりは得られましたか?」
逸る気持ちを表情から切り離し、落ち着いた声で尋ねた。マナーの先生に「感情が顔に出すぎる」と何度も言われてきたが、今日こそ少し成果が出せる気がしていた。
しかしお祖父様は、困ったような、申し訳ないような表情で口を開いた。
「残念ながら、期待するような成果は出なかった」
発端となったゴブリンの集落跡地周辺は、そもそも岩塩窟があるような地質ではなく、現在は森に呑まれていたとのことだった。持ち帰った土壌や岩石のサンプルを分析しても塩の成分は検出されず、周辺の魔物の巣にもそれらしき岩塩は見当たらなかったという。
報告が終わると、少しの間、室内が静かになった。みな、思い思いの思索に耽る。
私も、膝の上に視線を落とし、考えるのに没頭した。
「魔の森は広い。探索はまだ始まったばかりだ」
「そうよ、ハルカ。『今回探した辺りには岩塩窟はなかった』という結果が得られたの。それだって立派な成果だわ」
俯きながら考え込んでいたのがいけなかったのだろう。気を落としたと勘違いしたらしいお父様とお母様に気を遣われ、やさしい言葉がかけられる。
でも、違う。
私は別に落ち込んでいるわけじゃない。
「ありがとう、お父様、お母様。でも、落ち込んでるわけじゃないの。むしろ逆よ」
ぱっと顔を上げると、部屋中の視線が一斉に集まった。
「闘志が燃え上がってきて、対応策がどんどん浮かんできてるのを必死に整理していたの」
「……は?」
皆が一斉にキョトンとした顔で私を見た。
一拍置いて、お祖父様の「ははは」という笑い声が響いた。
私は意識して不敵な笑みを浮かべると、一人一人の顔をゆっくりと見回し、言葉を続けた。
「だって、そうでしょう? 『岩塩窟がない』と証明されたわけでもない。当たりをつけた場所になかっただけなんだもの。それなら、より情報の精度を高めて次に繋げるだけじゃない。落ち込む必要がどこにあるの?」
「それでこそ、我が孫だ!!」
お祖父様が豪快に声を上げる。なんだか嬉しそうだ。
「ふふふ。ありがとう、お祖父様!」
今度はにこりと微笑んだ。
「それでは、お父様。第二回探索の計画を立てましょう。今回の反省点や改善点はもうまとまっていますか? それから、ゴブリンが岩塩を運んでいたとすれば、彼らの行動範囲や習性を調べてみるのはいかがでしょう。本来の採取場所に近づける可能性があると思います」
「お嬢様、それでしたら私が冒険者やギルド長、魔物研究者に問い合わせておきます」
ヒロが即座に受けてくれる。
「兄上の伝手を借りれば、王都の著名な研究者も紹介してもらえると思うんだ。僕にもやらせてほしい」
アーサーも続けた。
「二人とも、ありがとう!それなら私は商業ギルドのベルンハルトとイースト商会のロベルトに頼んで、他国の岩塩窟の地理的特徴についての情報を集めてみるわ。文献や専門家の伝手も辿れるか聞いてみます」
「少し落ち着きなさい、ハルカ」
いつの間にか半立ちになっていた私を、お父様が苦笑しながら手で制した。
「——座りなさい」
はい、と素直に座り直す。
「今ハルカが提案した情報収集については、ヒロ、アーサー、ハルカの三人で分担してやってみてくれ。ヒロには、今回の探索に参加した者へのヒアリングと、次回への改善点のまとめも頼む」
お父様はひと通り仕事を割り振ると、改めて私とアーサーに視線を向けた。
「ただし」
少し声の質が変わる。
「二人はまず、目の前のことに集中しなさい。ハルカは領地経営、アーサーは王族教育——それぞれデビュタントに向けてのマナーとダンスも本格的に始まった。岩塩探索は大事だ。だが、今のうちにしっかりと学んで力をつけること。それが今お前たちが最も取り組まなければならないことだ。わかるな?」
「「はい」」
声を揃え、神妙に返事を返す。
隣でアーサーがちらりとこちらを見て、口元をわずかに緩めた。きっと、ソレはソレ、コレはコレって考えてるに違いない……きっと私も、同じ顔をしているんだろうな。
マナーにダンス、領主教育——やるべきことはたくさんある。けれど、まずはやっぱり岩塩探索に向けた情報収集と二年後の試験に向けた特訓を優先したい。
怒られたって構わない。やれることは、全部やる。
そうして私は、与えられた課題と自分で選んだ目標、その両方を抱えたまま、静かに前を向いた。
岩塩探索に集中したいけれど、そのほかの教育も待ったなしな二人。
次はダンスレッスンです。




