第49話:「にいたま」
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グランフェルトから戻った私たちは、十歳になったら冒険者登録をして岩塩窟探索隊に加わることを目標に、相変わらず忙しい日々を送っていた。
午前中は座学。午後からは訓練。夕方は領地の仕事に顔を出したり、季節ごとの行事の準備や特産品の開発・改良に頭を絞ったり。一日があっという間に終わっていく感覚は、あの頃から変わっていない。
ただ、変わったこともある。
オンタリオを窮地に陥れた塩の問題は、多くの人たちの助力を経て、今ではグランフェルトからもソルティスからも安定して供給されるようになった。ちょうど先日、「今年も問題なく味噌や醤油の仕込みができた」との報告が届いたところだった。
おまけに、昨年力を入れた米の増産施策が功を奏し、収穫量が予想を上回る結果となった。「米酒」と「澄み酒」の販売も好調で、ミズホ村の酒造り責任者トーマスは今年こそ増産だと鼻息荒く宣言している。最近では米づくりを仕切るグンター村長と「酒に適した米の品種改良」まで計画しているそうで、話を聞きつけたお祖父様と商業ギルド長のベルンハルトが「出資するから優先的に回せ」と交渉したとかしないとか——そんな噂が厨房の端まで流れてきていた。
そういう話を耳にするたび、私は少しだけ嬉しくなる。
あの頃、あれだけ必死だったことが、今では「嬉しい悩み」になっているのだから。
◇◇◇
私たちは八歳になった。
春。暖かな陽気の中に甘い花の香りが混じるようになった、ある午後のこと。
いつものようにアーサーと並んで訓練場で汗を流す。
アーサーはこの一年でひとまわり大きくなった。背が伸びて、剣を握る手に力がついて、身体を動かすときの重心が落ち着いてきたようだった。以前は動きが速いだけで「当たれば儲けもの」という感じの剣だったのが、最近は「狙って当てる」剣になりつつある。お祖父様が「やっと基礎ができてきた」と渋い顔でうなずいていたのが、おそらく最大限の褒め言葉だったのだと思う。
私はというと……まあ、背はあまり伸びていない。最近アーサーに抜かれそうで、こっそり牛乳の量を増やしているところだ。ただ魔法の制御精度は上がってきた。細かく、長く、狙ったところへ正確に出力できるようになってきたと、お母様にも褒めていただいた。剣の腕も多少は上がった気がする。ちなみに、剣に関してお祖父様から褒め言葉をいただいたことは、特にない。
そんなことを考えながら剣を振っていると、訓練場の端から高いかわいらしい声が響いた。
「「ねーたま〜!!」」
顔を上げると、双子が息を切らしながら駆けてくるところだった。
明るいオレンジ色の髪をなびかせているのがアリサ。もう少し落ち着いた淡い金髪で、少しだけ後れを取っているのがヒナタ。三歳になった二人は、この頃ようやく歩くより走る方が多くなってきた。危なっかしいとも言うけれど、それでも転ぶたびにすぐ立ち上がるのだから、なんというか、たくましい。
そしてその少し後ろを、二人に合わせてゆっくりと駆けている大きな影がいる。
パトラッシュだ。
ちゃんと双子の速度に合わせて、二人の様子を確かめながら走っている。まるで保護者のような顔をしていた。最近すっかり双子の「お兄さん」ポジションに収まっている。
「——ふふ」
思わず笑みが溢れた。私は剣を鞘に戻し、両膝をついて両手を広げた。
「いっちば〜ん!」
アリサが先にどすんと飛び込んできた。ぎゅっと抱きしめると、汗と外の空気の匂いがした。もうこんなに大きくなったんだな、とちょっと感慨深く思いながら、次に来るヒナタのために片手を開けて顔を上げる。
「きゃっ!」
ちょうどその瞬間、ヒナタが足をもつれさせた。
ずざ、と砂を蹴ってよろめく。
転ぶ——
と思ったところで、二つの影が同時に動いた。
片方はアーサー。もう片方はパトラッシュ。
どちらも間一髪、ヒナタを両側から支えた。
「大丈夫?ケガはない?」
二人に助け起こされたヒナタは、額に張り付いた淡金の髪をそっと避けながら、恥ずかしそうに小声で呟いた。
「だいじょぶ。ありがとう、にいたま」
そしてすたすたと二人から離れると、ぱんぱんとスカートの汚れを払い始めた。なんとも自立した三歳児である。
「……にいたま?」
アーサーとパトラッシュが、ほぼ同時に互いの顔を見た。そろって首を傾けている。その表情がそっくりすぎて、私はアリサと二人でくすくすと笑い出してしまった。
「ふふふ。そうよね、二人にとってはアーサーもパトラッシュも『お兄さま』だものね」
「そっか!そうだよね!」
元気いっぱいにアリサが膝を叩いた。そしてアーサーとパトラッシュのもとへ駆け寄り、「にいたま!にいたま!」と交互に連呼し始める。
その様子を眺めていたヒナタが、首を傾けた。
「…にいたま、と…パトラッシュ?パトラッシュも、にいたま?」
少し困惑しているようだったけれど、呼ばれた当人たちは嬉しいような照れくさいような顔をして「ああ」「くうん」と返事をしていたので、まあ良しとする。
私はパトラッシュのそばへ行き、大きな首元に腕を回した。
「双子を連れてきてくれてありがとう」
パトラッシュが誇らしそうに目を細めた。「お兄さまだからね!」と言わんばかりの顔だった。かわいいので、思いっきり撫でた。パトラッシュはくうくうと喉を鳴らしながら尻尾を振った。このまま倒れ込みそうな勢いだった。
しばらくテレテレしていたアーサーが、気を取り直すように咳払いをしてから、双子の前にしゃがんで視線を合わせた。
「そういえば、何か用があったんじゃないか?」
「そうだった!」アリサがぱっと顔を上げた。「おとーさまが呼んでるの!しつむしつに来てって!」
「そう!来てって!」ヒナタが続けた。几帳面に、きっかり同じ台詞を繰り返した。
「わかった。二人とも、呼びに来てくれてありがとう」
アーサーが双子の頭を撫でると、二人は嬉しそうにへにゃっと笑った。
私も二人の頭にそれぞれ触れてから立ち上がる。
「さて、着替えてから執務室に行きましょうか」
「うん」
訓練の道具を片付け、二人でぱたぱたと歩き出す。双子が後ろから「にいたま!またね!」と手を振った。
アーサーが振り返り、二人に応えるように軽く手を挙げた。
私はその様子を背中に感じながら、顔が綻ぶのを止められなかった。
双子も大きくなりました♪(*´∇`*)




